第二章 私の命の速さ#10

ミレが村へやってきて四日目の午前八時頃。

眠そうに目をこすり廊下に佇むミレにリルティーヌが二人分のほうきを持って近づいた。

「ミレ、眠いのは分かるけどもう少ししゃきっとして。はい。」

ほうきをゆっくりした動作で受け取ったミレは、ほうきを一瞬ながめてから、はじかれたように顔を上げてリルと目を合わせる。

「空飛ぶ練習!?」

「助走つけてそこの窓から出たら少し飛べるわよ。」

「昔傘持ってそれして足折ったことあるんだよねーそんなんじゃなくて呪文とかがいい!」

「…‥私は一階を掃いてるから、ミレはこの二階をお願い。」

面倒くさくなったリルティーヌはミレを放って一階へと螺旋階段を降りていった。

「……今までお母さんが掃除してたから‥私そうじってほとんどしたことない…?…とりあえず~ほうきを動かせばいい?」

ミレはリルティーヌと話すときよりうるさい一人言ひとりごとを繰り出しながら、まずは螺旋階段の近くから掃き始めた。

しかしほぼ毎日掃除しているせいか目立った汚れもなく、すぐに飽き始めたミレがほうきにまたがっている時、

「さぼり?」

向かいの部屋の扉が少し開いていて、そこからヘンリーがミレに声を掛けた。

「えっと、ヘンリー、さぼってる、んではなくて飛ぶ練習を――」

「なら手伝って」

ヘンリーは手招きしてすぐ扉の奥へ引っ込む。 ミレはしばらくそこでほうきにまたがったまま立ち止まって、やがてその場へほうきを置くとおそるおそるヘンリーの部屋へ入った。

