第二章 私の命の速さ#11

露店の店ではない、石造りの年季の入った店の中でヘンリーは服を眺めていた。

質実剛健を愛しているとされるふもとの村の住人達がおよそ好まない様な露出の多い服ばかりが並んでいる。

この服を買うのはどんな人間達なのか、とヘンリーはウィリアンに訊いたことがあるが、彼女は答えなかった。

先程まで一緒に来ていたウィリアンは、中年の女店主と共に店の奥へ消えていた。

ヘンリーはウィリアンを通じてこの店に作った服をおろしている。

そして値段の交渉などをしている間ヘンリーは服を無闇に触らずデザインを確認したり、女店主が気を使って渡してくれた服飾について語られた雑誌を立ったまま読んだりしていた。…字はあまり読めないのだが。

ヘンリーの一挙手一投足は代わりに店番をしている屈強な男の店員が見張っている。

だがヘンリーは気にせず、ただウィリアンが帰ってくるまで自分らしい態度で過ごすのが、闇市での彼の定石セオリーである。

  服が並ぶ店内よりも陽が差さないが近代的な装飾のランプが補充的に点けられているので、落ち着く明るさになっている小さな応接室。

部屋の中央に置かれたソファには女店主とウィリアンが向かい合って腰を降ろし、あいだに置かれたテーブルの上には数十枚の服が山となっていた。

「あんたとこのヘンリーが作る子ども服は相変わらず素晴らしい出来だね‥自分達の子どもには余所よそのおうちと違う物を着せたいっていう貴族の親達には人気だし‥ヘンリーさ、私の跡継ぎとして売ってくれないかね?」

「ヘンリーは私達の稼ぎ頭だからいなくなると困るわ。」

「そーおねぇ…あんた達はずっと長いこと生きてかなきゃいけないみたいだし‥でもずっと同じ様な服を売っててもいつかは詰まっちゃうから子ども服の販売も力入れたいのよ~お願い~」

「嫌です。他にも腕の良い職人さんはいてるでしょう。」

「それを言うなら、ヘンリーを売ってくれたら、帰りに別の子を買っていけばいいじゃない。あんまりおおやけにはしてないけど‥ここら辺もたまに子どもも売ってるわよお?」

「‥知ってるわ。見たこともあるけど目が死んでるから使いものにならない。」

「ええ~?森でさらってくる子と大して変わらないでしょ?」

さらってないわ。…あと私は森に住んでないから。」

「はー‥分かったわ。詮索するな、よね!」

女性は少し機嫌を悪くして木製ハンガーに服と値段の札を手際よく付けていく。

「…あと、ある程度材料が溜まったから、例の布、作れたわ。」

ウィリアンが声色を変えて、時々詰まりながら、持ってきていた鞄から蝋紙ろうがみに包まれた物を取り出し、広げる。

―たよりない感触の薄い生地にかろうじて埋まる様に鉱石が散らばった布。

森灯もりあかりの布!久しぶりね!‥昼の明かりの中では控えめな輝きなのに―」

女店主はソファーから立つと書斎机に置かれた近代的な装飾のランプを吹き消した。

部屋の明るさがぐっと落ち、ウィリアンの手の中にあるその布は先ほどとは比べ物にならない輝きを放つ。

「―昼間の暗さでこの輝きよう…夜が大好きな貴族達が競って欲しがるだけあるよ…」

「今回はいくらで買ってくれる?私の弟子が頑張った分も考えて頂けると嬉しいけれど。」

女店主は布から視線を移動して、ウィリアンの顔を眺めた。

布から放つ光にあぶられて頬も髪も妖しい輝きを纏った表情は、魔女という以外には例えようがなかった。

女店主は舐められないように視線は外さず、だがまぶたを時々けいれんさせながら値段を告げる。

「いいの?そんなに…」

「あんたとはこれからも付き合っていきたいからね。それはいいけど…あんたに訊きたかったことを思い出したんだけど」

「何かしら?」

「あたしの母親、最近けてきてるって前に取り引きした時言ったじゃない?あの日からしばらくして…夜中に廊下で倒れる音を聞いて、私も起きて部屋を飛び出して息をしてない母親を見つけてね、医者を呼ぼうかと思ったんだけど、もういいやって‥葬式も簡単なもんだったよ。」

