第57話 絶対何もしないから!

「お風呂入るだけで、別になにもしないんだからね」


 不貞腐れてそっぽを向きながら言う笑来。


「お風呂では、だろ?」


「それは……悠次第なんじゃない?」


「というと?」


「私の機嫌を取ればいいかもね」


「うーん、甘い物奢ればいいだけのイージーゲームだななら」


「私、そんな軽い女だと思われてるん」


 真顔でこちらを見てくる。

 軽いっちゃ軽いだろ。好物を奢ったり褒めたらすぐ機嫌をよくする。

 軽いというより、扱いやすい。


「もうめんどい! お風呂では! お風呂では絶対になにもしないから!」


 あくまで『お風呂では』なんだな。これは上がってから楽しみだ。


「私は悠とゆっくりお風呂に浸かりながら話をしようとして誘っただけだからね本当に」


「とか言ってただの雑談だろ?」


「そうだけど、一区切りついたから過去の振り返りとか?」


「嫌な事まで掘り返されそう」


 と、俺は苦笑する。


「どっから話そうか」


「じゃ、まず俺と実心が付き合った時の笑来の心境を聞こうか」


「は、なんで私からなのよ」


「提案した人から言うのが常識なんじゃないん?」


「正論だけどなんかムカつく」


 ムスッとした顔をするが、


「ま、あいつと付き合ったって聞いた夜は、ギャン泣きしてたわね」


 お風呂の縁に頬杖を付きながら話す。


「なに泣いてたん?」


「当たり前じゃん! 十何年続いてた恋が終わったんだよ⁉ しかもあんな女に取られて!」


「意外に可愛い所あるじゃん」


「可愛いって言うな! しかも意外ってなに意外って!」


 目を見開いて声を荒げる笑来。

 笑来に実心と付き合ったのを伝えたのは、放課後だった気がする。

 その夜、笑来は俺が振られた時のようにベッドに向かって泣いていたのか。


 小さい頃からずっと好きだった相手を誰かに取られたらそりゃ泣くか。

 もし立場が逆だったら、俺も大泣きするんだろうな。

 実心の事を好きになるまで、笑来を誰にも取られたくなかったし。


 両片思いって、今思うと辛かったな。

 好きと言いたいのに言えない。告白したいのに、言い出せない。これまで築いてきた関係性を壊したくないから。


 もどかしい気持ち。そんな中相手に彼女が出来たら絶望するのも当然だ。

 笑来に彼氏ができていたら、俺は笑来みたいに応援は絶対にできなかった。

 多分、自然に距離が離れていっただろう。

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