「わーお…」

その部屋は来たばかりのミレの部屋とは正反対だった。

床に散らばるたくさんの生地と色々な道具。一応は作業台に見える大きな机もあったがそこも今や収集がつかないのは明らかだった。

「布がいっぱいあるねー‥」

「その服、僕が作ったやつ。」

ヘンリーがミレを指差しながら近付いてくる。

「あ、リルからお借りしてます‥これ着やすくて」

ヘンリーがいきなり、ミレの着ている薄赤のワンピースの腰のあたりをつまみ上げた。

「この服は君にサイズ合ってないよ。」

無表情のヘンリーと若干おびえた表情のミレの視線が間近で交わされる。

「そうですねぇ‥」

ヘンリーは急にしゃがむと布の群れの中から緑色のワンピースを探し出した。

「君に近いのはこれかな…あとせっかくだし体のサイズ測らせて」

「サイズっ?なんで?」

「君ぐらいの年の女の子の服のサイズ調整に悩んでたとこ。だから、来たときからモデルお願いしようと思って。」

「リルは私と同じ‥」

ミレは言い返しかけて、あ、とつぶやくと黙った。

ヘンリーは作業台から巻き尺を拾うとミレにぐっと近付いた。ミレが息をのむのもかまわず、服のうえから身体の部分を測っていく。

「脱いではくれない?」

「いやです!!」

「‥服の上からだと正確なサイズが測れないんだけど、ここの女の子達は誰も裸を測らせてくれない。君なら‥嫌がらないと思ったけど。」

「どーしてそう思ったの?」

「最初からのはしゃぎ方見てなんとなく」

「うーん…?」

ミレは大げさな動作で腕を組んで、ヘンリーは一旦巻き尺を引いて一歩下がる。

しかし足元にある服の束につまづいて少しよろけると、ミレがちょっと笑った。

「裸はやっぱ遠慮するけど、下着の上からならいいよ!」

「ありがとう。お礼にこの緑のワンピース、ミレ用にもっとデザインし直すから。」

「やったー!」

ヘンリーの目の前で今着ているワンピースを脱ぎ、床に放つとミレは踊り子のようにふわっとその場で輪舞まわった。

  ヘンリーは自身の見た目に似合わない重厚な容姿の皮手帳にミレの体のサイズを書き記していく。

「終わった。その…木綿のジャケットのそばにある木箱はレース入れ、その中から服に付けたいレースを選んで」

ミレが似たような木箱だらけの中から言われた木箱ものを差し出す間も、ヘンリーは狭い作業机に座って手帳に何か書き続けていた。

「わっ‥」

箱の蓋を開けたミレの目には、色も形も違うが、どれも芯のある美しさを放ったレースの束が映る。

破れそうには見えなくても、つい壊れものを扱うようにそっと取り出したくなる様なものたちで、ミレももれなくそうして何本か取り出す。

「はーおしゃれなリボンだな~…こういうのどこで売ってるの?やっぱり高かったりする?」

トリスアインリガの境の渓谷にある闇市でどれも500コインぐらい。」

「えっ安い!!なんで!?」

「さぁ知らない…けどあの闇市は安いのも高いのも色々ある。行ったことない?」

「友達と噂することはあるけど、村の大人に危ないから絶対近付くなってうるさく言われるから行ったことはないなー。どんなとこなの?」

「どんなとこ…?…皆、黒のローブを着るのが決まりで…」

「どうして?」

「売るのも買うのも秘密裏にしたい人が集まるから、てウィリアン様は言ってた。」

「かっこい~…私も行きたい!連れてって!」

「嫌だ。レースはそれで良い?」

「ごまかしはなし!連れてってえー!!」

ミレはレースを握り締めながらあきらめずに主張し、ヘンリーはうんざりして応えなくなった頃、元々少し開いていた部屋のドアが一気に開いた。

「明日闇市へ服をおろしに行くんでしょ?」連れていってあげたら?」

「……」

「リル!えっ、服を卸す、って売ってるってこと?」

「そう。ヘンリーの服は結構人気でウィリアン様の貴重な収入源よ。」

「市場のお手伝いしたことあるよ!力になれます!」

「君の想像してるのとは違うところだし、必要ない。」

「え~…つめたいよー…」

ドアの近くに住んでいたリルティーヌが散らばる服などないかのように踏みつけながらミレに近付く。

「ヘンリー。ミレはここに滞在するのはそんなに永くないの。魔女にあこがれてるようだし、なんでも体験させてあげるべきだと思うんだけど。‥ミレ、ヘンリーに脱がされたの?かわいそうに‥はやく服を着なさい。」