「そうだったの…お気の毒に…」

「‥うちの母親は元々口数が少ないんでさ、あんた達のことも『私の母さんが子どもの頃からすでに来ていた人達』とだけ言ってて、‥少なくともあんたはずっと歳をとってないように見える。それで‥」

「私達とずっと取り引きを続けたいのよね?」

「だから詮索はしないって。今から言うことだけ訊きたいの、いいかい?」

ウィリアンは顔を逸らしたが席を立つ気配は無いので女店主は言葉を続ける。

「母親は呆けた頃からこんな事を時々言うようになった。…今考えたら、昔も酒を呑んでた時に少し言ってたかも。『あの森に住んでる女性が、キラキラ光るお茶の葉を売りに来たことがあったわ。そのお茶は美しいし味も良いから貴族のご婦人方に飛ぶように売れた。おまけに肌つやが良くなって若返るとも…でも三ヶ月みつきも経たないうちにお茶を飲んだご婦人方が次々に亡くなった。……中には死んだ後も墓から出てきて動きまわった者もいた、なんて噂も…何か知ってることはないかい?」

女店主がフードを被ったまま俯いているウィリアンの顔を覗き込むと、その瞳からは涙の粒がぼたぼたと音をたてて落ちていた。ただ、その表情は女店主を睨んでいる様にも見える。

「すまない!無理に話せって言ってるわけじゃないからね!?」

女店主は服に値札を付ける手を一旦止めて、顔の前で大きく振る。

「……今はもう、売らないわ。」

もう表情も声も普通に戻ったウィリアンがそれだけ返した。

ウィリアンの顔を照らす布からの光が…急に半分さえぎられる。

反射的に顔をあげたウィリアンは、机に手をついて身を乗り出した女店主と目が合う。

「どうしてだい?次は上手くやればいいんだよ。母さんは要領が悪かったけどあたしは違うよ。実際あたしの代になってから店の売り上げは上がったし、母さんは男に逃げられたけど、私は良い男を捕まえた。何もかも違うさ…私を信じて欲しいね」

「あのお茶の木は偶然できた一代限りの木だったの。前にお茶の花が成ってからは枯れてしまってる。もう手に入らない。」

女店主は返事はせずにウィリアンにぐっと顔を近付ける。

ウィリアンは目を逸らさずにずっと女店主の瞳の奥まで見据える。

「そう…何度も言って悪いけど、私はあんた達とは喧嘩したくないと思ってるからね。ありがとう。また話そう…クッキーはどうだい?」

女店主とウィリアンの視線は同時に外される。女店主は布をウィリアンからすくい取って、ウィリアンは着ているドレスに着いていた布の繊維をはらって。

「ありがとう。ここへ来る前にもう食べてきたの。代金を頂けたらおいとまするわ。」

女店主が書斎机に近付き、布を置き、首から下げた鍵で引き出しを開け、お金を用意する。ついでにランプの灯も点け、布の美しさは影を潜める。

 女店主の見送りと見張りの男の監視を背にウィリアンはヘンリーと共に店を後にした。

ミレとレオルドが待つ場所へと二人並んで歩みを進める。

「ウィリアン様…僕の服の値段はどうでした?」

「ふふ‥実はね、いつもより少し良い値で買い取ってもらえたのよ。えっと、さっき美味しそうなジェラートの店を見かけたんだけど、食べたい?」

「別に食べたくはないです。高い値で売れて良かったです。売れなければ…僕はお役ご免だから」

ウィリアンは視界の外れになんとか見える程度にあるジェラートの露店からヘンリーに視線を移す。

「…どうしてそんなこと言うの。ジェラートも食べましょう。二人にはもちろん内緒ね。」

触れたとたん逃げようとしたヘンリーの手をウィリアンは力強く掴んで握り、ジェラートの店へと軽やかに足取りを変えた。


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