第二章 私の命の速さ#6
「本当にこんなところに魔女の国があるのか?」
「さっきも言ったぞそれ。無駄口叩いてると体力消耗するぞ」
「はああ…若王様は何考えてんだろーなー。たかが農民ごときのたわごと真に受けて、俺ら騎士団を動かすなんて。もし本当だったとしても子ども一人死んだぐらいで何だってんだよー!」
「先代が偉大過ぎたから、王座について二年経った今でもろくに国民に支持されてねーからどうにか好感度上げたいんだろ?にしてもなあ…俺達だって新人とはいえ一応お国を守る騎士だぜ?それを魔女の国を
「はあ…これさあ、魔女見つけられなかったらどうするよ?魔女の使い魔だって言ってカラスの首でも持って帰るか?」
「おっ、言ってる側から上の方カラスが飛んでるぞーもう捕まえとくか!」
「お前一人でやっとけ」
全員で十五人の姿がみえる、会話から図るにこの国のまだ若い王が寄越した少数精鋭の騎士団が魔女の森へ向かって進行していた。
「この辺りは湿度が高いな…足が沼土にとられて前へ進みにくい。」
「魔女の国の入り口は霧の壁で阻まれているとか…おそらくもう近いのだろう」
「あっ、あれじゃないか!?白い煙の塊…」
十五人の騎士達は歩幅を変えることなく着実に霧の壁近くへと歩みを進める。
「うわっ、これか…どうやって入るんだ?」
「ひるむな!
今までろくに口を開かなかった、隊長の称号を身に着けた男が大きな声で号令を掛けて、十五人の騎士達は違う陣形をとる。
横から見ると三列で、前から一列目が四人、二列目が五人、三列目が六人、真上から見ると台形にみえる。
隊列が整うと騎士達は隊長の「前へ進め!」の号令のもと、前進を始め霧の壁の中へ吸い込まれていった。
「ぐっ…すごい霧だ…まったく前が見えない!」
「…息が‥苦しい…前がよく分からない‥‥」
「‥‥!?兄さん、何でここにいるんだ!?おい!待ってくれっ!」
「うわあっ!止まるなっ、くっ!」
「おい!どうなってる!?皆、どこにいる!?!」
「お前達陣形を崩すな!位置に戻れ!」
「隊長!もう何も見えません!ひっ!?化け物っ!?うわあああ!!」
混乱した騎士達が霧の壁の中で散り散りに動いて王の
そう時間は経たず霧の壁を境に四人が元いた場所へ戻り、十一人が霧の壁の外へと出た。霧の壁の境は関係なく内六人は地面に転がって他の者には見えない何かをみて発狂していた。
「無事な者はいるか!?無事な者は、私のところへ
ふらつきながらも立ち上がって号令を掛けた隊長の元へ、彼を含めふらつく七人の騎士が集まる。
「動けそうなやつはこれだけか…」
「アドニス、ヴィオ、キリサ、ビネットが唸りながら気絶してます…」
「どう…なってる!?何が…魔女のしわざか!?」
「俺も変な化け物を見た…」
「四人見あたらないが、霧の向こうからオースティの声が聞こえるからあっちに戻ったか…くそっ!何言ってるか分からねえよ!」
霧の壁をはさんで向こうからは仲間の声が聞こえるが、くぐもっており意味は分からなかった。
「…今残っている者達で任務を全うする。陣を組み直すぞ!」
隊長のひと吠えで騎士達は素早く体制を立て直す。
二列に並び、一列目は腕っぷしの強い四人、二列目は頭が切れる三人が位置に着き、さきほどより歩速を落として進み始めた。
「この森気持ちわり‥…なんでこんなに光ってるんだよ!?」
「何か…水晶のかけらみたいのが葉に入り込んでるみたいだな。隊長!若王様に持って帰りますか!?」
「そうだな。片手分、予備の袋に入れて持ち帰ろう。」
「勝手に持って帰らないで。何一つね。」
騎士達が一斉に後ろを振り返った。
森の木の光と競い合い勝っているのではと思えるほど美しい金の色合いに輝いている髪を
「でたなっ…このうす汚い魔女め!」
「安いお酒と同じ値段で女を買ってるあなた達に言われたくないわ。」
次はだれも声を発さなかった。
ふた呼吸ほどの間を置いてから、へへっ、ははっ、とお互いを見て小馬鹿にする笑い声が重なる中
「私達は生きていくためにしていることでお前にどうこう言われる筋合いはない。子ども殺しのお前にはな!」
「子ども殺し?一体何を言っているの?」
威圧する言葉を発した隊長に魔女がそれを上回る視線を投げ掛ける。
「…トリスアイン村のフィンスだ。数週間この森に監禁していたのだろう?やっと返したと思ったら死の呪いをかけて親の目の前で殺すなど…なんて残虐非道の極みだ…」
