第12話 前兆

「多重展開『暗黒波動』『暗黒槍』『暗黒衝波』」


 闇属性の三種の魔法を展開する。どれも遠距離で、【波動】【魔法貫通】【火力特化】だ。


 近距離なんて撃ちに行こうものなら一瞬で死ねる。


「喰らえ!!」


 魔法陣に魔力を流しこみ闇の遠距離を命中させる。幸いにしてブラストタートルの動きは鈍重で、攻撃パターンも結晶攻撃のワンパターンしかない。かわすのは苦労するがやってやれないことはない。


「くそ、またかっ!」


 結晶攻撃が飛んでくる。全力で横に跳躍する。これの繰り返しだが、体が軋む。すでに骨が何本か折れてるっていうのに、これ以上は視界がぼやける。


「だが、かわした! 次は俺の番だ! 多重展開『水刃』『穿波』『水月』」


 水刃以外は水の範囲攻撃。重ねていくぞ!!


 水の刃が着実にブラストタートルにダメージを入れていく。しかしステータスの低い俺の魔法からすると、やはり固い。


「がはっ」


 大分体にガタが来ているようで血反吐を吐く。口元に垂れた血をぬぐいながら、次の魔法の用意をする。


「多重展開『風刃』『旋風波』『竜巻』」


 今度は風刃以外の風範囲攻撃。魔力がどんどん消費されていく。持ってくれ、俺の魔力。


「ブルァァ!」


 あの野郎! 魔法を受けながら結晶を飛ばしてきやがった!


 パターン化した距離よりも大きく飛び、なんとか結晶を回避する。


「っちこの野郎が!!」


 いいだろう、俺のすべてをぶつけてやる!


「多重展開!! 『暗黒波動』『暗黒槍』『暗黒衝波』『水刃』『穿波』『水月』『風刃』『旋風波』『竜巻』」


 今までブラストタートル戦で使った魔法のストックをすべて消費する。もちろん魔力は全掛けだ。


「滅びろ!! これで終わりだぁぁぁぁぁぁ!!」


 闇の属性で体の動きが鈍り、風が体を裂く。そこに水の刃が強襲する。


 ストックすべてに魔力を流し続け、絶え間なく魔法を浴びせる。ついに俺の魔力が切れた。


 倒せてなかったらもう、諦めるしかない。俺はその場に膝をつく。


「グルァ……」


 おいおい嘘だろ……。また俺はギリギリ届かなかったのか……。今回は剣を握る力ももう残ってない。


 一歩届かなかったか……。


 目の前に結晶が転がってくる。ブラストタートルももう満身創痍なようで、転がってきた結晶はかけらほどの小さなものであった。


 それでも俺の命を奪うのには十分すぎる。


 カランコロンと洞窟の床を転がる音がやけにゆっくりと聞こえる。


 さよなら、彩佳、ロゼリア。君たちと一緒に探索はできなかったけど、出会えてよかったよ。


 父さん、母さん、親不孝でごめん。妹よ、俺がいなくてもやっていけるか?


「これで、終わりかぁ……」


「終わらせるわけないでしょ!」


 目の前で爆発しかけていた結晶はある人物によって爆発する前に真っ二つに切り裂かれる。


「奏多は私と、この先も生きて、探索するの! お前なんかに奪われてたまるか!!」


 その陰によってブラストタートルは一瞬で真っ二つにされ塵になった。なんて速さ。目では追えない……。


 だめだ、視界がぼやけて……。


◆◆◆


 地面が、固い。ここは……。そうだブラストタートル……。勢いをつけて伏している体を起こす。


「いてぇ!」


 何か固いものに頭をぶつけた。


「うぅ……。痛い……。でも生きててよかった……」


 この声は……彩佳の声? なるほど、彩佳が俺の顔を覗きこんでいたのか。ちょうど起きそうだったからか?


 あと、膝枕で頭が地面につかないようにしてくれたみたいだな。あとでお礼を言わないと……。


 しかし、彩佳がどうしてここに。


「彩佳、大丈夫か? それと、どうしてここに?」


 彩佳は家で冬休みの宿題で忙しいはずじゃなかったのか?


「ロゼリアが嫌な予感がするから一応ダンジョンに行こうっていいだしたから来たの。本当に、本当によかった。あとちょっと遅れてたら回復魔法を使ってもダメだったってロゼリアが……」


『マジでまずかったのう。奏多』


 俺は助けられたのか……。感謝しないとな。


「ありがとう二人とも、おかげで助かったよ」


「ううん、本当に助かってよかった」


『そうじゃな』


 ロゼリアがどこか浮かない顔をしている。なにかあったのだろうか。


『起きてそうそう、状況が把握しづらいところがあるが、一つ話を聞け』


 ロゼリアが急にでてきてそういった。


「なに?」


『ここはロックリザードの生息圏で、本来ならブラストタートルが見られない場所であるはずじゃ。しかし、奏多はそれと戦いになった。奏多ほどの実力があるのじゃ、普通はブラストタートルになど負けん。奇襲を受けたんじゃろ?』


 まぁ確かに一撃もらってなければパターン化して討伐可能だったな。


「頭がいいんだな、ロゼリアは。まぁ何が言いたいのかわかったよ」


 まさか、青森ダンジョンでこんなことが 起きるなんてな。今思えばあのシーモンスターも一種の兆候だったのかもしれない。


「え、何、どういうこと?」


 ただ一人、彩佳だけが置いていかれている。まぁもう少しわかりやすく言ってもよかったかなぁって俺は思う。


『スタンピードじゃよ。彩佳、この状況はかの札幌地下大迷宮で起きたスタンピードと同様の兆候じゃ。まず間違いない』


 札幌地下大迷宮とは日本最大のダンジョンの事だ。そこで起きたスタンピードは事細かに記録されている。


「え、それって。かなりまずいんじゃ」


「ああ、まずい。今すぐ戻って探索者協会に伝えるべきだね」


『善は急げじゃよ。ほれ、はようせんかい』


 ロゼリアがせかしてくるところを見るに、かなり時間が迫っている可能性がある。急ごう。もし町中に魔物が出でもしたら大変なことになる。


「しかし、最近こんなことが増えてきたな」


『札幌地下大迷宮の事件から3か月しかたっておらんのにのう。そろそろ世界の常識が変わるのかもしれん』


 スタンピードの常識といえば、ダンジョンを閉鎖でもしない限りは発生しないというもの。


 それがいま、変わり始めている。


「激動の時代だね」


「まさにその通りだよ」


『いやな時代に探索者になったものじゃのう奏多よ』


 俺もそう思うわ~。

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