最終章 人への旅立ち#20
ミレが村に戻ってからというもの、お祭りと言ってもいいほど騒がしい日々が続いた。
魔女の森へ自ら行き戻ってきたことによって彼女が魔女に取り込まれた疑いの目を向ける者もいたが、彼女の両親が精霊助師であることも含め表立って噂されることは無く、彼女の変わらず朗らかな振る舞いに触れるうちそれは杞憂に変わった。
「私のミレ、おやすみ。‥こうしてキスするのはどのぐらいぶりかしら。ここのところは泣きながら眠ることが多かったから…」
「お母さんは大げさすぎー。手紙でちゃんと帰るって言ってたのにー」
ミレの母はベッドに寝そべっているミレの頬をつまむと、再びおでこにキスをして部屋を出て行った。
「…ふー…。実はまだ眠くないんだよねえ…屋敷にいるときはけっこうみんなで夜遅くまで遊んでたから…」
ミレは母が消したランプの灯りをもう一度つけると、無事帰った祝いにもらった今流行の本を開いて読みかけたが、難しい顔をして首を振り閉じると、机にしまっていたレオルドお勧めの本を取り出した。
本を読んで小さく笑ったり驚いたりしているうち、ふと部屋の隅に置いてある忙しくしていてまだ庭に植えていない、ナナヤにもらった花の苗に目が留まって、ベッドを降りそっと苗を枕元へ連れ帰った。灯りを消し苗の葉を触る。
「みんなおやすみー…」
呼吸を繰り返すたび、魔女達の遊ぶ姿が静かにまぶたの裏へと甦る。
私も遊びたい、と無意識に手を動かした時、
コン、コンコン、
と硝子をたたく音が夢を破り、ミレはまぶたを開けた。
ほとんど夜の闇の中へ溶けた窓枠越しにひと際黒い影が揺らめき、しかし見覚えのある細かい輝きがミレの視線に絡まる。
「ノア!?」
窓枠にとびつき扉が外れそうな勢いで左右に引くと、飛びあがった
視線を床へ向けると、猫の爪ほどの明かりに照らされた一通の手紙が落ちていて、ミレは慌てて拾い封を毟り開ける。
『霧の壁の向こうで待ってる。』
「シルバの字…」
ミレは手紙を抱きしめながらくるりと一回転する。
そのまま流れる手つきで灯りをつけたりカーディガンをはおったり水を飲むとそうっと廊下へ出て階段を降り玄関を開けた。
村の集会所へ向かい、誰もいない村外れの道をもっと外れ、森の中の道無き道を行く。
ただ本能的に足を進めて、やがて霧の壁の前へ辿り着く。
「シルバ!!!きこえる!!?」
ミレは叫んで手を延ばしながら霧の粒を裂く様に飛び込んだ。
「ミレ、こっち。」「どっち!?わかんない!!」
「前に僕を追ってきたみたいに、あの時を思い出して。」
霧の中でちらちらと舞うシルバの姿につられて、ミレも脚を動かして、霧のにおいの終わりと共に現れた手を取る。
「シルバ…!ただいまっ!」
ミレがシルバにぶつかりそうになり、少し後ろへ退がるがシルバは自分から前へ出てミレを抱き止める。
「おかえり。」
ミレは照れながらシルバの背中をたたくと、シルバは手を離した。
「なんか帰ってからもーみんなに会いたくてたまらなかったよー!あ、別に村のみんなといるのがたいくつって訳じゃないけどね?」
「それはそうだね。」
「…シルバ、なんか雰囲気変わった?なんかさらに大人っぽくなったー」
「…久しぶりに会うからそう感じたんじゃないかな。ねえ、花畑へ行かないか?ちょっとしたピクニックの用意ならしてる。」
「夜にピクニックー?いけない子だねー光る花畑はきれいだしたしかに何度も行きたくなるのはわかるけど~」
「違う。普通の花畑だよ。」
「前に魔女のみんなで行った?夜だし普通花は見えないんじゃない?」
「いいから行こうよ。」
少し首を傾げるミレの手を握って、シルバは歩き出す。
