第二章 私の命の速さ#17

「ローズー!洗濯物終わったから手伝いに来たよー!」

ゆるい日差しの中、一人でもくもくと野菜を収穫しているロズンドに麻の籠を振りながらミレが近づいてきました。

「ミレ!気を使わなくてもいいのに…あとできたらローズはやめてほしいな。」

ロズンドは座ったままのミレを見上げて微笑みました。隣にミレも同じように座り込みます。

「前も思ったんだけど!ここの畑って変だよね?植えてる野菜の季節バラバラなのにおんなじように実が出来てるの!」

「この森は魔女の森だからね…野菜にとって季節はあんまり関係無いのかもしれないね。」

そのことに大して興味は無さそうにロズンドは収穫を続け

かごに余ったハサミがあるから、あっちから獲って欲しい。」

「オッケー。あのさあ、相談があるんですが?」

「何かな?あの、人にハサミを向けちゃダメだよ‥」

ミレは浮ついた様子でハサミをチョキチョキと音を立てながらロズンドに向け続けています。

「私、けっこうみんなにお世話になってて、すごく嬉しいよ!でなんかお礼がしたいんだけど、何がいいと思う?」

「何が良いって…いきなり言われてもなぁ…。…何か料理を作るとかは?」

ロズンドはちょうど摘み取っていたピーマンをミレに向けます。

「料理~?‥普通のしか作れないよー…そんなの振るまってもおもてなしじゃない‥」

ミレは文句をつけながら、ピーマンをじっと凝視してしばらく黙り込みました。

「えっ、と、ミレ?どうかした?」

「え?うん、リージャって、ピーマン大嫌いだったなあって。他にも何人かピーマン嫌いの人達いたよーな…」

「ミレ、ちょっと雰囲気が怖いよ…」

「ひらめいたああっ!!!」

あまりの大声にロズンドは枝を切ったばかりのピーマンを落としました。

「ふっはは…ローズ、ピーマンいっぱい分けてほしいなー?あとさ、台所借りる許可ってウィリアン様にとったらいい?」

「ミレ、だから僕は……どうぞ。でもウィリアン様が駄目だって言ったらピーマンも返してね。」

「了解ー!さくさく収穫しよっかー!」

ミレはそこら辺に転がっている空の籠を掴むと、畑の向こう端へ走っていき、ミレの村の流行歌を鼻歌で奏でながらズッキーニを勢いよく取っていきます。

「ミレは本当に…読めない子だなぁ‥」

ロズンドはキラキラ輝くピーマンをつつきながら溜め息をつきました。


ミレとロズンドがピーマンを摘んだ次の日の午後の4時になろうかという頃、ウィリアンの許可を得たミレは自分なりに静かに、けれど意気揚々と料理の準備をしていました。

 「掃除が終わった後でいいから台所をのぞいてほしいってウィリアン様は言ったけど…何の音だ?」

シルバが食堂へ立ち寄ると、隣にあたる台所から食器や戸棚のドアが何度も音を立てるのが聞こえてきます。

「何してるんだ?えっ、ミレ!」

「えっ!?シルバっ!!あっ」

ミレが驚いていきおいよく振り向いた時、持っていた泡だて器も一緒に振って、生地がシルバの髪にかかりました。

「……」

「ごめーん!ケーキ作ってて…出会った時みたいだね!」

ミレがうなだれているシルバに近づいて、いつかと同じ動作で着いた生地をすくい取りました。

「いいよ‥もう!で?何してるんだよ!うわっ緑の生地?」

「ピーマンケーキ作ってるんだ~味見する?」

