閑話『斥候』
2033年の6月アメリカでの出来事。首都であるワシントンD.C.の建物が突如として倒壊を始めた。
そこでは突風が吹き荒れ、風がビルの鉄筋を切り裂き、破壊するという異様な状況が発生していた。あまりにも状況が酷く、日本で言うところのBクラス探索者レベルの者も数多く犠牲になった。
何十棟ものビルが倒壊したのち、これ以上の被害の拡大を防ぐためにアメリカの中で最も強い剣士、ソフィアが出向くことになった。
この被害は魔物が引き起こしたものだと推測したのだ。アメリカの中ではこの被害を抑えることができるのは彼女しかいない、と。
「これは酷い……」
ソフィアが風の刃を防ぎながら被害地の中心部に進んでいくと、中心部では、もはやビルがただの砂鉄となり、真っ黒な砂漠のようになっていた。
当然中心の風は酷く、巻き上げられた砂鉄が色付けをした黒い竜巻が舞っている。中心に何かがいることを確信したソフィアは飛ぶ斬撃を竜巻の中心に向けて飛ばす。
すると、竜巻はピタリととまり、舞っていた黒い砂は地に落ちた。
「やったかな?」
ソフィアが中心部に何者がこの事件を引き起こしたのか確認しに行こうとすると、竜巻から落ちてできた砂山のようなものが勢いよく吹き飛んだ。
「くっ」
ソフィアは剣を振り払い砂の奔流を防ぐ。その砂の圧はSクラスの魔物の攻撃にも及ぶレベルであったことはソフィアを驚かせた。
「痛いね~。僕ってこんな貧弱だったっけ?」
山の中心から漆黒の法衣を来た少女が姿を見せた。その紫色の髪に着いた砂を落としながら。
「あなた、何者?」
ソフィアはその少女に尋ねる。ソフィアはこの少女が事件を引き起こした犯人であると確信していた。しかし、成人もしてなさそうな少女がここまでの力を持っているとも思えなかった。
紫髪の少女はソフィアの質問する声が聞こえたのか、ソフィアの方を向く。その狂気にそまった金色の瞳がソフィアをとらえる。
「いや、僕が貧弱なんじゃなくて彼女が強いだけだね、これ。あ、僕は『風の舞姫』。どうぞよろしく!」
何やらコードネームのようなものを名乗った陽気な少女は、一瞬にしてソフィアの目の前まで移動する。
「なっ! 早い!」
ソフィアは自分の目ですら追えぬ速さに驚く。かような速さの人間は1人にしか心当たりがなかったからである。
「飛べ」
先ほどの陽気な様子とはかけ離れた声を聴いたその瞬間、ソフィアは、砂漠化した中心部から数十mは吹き飛ばされた。とっさに剣で防御しなければ吹き飛ぶのは体だけではなく、命まで及んだ。
「へぇ……やんじゃん君。人間で加護も無しに一番強いのは君じゃない?」
かなりの距離を飛んだはずだが、少女はすでに近くのがれきの上に立っていた。
「何を言ってるのかわからないけど、あなたは人間じゃないってこと!?」
その質問に紫髪の少女は笑顔で答える。不気味な笑顔で。
「そうだよ、僕は天使の一人。それを知ったからには、君には死んでもらわないとね!」
その言葉を聞いたソフィアは臨戦態勢に入る。ソフィアが持つ剣もそれに呼応して淡い光を放ち始める。
「厳しい闘いになりそう」
「きっとすぐに終わるよ! 君の死で」
ソフィアに向けられた少女の手から圧倒的な圧を持つ風が吹き出す。あれは防げない。直観的にそう感じたソフィアは、右方向に回避行動をとる。
ソフィアが発せられた風の方向を見ると、がれきが粉々に切り裂かれていた。あの風は斬撃属性を持っていたようだ。
「相手が予測できないような行動を心がけることだね!」
回避した先に現れた少女はソフィアに向かって風を纏う蹴りを放つ。その蹴りはソフィアの腹部に直撃し、ソフィアに大きなダメージを与える。
それだけにはとどまらず、ソフィアの体は吹き飛ばされ、がれきに直撃する。
「がはっ」
ソフィアは自分が吐いた血を見て、こんなに死が近いのはいつぶりだったかを思い出す。
「まだ、死ぬわけにはいかない……!」
ソフィアはまだ恩人に報いることができていない。いつか彼よりも強くなって、彼を救うという恩返しを。
「頑丈だね~。やったと思ったんだけどな~」
