最終章 人への旅立ち#6


「クロデア、ありがとう…二人はまだ眠ってる?」

レオルドはシルバとミレを引き連れてルルカの部屋の扉を開け、椅子に座っているクロデアの背中に話しかけた。

もともと猫背だった後ろ姿は不自然に曲がっていて、寝息が聞こえてくる。

「頭がベッドに埋もれてるー。これだと首痛めそうだよ。起きてークロー…」

ミレが部屋へと踏み出しクロデアの背中に向かって手を延ばした時、ジャリッと音が響いて、足元を見ると周りに砕けたクッキーが散らばっていて、その粉がミレの足元をすり抜け扉まで続いているのに気づいた。

「クッキー?もったいなーいこんな散らかして!」

レオルドはいやな予感がしてベッドに駆け寄る。

クロデアは安らかな顔とは反対の変な姿勢で上半身をベッドに横たえているが、先ほどまではその場所で寄り添っていたはずの子供達の姿は無かった。クッキーも入っていた袋だけ残して中身は空だ。

「ルルカ!リージャ!なんで?どこに行ったんだよ!」

レオルドの戸惑いをよそにミレは衣装棚クローゼットを開けたり、シルバはベッドの下をのぞいたりした。

「かくれんぼかとも思ったけど、やっぱり部屋を出ていったのか…クロデアを起こす?」

「やめとこう。クロデアはクロデアなりに頑張ってるから、今は寝かせてあげたい。」

三人は一瞬穏やかな表情でクロデアを見た後、そっと扉をくぐり廊下へと出てすぐ、

「手分けして探すべきかな。あの二人は何かたくらんでる時速いし。」

「えー私はみんな一緒がいいよ!」

「僕らは遊んでるわけじゃないよ…今日はただでさえ夜が来るのが早いのに…‥」

そこまで話して三人は気付いた。今は午後四時頃。空は今にも振りしそうな曇り空だったが、来た際この廊下奥はここまで暗くは無かった。それほど経ってはいない時間とは矛盾した、あまりにも続く闇の行く先。