ミレはさっき取った生地をシルバの口へ近付けます。

シルバは顔を少し赤くして

「しない!ピーマンケーキってなんでそんなの作ってるんだ…」

「ふっ…ここの魔女さん達ってピーマン嫌いな人物多いでしょ!お世話になってるお礼に克服するお手伝いをさせてもらおうかと!」

「……」

台所を黙って観察すると、必要以上に散らかっている調味料類。皿に山盛りになっているピーマンのわた。後は

「青臭いねー」

耳にかかる甘ったるい声。腰に巻き付く腕。シルバはそれらを思いきり振りほどくように後ろを向きました。

「お前」

「リル!」

「けっこう五月蠅いわよ?何をしてるの?」

「ピーマンパーティーの準備です!」

リルティーヌもシルバと同じ様に台所をながめました。すると

「なんか大体分かったわ。手伝うから、何からすればいい?」

ミレは腕を大きく広げて、リルティーヌとシルバ、両方を包むように抱きつきます。リルの服にピーマンケーキの生地が着きました。

「じゃあーリルにはピーマンケーキの飾りを作ってほしいー」

ミレは台所のすぐ近くにある作業机を手で指します。 短い木の枝と、折り紙で作られた小さなピーマン。まだ折られていない緑色の折り紙と他の色の折り紙も数枚。

「…これは、どうするの?」

リルティーヌは小さなピーマンの折り紙を掴んで、ミレの眉間に近づけ

「これはピーマンだよ!」「分かるわ。」「この底に一本の枝を差してって!」「これで完成?」「ではあるけど!他にもこれから焼くケーキやクッキーに模様つけたり粉砂糖も振ってほしい!」「はーい」

二人が話し込んでいるらしいのを横目に、シルバは緑の液体がなみなみと満たされ光っているボウルに指を少し入れ、すくいます。ひと呼吸した後、舐めました。

「苦っがぁ‥!こんな苦いの、ピーマン苦手な奴が食べれると思ってるのか!?」

シルバが怒って後ろを振り返ると、シルバより少し低い身長のミレと顔がぶつかりそうになります。

「いちいち怒らなくてもー!そのケーキの素焼き上げている間にケーキにかける秘密のソースを作るんだよ!」

「秘密のソース…?」

「あっ疑いの目!別に牛乳とチーズとはちみつをとろとろに煮つめるだけだからあやしくないし!あっ、言ってしまった…」

「…美味しそうかも」

「手伝ってくれるってことで、オーケー?」

シルバは初めて、女の子の瞳の中にいる自分を見つめました。

「断るわけない…ウィリアン様の頼みだろうし‥」

「えっ!?私、ウィリアン様にはサプライズパーティーにしたいから誰にも言わないで下さいって言ったのに!?」

「直接は言われてないけど…そもそもミレは騒がしいからすぐばれるだろ。」

「今は静かに作ってたよ!ちょっと戸棚の開け閉めはうるさかったかもだけど!」

「いいから早く進めないと皆来ちゃうわよ。」

二人は一瞬リルティーヌを振り返って、気をとり直すと、

「まーじゃあ、この竈でさっき言った秘密のソースをずっと混ぜてほしいな。絶っっ対焦がさないで!」

ミレはすでに怒りながら置かれた鍋に材料を意外に手際良く放り込んでいきます。

そしてある程度材料を混ぜた後、シルバに交代し、リルティーヌの様子を見ながら自分が持っていたピーマンケーキの生地も四角い型に流し込み、竈の下の扉を開け火の中に置きました。

