第三章 愛の足音#7
「ねーねー!リー!みんな遊んでくれないしつまんなーい!!」
素性の分からない男の亡骸の一部が見つかって以来、どこか肌をチクチク刺すような雰囲気の漂う屋敷の部屋、談話室にある暖炉前の絨毯に転がりながらルルカは言いました。
リージャはソファーに座ったまま、ページが取れつつある絵本を虚ろな目で読んでいます。
「ぼくはこのほんよむのにいそがしい‥ひとりであそんだらいいよ」
「リーはそれ読むの百回めだよ!!ねーかくれんぼしよ!!」
匍匐前進で少しづつ自分の足元に寄ってくるルルカを絵本から少しだけ目を出してリージャは睨みます。
「かくれんぼもひゃっかいした。ぼくはルルカがどこにかくれるかぜんぶわかるから!」
ルルカはついに立ち上がってリージャの絵本を取りあげました。
「まだかくれんぼやってないところあるんだよ。今日ならいける!」
「…?」
古くからある、市場へ連れていかれる子牛の悲しみを語った唄を歌いながらリルティーヌは馬車を進めています。
「この歌もいい加減飽きたわね…。また闇市に新しい歌でも聴きに行こうかしら…」
一人ぼやきながら一瞬だけ後ろのぼろ布を被せた荷台を見ました。
「この布くさいよ~。おえっ」
「ルルカ‥しー。ここどこかよくみてなきゃ。」
ルルカとリージャの二人は、揺れる馬車の音のあいまに紛れながら言葉を交わしていました。
森の中をしばらく進んで小屋の前に辿り着くと、リルティーヌは
置き去りにされた荷台のぼろ布がごそごそと動いて、
「あっ!ここがリルの狩場かー!」
「ルルカ!しずかに…リルがでてくるよ‥」
布から零れ落ちるように二人が出てきました。足音を殺して小屋の周りをうろうろします。
やがて扉が開く音がして、いつもと違う格好のリルティーヌが出てきました。二人は小屋の裏側へ隠れます。
リルティーヌは馬に乾燥させたニンジンをあげた後、目の前の森の中へ入っていきました。
二人は改めて周りを見渡しました。
小さいけれど複雑に重なり合い、遠くから響いてくる何者かの鳴き声…不安気に自分達を見つめる馬の視線…物は言わないけれど、存在感をもって森に溶け込む小屋からはかすかに血の匂いが漂ってくる…
「ほんとうにここでかくれんぼするの…?リルにちゃんとはなして、このばしょのこときいておかなくていいのかな…」
「リルに話したらぜったいつれてってくれなかったよ!」
ルルカはリージャの二の腕をつねって、リージャは小さく悲鳴を叫げます。
「ぐすっ…。ルルカはいつでもいじわるだ…このまえのくじびきだって…」
「しーっ!リルがもどってきたらめんどうだよ!見つからないよーにあっちから行こう!」
二人はエドモンドに持ってきていた草を食べさせると、リルティーヌとは別方向の森の奥へ入っていきました――。
一見すると館にもいそうな何てことのない鼠にみえますが、何か違うと疑ってかかると、毛並や鳴き方が違うことに気付けた途端それは二人を
「きもちわるーい!やっぱこなきゃ良かったかなー…」
「あ…でもあのうさぎかわいいよ?」
「わあふわふわ!まってー!!」
「ルルカまよっちゃうよ!おいてかないでー!!」
侵入者の気配を感じるなり動物達の方がわずかな足音だけで逃げていくので騒音を奏でているのは二人だけですが、当人達は恐ろしいのはこの場所なのだと信じて疑わない様に動きまわります。
やがて、
「このはなみたことないよ。これ、ウィリアンさまにもってかえ‥?」
何か違和感を覚えて、リージャは後ろへ振り向きました。
ルルカ‥と声を掛けようとしたリージャの目の前にいたのは、簡素な白い服を着た茶色い髪の少女。
「きみは…あたらしいこ…?」
明るい茶色の髪が斜めに揺れますが、少女からの言葉はありません。
リージャは少女に触れようとしてそっと手を伸ばすと、白い
「まって!きみはなに?」
リージャは遅い足取りで少女の姿を追いますが、やがて出てきた霧で段々と姿がぼやけていきます。
「みえない…はあ、はあっ…!!まって…!あ、わっ、」
リージャは足元の何かにつまづき、湿った土の上へ両手と膝を着きます。
何度かすべりながら一生懸命立ち上がろうと頭を上げた時、霧が立ち込める中いくつも蛇が絡まったような何かの姿が遠くに見えました。
それは充満した霧さえ舐めるかのごとく触手を独特の動きで遊ばせて、どこかを目指して進んでいきます。
「……すうっ…」
