第40話 お世話してあげるから

「トイレ?」


「身動きが取れないからトイレにも行けないんよ、誰かさんのせいで。だからそろそろほどいてくれない?」


「それはダメだよ」


「なんでだよ」


「悠がどこかに行っちゃうかもしれないから」


「俺はトイレに行くだけでどこにも行かないよ」


「分かってる、分かってるけど心配だから……」


 体をもじもじさせる笑来。

 メンヘラというのは、その人を独占したいという願望から発症するもの。


 あらゆる障害を拒絶し、ありとあらゆる出来事を想定して、対象を過保護に守るもの。

 あとは過去の出来事からなるということもある。


 笑来は後者。それも深刻なくらい深い傷を負っている。

 こうなるのも無理はないが、どうにかして俺はトイレに行かなければ。


 この年で漏らしたら溜まったもんじゃない。ただの恥さらしだ。

 ベッドは汚れるし、羞恥の姿を笑来に見られてしまう。それが一番嫌だ。


「マジ漏れそうなんだが、勘弁して解放してくれない?」


 そろそろ冷や汗が出てくる。それに、嫌な悪寒が全身を襲う。


「トイレなら安心していいよ」


 と、笑来は何やら後ろを向いてバッグの中をまさぐる。


「おいおい、まさか……そのまさかじゃないだろうな」


 嫌な予感がする。ものすごく嫌な予感がする。

 動揺する目を向ける俺に笑来は、


「これ持ってきたからここで出来るよ!」


 笑顔で尿器を差し出してくる。

 絵図がカオス極まりない。


「冗談だよな、手が動かせない以上お前が俺のトイレの世話をすることになるんだけど?」


「悠のお世話係は私だよ? やるに決まってるじゃん」


「せめて! せめて手だけは動かさして! それでするなら自分でするから!」


 この状況で、悠の悠を触られたらそれはもう特殊プレイ。

 しかも、確実に勃つ。ていうか男の日課である朝勃ちがまだ収まってないし……

 これじゃ、この状況に対して興奮してる変態と思われてしまう。

 だが、俺の要望など受け入れられるわけがなく、


「大丈夫~! 私がちゃんとお世話してあげるから」


 にこやかに、俺の下半身へと尿器を持っていく。

 体を動かして抵抗するが、ただの悪あがき。

 もうこれは詰みだ。すべてを受け入れて悟りを開くしかない。

 俺は目を閉じ、心を無にしてトイレを済ませようと思った時、


「お遊びはこれくらいでいっか」


 笑来はパンと手を叩くと、尿器を床に置き、手足についている手錠をおもむろに外し始めた。


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