第16話 光輝く

「化け物……」


 彩佳がそうこぼしたのが聞こえてきた。<赤色の閃光>のパーティーの皆さんは言葉を失っている。


『奏多、早くここから離れるのじゃ! 余波だけで重傷を負いかねんぞ!』


「あ、ああ。そうだな」


 そうしたいのは山々だが、足が動かない。ここまで届いてるんだ。デッドスパイダーの威圧感が。


『どうしたのじゃ、早く、早く逃げてくれ!』


 動きだしたデッドスパイダーを遠目で見て、逃げなければならないとわかっていても、体が動かない。


「す、すまない……」


 一切の動きを見せない俺に圧のせいで動けないことを察したロゼリアは彩佳に近寄り、彩佳と主導権を交代する。


「儂が近くについておる。Aクラスが戦っている間にここを離れるのじゃ」


 ロゼリアに手を引かれ、少しずつ距離を取っていく。


 前線では光の剣戟が何度もデッドスパイダーを切りつけているが、一切の怯みは見られない。固いんだあいつは。そうだ、鑑定を……。


【デッドスパイダー】

・Sクラス中位の魔物。

・圧倒的な硬さを誇る甲殻と、高威力の闇魔法が特徴。

・弱点は光で闇属性に耐性がある。

・ステータスを開示しますか? YES/NO


 なんだこの項目。まさかステータスを覗けたりなんかするのか?


 もちろんYESだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

種族:デッドスパイダー

レベル:78

ステータス:攻撃力 21148

      守備力 24212

      魔力  8901

      知力  9043

      精神力 15098

      速度  6673

スキル:<闇魔法>

    <呪毒>

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 なんだこの化け物は。これがSクラスなのか。巨大な体に見合う強力な物理ステータス。これは近接の吉野さん、厳しいんじゃなかろうか。


「奏多、早く逃げるのじゃよ! 見ておる場合ではないのじゃ!」


「ロゼリア、あの人達は……」


 <赤色の閃光>のパーティーメンバーたちはいまだリーダーが戦うところを放心して眺めている。あのままじゃ彼女たちも……。


「Bクラスじゃ、彼女らは自力で逃げることができるはずじゃ! それよりも儂は奏多を失うわけにはいかないのじゃ!」


 ロゼリアは相当に焦っているようだ。


「そ、そうか。も、もう少しだけ待ってくれ、気になるものがあるんだ」


【呪毒】

・通常の回復魔法、解毒薬では解除不可能な毒を施す。聖属性でなければ解除することはできない。


 聖属性? 俺のランダムブレスにはない属性だ。そういえば、日本10位に<聖女>と呼ばれる人がいた。彼女の魔法、てっきり光属性だと思っていたが、聖属性だったのか?


 あまり聞かない属性でしか解除できない毒とかゲームで出したらクソすぎて苦情がくるレベルだ。


「これ以上は待てないのじゃ、しっかりつかまっておれ!」


「え、ちょ」


 何も言えないままロゼリアにお姫様抱っこで持ち上げられる。よくその華奢な体で俺を持てるな。


「文句なら後で聞くのじゃ。今はおとなしくしておれ」


 ロゼリアがデッドスパイダーから距離をとっていく。しかし次の瞬間、稼いだ距離は無意味になる。


「うっ」


「え?」


 デッドスパイダーのいる方から、何かが飛んできた。それはロゼリアの足を巻き込み、転倒させる。


 もちろん、俺は宙に放りだされる。何が起きた?


 落下途中に確認したところ、どうやら吉野さんが吹き飛ばされてきたらしい。つまり今は……。


 ……デッドスパイダーを止めるものがいない。


「ゲシャァァァ!!」


 かなり距離が開いているはずなのにここまで叫び声が聞こえる。化け物がっ。


 その声を聴きながら俺は地面にたたきつけられる。肺から空気が抜ける感覚がする。体が碌に動いてくれないおかげで受け身を取れなかった。


「くっロゼリアと彩佳は……」


 ロゼリアは自身の足に回復魔法を使い、すぐに立ち上がって俺とデッドスパイダーの間に立つ。


「儂は無事じゃ。しかし、デッドスパイダーのターゲットになっているAクラスがここにいる以上……」


「ここにタゲが来る、か……」


 吉野さんが起き上がってくる。


「あなた達は……。なんて化け物……ここまで飛ばされるなんて」


 回復魔法もなしにあまり怪我も見られないあなたも大概固くないですかとは内心思った。


 なんだ、この感覚は。寒気というには形容しがたい、もっとその上の何かを感じる。


「デッドスパイダーの魔法が来るのじゃ!」


「あいつ魔法も使えるのね!?」


 デッドスパイダーの方をみれば、その牙の元に闇が集まっていき、球体を生成していた。


「住宅街への甚大な被害は避けられそうにないわね……なら!」


 まさか……。自分を犠牲にでもするつもりか!? 支部長の話は!?


「あなた達は早く逃げて、その方が記録は多くのこるもの」


 そういって俺たちに笑顔を見せた吉野さんは空中に高く飛ぶ。そして、その場所に正確にデッドスパイダーの闇の波動が撃ち込まれる。


 ……はずだった。しかし吉野さんの目の前に光の壁が生成され、一切の貫通を許すことなく、闇の波動を止めた。


 その光の壁が消える。


「間に合ったね……僕じゃなかったら遅れてたんじゃない?」


 俺とロゼリアの背後に容姿も、服も異世界の貴公子のような男が現れる。


「あなたは……!」


 高校生でAクラス、Bクラスになった人を調べていた時に見た。人呼んで<光速の男>!


「名取さん!」


「お、知っててくれてるんだ。ありがとう少年」


 名取さんが俺に声をかけてくれた。この人は日本で二番目に強い探索者だ。


「僕はあいつを殺しに行かないといけないからね。じゃあ、またあとで!」


 そう言った名取さんがデットスパイダーの方を見たその瞬間。すでにデットスパイダーの目の前まで名取さんが移動していた。


「助かった……?」


 ちょうどそこに光の壁で守られた吉野さんが降りてきた。


「名取って人が来て、守ってくれたみたい」


 いつの間にか彩佳に戻っていた。ロゼリアの精神体はどこかと探してみると、俺のすぐ後ろにいた。


 ビビった。


「名取さん? あの?」


「日本2位の名取さんがいらしてましたよ」


 彩佳はたぶんわかってなさそうなので、変わりに俺が言う。


 名取さんグッズが日本で一番売れてるくらい有名なんだけどな。


「こんな時に言うことじゃないけど、一目見たかった……」


 死を覚悟していた人が言うことでもないのよそれは……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る