怖くて止めていた息を一口だけ吸うと、リージャはその場で意識を失いました…
「この虫もみたことない!青色とむらさき色でぴかぴか!リー!枝あげるから一緒につつこー!リー!リージャ!!」
座り込んで虫を凝視していたルルカはやっと顔を上げて、自分の後ろの方向へ向かって叫び続けています。
ばらけて生えている木々のあいまから姿を現すと思い見つめていましたが、数分経ってもリージャは現れませんでした。
「リー…どこいったの…?」
ルルカのつぶやきに惹かれるように代わりに霧の塊が向こう側からやってくると、木の枝を握り締めたルルカがおろおろしている間に、霧はすっかりあたりを覆います。
もう一度リージャの名前を叫ぼうとした時、何かのきしむ様な甲高い音が響き渡りました。それに遅れて、ズドン、ザッ…と重い物を引き摺って歩く気配がやってきます。
ルルカは怖くなり、近くの大きな岩に縋るみたいにくっつき、影の中に隠れました。
片目だけを出して、そっと気配と音のする方向を見つめ続けて…霧の塊さえそれを嫌うように散って、何かはやってきました。
ルルカは怯えて目を瞑りますが、なんともいえない腐った様な匂いと、はあはあと響く呼吸音からは逃れられません。
「だーうー?」
子どもの声が聞こえて、ルルカは目を開けました。
三歩ほど離れた場所に立っていたのは、この霧で濡れたのか全身が湿っている茶色い髪で五歳ぐらいの女の子。視線は離れた所にいる何かを見つめています。
「きみ、誰なの?」
ルルカは岩にしがみついたまま小声で話しかけます。
「そこにいたらあぶないよ!あの変なやつに見つかっちゃう!」
「あー?」
その時、はあ゛っ、とひときわ大きな呼吸音がすると、ズア゛ッズア゛ッズア゛ッ!!と引き摺る音がして、森の中にいる
少女は素早く獣のように四つん這いになって森のさらに向こうへ走り去っていきます。
「きゃあああああ!!!」
叫ぶルルカの傍を通り過ぎ、周りの土を大きく掻き分けた跡と生臭い匂いを残して
「……」
ルルカは茫然とした後しばらく泣き喚いて、泣くのにも疲れるとやがて森の外を目指し一人で歩きだしました。
朝の光が昇りきらないうちから、にんじんを詰めたバケツを下げてヘンリーは森の中にある整えられた道を歩いていました。
「ウィリアン様の友達がカラクリで世話をしてくれてるんだから…毎日行く必要はあるんだろうか…」
ヘンリーは誰も周りにいないのを分かって、時々愚痴を呟きます。
深くなっていく森の密度の中で時々差し込む木漏れ日を交互に浴びる事によって足取りがしっかりしていった頃、馬小屋へ到着しました。
にんじんの匂いに反応してか、小屋の窓からもう
「おはよう…‥サニー?サミー?まぁ…白い方の馬、もう食べる?」
ヘンリーの言葉に反応して、エドモンドとルーシーも顔を出してきます。
「サミーが先だよ。守らない子は手入れしないからね。」
そんな言葉を数回つぶやきながら、手際良く大体の世話を終えていきます。
最後に地面に敷いている藁の交換をした後、ヘンリーは小屋の近くの木に凭れて座り込みました。
普段縫い物で頭を使うことはあっても、ここまで身体を使うことはなかなか無いので彼を激しい眠気が襲います。
馬達の優しい視線を感じながら、ヘンリーはゆっくり瞼を下ろしました…
金属が激しく何かにぶつかる音で、ヘンリーは目を覚ましました。
「…何だろう」
道を挟んだ向こう側の森の奥から、鳥達が一斉に飛び立つ気配や、そよ風の中に血の匂いも混じっています。
ヘンリーは眉間に皺をつくりしばらく木の幹を握って考え込んだ後、歩み出しました。
…辺りに広がる血の匂い。森の奥から来てどこかへ続いている何かを引き摺った様な紐状の跡。
ヘンリーはそれらが酷くなる方向を目指し、進むとやがてそこは何度か通った道へ続いていて…彼もその頃を反芻しながらその終わりにある場所を目指します。
木が少しづつ減って、緑の密度の中から銀色の細長い光がいくつか瞬いて、ヘンリーの瞳を過ぎ去った後、
「……おかえり、ロット。」
森の中にぽつんと置かれた錆びた金属の檻…その扉は開いており何かがぶつかったのか大きくひしゃげたまま時々風に応じて、ギィッ…と小さく鳴いて…その中に、茶色い髪の女の子が眼を見開いたまま微笑んで、
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