木々が擦れる様な音がして、少し光が差し込み、廊下の先にある者を浮かび上がらせた。

 身体に合わず床に広がったローブの中で少年が横たわっている。

「え?リージャが倒れてる!?どうしたの、」

「ミレ!待って!‥」

「な…んだ…これ」

また木々同士が騒めく音がして廊下へ注ぐ光が大きくなる。

浮かび上がったのは、廊下突き当りの窓からの光を遮っていた木の幹に似た触手。それはリージャの背中を鉢植えに見立て朝日を思い出した芽のように生き生きと動いている。

「おなかすいたよ…ルルカがっ、うっいじわるして、たべものをくれないんだ!」

一つに見えた身体から二人の人間の気配が現われ、おびただしい数の触手に釣り上げられるようにして少年リージャが立ち上がる。

その力を無くした腕からは丸いものが滑り落ちて固い音をたてた。

「そんなに泣かないで。嘆かなくても魔女の森ここで食べ物の心配はしなくていいわ。」

触手の隙間の光を縫うようにして、ゆっくり歩みながら二人と三人のあいだに少女は現れた。

「リル、ティーヌ…」

「貴方に本名を呼んでもらえるなんて嬉しい。こんなことならもっとサプライズを用意しとけばよかったかしら。」

「リル!?これって、どういうことなんだよ!!それよりっ!!その首っ…ルルカなんじゃ…!!」

リルティーヌは泣きじゃくるリージャの背中から生えている触手を撫でながら、首を拾い三人に対して正面を向かせる…

   見慣れた顔は口元を大きく開けて、どんな光も撥ね返す事の無い瞳が発する視線が廊下を彷徨っている…

「リル、リルは、なにしてるの?」

「私はみんなのお母さんなの。ウィリアンは今日でクビね。゛様゛付けも終了。ね、リージャ。」

「おなかすいた…おなかすいたっ!!!」

「目覚めたばかりだからお腹が空いて仕方ないの?ルルカ一人じゃ痩せてるし足りなかったのね…ほら、レオは美味しそうよ?いってらっしゃい、他の子はダメよ?」

余りの衝撃に言葉を発せずに後ろへ少しづつ下がっていたレオルドの影から、シルバが浮かび上がるように前へ出た。

手には弓と矢。目を見開いたリルティーヌのすぐ側を矢が通り過ぎ、触手に突き刺さった。

「いたいっ!!いたいよおかあさん、うあああ!!」

触手に持ち上げられていた身体は床に墜ちてそのままリージャは泣きながらうずくまる。

「去れよ。次は絶対に当てる…」

「シルバッ!!何してるんだよ!!」

「ミレ、僕の部屋から予備の矢を持ってきて。ベッドの下にある…」

「わっ、了解!!」

「屋敷の中なのにローブを着てると思ったら武器を隠してたのね‥さすがシルバ。誰も信用してない。」

「特にお前はいつか何かすると思ってたから。今回のこともそうじゃないかって‥当たって欲しくは無かった」

「酷い…私だって傷ついてるのよ。」

「どうでもいい。僕の弓の腕はお前と僅差なのは知ってるだろ。お前らの巣に戻れよ。」

「分かりましたー。ほら、リージャ。私達の家へ帰りましょう。あなた達、そこどいてくれる?」

「近づくな」

「ええー?帰れとか近づくなとかどうしたらいいのかしら?‥んーあそこしかないわね」

リルティーヌは触手で行く先を塞き止められている廊下奥の光の入り口を振り返った。

それは木の枠がいくつも巡らされた、各部屋にある窓に似ているがより小さい採光の為の窓。

「ミレ。私達は魔女だから貴女に出来ないことが出来るのよ。」

矢が入った筒を抱えて戻りリルティーヌとシルバを交互に眺めるミレを睨みながら言うと、リルティーヌは床を見つめたままのリージャの耳に何か囁いた後、触手の上へ慣れた動作で飛び移ると、別の触手を軽く蹴飛ばした。

リージャは虚ろな目で顔を上げたが、向こう側にいる三人と視線が合うことは無かった。唯一こちらを見ているのはルルカの顏。リージャはルルカを手繰り寄せぎゅっと抱え込むと、触手によって宙に浮かびリルティーヌを乗せたまま体の向きを変えた。

「ぼく…まえ、はしるのおそかったけど、いまははやいんだ…このからだ、できないことが

できるんだ…ウィリアンさまにもみてほしいな…」

「一度戻って休んだら、会いにいきましょうね。きっと喜んでくれるわ…」

「うん…ルルカもいっしょにいこうね。いっしょにごはんたべよ…」

リージャはルルカの頭を撫でながら彼女の頬に着いた血の欠片を口に含んでまた涙を流すと、触手のひとつでリルティーヌを落とさない様に支え、他の触手を翼の様に駆使して窓へ向かって走り出した。

触手は窓枠ごと硝子を叩いて壊し、空中へ舞うと、触手で自分とリルティーヌを包んでボールの様に転がりながら着地し、その勢いのまま目の前の森の中へ消えていった。

「リル…本当はほうきがなくても飛べたんだね。」

ミレは粉々になった硝子とかろうじてぶら下がる窓枠の隙間から一部始終を眺めた後、呟いた。

「レオ!大丈夫か?」

ミレが振り返ると、レオルドがうずくまって吐き気を堪えていた。

「…大丈夫なわけないだろ…ルルカが、殺された!!しかも、リージャはあんな化け物で!!どういうことなんだよ!!?仕組んだのはっ、リルなのか!?シルバ!!お前は、知ってる様なこと言ってたよな!?説明しろよっ!!」

「知ってる訳ない。解ってたら、こうなる前にレオにも相談したよ。」

「……なんなん、だ……」

三人でひっついて落ち着きを取り戻そうとする姿や一部始終を、後ろに並ぶ扉の隙間から眺めていた人影は、誰かに気づかれる前にそっと扉を閉めた。



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