第二章 私の命の速さ#12
旅の者達が憩いの場として立ち寄る湖で、旅の帰路に就く四人と馬二匹が水を求めて足を休めていた。
レオルドが湖の澄み具合を確かめてから空の瓶を泳がせて水を詰める。
その横からミレが突然割り込んで、同じく瓶を何往復もさせて水をあっという間に満杯にする。
「お前っ、水が僕にとんでくるだろ!もっと丁寧にしろよ!」
「レオさーん、さっき買った紙じゃない、髪の飾りは私にくれるのー?」
「何でお前にあげないといけないんだ。」
「えー、この流れだと私にくれるのかなと思って‥」
「厚かましいって言われるだろお前。それよりお‥ミレに訊きたいんだけど、ミレは…『ニホンジン』じゃないのか?それとも、親類がニホンジンとか。」
「さっきの女の人にも訊かれたけど『ニホンジン』て何さ?私は聞いたこともないよ~」
「ここから遠く離れた国、『二ホン』の国民のことだよ。四つの季節が鮮やかに巡る土地に住む黒い髪と瞳を持つ種族…。」
「私は髪は黒いけど瞳は
「僕は魔女になってから闇市以外は行ったことは無いよ。その前もあまり外へは…。 魔女の森に来てから、本をたくさん読むようになって、『ニホンジン』が登場する本を読んでから…ニホンジンが見てみたくて‥」
「それであのお店に通ってたんだー?」
「まぁ、偽物だったけど…でも商品は本物みたいだから、あの店にはニホンへのつてがあるはずなんだ…。」
「ニホンへ行きたいんだ?」
「…関係無いだろ。ニホンジンじゃないならお前とは特に話したくない。」
「うわっ! そんなこと言っていーの?!とりゃっ!!」
ミレは鞄を持っていない方の手で素早く水をすくってレオルドにかける。
「うわっ! お前っ、盗ったな!?」
ミレはそのままの流れでさきほどからレオルドがこっそり見ていた髪飾りをフードのポケットから抜き去った。
「ふっふーん人質は預かった~で、これは誰にあげるのかな~、ウィリアン様?」
「‥違う。僕はニホンジンと話せた時に渡せたらって…」
「へ~~‥じゃあさっきの紙でもなんか出来るようにならないとダメじゃないかなー?できるの?」
「おい。ミレは僕のこと馬鹿にし過ぎじゃないか!?」
「してないけど?お馬鹿じゃないならレシピみて今ちょっと作って私に見せつけてみなよー」
「上等だ!ヘンリー!僕の鞄よこして!」
ヘンリーは二人から大して離れていない位置にいるのに聞こえていないかのようにジャムが鈍く光るクッキーを食べている。
止まった一連の流れを見届けていたウィリアンが、苦笑いしながら鞄を手にして短い距離を経てレオルドに渡す。
「あ、ウィリアン様‥」
謝ろうとしたレオルドの肩をやわらかく押して言葉を止め、その耳に唇を寄せる。
「頑張ってね。ミレはきっととても賢いわよ。」
「…僕の意地を見せます。」
少し緊張した様子のレオルドに微笑いかけ、ミレにウインクをするとウィリアンは軽い足どりで離れていった。
レオルドはウィリアンを目で追うのをそこそこで止めると、自分の鞄から買った折り紙を取り出して、付属の
「紙を半分に、折る…また、半分に折る…開く…?‥この字は‥!?」
「え、見せて?」
ミレは剣呑な雰囲気をまとうレオルドなど無いかのようにその
文句を言う余裕もないレオルドがミレの動きを観察する。
「これは辺と辺をちゃんと合わせるのがコツ…て違うインクで書き足されてるね。」
「何で読めるんだ?この国の言葉じゃないよな?」
「へっへ~私の両親は精霊助師なんだ!最近王様が新しく近隣の国と国交を深めたから、精霊助師協会の者はその国の言葉を勉強するようにお達し!が来てねー、私も将来は継ぐ予定だから一緒にちょっと勉強中だよ~良い感じでしょ?」
「……精霊助師…ミレ、良いところの子どもだったのか……」
「何でそんな顔するかなー?」
ミレは片頬をぷくっと膨らませ、ぷふっ、と息を吹くと
「別の所も読むよー?…折った場所から、手を入れて、開いてー」
「ミレの友達に字を読める子はいるのか?…」
「え、この国の字ならみんな読めるよー。なんでそんなこと訊くの?」
「…早くこの先の、ここ、読んでくれ。」
「んあー?誤魔化したー?」
自らの手の中で形を変えていく紙を見つめたまま、一言も返さないレオルドを見て、ミレも蒸し返さず外国の字を読み上げながら紙を折り続ける。
「できたああ!!」
「くそっ…負けた‥」
わずかな差でミレが先に紙を折り終えた。二人の手の中には鳥を模した形の折り紙が生まれた。
「ツ、ル…、かっこ、ニホンの鳥。ここは?」
「んー長文、難しそう…ええ~、この鳥を、ひゃく、いや千個!、作る、つなげる…えっと、病…の人、プレゼントすると~治すための、祈り!読めた!」
「ニホンでは紙を折って送るのが祈りになるのか…なるほどな…」
「ニホンにはこんな鳥がいるんだ~とりゃ!」
ミレが投げる、もとい飛ばした折り紙が回転してヘンリーに当たる。
レオルドはそれを拾いながら、ミレを真っ直ぐ見つめて問う。
「ミレが翻訳した国の言葉を教わるための本とか…そういう物って、闇市に出回ってると思う?」
「う~ん…、分からないかなあ‥勉強するの?」
「うん…でも本自体貴重だし、難しいんだろうな。」
「私家に帰ったら本探してくるよ!」
「え?」
ミレは投げ返されて、別の場所の地面に落ちた折り紙を拾った後、レオルドに近付きながら言った。
「私の親は精霊助師だし、普通の家の子よりは本は手に入りやすいよ!またこの森へ遊びにくるからさ~その時一緒に勉強しよう♪」
「本気で言ってるのか…?」
「はい?私はいつでも本気だよー!?よっと。他のレシピも作るー?」
「ミレ!レオルド!そろそろ出発しないと!日が暮れちゃう!」
「はーい!レオ、行こうぜ~♪」
勢いをつけて立ち上がったミレの手をヘンリーが掴んだ。
「うおっ!?どしたあ!?」
「
レオルドは掴んだミレの手のひらに折り紙と
「どうしたの?これからゲットするニホンジンのガールフレンドに作ってあげないの?」
「うるさい。変なことしか言えないのか。 気が向いたら…翻訳と折り紙を教えてほしい。だからこれはミレに渡すよ。」
「分かった…レオの意志は継ぐよ!私も声かけるし、レオもかけてね!約束!」
ミレは笑顔でまた折り紙の鳥を投げて、それがレオルドのフードに入る。ミレはそれを見て一人で変わった笑い声をあげながらもらった折り紙を抱えてウィリアンのもとへ駆けていく。
レオルドはそのミレの様子を眺めた後、苦い笑顔を浮かべたまま鞄を肩に掛け、自分を待つ家族の元へ速歩きで近付いていった。
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