最終章 人への旅立ち#11


初めて得た自由。右へ行くのも、左へ行くのも私の自由だ!

だけど市場に昔買い出しにつき合ったことぐらいしか外を知らない私は、どこへ行くべきかほとんど分からなかった。けど…一つだけ、客が噂しているのを耳にした、魔女が子どもを捕まえているっていう、東の森。

捕まえられた子どもは食べられてしまったり、魔女の仲間にされたりするらしい。

多分ただの馬鹿みたいな噂なんだろうけど、もし本当にあったら…魔女の仲間にしてもらえるかも!と思った。

だって素敵じゃない?魔女の仲間になれるかもしれないんだよ?

もしかしたら食べられるかもしれないけど…それでも、自由になった私が行きたいと思えたところはそこしかなかった。

客がくれた古い地図と方位磁石を手に、お菓子を食べながら森の中を進んだ。

怖かったのは、言葉の通り…パピイが私を追いかけてきていることだった。

森のどこかからパピイが私を呼ぶ声がする。

娼館はどうしたんだろう…マンマアも仕事もおいて、どうしてそこまで私を連れ帰ろうとするの?

森の木々の根本や岩陰に何度も隠れて、時々葉っぱに埋もれて眠りながら私は東の森の入り口を目指して、恐らく三日は経った頃…私は霧でおおわれた森の入り口へ着いた。

「やっと…!!でもこのまま飛び込んだら、辿り着けるのかな…」

「アイヴァーン!!!」

振り返るとパピイがすぐそこまで走ってきていた。私は考える間も無く目の前の霧の塊にとびこんだ。

「パピイ!!私!もうあの家には戻らない!!この先の場所で、新しい生活を送りたいの!!ほっといて!!」

「誰がそんなことを言った!?私は、お前と一緒にいたいだけなんだ!!」

私は霧の中で私の手を掴もうとしてくるパピイの手を何とか避けながら、霧の先へと転がり出た。

私の体力はもう限界だった。霧を出た後の湿った土をふみしめながら何とか進んでいたけど、とうとうパピイに捕まった。

パピイが筋肉質な両脚を使ってぎっちり私の体を押さえこむ。

「離して!!私のことはほうっておいてっ!!!」

「お前を放っていくなんて出来る訳がない…愛しい私の娘。」

「え…」

何のこと?ときく前にパピイが話し出す。

「パピイは、お前の本当のパパなんだ。お前だけのパピイだ。前にそう伝えただろう。お前のママ…ハーコートが館にやってきた時、パパはハーコートに一目惚れしたんだ。あの美しい薄紫の瞳…私を見下した視線…すべてが最高な女だった。俺はすぐその場でママを愛した。ママも私に応えて、たくさん手のひらで私をたたいたり大いに叫んだりしてくれたよ…ああ…今思い出してもいきそうなぐらいだ…ほどなくしてハーコートは妊娠した。前から避妊薬を服用していたみたいだが、館に逃げてくるまでに切らせていたみたいでね、効果が切れた隙に授かった宝というところか。マンマアはそれはもう怒り狂ったよ。避妊薬漬けの女はどれでも好きにつまんでいいと言われていたが処置前のに手を出したからな…

どうにかして堕ろさせようとやっきになるマンマアをなだめて出産までもっていくのは苦労した…まぁ結局お前が生まれたら、マンマアはとりこになってしまったわけだが。罰として、ハーコートはアイヴァンに関わらないことを命じられた…ハーコートは子どもには興味が無かったからちょうどよかったがな。

お前は…ハーコートの似の珍しい薄紫の目、私と同じ色の髪…顔の並びもパパとママの良いとこ取りだ。最高の娘だ…」

「パパ…パピイが、パパだったんだ…」

胸があったかくなった。私がずっと探していたパパが、こんな近くにいたんだ…パピイは私を抱きしめながら、続けた。

「私はずっと…本当はお前ぐらいの歳の女が好きだった。ハーコートも初めての時十四だったな。館にいるのは年増ばかりだし、マンマアはあんなだろ…ずっと我慢していたんだ…」

パピイがなぜか私の服を脱がせてくる…どうして‥?

