最終章 人への旅立ち#8


「よし!こんなもんでいいでしょ!もーリルも後で直す人の気持ち考えてほしいよね!」

「…」

「…」

様々な窓の残骸を袋に詰め、窓をいくつもの木の枝で不細工に埋めた子供達は疲れのあまり立ち尽くしていた。

「ミレは…怖くないの?リージャは、あんな、……木の妖精に、なっちゃった、のに…!」

廊下の騒ぎに気付き起きたクロデアは途中から扉をほんの少しだけ開け窓の光を塞ぐ者達を見ていた事を告げ、後片付けに加わっていた。

「人を殺す奴を妖精なんていうのか。」

「シルバ!言って悪いことがあるだろ!」

「本当の事から目を背けるな。…僕とミレは採掘場奥の森で生き物を喰う木を見たことがある。そこには独特の匂いがあって…リージャから漂ってきた匂いもそれと同じだった。だから、きっと…」

「きっとルルカも殺してるって!?まだリージャ本人から聞いた訳じゃない!なんで仲間を信じてやらないんだ!?もしかしたら、魔法の力を使った壮大ないたずらかもしれないだろ!!そうだ!もしかしてアイヴァンも協力してるんじゃないか!?アイヴァンに訊きにい―」

「そんな訳ないだろ。アイヴァンはその生き物を喰う木に殺されそうになって、だからずっと塞いでたんだ。それにあいつがこんな悪質な悪戯するような奴じゃないのはお前も分かるだろ。」

「ごめん割って入って。ケンカするのやめよう?私は…もう一度リルとリージャに会って、きちんと一から十まで訊きたいと思うんだけど、そうしない?」

ミレはシルバとレオルドの肩を同時に掴んで、注意を自分に向けさせた。三人は戸惑った表情でミレを見つめる。

「私だって怖いよ。みんなと出会って過ごした時間はそりゃ短いけど…みんなのこと大切に思ってる!リルのこともリージャのことも怖がらずに向き合って…どうにかこうにかしたい!」

「どうにか、こうにか…合ってる?」

「正直、ミレの楽観主義…今は苛々するよ。僕らの家族が…こんな目に遭ってるのにどこか他人事だろ!」

「レオ、ルド…ミレは、今までだって、私達の為、に、色んな協力、してくれてたよ…他人、なんて言わないで…!」

「あーごめん‥気にしてないよ。あながち外れてないとは言えないし。そーそー、こんだけうるさくしてもアイヴァン出てこないの気になるから、とりあえずー見にいこっか‥」

いつもピンと伸びている背すじが少し曲がったままアイヴァンの部屋へ向かうミレの姿をじっと眺めて、シルバはレオルドの背中を強めに叩いた。

「痛い!なんだよ!?」

シルバは怒るレオルドを追い越してミレについていく。

‥一緒にアイヴァンの部屋の扉の前へ立つ。控えめにノックをした。

「アイヴァーン…!起きてるかな?‥はいりまーす!!」

静かな部屋の中に、荒々しく扉が開く音だけが生まれて、後には何も返ってこない。三人が続きながら入った後、一人が恐る恐るあとに続く。

「アイヴァン。廊下での騒ぎ気付いてたか?怖かっただろ…。」

「アイヴァン?寝てる?そりゃ!」

ミレがシーツをめくると、ベッドの寝具は人の形を覚えたまま中身は入っていなかった。皆でクローゼットを開けたりして探したが、部屋に主は居なかった。

「もしかして、‥リルについていったのか‥」

「あっ!これ!」

ミレがベッドで隠れた床の影を指差す。他の三人がその辺りに集まった。

 皆の部屋にもある同じベッドのはずが、その脚には不格好な荒い縄が二本巻かれて、その続きは少し開いた窓から出て行き木の棒を咬ませながら地面まで垂れ下がっている。

「縄ばしご…!アイヴァンの奴、これで逃げていったのか!?なんで…」

「アイヴァン‥最、近ずっと、怯えてた…たくさん大きい音がしたから怖くなっ、た…のかな」

「…僕達も降りる?」

「危ないから止めとこう。ちゃんと玄関から出て状況を‥あっ!!」

ミレに釘を刺す言葉を告げようといた方向を見たレオルドは声をあげた。

ミレの特徴的な髪が一部窓枠に引っ掛かっているだけで、窓の風景からはほとんど姿を消していた。

「こう、いう時のミレ、‥すご、く速い。」

「ミレっ!戻ってきなよ!」

「足を踏み外さないようにちゃんと確認しながら降りるんだ!」

シルバとレオルドはお互いに顔を見合わせると、静かに睨み合った。ミレは頭上での諍いなど気にする素振りも無く着々と降りていく。

「アイヴァン器用だよね~…こんなしっかり、したはしご作れるなんて~」

時おり足さばきがあやしいが地面が近付いてきた頃、ミレの視界の中に何かの影が閃いた。

窓から何かを言い続けている三人が何かしたのかと目線を上向けると烏が真上を飛んでおり、その脚で掴んでいた封筒を放した。

「手紙っ!?よっ、あわっ?!」「ミレ!!」

ミレが手のひらで封筒を受け止めようと身体を伸ばした時、バランスを大きく崩し、窓から半ば身を乗り出し見守っていたシルバがそれに反応して梯子に足をかけて空へ跳んだ。

幾重にも重なる白い布が広がるシルバの視界の中で、風を切って現れた脚を掴んで思い切り引っ張った。

いくつもの叫びが重なったが何かが地面に落ちる音はせず、一瞬静寂が訪れる。

梯子上で広がる光景…ズロースが丸見えな一方腰から先はスカートの中のペチコートに埋もれているミレ、羽織った黒いローブを口や脚にまとわりつかせながらその隙間から顔を出し息をしているシルバ…二人共逆さまになったままなんとかひざ裏を梯子に絡めぶら下がっている…ミレの片足はシルバが掴んでそうさせたが。

ミレは裏返った服の中の視界で、なんとか掴み取った手紙を開いて読み出した。

「やっぱり手紙だったよ!―…『何があったのか、ノアに見せてもらった。今からそちらへ行く。屋敷から動かないで。』ウィリアン様の字だ!」

「その状態で読むか普通!?それよりミレ!下着が…見えてる!早く上がってこいっ!」

「ウィリアン様…!」

「ミレ‥僕も同じ様な態勢でぶら下がってるから、合図するまで急に起き上がらないで」

「どうしよう…そうは言うけどアイヴァンを探しに行かなきゃ…シルバ!もごもごって何言ってるの!?よいっしょおっとお!!」

ミレは腕を振って助走をつけつつお腹に力を入れながら上半身を起こすと、連動した膝がシルバの頭に綺麗にぶつかった。

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