「……!!」
魔女が息を飲んだ音が
「……じゃあ、貴方達は子ども殺しの
「そうだ。正確にいうと、王の命令にて事前に魔女の森の詳細を探りに来た。やがてすべての魔女を抹殺するためのな。」
次に魔女は息すら飲まなかった。
「…騎士達が森に入ろうとしてると報告を受けた時からそうじゃないかと思っていたけど…丁寧に伝えてくれてありがとう。これで次に私がどうするべきかはっきりしたわ。」
「こちらは七人いてお前は一人だけだ。私達は魔女の森の調査に来ていて必ずしも殺してこいと命令を受けたわけではない。交渉の余地はあるぞ。」
「どういうことかしら。私は頭が悪いからはっきり言ってくれないと分からないわ。」
「お前自身が私達の捕虜になり、魔女の森の詳細調査に協力すれば他の仲間の命は助けてやろう。」
「あははっ!」
魔女は隊長の交渉の
隊長を含めた騎士達が明らかに不審の表情を浮かべるが、魔女の次の
「私ってこういうのばっかりね!もういいわ!私が貴方達に手を貸そうが貸さまいが、いずれは皆殺しにするつもりなんでしょう?最初にそう言ったじゃない。なら…ここで貴方達をこの森から永遠に出す必要はない。」
「‥隊列、『王の剣、時の巡り』。」
隊長の号令にて、騎士達は縦一列に近い形で並ぶ。
違いは後ろから二人目と三人目が横に並ぶ。一番後ろには隊長が控える。
隊列が整うと騎士達はゆっくりと足並みを揃えて魔女に近付いていく。
「ねえ…私ってやっぱり優しいのかしら…?ここまで待ってあげたんだもの。」
「何を言われても無視しろ。決して隊列を乱すな」
いよいよ先頭の騎士の目に下手くそに剣を構えて微笑む魔女の姿が映り込む。
「気づかない?さっきから風以外の音が増えてること…」
「…‥まさかっ!」
騎士の内の一人が叫んだ時、森の木々の高く葉の隙間から黒い塊がいくつも降ってきた。
「うわああっ!やめろっ!くそっ!」
「
烏の三十羽は在る群が騎士達に襲いかかる。
「眼が‥ぎゃあああ!!」
「うぐあっ‥ぐ‥あ゛あ゛!‥」「何してんだっ!やめっ‥」
眼を突き潰された騎士が恐怖のあまり無差別に剣を振り回し近くにいた騎士二人を切り裂いて、
「撤退だ!引き返せっ!」
叫んだ隊長が誰よりも速く走って霧の壁へと逃げ出す。残りの三人も烏を振り切って、すぐに続いて霧の壁へ飛び込んだ。
「ふふ…」
その一連の様子を見届けた後、魔女は薄く笑った。
未だ烏と戦いながら剣を振り回す眼から血を流した騎士を見遣る。
「ノア達!もういいわ!私がやるから!」
烏の群れが魔女に従いすぐに騎士から離れていき、同時に騎士は地面に力無く崩れ落ちた。すぐ側には血を流しながら動かない騎士二人。
「眼が見えていないみたいね…このまま生きていてもつらいでしょう?」
「うわああ…あ゛あ゛…」
嗚咽をあげてうつぶせで倒れた騎士は血の涙を流し続ける。
「私もつらいの…でも貴方は一人じゃない。すぐ仲間の元へ送ってあげる」
騎士のすぐ近くへ寄った魔女は目を
森に木々の輝きと魔女の髪の輝きと剣の鈍い輝きが
赤色に染まって
「はあっ…はあ…もう無理…かも…っ。」
魔女は立ち止まり乱れた息を整える。その後虚ろな目をして後ろを振り返ろうとしたが、やめた。
再び動き出しそのあとは
森は元々あまり陽が差さず薄暗いが、その一帯はなお暗かった。
その一帯に溶け込みそうで、溶けない小さな闇が動いていた。
その小さな闇は生暖かい蒸気を、はあ…はあ…と定期的に吐き出し、闇からは少しづつねばついた赤黒い液体が流れ落ちる。
その小さな闇は
木は周りの輝く木々より少し背が高く、全体的に濃い赤茶色をしていた。
そして何より違うのは、ゆっくりだがうねうねと動くいくつもの異様に長い枝。葉はまだらについていたが、みすぼらしく枯れている。
木の根元の近くには、木と同じ色の
魔女は引き摺ってきた麻の布の紐をほどいて乱暴に木の近くで転がした。
布がはだけて三人の騎士が重なりを崩しながら三方に転がって土の上へ落ちる。
魔女は素早く後ろ歩きでその場を離れた。
騎士達の身体へ、しゅる、と音をたてて草の蔓が絡みつく。
ザア…ザ…ッ… 木の枝達がゆっくりと騎士へ向かって降りていく。
「…」魔女は黙ってもう何歩か下がった。
「なんだ…痛っ…!」