「お前は私の一番の好みの女なんだ。お前が産まれて以来ハーコートには相手にされなかったが、お前はハーコート以上の美人だ。その薄紫の目…そう、私を蔑む目…美しいんだ…最高なんだ…私と、お前で薄紫の瞳の子どもを作ろう。何人でも…その子達がお前の歳になったら、また愛して、また薄紫の瞳の子を作ればいいさ…」

何を言っているか分からなくて固まっている私に圧し掛かったまま、パピイは自分のズボンを下ろして、肉の棒を見せつけてきた。

そのまま私の両足をつかんで広げてくる。これって、嬢とお客がする、…

ヒュン! 鳥の鳴き声みたいな音がして、私達の頭の上を何かが飛んでいって、向こうの方でトン!と木を叩く音がした。

「離れなさい!汚らしい…!!」

女の人の、今まで聞いたことのない華やかで、大きな声が聞こえた。

私は声がした森の奥を見た…

きらきらした森の光を細かく撥ね返すみたいにして歩いてきた、とても綺麗な色の金髪で、ハーコートが持ってた青い宝石の色に似た瞳の、若い女が戦士みたいに弓と矢を構えている。

私のいた娼館にはいなかったけど、都会の高級娼館にはこんな嬢がいるのかな…と思った。

パピイが私から離れて、ズボンを直しながらナイフを取り出した。

「お前が噂の魔女か…私達の仲を裂くだけでなく娘も奪う気だな。…葬ってやる。」

パピイが見たことない速さで女に向かって走り出した。女がパピイに向かって何度か矢を放ったけど全然当たらないまま、ナイフが女に届こうとした瞬間、カラスがパピイに襲いかかった。

「糞がっ!!邪魔をするな!!がはあっ!?」

カラスの口から白い煙が出て、パピイの顏の周りに漂うと、そのままパピイは花瓶みたいに真っ直ぐのまま倒れた。

「パピイ!わっ…は‥」

カラスがもう一匹やってきて私の肩に止まって、煙を吐いた。そこから私の記憶はなかった…




…何だろう。すごく良い香りがする…花の匂いかな?娼館の嬢達が纏うきつい香水の香りとは違う、自然な匂い…おまけに、木の枝が髪に触れるみたいに、さわさわって…

「ああ、気づいたかしら?」

ちょっと開けた瞼の隙間から、さっきの女の色々な輝きが一気に目に入って、あまりの眩しさに私はまた目を瞑った。

「まだ気分が悪い?抱っこして運びましょうか。」

「運ぶ…?どこへ!?」

館へは帰りたくない!!私は暴れて女の膝から転げ落ちた。

「大丈夫よ。家へは帰さないから。」

おびえながらパピイの姿を探す滑稽な私に女は微笑みながらまた近付いてきた。

「あなたは…魔女?パピイは…どこへ行ったの?」

「パピイは私が説得してお帰り頂いたわ。二度とあなたには会わない。」

不審な目を向け続ける私にも怒らず、女は微笑んだまま私の服に着いた色々な汚れを手で払ってくれる。

「あなたは…きっと自分からここへ来てくれたのよね。パピイや、色んなものから逃れる為に、ここはそういう子達が集まって人生をまた始める為の場所…新しい形の家族が生まれて暮らしているの。まだ子ども達は少ないけれど、これから頑張っていくつもりよ。あなたも一緒に来てくれる?」

女は最後に両手をパンパンと合わせて泥を落とし、私の片手を握る。私がそっと握り返すと、そのまま強く抱きしめられた。

それでゆっくりと二人で立ち上がって、私は森の奥へ導かれる。

しばらくして来た道を振り返った。…泥に残っているパピイの足跡は、来た道の分しかなくて、帰りの分はない。まるで突然消えたみたいに、…

パピイは私のパパだったけど…私が求めていたパパとは違った。

いつだって、理想のものは手に入らない。でも努力することは出来る。私はあの家族からそれを学んだ。だから、もういいかな。

私は女の腕にぎゅっとしがみついた。女はどこか固いけど、また笑みを返してくれて、私達は本当の親子のようにしっかりくっついてまた歩き始めた。

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