最終章 人への旅立ち#9

私は扉の外から聞こえるみんながケンカするみたいな声で目を覚ました。

私はこの前、ミレと一緒に行った森の奥に生えていた樹で遊んでいたら樹に殺されそうになった。

口にするのもこわい…世にも恐ろしい光景を見た後、私は樹から落とされて気を失っていた。

…その後みんなが私を助けてくれたけど、このこわい出来事が忘れられなくて、私はずっと部屋から出られなかったけど、勇気を出して夜中に食堂へ下りた後ウィリアン様に励まされてまたみんなと一緒にご飯を食べたり遊んだりの毎日を過ごしていた時だった。

裏庭からロズンドとナナヤの叫び声が聞こえてきて、恐くてたまらなかったけど、みんなについていって…二人が血だらけで抱きあっているのと、森の奥へ逃げていく何かを見た。

その日から全部が恐くなってまた部屋へひきこもった。

こわい!こわい!!なのにまた変なことが起ころうとしてる…!!!

音でそう感じた私は、震える足を精一杯動かして扉の隙間から廊下を見た。

信じたくない―‥!だけどそこにひろがってたのは…木の枝が密集して蠢いてる化け物、その側でなぜか微笑んでるリル、一番…思い出したくなかったのは…ルルカの…首!!

私は素早くドアを閉めた後、頭がぐちゃぐちゃになってわけが分からなくなっていたけど…なんとかベッドの下に隠していた前に作っていた脱けだす用の縄梯子をセットして窓から逃げ出した。

脚がものすごく震える…でもここから離れないと、また、あの時みたいに殺されそうになる!!!

走れ…走れ…走れ…!!…あれ?私、前にもこうやって、走ったことあったな…そうだな…この森へ逃げてくる時に…あの館から…あの人から…逃げる為に……








私は生まれた時からたくさんの女に囲まれて暮らしていた。とある森のはずれにある、安さが売りの娼館…そこが私の家。

ほとんどそこから出たことが無かったから分からないけど、お客がこの館にはブスしかいないって言っていた。

言われてみれば、みんな個性的?な顏だし、肌の色も同じ濃さの人がいないと思った。

この館をずっと仕切ってる『マンマア』がいて、マンマアは横に大きくて毛深くて、目が分厚いまぶた覆われてて、肌だけは妖精のように綺麗で、何か争いが起きると大声で怒鳴りつけて解決させていた。

出入りする男達は旅人や貧乏人が多くて、身なりが汚い。

頭の上でノミが踊ってたりするから、マンマアが怒りながら消毒の粉を客の頭にぶっかけている。たまに私も台にのぼって、お手伝いする。

私は館に満ちているあえぎ声を子守歌に、客と楽しむ為の道具をおもちゃに、すくすくと育った。

お客が私と遊んでくれることもあったけど、一度真ん中の穴に指を入れられて痛すぎて泣いてしまってマンマアが助けてくれて以来、あまりお客に自分から近づかないようにした。

女達はだいたいいつも二十人ぐらいいた。借金を返したからって出ていった女や、いくらか分からないけど客がマンマアにたくさんお金を払って女を花嫁にするって持ち去ったり、女が来る時はどこかから、マンマアが連れてくることが多い…

そんな感じだから長い間いる女もいるし、すぐいなくなる女も、若いのも年増のもいる。そんな私の家…。

私は生まれた時からここにいたから、私の面倒をよくみてくれた女、『ラナ』に、私はどこから来たの、ってきいたら、ママのお腹の中からって。

マンマアの?って言ったら、違う『ママ』っていう、私が生まれてくるために、お腹の中のゆりかごを貸してくれた女の人のことって…その人の名前は?この館にいる?ってきいたら、そっけなく、知らないって言われた。

マンマアにも、ママはどこ?ってきいたら、いつもみたいに怒鳴られた。

ママ…ちょっと退屈な毎日の中で、私はママのことを考えるのが趣味になった。館にある日誌を読んだり、お客にこっそりきいたりして、私はついにママを見つけた。

館の中では古株の女…『ハーコート』。髪はたいしたことない茶色だけど、瞳の色は私と同じ紫だ。館の中では美人な方で、なぜここにいるのか客に不思議がられていたけど、どうやら悪い人からお金を盗んで逃げるようにここへやってきたらしい。私はほとんど話したことのないハーコートの部屋へ行ってみた。

ドン!ドン!ドン!ドンドン!!ドアを何度もたたいて彼女が出てくるのを待つ。

「なんだ!!楽しんでるとこなんだよ!!」

客が怒りながら扉を開けて私を睨みつけた。

「私のママ…ハーコートはいる!?」

「はぁ?ちっ、ハーコート!お前に用だってよ!」

私は初めてハーコートをまじまじと見た…ハーコートはシーツを巻きつけながら、腹ばいになってじっと私を見ていた…おんなじ、紫の目、シーツを巻きつけてても分かる、華奢な身体。何才ぐらいなのかなあ?

「ハーコート!ちゃんと、話したことなかったけど…私のママなんだよね?」

「ええっ!?お前、子どもがいたのか!?」

「知らない。こんなガキ。出ていけよ。」

私は負けない!部屋に入って、ママのベッドに腰かけた。

「私に触ったらマンマアに言いつけるからな。何しにきたんだ。」

「私…私のママをずっと探してたの。自分で調べたり、お客にきいたりして、ハーコートだって分かったから、会いに来たの!」

「お前は…母親の意味が分かってんのか?私は娼婦だ。母親になれるわけないだろ。」

ママが凄い目つきで私を睨む…かっこいい…

「赤ちゃ~んができることは毎日してんのになあ。」

客が私のママの上に寝転んで頬にキスする。

「もしかして新しい妹か弟でも欲しいか?よし!今からつくってやるから見ていけ!」

「とっくに薬漬けだから出てきたって肉の塊だ…」

客がママのシーツをはぎ取って、自分のズボンも脱いで、ママの脚を持ち上げる。

「お仕事するの?私応援するね!お客さん!これ、私の仕事の一つ、『応援のお歌』です!追加料金がつきます!」

「金取るのかよ…」

ママのあえぎ声。客の荒い息。ぎしぎし凄い音のベッドの揺れ。それに合わせて私も揺れて、リズムよく手を叩いたり、でたらめに歌ったりする。

たまにうるさいって怒られて追い出される時もあるけど、結構評判良いんだよ。

ママの声が段々高くなってくる。もう向こうへいっちゃう、のかな?じっとママを見てたら、ふとママが哀しそうな顔をして、うっすら涙を浮かべて私の手にママの手を重ねてきた。私も握り返してみた。

ママの声があーっ!て高くなって、身体が跳ねて、客も天井を見ながら跳ねて、私も一緒に跳ねて、なんだかベッドごとみんなで飛んでいっちゃいそうだった。ママも幸せそうな顔をしてしばらく私の手を握っててくれた。

これが、私とママの、初めて『絆』を感じた瞬間。

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