「…分かった。でも連れて行くかどうか決めるのはウィリアン様だから、ウィリアン様に許可もらって。」

ヘンリーは手帳に書くことをやめて、机を離れるとミレの手からレースを取り上げる。

リルティーヌはヘンリーのその腕を強く掴んで引き寄せた。

「あなたがウィリアン様に言うのよ。」

「…分かってる。」

ヘンリーは答えを聞いて力をゆるめたリルティーヌから、素早く腕を振って逃れて、作業机へ戻る。

リルティーヌはヘンリーにすぐ興味を無くした様にミレに視線を向けると

「ミレ、お金は持ってる?」

「一文無し!」

「ふ…。闇市は本当に何でも売ってるのよ。ミレが欲しくなる物も絶対あるわ…どうするの?」

「ゔ、ゔ~ん…。でも我慢するしかないよね‥。」

微笑んでエプロンのポケットから、リン、と気持ちの良い音をたてながらミレにだけ見えるように銀貨二枚を差し出した。

「えっ、これ」

「これだけあったら少し値がはる物でも買えるわ。」

「そんな!何もしてないのにもらうなんて悪いよ~」

リルは小声で話して、ミレもつられて小声で微笑む。

「掃除もさぼったものね。タダではあげないわ。」

「えへ♪…何をすれば‥」

「そうね…ヘンリーが直してくれるワンピース、それと交換ね。」

「えー‥でもヘンリーが私のサイズに合わせて作ってくれるやつだよ…?」

「ヘンリーはこだわってるけど、私とミレのサイズはそんなに変わらないわ。このことはヘンリーに内緒で…ミレが普通に受け取って、それから私に寄こしてね。」

「分かった…でもなんで内緒なの?」

「ヘンリーをちょっと驚かせたいだけ。‥良いもの買えるといいわね」

リルティーヌはミレの手のひらに銀貨を握らせて、軽く抱擁ハグをした。

「二人ともそろそろ出て行ってくれない?ミレには後でワンピース届けるから。」

「はーい、よろしくです!」

「ミレ、ばんざーい、して」

リルティーヌは小さい子を着替えさせる様に素早くミレに元の服を着せると、部屋を出て行った。

「夕食の後に、ウィリアン様に訊くから、その後服を持って君の部屋に行く。…‥ミ、レ、の部屋はどこ?」

振り返ることもしないまま、作業を始めているヘンリーに

「ヘンリーの部屋から右斜め前だよ。―ありがとう!」

ミレは背中に軽く体当たりして、スキップしながら部屋を出て行った。

ヘンリーは一度だけミレを振り返ったが、何も言わずすぐに服にレースを縫い付け始めた。

「闇市~たのし~み~♪あっ、リル‥」

部屋の扉を後ろ手で閉めつつ、ミレは扉のすぐ横の壁に背中を預けているリルティーヌを見つけた。

「ミレ…掃除、ちゃんとした?」

「あ…そうじ~‥したようなー、してないよーな?」

「してないわよね。やり方きっちり教えるから、ね?」

「わー、スカートひっぱらないでーパンツ見えるー」

遠くに過ぎていく、聞き慣れない二人の騒ぐ声に耳を傾けながら手を止めることなく、ヘンリーは一人で優雅な表情で微笑んでいた。


「ルーシー、エドモンド、今日はよろしくね」

ウィリアンは言いながら、二匹の馬の鼻筋を撫でた。

二匹は茶色い毛色の、この国ではよく見る種類の馬だ。

「…僕がミレと一緒に乗るんですか」

ルーシーに乗ったままのレオルドがすぐ側に立つミレを嫌そうに見下ろした。

「レオルド、今日は私の案内係と見守り係?してくれるんだよね!よろしくー!」

ミレは朝早くの眠さを吹き飛ばす様にはしゃいで、レオルドに握手を求めたが彼は無視した。

「ヘンリーは馬の操縦は苦手だし、いつもより乗せる人が増えるなら慣れたレオがやっぱり安心なの…いつも色々ごめんなさい。」

「いえ。ウィリアン様の頼みなら大丈夫です。」

少ししんみりとした雰囲気と早朝の空気の中でもヘンリーは自分は関係ないとばかりに今日の荷物を馬達に括り付けている。

 魔女達は闇市へ向かうため、日の出前の薄闇が拡がる森の中の道で準備をしていた。

しばらく各々騒いでいたが、ウィリアンが、もう準備はいい?と訊いて、皆が返事をすると、魔女は自分の荷物の鞄から小さな紙袋を取り出して、子ども達に配っていく。

しかし嬉しそうに手を出して待ち構えるミレには目線だけよこして、通り過ぎた。

ミレは哀しさを全面に出した表情のまま固まっていると、

「ごめんなさいミレ。これはミレには必要ない物だから。」

貰った他の魔女達もそそくさと自分の鞄へ仕舞う。

「そうですか‥」

何となく気まずい雰囲気の中、ウィリアンがミレに馬を勧めて、レオルドと協力しながらミレをレオルドと一緒のルーシーへ乗せる。

二人の乗った馬が暴れる気配の無いことを確認して、ウィリアンとヘンリーももう一匹のエドモンドへ乗り込んだ。

四人と二匹はウィリアンのおだやかな掛け声のもと、森の出口へとゆっくり迸り出す。