「よっし!今から様子見つつ30分ぐらい!シルバ、私あとピーマンクッキーも作るんでピーマン追加で摘んでくるから、あとよろ!」

「えっ…」

ミレは二人へ下手くそなウインクをすると、ほとんど左右も確認せず踊るように屋敷の外へ飛び出して台所は静かになりました。

「…ミレは…はぁ…」

「ああいう無邪気なところが気になるの?」

足音も立てずリルティーヌがシルバの背後に立っていました。

「何度も僕の背後に立つなよ。意味の分からないことも言うな。」

シルバの腰にリルティーヌの手が這いまわります。

「何をしてるんだ!」

「手が止まってるわよ。焦がしたらミレに怒られるでしょ?」

「この煮えたソースをお前の顔にかけてもいいんだぞ」

「出来るならやってみれば?」

リルティーヌは綺麗な声音で哂ったまま手を止めません。その手は少しづつ腰の前へ降りていきます。

「私もあの子のこと好きよ。今、あなたかミレのどっちを構おうかなーって迷ってるぐらい…」

シルバの奮えながら鍋をかき混ぜている腕は鳥肌と化していて、目つきも闘鶏のように鋭くリルティーヌを捉えています。

「自分の仕事に戻れよ…いつもいつも、うまくさぼりやがって…」

「一旦終わったわよ。こーんな楽しい遊び、すぐ済んじゃうし‥もう子どもの歳でもないのに次から次へこう思いつくなんて森の外ミレもここの魔女達と大差ないわね」

「お前はウィリアン様に感謝の気持ちもないのか!?それに、お前っ、ヘンリーと…‥」

「どうしてそんなこと言うのかしら?とっても、ここの魔女達には感謝してるのよ。ヘンリーも私の言うこときいてくれるし、大ー好き。」

「本当にそれ以上は止めろ。暴力はふるいたくないんだ。」

「女の子に乱暴するつもり?私はなにも悪いことしてないのに」

「お前は汚らしい男だ。」

「あ?」

「あーっ!シルバにいたずらしちゃダメだよ!」

ミレはピーマン入りの籠を片手に台所の入り口で叫ぶと、リルティーヌが作ったピーマンの飾りの上に躊躇なく籠を放って、

「こらーっ!くすぐった返しー♪」

リルティーヌの背中にひっついて脇腹をくすぐりました。

「「……」」

思わずシルバとリルティーヌは睨み合うのを忘れて、普通の目くばせをしあいます。

「…くすぐった返しー!」

リルティーヌは振り返ると同時に別人のように笑って、ミレとふざけあいながらピーマンの飾りの出来具合を確かめに行きました。

シルバは少し呆然として二人を見ていて

「…焦げてる!?」

香ばしさが過ぎた香りに、止まっていた手を素早く動かし始めます。

「シルバー?ケーキもちょっと焦げてない~?リルにずっと邪魔されてたの?リル、ごめんなさいは!?」

リルティーヌの謝る声を背にしてシルバに近づいてきたミレは、シルバの足の前にあるかまどの炉を覗くため、中腰になってシルバの脚の間から顔を近付けます。

「何っ、してるんだ!?」

「おーう、良い焼き色になってる♪もう取り出すからーシルバちょっと避けて?」

「……」

シルバは黙って鍋から少し右に動きました。

 しっかり焼けた香りのする緑色の細長いケーキを囲む三人。ミレはケーキの側面を右手の人差し指でそっとつついて、

「おー?おー!」

「ふわふわね。」

「僕の頬をつつくな」

シルバはミレの左手を掴み、ミレがつついている頬とは反対の頬はリルティーヌが触っています。

シルバはすぐ黙って目玉だけを動かし、リルティーヌを睨んでいると

「シルバ!」

ミレの声で我に返り振り向くと、口に固い物が押し込まれ、苦みが広がりました。

「幸せになれる端っこ!どー!?」

「…にがひ、でほ」

「ここでソースだっ!」

シルバの顔にミレの笑顔がぐっと近づいて、スプーンにすくわれたソースが間髪入れずに口に押し込まれます。

「あっふい!あぶはいだ、ろっ、あまふぎなひは、これ!」

「ちゃんと食べてからしゃべりなよー!」

シルバの顔が赤くなったのは、熱いソースのせいだけではないと気づいているのは、リルティーヌだけです。

「ねっ、お遊びはもういいから、パーティーの段取りを打ち合わせましょうよ。」

リルティーヌが二人の後ろに回り込んで、背中を押します。

ミレの背中は、どすっと突くように、シルバの背中は、背骨に沿ってなぞるように。

「そうそう、〝ピーマンとみんなにありがとう会‶のしんこう表!二人が手伝ってくれるなら組み直さないとなー!どっこだあ?」

ミレが折り紙が散らばるテーブルの惨状の中を捜しまわります。

「リル」

呼ばれてリルティーヌがミレからシルバへ視線を移すと、とても久しぶりに正面からシルバと目が合いました。

なに?とリルティーヌが口の形を作るより先に、彼の頭がシルバの片手にぐっと捕まって、耳に唇が当たりそうになり

「ミレに僕にやったように触ったりしてるか?もししたら、殺すぞ。」

「……まだよ。これからも騎士ナイトが守るんでしょうね」

リルティーヌの可愛らしい笑顔を目の前にした時、シルバは彼のおさげを引っ張って素早く距離を取りました。

それからすぐにリルティーヌを無視してミレに近付き何か小言を言い続けています。

「二人とも、大好きよ。」

リルティーヌの言葉に反応したミレとシルバに、ポケットから取り出したピーマンの形に折られた文字だらけの紙を見せつけました。


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