最終章 人への旅立ち#7
沈みゆく太陽の光と輝く森の木々の晄が混ざりながら表面を覆っている半球型の巨大な建物の中で、
それが片手のひらいっぱいになった後、建物の中に多数存在するさらに小さい半球型の一つに近付いてもう片方の手を触れた。
風が空気を切る様な音がして、ちょうど人一人分の穴が開き、そこから魔女は中へ入る。
不揃いの容姿を持つが、共通の特徴も持つ大型の動物が九匹、寝ていたり餌を食べていたり空間をうろうろしている。
そのうちの何匹かが魔女に気づき、親に気付いた子どもの様子で嬉しそうに気付いてきた。
その子達に夢を与えるように美しいが哀しみも浮かぶ笑みを従えて手から葉を配り
「どの子が私の味方になってくれる?」
囁きながら問い掛けた。
窓が透ける天井越しに疾る梁や雲の影の中に、鳥の影が混ざり、嘴で激しい音を立てて
「…今開けるわ!」
天窓が開き
霧の息が嘴から出て、やがて大きな塊になり、魔女の視線の高さまでに成ったところで幻想を思わせる色合いの映像が中に浮かんだ。
細い子供の腕が妖しく映り…おさげの子供が小柄な少年を抱き締めその背中を撫でると、木の枝が唐突に生えそれは服を襤褸襤褸にしながら数を増やし少年の全身を隠すまでに増えた。やがて木の枝‥もはや一つの林かと思われるそれは少年自身を吊り上げるまでになった。
少年は最初から半開きの目でどこかを見つめていたが、木の枝に覆われるとぐるりと下側に付き、木の根っこのごとく地面と睨めっこしているようでもある。
次に切り替わった場面では、少年はおさげの子供を木の枝に乗せたまま誰かと対峙している様だった。
しばらくすると木の枝の化身はおさげの子供と少年と一つ塊になりこちらに向かって走って来ると、音はしないが硝子が粉々に飛び散り、二人は消えるとまもなく入れ替わりに別の少女が現われる。
その少女は二つ結びの黒髪を靡かせて、哀しげな視線が合う。そこで映像は水煙と共に四散した。
あまりに見覚えがあるが信じたくない子供達の姿に、ウィリアンは微かな涙と震えが止まらない。
「…今のはっ…何なの!!どういうことなのっ!!
「お願い!!戻って…どういうことなの!!!説明してっ!!!」
「説明に来たよ。何から話そうかな?」
先ほどの空間が開く音がした後、そばかす顏で金茶色のおさげを持った十四歳前後の少女がゆったりと歩いて現れた。
「また違う見た目なのね…気持ち悪い。」
「ひどい。こんなに素朴で普通の女の子なのに。確かに普通とは地域に寄って」
「どうだっていい!リージャは、どうして…!!」
動物の頭を撫でていた少女に近付いて腕を掴み魔女は叫んだ。少女は同じ力の強さと動作で魔女の腕を掴み返す。
「リージャは、私達が育てたの。正確に言うと、赤ちゃんの頃から魔法を施して…やっと完成したから今がお披露目と試練の最中。そしてこれからの話なんだけど、ウィリアン。貴女はここの管理を降りてもらおうと思うんだけれど。」
「…何…」
少女を掴む手の力が抜けていくが、魔女を掴む手の力は強まっていく。
「リルティーヌ。あの子が私達に気付いて、交渉を持ちかけてきたんだ。けっこう前から私達の事気付いてたみたいで、貴女に替わって自分が管理者になりたいからチャンスを下さいって、健気だったの。だから…」
「そんなことっ、させない!!私がこの森の魔女で、母親よ!!!」
「そうよね。解かる。だから今から試練の開始よ。」
「試練?」
魔女は少女の腕を完全に離したが、少女は魔女のもう一方の手を力強く掴む。
「私達だって今まで貴女と過ごした日々を忘れたわけじゃない。でも、本当のことを言うと貴女は思ったような結果を私達に提供してくれなくて…どうしたらいいかって、それが悩みだった。そこにリルティーヌが話しかけてきて、思いついた。貴女達で管理者の座を争ってもらえばいいって。」
「争う…どうして、そんなことしなきゃいけないの?あの子は、私の子どもよ…」
「本当は嫌いよね。」
二人が言い争う声に怯えて、動物達は少しづつ部屋の隅へ移動していく。
「何…」
「貴女の心を視ている時、リルティーヌと関わると心の波が『嫌悪』の感情のそれと同じになるの。」
「嘘よ。」
「認めたら楽になるよ。…母親はすべての子どもを平等に愛さなければならない。だから貴女は―」
「違うっ!!絶対にっ!!」
少女の腕を振り払い引き抜こうとするように自分の髪を掴む魔女。少女はその髪の艶やかさを確かめる仕草で触った後、激しく引っ張り魔女と目を合わせる。
「そう言うと思った。だから今から貴女とリルティーヌは戦うの。ルールはね…どちらかが死んだら負けだね。解かりやすいでしょ?勝った方が正義の味方だし、この森の管理者。お互いをだし抜くために他の子供達は殺したっていいの。元々みんな処分の期限は近付いてるし使い方は自由だって、リルティーヌにも伝えてあるから」
「勝手なことをっ!!!リルを、リージャを傷付けないで!!今からリルに会って、やめさせる様―」
「この試練の流れを提案してきたのはリルティーヌだよ。私達は設備を提供しただけ。あの子は今日をずっと楽しみにしていたの。」
「………」
魔女の顏にはっきりとした絶望の表情が浮かぶ。
「でも私達だって平等を忘れていない。だからここの妖獣を貸してあげたんだよ。何匹だって使っていい。この試験はむしろ貴女の方が有利かもしれない。だから、これで勝てないということは…母親の資格は無い。」
「…」
「分かってくれたみたいだから、私達は見守ってるね。お互いどこにいるかは不平等だし教えないけど楽しんでね。 じゃあ、また会う時まで…」
背を向け歩きだしている少女の背後で、魔女は近くに置いてあったスコップを振り上げた。瞳孔は開き、理性を失った表情をしている。少女が振り返った。
「やらないの?」
「っ…」
魔女の手は止まったまま少しも動かない。
「私達は知ってるの。貴女が子供を殺せないってこと。だって、大人はためらいなく何人も殺してきたのに、子供を殺したことはない。リルティーヌのことだって、怪しいと思ったときに殺してしまえばこんなことにならなかったでしょ?私達は…貴女のそんな所が好きでもあるんだけど。だから、いつも子供の姿なの。」
魔女はスコップを落として、よろめき地面に倒れ込んだ。
少女はかがんで、頭を撫でるが、魔女は掃う気配が無い。少女はくすくすと息だけで笑い声をたてると、楽し気な動作で空間から出ていった。
しばらく遠巻きに様子を窺っていた動物達が少しづつ、魔女の周りに集まってくる。複数の鼻息が魔女の髪を揺らし、それはまるで頭を撫でている感触だった。
「私は……誰がどう言おうとこの森の魔女で!母よ!!誰の、好きにもさせない…!!」
魔女はがむしゃらに地面を引っ搔きながら、涙で一部泥になった土を纏って立ち上がった。
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