 魔女の森を出て、近くの村を迂回するような小道を辿り一時間と少し経った頃、

「皆、休憩にしましょう!一旦止まって!」

ウィリアンの言葉を合図に二匹の馬はゆるやかに止まり、道から隠れる林の中へ入っていく。

四人は馬から降りると、着ている黒いローブに汚れがつかないように場所を選んで座った。

「ミレ、疲れた?」

ミレの隣に座ったウィリアンがたずねて、

「つかれたー!のよりこのローブ暑い!着てかなきゃだめ?」

ミレが我慢ならない様子で着ているローブのフードを被ったり脱いだりしてあおいでいる。

「駄目よ。必ず着て。自分の身を守る為よ。」

「うーん…それは魔女だから?」

「違うわ。闇市に来る者は何かしらやましい事を抱えているから…ローブを着ることは礼儀なの。分かってくれたかしら?」

「はあ~い。」

少し拗ねた調子で返事をしながら、ミレの目は先ほど配られた紙袋からジャムクッキーを取り出してかじるヘンリーを見つけてしまった。

「クッキー…なんだ…」

「ヘンリー!」

つぶやいてどこか落ち込んだそぶりを見せるミレの肩に手を置きながら、ウィリアンはヘンリーを軽く睨んで叫ぶ。

「僕はあんまりもたないんで。」

「もう…ミレ、お昼には早いけど、私のキッシュ食べる?」

「うえ!?キッシュ大好き!!」

あっという間に態度を切り替えてウィリアンとはしゃぐミレを渋い顔で見ながら、レオルドも静かにローブの内ポケットから紙袋を取り出す。

そこからつまみ上げたクッキーは、薄暗い村の中の朝陽に翳すと、ジャムの部分に含まれた粒子が細かく輝いていた。



渓谷の中にある木々を広く切り倒してつくられた、一応は非公式とされている通称″闇市″。

四人と二匹はその闇市へと辿り着いた。

同じく黒いローブを身に着け、おまけに白く簡単な仮面も付けた、闇市を管理している団体の所属の札を首から下げた門番達が出迎える。

「成人の女一名、男の子どもが二名、女の子どもが一名‥馬二匹はこっちのうまやへ繋ぐぞ。」

四人は武器類を所持していないか簡単な身体検査を受け、荷物を調べられ、その間に馬は門の外へ併設された専用の小屋へ連れていかれる。

 しばらくして門番の許可がおりた四人は、門を通り闇市への入口へ立った。

闇市という名前とは真逆の印象を与える、爽やかな色とりどりの香りが漂う大勢の人の群れ。

色味が少しづつ違う黒いローブ姿の人々は、露店や古い石造りの看板も無い店へまばらに吸い込まれていく。

わあーっ、と自然と声を小さくしたミレが露店へ近付こうとするのを、レオルドがローブのフードを思い切り引っ張って止める。

「僕が今日のおま…ミレの付き添いだ。僕の許可なしにうろうろするなよ!」

「じゃあこの店見たい!オッケー!?」

一応小声だが騒ぐ子ども同士のやりとりを露店や通り過ぎる人々が奇異な視線を浴びせている。

そのことに気づかせるようにレオルドの肩に手が置かれると、

「レオルド。私はヘンリーと例の店に商品を置いてくるから、あまり離れ過ぎないようにこの辺りで待っててくれる?あと、ミレが変な物買わないようにも見てて。」

「あ、はい。分かりました。」

いつまでも掴んでいたローブを離した。

ウィリアンはヘンリーや荷物と共に広くはない通路をしばらく歩いたのち、みちを曲がって残された二人の視界から消えて行った。

「これは何ですか!?」

「‥これはこの世がまだ精霊達しかいない時代、造りだされた‥」

ミレは露店の同じくローブ姿の女性店員の台詞せりふを最後まで聞くことは出来ずまたレオルドにフードを引っ張られてどこかへ連れていかれる。

「レオー、私だけ顔まる見えだよ~、闇市違反だよ~」

レオルドは叩き付ける様にミレにフードをかけ直した。

「次ふざけたこと言ったら置いていくからな!…僕はこの辺りを眺めてるから、ミレも僕の後ろに必ずついてくるんだ!いいな!?」

「いいよ~、あっこれケーキ!?食べたーい♪」

レオルドは今度はミレの肩を強く掴んで振り向かせる。

「お前、分かってないだろ?お前が!例えばこれを食べてお腹を壊したりしたら誰に迷惑をかけるか!お金は誰が払うのか!」

ミレは軽くよろつきながら回ってレオの手から逃れる。

「お腹は一応丈夫な方なんだけどなー‥お金は自分で払うもん!」

「お金…?おま‥、ミレは何も持たないで森へ来たってシルバが言ってたぞ…シルバにもらったのか?」

「ううん、リルティーヌから!リルと取り引き…あっ違う!リルがくれたの優しいから!」

レオルドはあわてるミレを横目で睨むと、小さなため息をつきながら屋台の彩色の妖しいケーキを買って戻ってきた。

「食べたいか?」「うん!」

「なら僕の言う事をちゃんときけよ。まずは…リルは頭は良いけど、性格が悪い。気をつけろよ。あいつの言うことを簡単にきくな。」

