第37話 頑張った


 しばらくして、俺達は少しずつであったが落ち着きを取り戻していた。

 実心のやつ、最終的には言いたい事全部言ってから帰りやがったな。

 最初からそれが目的だったのかもしれない。


 どうせ付き合えないことくらい分かってたから、笑来への愚痴を言い、俺をイラつかせて自分だけスッキリして帰る。

 性格が悪すぎる。普通の人間がやることじゃないぞ。


「笑来、大丈夫か?」


 横で、マグカップを両手で持つ笑来に声を掛ける。


「うん、大丈夫」


 ぎゅっとマグカップを握りながらそう答える笑来。


「笑来、俺気にしてないかな。実心が言ってた話」


「あー……あれね」


「当時聞いてたら、変な事言っちゃったかもしれないけど、今は正論だって思うし」


「うん……」


 俺と実心が付き合ってた時、笑来が隠れて愚痴を言っていた。

 好きな人を取られたら誰だって愚痴くらい言うだろう。俺は今聞いたところでどうでもいい。

 過去の自分に聞かせたいくらいだ。


「でも、ごめん……陰で愚痴ちゃってて」


 と、頭を下げる。


「ホント、気にしなくていいから」


「悠があんな女に取られたのが、辛くて……悲しくて……私だったらもっと、もっと幸せにできたのにって……考えてたら口からボロっと出ちゃったの……」


 徐々に声がしゃがれていき、頬に数滴雫が垂れる。


「私ね、あいつと悠が付き合ってた時ずっと我慢してたの……悠の一番は私だったのに、なんで私じゃなかったのって……」


「うん、分かってる」


「ずっと我慢してたのに……ひっ…うぅ……あの女は立場が逆になった途端に、こっちの気持ちも知らないで……」


「……笑来は頑張ったよ」


「……私の方が好きだもん……ずっとずーっと悠の事好きだもん」


「知ってる……知ってるから、安心して」


 俺の胸の中で涙を流す笑来。小さな手で、シャツの胸元をいつもより強い力でぎゅっと掴む。

 これまでずっと我慢してたんだもんな。


 好きという気持ちを押し殺してずっと。嫉妬もあっただろうが、それを表に出さずに俺と普段と変わらず接してくれた。

 それだけじゃとどまらず、応援までしてくれていた。


「笑来は頑張った、だからもうあいつのことなんか考えずにゆっくり行こうよ。俺がずっと傍に居るからさ」


「うぅ……わぁぁぁ……」


 大きくしゃくり上げなから泣く笑来。これまで我慢してたものが全部出て来たんだな。

 そんな笑来に、俺はそっと頭を撫でることしかできなかった。




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