気づけば目の前にかの少女が現れている。
「そんなんじゃ、私はやられない、よ!」
「いい意思の強さだね。認めてあげる!」
少女は楽しそうにソフィアに言う。
「でもこれで終わりだね」
少女がソフィアにかざした手に風が凝集されていく。
「まだ、終わるわけには……!」
ソフィアは抵抗を試みるも、風に阻まれて少女に近ずくことすらできない。
「最後に僕の本当の名前を教えてあげる。奇襲とはいえ、僕に一撃を与えた人だからね」
「僕の名前はシルフィーナ。序列4位だよ。あ、君に言ってもわからないよね?」
シルフィーナと名乗る少女はついに凝集した風の刃をソフィアの飛ばす。
しかし、その刃がソフィアに届くことはなかった。
「黒い壁……まさか!」
ソフィアは自分を守った魔法の主を知っている。もっとも尊敬する、恩人だ。
「紅さん!」
ソフィアの前にはあこがれの人が立っている。
「危ないところだったな。君ほどの強さを持つ人を失うのは惜しい」
ソフィアは彼に救われた後、彼が日本人であることを知り、日本語を勉強し、そして恩を返すために強くなった。彼がいたから今のソフィアがある。その彼に今の自分を認められたソフィアは重症を負っているのもかかわらず叫びだしてしまそうになった。
「ありがとう、紅さん。私じゃあの少女には、勝てない」
ソフィアと少女の力の差は明白だった。ソフィアの言葉を受けた紅は、その少女に目を向ける。
「君、何者? 今のを無傷で防がれるのは少し心外なんだけど」
認めたソフィアを全力でやろうとしていたシルフィーナは、それを防がれ少し不機嫌になっていた。
「紅。この世界を守る者だ」
最強であることには、その責務がともなう。そう彼の発せられない言葉がソフィアの耳には聞こえた気がした。それは彼がソフィアを救ったときに口にしたことであったから。
「へぇ、大きなことを言うものだね! その口、閉じさせてあげる!」
シルフィーナは両方の拳に風を纏わせ、ソフィアの目では終えなかったあの速度で紅に肉薄する。
「まだまだ余裕はあるぞ」
紅に突撃したシルフィーナは回転した視界に驚く。紅に投げられたのだ。空中で体勢を立て直したシルフィーナはそのまま滞空しながら言う。
「君、ほんとに人間? 僕の速さを見切るとか、あり得ないんだけど」
そのままシルフィーナは少し考え込む。想定外だが、ここでやってしまわないと面倒だと。
「全力で殺してあげる!」
シルフィーナの背中に天使らしい3対の翼がはえる。漆黒の法衣と真っ白な翼はそのコントラストは不思議にも違和感を感じさせなかった。
「天使か」
紅は暗黒武装を展開し、魔法で作りだした槍を手にする。
「こちらも全力で相手をしよう」
風と闇がぶつかりあうその衝撃は爆弾などを凌駕する。科学兵器はもうすでに時代に取り残されたというわけだ。
「君、人間じゃないね! その闇……混沌の使徒でしょ!」
シルフィーナは闘いのさなか、機嫌が戻ってきたのかそんなことを口にする。
「いや、俺は人間だぞ」
紅はそう淡々と返答し、槍での攻撃を試みる。
「痛い!」
紅の槍がシルフィーナの翼の一枚を貫く。
「まず一枚」
紅は少し距離をとってシルフィーナの出方を窺う。
「こんなところに混沌の使徒がいるなんてね。だから『炎』の奴はこの星の侵攻に反対したんだね! 一言言ってほしかったんだけど」
シルフィーナも紅との距離を空け何やらつぶやいた後、翼をしまう。
「悪いけど、撤退させてもらうよ!」
シルフィーナに風が凝集していき、その風が纏う砂塵に視界が遮られる。視界が開けたころにはシルフィーナの姿は影も形もなかった。
「紅さん、終わった?」
その場に立つ紅にソフィアが声をかける。
「ああ、あいつは逃げた」
「また助けてもらってありがとう」
「また?」
どうやら紅はソフィアを初めて助けたときのことを覚えていないようだった。
「それについては後で話そ! ご飯おごるから!」
ソフィアは紅と話す機会を得て、怪我しながらも上機嫌そうに言うのであった。
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