閑話『南口の激闘・3』
「ゲシャァァァァ!?」
唐突に足を切り落とされた蜘蛛は絶叫する。目が見えない状況で足を切り落とされるのは不憫であるが、魔物の宿命でもある。
「騒がしいな」
高速で飛ぶ矢を止めるほどの音圧を受けてなお、紅は涼しい顔をしている。
「『暗黒武装』」
紅の姿が暗黒の鎧に包まれる。その暗黒騎士いわれる者の手には槍が握られていた。
「あの姿……!」
但木はあの紅の姿に覚えがあった。昔、探索者としてこの人を目指そうとしてがむしゃらに戦っていた時期にたまに見ていた紅の戦闘の動画。その動画で見た姿と全く同じだった。
「いつからだったかなぁ……Aクラスで妥協してたの」
紅の姿を見て、自らの昔の闘志を思い出した但木は決意する。
「Sクラス、もう一度目指してみるか……」
蜘蛛の牙の元に闇が集積していく。
「あれは……」
山を一つ吹き飛ばした闇の波動。それがもう一度放たれようとしていた。
「それくらいなら俺でもできる」
紅の手にも同じく闇が集積される。そして、両者の波動が放たれ、ぶつかりあう。
「あの蜘蛛が押し負けている……!?」
紅の闇と蜘蛛の闇。どちらも常識では考えることができない威力をしているが、その闇が濃い紅の方が威力が高いようであった。
徐々に押されていった蜘蛛であったが最終的に、押し負け、紅の闇の波動をもろに受ける。
そして、その巨体は地に伏した。
「死体を撃つようで悪いが、もし生きていても困るからな」
紅はそう言うと、地に臥した蜘蛛の脳天に槍を突き刺した。
その衝撃によって蜘蛛が伏した地面が蜘蛛の巣状にひび割れる。こうして断末魔を上げることもなく、Sクラスの魔物と思われる蜘蛛は絶命した。
そしてその死体は、蜘蛛の巣状にひび割れた地面を残して消えていく。
「……終わったのか」
「ああ、これでひと段落だぞ」
「……!?」
一瞬にして自らの隣に来た紅に驚きを隠せない但木。
「話は聞いている。ここを任されていたAクラス探索者だろう?」
「……そうです。但木と申します。助けていただいてありがとうございました」
自分があこがれている探索者と話をすることができるということに対する興奮を抑え込んで但木が名乗る。
「そうか。但木、あれを相手によくここまで耐えたな。あと少しでSクラスまで届くだろう。お前が有名になる日を待ってるぞ」
紅はそう言ったのちに一つの袋を但木に渡して北口の方へ向かっていった。
「これは……ポーション?」
紅の姿が見えなくなった後、但木が袋を開けると、中にはポーションと思われる液体が入っている瓶が入っていた。
「赤だからクラス3のポーションか……ずいぶんなものをくださったな」
ポーションは色毎にクラスが分けられており、回復の効果も異なる。クラスが高ければ高いほど、回復量が多く、相対的に値段も高い。
水色はクラス1のポーションで値段は5万が基本。骨折を完治までとはいかないがほぼ痛みが消えるまで治すことができる。
ピンク色のポーションはクラス2。値段は50万を切らない。そこそこの重傷でも持ち直す。
紅が但木に渡したのはクラス3の赤色ポーション。値段は100万以上だろう。重傷だろうと病気や毒でもなければ完治する。欠損は治らない。
これ以上のポーションもあることにはあるが滅多に世に出回らない。
つまり紅は但木に100万を渡したのと同義だ。但木はこれをいただいたからには彼の期待にも応えねばならないと一層Sクラスを目指す闘志を燃やす。
ポーションを飲み干すと、見事に傷が完治した。折れたあばらも、がれきによる傷跡もすべて消えた。
「但木さん、無事だったんですね!」
蜘蛛が消え去ったのを見てか、霧島が戻ってきた。この速さで戻ってきたのは離れすぎず、近すぎずの距離で見ていたからだろう。
「なんとか、な」
「あれ、どうしたんですか。そのしゃべり方」
しゃべり方が変わっている但木に霧島が疑問を抱く。おちゃらけた様子も現在の但木からは見受けられない。
「若かったころの目標をもう一度目指すんだ。Sクラス。さて、何年かかるか」
「ついにSクラスを目指すんですね! 先輩、ならすぐいけるんじゃないですか!?」
そんな能天気な後輩を見て笑みを漏らす但木。
「そう簡単にはいかないさ。学び直さないとな」
「そうですか……。僕は全力で応援してますよ!」
元気のいい後輩の姿を見て、気力が湧いたのか、但木が辺りを見回して言う。
「しかしここまで被害が広がるとは……俺もまだまだか」
ダンジョン周り一帯の建物はかなりの数が倒壊しており、倒壊してない家も窓にガラスが当たったりなどして被害を受けている。
「いやー、あれを被害なしで止めるのはさすがに無理だと思います」
「それもそうか……。しかし、これで家を壊されてしまった人たちは一体これからどうすればいいんだろうな……」
「あれ、先輩ってマンションとかそんなとこに住んでましたっけ?」
唐突な霧島の質問に驚くが、但木は自分の境遇を語る。
「3LDKのマンションに1人で住んでるぞ」
「え、部屋余りません? それはまぁおいておいて、一軒家はダンジョン災害保険ってものがあるんで多分大丈夫ですよ」
ダンジョンが生成された際、巻き込まれて家が消える事故があったことからできた保険であるが、スタンピードにおける被害でも保険は適用される。
「ならまぁ、大丈夫か。しばらくの間は復旧作業だろうけどな」
「それはそうですね」
「じゃあまぁ、青森支部に報告に行くか。もう日も暮れかけてきたしな」
「僕も行きますよ」
そうして南口でのスタンピードは終息した。
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