「えー!リルは良い子だよ!悪口はダメ!」

ミレは目にも止まらぬ速さでレオルドからケーキを奪うと口いっぱいに詰め込んだ。

「ふ…なかよ…ふし‥ほ‥ゔっ」

呆気あっけにとられていたレオルドだったが、

「そこの男の子、これ!」

先ほどケーキを買った店の店員が同じ妖しい色のジュースを差し出す。

レオルドは一瞬周りを見たが、男の子はおそらく自分しかいないのを自覚して、ジュースを素早く受けとり、ミレの手に押しつけて持たせた。

ミレはケーキに少しづつ水分を含ませるように何度か天を仰いで、やがてジュースのグラスを空にした。

「はああ…このケーキとジュースはあわさると…濃い!」

満足したミレはレオルドに「ありがとう!」と空のグラスを差し出す。

何も言う気が失せたレオルドが店にグラスを返すと、

「お金!あとあんた達うるさいから、どっか余所へ行って!」

ちゃっかり売りつけておいて…とレオルドは口に出そうになるのを我慢しておとなしく代金を払い、満足気な顔で辺りを眺めるミレのフードをひっぱって再び歩き出す。

「ミレ、あとでお金払えよ。」

「え、おごってくれるんじゃないの!?」

乾いた砂の色を基準にした同じような造りの露店が早歩きの二人の左右を流れていくが、それでも場所によっては店の並びに個性が出てくる。

 二人はやがて、不思議な香りの漂う一角に辿り着いた。

ぼろぼろのひさしの向こう側で艶やかな色を放つ異国の服、その服の模様は蝶だったり、脚の長い鳥だったり、花びらが沢山ある花だったりと個性に事欠かない。またその近くの露店には服に似合うようにつくられた髪飾りや装飾品が並べられている。

そして黒フードの者達の中ではひときわ目立つ、異国の服を着て黒い髪を結い上げ、長い服のすそを引きずる若い女が自信ありげに店先に立っていた。

「ん‥そこの、黒い髪の女の子と連れさん?何買いにきたのー?」

「おおおう…!?何だろう!?レオ!?」

若い女は首をかしげて、

「そこの坊や‥時々ここに来る子ね?私のこと狙ってたのかと思ってだけどー‥こんな可愛い子とデートしてるなんて‥というか‥その子の髪‥もしかして『ニホンジン』なの?」

「ニホ‥?何それ?」

「…違うって。それに僕はあなたのこと狙ったことなんてありません‥」

「ふうーん‥じゃあ狙ってるのはその子なのねー!お嬢さん、私みたいに美しくなりたいわよね?なら男に髪飾りの一つや二つ強請ねだってみなくちゃね!」

若い女はわざとらしく腰をくねらせてポーズをとりながら、ミレとは違う黒く染められた色むらの激しい髪の一部を手で払い、はためかせる。

「あ、大丈夫です。髪飾りはお母さんが作ってくれたのいっぱい持ってるんでー」

「はあ!?あなたいくつなの!?」

「十三さいでーす」

「年頃でしょ!それならいつまでもお母さんなんて言ってないで、男をたぶらかすことを覚えなさいよ!」

「…店員さん、これは何ですか?」

現実逃避する様に品物を眺めていたレオルドが、竹の籠に入れられた、色とりどりの紙で出来た品に目を奪われた。

「『オリガミ』って言うらしいわよ。紙をいくつにも折ってー、作るみたい。これは仕入れの商人がレシピ付きで持ってきたの~。」

「いくらですか?」

若い店員の女はにやっと笑って値段を告げる。

「高い‥!いくら何でもぼったくり過ぎじゃないか!」

「ん~‥でもー、私はオンナノコの味方だから~、女の子のために髪飾りの一つでも買ってあげる男の子にはーおまけで付けちゃう、ていうのもありよねー?」

「くそ‥」

レオは焦りながら品物の群れで視線を右往左往させ、やがて安過ぎず高過ぎない、とも言えるくろく輝く本体に木の実に似た飾りのついた長い棒の様な髪飾りを選んだ。

「旦那、お買い上げありがとう!大サービスだよ~!」

女店員は髪飾りを竹の皮に包んでレオルドに渡した後、後ろを振り向きごそごそすると、四隅が直角な紙の束を同じぐらいの大きさの紙袋に入れて差し出す。

「あの!僕が欲しいのはこの紙の置き物なんですが!」

「それは展示用だから駄目~。心配しなくてもー、レシピも入れといたからこの通りにすれば同じものが作れるわよ~」

レオルドは受け取った紙袋を開けてレシピを取り出す。

そこには一応だが、汚い字で簡単に説明されたいくつかの図案が描かれていた。

騙したな、と小さな声で言いながらレオルドはきびすを返して店から離れる。追いかけようとしたミレのおさげが、ぐん、と引っ張られた。

「ホントきれいな黒髪よねー?どこの染め粉使ってるの?」

「使ってないよ!」

ミレはぐるん、と首を振って女の手から逃れて、フードを被り直しながら市場の雑踏に紛れているレオルドの所へ戻って行った。

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