最終章 人への旅立ち#13


元来たはしごを喧嘩しながら戻った二人は、さらに残りの二人の怒りの小言を聞き流しながら部屋を出ていた。

「ウィリアン様が動くなってー。でも私はリルやアイヴァンを追いかけたい。」

「僕は…ウィリアン様だって危険だと思うから、迎えに行きたい。」

「私、は…‥ウィリアン様の言う事、ちゃんと、きく。」

「皆ばらばらな事を言うなよ。こういう時こそまとまらないと…」

四人の声を裂くように対角線のドアが高い音を鳴らせた。

「みんなの衣装作ったから…来て。」

中ほどまで開いたドアの間からヘンリーは体を覗かせ、四人の目をさっと見渡すと部屋の薄闇の中へ消えていった。

「ヘンリーがいたの忘れてた…」

「僕はヘンリーに集まろうって声かけたけど、仕事が忙しいって断わられた‥完成したってことなのか?」

「……」

「どうしたの?ヘンリーが来てって言ってるんだからお邪魔しようよ!」

ミレは一人先陣切って歩いて行き、開いたままのドアの隙間に指を掛けて大きく開く。

途端夕暮れとランプの明かりが混ざりあった怪しげな煙の色がミレの足元まで広まって、そこの主も姿を現す。

「ミレ、…ミレの衣装は特に時間をかけたんだ。気に入ってくれないと、怒るかも。」

「気にいるよ!可愛い~ローブ!ふわふわの生地だ!赤がメインなんだね~!王様のローブみたーい?」

「どちらかというと魔術師のイメージなんだ‥」

「衣装?って何の話をしてるんだ?!」

「ぶふっ」

「あ、悪い!」

恐らくヘンリーの部屋へ久しぶりに入ったと思われるレオルドは、あまりに服で散らかった部屋の中で気にすることなくはしゃいでいるミレと、衣装をミレに羽織らせているヘンリーを見て後ずさり、クロデアにぶつかり小声で謝った。

次にヘンリーは服の山の中からまた別の衣装を引きずり出して、後ずさり続けるレオルドの腕を取り、深緑色の上下の衣装を彼の両肩に掛けた。

「レオは教皇の役がいい。」

「…‥ヘンリーはリルに加担してるのか。」

レオルドの横に並んだシルバも衣装掛けられそうになった時、そっと手で押し返し言うと部屋の空気に息を呑む音がいくつか混ざる。

「これからそうなろうと思う。僕は愚か者の役だから、愚かな事しか出来ない。」

ヘンリーはいつもより無表情のまま屈んでクロデアにも衣装を渡す。そのまま作業机に戻ると、別の衣装を取り出し、眺めている。

「もう…違う物語が始まってるんだ。いつかこんな日が来るんじゃないかと思ってた。その日の為に、ずっと皆の分の衣装を作ってたけど…もうルルカはいない。」

「物語ってなんだ!!お前はこうなることがずっと分かってて、面白がってたのか!?」

レオルドが走るようにヘンリーに近づき、服の襟を掴んで怒鳴った。

「僕が服を作っているのは、人生は物語で、その物語を服で彩りたいと思ったから…その気持ちは絶対に変えられない‥だからこれからの物語の為に、新しい衣装を。」

ヘンリーは自分の衣装を素早く身につけると、誰にも見せたことのない微笑みを四人にゆっくりと振り撒いた。

襤褸のような衣装をまとったその姿は、なぜか不思議な威厳に満ちていて、誰も最後には衣装を着ることを拒めなかった。

「衣、装がある、なら‥台本があるでしょう…?」

「僕は台本を書く役目じゃない。これから起こることが台本だよ。クロデアが生き残ったら…改めて本にすればいい。」

「私、が…」

「君はもう立派な劇作家だよ。もっと衣装を、作ってあげたかった…。」

ヘンリーは自分のベッドの下から、彼の胸を覆う大きさで視線を焼くような鮮やかな赤の箱を引き寄せて抱えると改めて四人の前へ立つ。

「ヘンリー、その中も衣装なの?誰の?」

「僕の女王へ渡す分…みんな、今までありがとう。僕は行くよ。」

ヘンリーは破れた衣装を身に飾り、殉教者のごとく四人の間を擦り抜け、扉を目指す。

「ヘンリー!僕は認めない!!行くなよ…!」

レオルドはヘンリーの襤褸の衣装の裾を思い切り引っ張ったせいで、気味の良い音をたててその一部は端切れに成ってレオルドの手の中に残るが、ヘンリーは止まりはしなかった。

扉の取っ手に手をかけたヘンリーのすぐ近くまでクロデアは走り寄る。

「ヘンリー!!!私っ、絶対また、台本作る、から、その時は!また…みんな、で劇を作ろう!!!」

ヘンリーはゆっくり振り返る。クロデアがつけている衣装の一部である波型の飾りが付いた黄色のカチューシャを直すように、頭を撫でた。

「もちろんだよ。」

頭から手を離してそのまま部屋の空間そのものに別れを告げるようにぼんやりと手を振ると、扉の先へ流れるように向かっていった。



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