見慣れて、また忘れていた森の木々の灯りを浴びながら少年と少女は往く。
爽やかな花の香りが風に漂って来た頃、二人は花畑に辿り着いた。
「ふわ…ほんのり光ってる?ここの花もやっぱり魔女の森生まれなんだねー!すごい!」
ミレは花を一つ摘んで、匂いをかぐとシルバの耳の辺りに差すなり駆け出し、しばらくするとゆらめいて花の中へ倒れ見えなくなった。
シルバはあせらず歩みを進めて寝転ぶミレの隣に座る。
「ねーそういえばみんなはどうしてる?この花畑にはいないの?」
「僕だけじゃ不満?」
「別にそうじゃないけど‥みんな眠ってる時間だよね。なのにわざわざ連れてきてくれてありがとう。」
シルバのふいにのぞき込んできた視線の強さに推されて、ミレは声を小さくして言う。
「色々あったけど、こういうまったりできたのはほんと久しぶりだなー。シルバも…私を色々助けてくれてありがと。」
「ミレが素直にお礼を言うのは何か変な気がするな。」
ミレが手を伸ばしシルバの後ろの髪を少し強く引っぱって、シルバも負けじとミレのおさげをいじり、無言で攻撃し合っていた。
そのあとは飽きた様に手を離し、しかし風と花の匂いや互いの気配が心地良い時間が流れる。
「そろそろ館に行こっか。もう夜が明けそう…」
「んあ?」
軽く肩をおさえられ、また花の中に背中をついたミレにシルバが正面から覆いかぶさる。
「…」
「どうしたの?」
「僕は…ミレといると楽しかった。今までそのことに気づかなくて…でもウィリアン様がいなくなって、ミレにもお別れを言えなかった。それが、ずっと引っかかっていて‥これは、何だと思う?」
「私にきくのー?」
笑うミレの前でシルバの目には少しづつ水の膜が張っていく。悲しいことを哀しいと言えない人間の
零れ落ちそうな水をミレが指先で止める。
「恋じゃないかな。」
「恋…。」
ミレはゆっくりシルバを抱きしめる。シルバはミレの首元にそっと顔を寄せた。
「ミレ…今だけ、僕の恋人になって。夜が明けるまで…僕以外に、魔女のみんなには会いにいかないで。」
「いいよ。朝日が昇るまで一緒にいよっか。」
二人は唇が触れ合うだけのキスをした。その後は互いに花冠を作って頭に乗せあったり、互いに膝枕をして思い出話をした。
静かな夜風に吹かれながら、ミレはシルバの片膝に頭をのせたまま近くの花やシルバの手に指を絡めて遊んでいる。
「私初恋で彼氏ができちゃったー。」
「僕は…‥」
「え、その間は!?私と同じじゃないの!?誰!?」
「知らなくていいよ」
「えー!そんな~私シルバの彼女なのに!」
「そうだね。僕も、今はミレの彼氏だ。だから、僕のことだけ考えてて…」
二人は眠ったり、起きたり、キスをしたりしながら、夜明けを待ち、怯える。
シルバはミレにもう一度ながいキスをすると、瞳を見つめたままローブのポケットからハンカチを取り出した。
「恋人のあいだでは、お互いのイニシャルを入れた服や小物を贈りあうっていうのはまだある?」
「うん、恋人になったらしたいことっていつも女の子の話にあがるよー。は!もしかして!それ!?」
「うん、ミレに…」
起きだし手をのばしてハンカチを奪おうとするミレをかわして、シルバは目の前で『S』のイニシャルが見えるように広げる。
「わ~…ゆがんでる刺繍がまたシルバっぽくて、なんか、いいねー‥」
「なにが。ミレはやっぱり変だ…」
ハンカチ越しで見えないシルバの照れた声を聴いて、ミレが覗き込もうと首を傾げた時、ハンカチがミレの顏にかぶせられた。
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