閑話『光速の男と天狼星の少女』

 越えられない壁というものは存在しない。不可能なんてない。


 ……ずっとそう思っていた。僕は昔から何もかも一番でなんでもできたから。


 でも、そうじゃなかった。


 越えられない壁、絶対の壁はある。大人になって、そして日本で二番目の男になって初めて気が付いた。


 今日本で一番強い彼……紅さんと会ってから、この世の全ては幻想だっと気が付いた。


 誰も彼を越えられない。最速でここまで上り詰めた僕をして、底が見えない。


 余りにも遠い。


 どうしたら彼を越えられるのか。そのことだけを考え続けてここまで努力してきた。


 もう、彼以外の人間はとっくに越したと、そう思っていた。


 目の前の惨状を見るまでは。


 緊急の要請を受けて、関西の某所にやってきたわけだが。


 正直わけがわからなかった。


 僕の光魔法の最大出力にすら及ぶ魔法が常に様々な場所で降り注いでいる。


 まるで天からの裁きの柱のよう。


「嘘だろ……」


 驚きの声が漏れる。魔力を読み取った感覚だと、この魔法の主の魔力は紅さんにも及ぶ。


 そしてその主は、人間だ。


「止めないと……」


 このままこの魔法が放たれ続ければ、過去最悪の被害になりかねない。


 降り注ぐ光の柱を避けつつ魔力感知で発見した魔法の主の元へ向かう。


「マジかよ……」


 驚いた事に、この魔法を放っているものの正体は少女であった。


 天に手を掲げるその少女と眼があった。彼女の目は宝石のように赤く、その髪の毛、肌は絹のように白かった。


 いわゆるアルビノだろうか?


「なに……?」


 その少女が僕に声をかけてきた。悪意の見られない純粋な瞳をこちらに向けて。


「僕は名取 連。君を止めにきた」


 僕がそう名乗ると、少女は少し驚いたような顔をしてから呟いた。


「そう、あなたが……。私は≪天狼星シリウス≫。少し、勝負しよう……」


 彼女のその言葉と同時に街を破壊する光は止まった。そして、その分の重圧が全て僕に向けられる。


 勝てない。そう、魂が叫んでいる。


 わかってるさ。紅さんに並ぶレベルの相手だ。まともにやったら死ぬ。


 ならばどうすればいいか。この国の二番手として、この国を守るものとして。


 時間を稼いで救援を待つ。この国を守るという意思を持つものは他にもたくさんいる。


 きっと意思は受け継がれる。


 こういうの、少し憧れていたんだ。いつも僕は1人だったから。1人でもなんとかできてしまったから。


「いつでもいいよ……」


「じゃあ、お言葉に甘えて!」


 光魔法を身にまとい、速度を底上げする。ステータス換算にすれば100000はくだらない速度。


 僕の出せるトップスピードで彼女に攻撃を仕掛ける。しかし、それはたやすく受け止められた。


「いいね……。じゃあ私も」


 次の瞬間、僕の右腹部に彼女の拳がめり込んでいた。盛大に吹き飛ばされた僕はいくつかの家屋を貫ぬいてようやく止まる。


 僕の防御系統のステータスは30000ほどある。建物にあたる程度へでもないが、問題は腹部だ。


 立ちあがって口の中の異物を吐き出す。血だ。内臓にダメージでも負ったのだろう。


「耐久面、問題ありかもね……」


 後ろからの声に振り向くと、光魔法の発動を用意している少女がいた。


 いつの間に……。おそらく光魔法の回避は不可能だ。ならば。


 最速の発生速度で光魔法をぶつけ返す。


 右手に光魔法を纏わせ、少女の光魔法が発生するタイミングを読み、そしてそこに合わせるように拳を振るう。


 右腕に大きな衝撃を受けると共に、辺りに光の残滓が飛び交った。


「魔法系は結構よさそうだね……」


 右手を見ると、彼女の光魔法が当たった部分からは大量に血が出ていた。僕の最善の反応でこれだ。


 彼女は僕の上位互換。ある意味、紅さんが壁として立ちはだかった時よりへこむ。


 そんな事を考えている余裕もまぁないのだが。


「でもまぁ光魔法同士だったらやっぱり……」


 彼女は光魔法で剣を創造する。


「光の剣で勝負しないと……」


「確かに、そうかもね。お手合わせ願おうか」


 僕も光魔法で剣を創造する。彼女から僕に対する殺意は感じない。


 そこにあるのは純粋な闘志のみ。


 同じ分野で完全に格上の存在。胸を借りるつもりで挑む。


「勝負開始……」


 剣と剣がぶつかり、光の残滓が辺りを舞う。勘で初撃を防いだ。彼女の動きが早すぎて目で追えない。


 速さを上げろ。追いつけ。くらいつけ。


 光魔法を身に纏い、今まで経験した事のない速度の域まで到達する。動くだけで体がちぎれそうなのに、少女の攻撃がさらに負荷になる。


 防ぐだけで手一杯。攻撃なんて出来やしない。


「とても、いい。でもあなたなら、まだまだできる」


 少女はその言葉と同時に今までで一番重い攻撃を放ってくる。直で喰らうとまずい、よけなければならない。


 それはわかってる。


 だけど、それではきっと壁は越えられない。


 最大限、力を振り絞って迎え撃つ。少女の剣の一撃を。


 上段から放たれるそれを剣を横にして受け止める。今にも膝をついてしまいそうな重さ。そして、この光の剣を斬られないように維持しなければその瞬間に叩き斬られる。


「はぁぁぁぁぁ!!!」


「いいね。楽しくなってきた……」


 少女は次の瞬間剣を振り下ろすのをやめ、まわし蹴りで僕を吹き飛ばした。僕はとっさに後方に飛びのいてダメージを抑える。


「さぁ……、もう一回。……とも行かないね」


 次の瞬間僕の光魔法の剣が霧散した。それだけじゃない。魔力が何も感じられなくなった。


「『世界亀裂ザ・ワールドクラック』」


 それは突如現れた軍服の青年の力によるものだった。


 僕はとっさに彼に尋ねる。


「君は……?」


「僕は長谷部菱明。説明は後で。今は下がってて」


 長谷部と名乗ったその男は少女に向かって歩いていく。おそらく、ここら一体では彼の影響で能力、魔力が全て使えなくなっている。


 そんな反則級の能力があるのか。


「長谷部……。撤退かな……」


 少女の方は、どうやらその名前に聞き覚えがあるようだった。


「残念だけど、逃がさないよ」


 長谷部が少女に近付いていく。すると、少女は拳を構えた。


「仕方ない……。力ずくで逃げる」


「僕にステゴロで勝てるとでも?」


 そこから彼らの闘いでは何が起きているか僕には理解できなかった。


 この範囲では魔力やステータスは使えないはずなのに、彼らの動きが目で追えなかった。僕でこうならきっと常人には猶更理解が及ばないはずだ。


 彼らの殴り合いは5分近く続いた。そしてふとした瞬間、魔力が一瞬だけもどった。


 その瞬間に少女の体が輝いたかと思うと、その姿は消えていた。


◆◆◆


 僕は今、彼女に勝てるのだろうか。あの頃とは違い、世界でも4位に入る実力を手に入れた。そして彼女から幾つか光魔法の技も盗んだ。


 いまだ紅さんの域には届いていないから、きっとまだ彼女には勝てないだろう。


 それでももう一度、彼女と本気で戦って壁を破りたい。

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