騎士の一人が目覚めた。その足や腕には草の蔓ががっちりと絡みついている。切られた肩の傷にも蔓が触れる。
「!!!」
目の前の光景に、目覚めた騎士は息を止めた。
赤黒い木の枝のようなものがうにょうにょと動いて息絶えた
そのままゆっくりとだが確実に木の幹の側へ運んでいる。
「やめろ…やめろっ!!!」
叫ぶ騎士はうつぶせたままとっさに剣を引き抜こうと腰のあたりを探るが剣はすでに無かった。
運ばれた騎士は木の幹に宿る闇の前に
しゅうしゅうと小さな煙と、動物が焼ける独特の匂いが立ち昇る。しかし闇は小さいので人間は上半身しか入らず、それを察した木が
「ああああああああ!!!!」
生きている騎士の発狂した叫び声が辺りに何度も響く。
魔女はつらそうにその光景から目を逸らし、
「やっぱり…人も食べるのね…」
そうつぶやいた。
「魔女っ!!!殺してくれっ!!!殺して…帰れないなら俺を…普通の土へ
生きている騎士は泣き出した。魔女を見るために必死に曲げた首のその続きにある瞳は一生懸命死に乞いをしていた。
「……ごめんなさい。あなたは普段敵を殺し慣れていると思うけど、私はさっき初めて人を殺したの。もうつらいわ…人を殺した感覚は忘れられそうにない…もう殺したくないの」
「あ゛あおまああ゛ころっあくそがっ!!!!」
意味にすら成っていない何かしらの言葉を叫ぶ生きている騎士とまだ枝をつけられていない死んだ騎士に完全に背を向けて、魔女は一人歩き去っていく。
魔女はもう一度だけ振り返る。魔女がみつめていたのは、動く木の枯れた葉の間に隠れる様に在る花の蕾だった。
「この森は夜でも明るいなあ…」
ミレは夕食を食べ、風呂に入った後、自分に与えられた部屋の窓の側へ椅子を持ってきて、体は窓硝子へ預けながら長い時間森の木々を見つめていました。
「……ん?」
しばらく黙っていたミレですが、森の遠くの方で何か黄色い光が揺らめくのに気付きました。
「…おっ、やっぱり!なんか光ってる!」
目を限界まで細めて人相が変わっていたミレですが、光をもう一度目撃した後は目を見開きます。
「……」
またしばらく顔をしかめて黙っていたミレですが、うん、うん、と一人でうなずき、窓から離れてクローゼットに近付くと中に入っていた薄いカーディガンを寝間着の上へ
皆の個室が並ぶ二階の廊下は、壁に
「……」
蝋燭の光を眼に
その後、にやっと不敵な笑みを浮かべて静かに廊下へ躍り出ました。
足音をほぼさせずに舞うように階段へ向かって、その勢いで階段を降り、流れるように玄関へ向かい、鎖で
「はーっ!空気おいしー!」
ミレは抑えていた息を思い切りはいて、呼吸を整えました。
「夜の魔女の森‥やっぱりきれいだなー。」
「ミレ…?」
「はっ!?」
自分の名前をつぶやく様に呼ぶ声にすぐさま反応してミレはその方向を見ます。
「どうした…もう夜中だよ」
「そっちこそ!夜更かししていけないよ!」
昼間に作業した畑の近くでたたずむシルバがいました。
「僕は畑の野菜たちがちゃんと根付いてるか心配で…」
「言い訳だねー。本当はフリョーなんだね!」
「はあ…」
「ねえー、森のあっちで何か光ってるんだけど何か知ってる?」
「……知らない。」
「うそついた!知ってるよね?連れていって!」
「ミレはなんでそんなに行動的なんだ…」
「それしかのうがないんだもん!」
「…自分でそう思ってるの?」
「別にー。でもみんな言うからそうなんじゃない!」
「…僕はそう思わないけど。」
シルバはミレを振り返らず森の中へ向かって歩き出します。
「…この女ったらし!」
ミレはすぐにシルバに並んで、二人はぎゃあぎゃあと言葉をやり取りしながら森の中へ消えていきました。
♪銀色の髪の少女、愛を探してる この森で
まずは友達になりませんか 時は永いから
美しい百合をあなたに差し出す 窓辺に飾って欲しくて
恋をしているなら 力を貸しましょう
森で踊りたい いつまでも 永遠が終わるまで♪
「音痴な歌声が聞こえるー。 ひたい、ほっぺは、ひへるなー」
「ミレ。大きな声出して邪魔するなよ。」
「この歌…私の村の伝統歌だ。」
「ミレの村以外でも聞いたことはあるけど。ミレの村が発祥なのか?」
「多分そうだと思うけどー」
二人は歌を歌っている者の近くへ辿り着いて、その様子を木陰から覗いた。
月の光と木々の光が混じり合い、魔女の周りに降り注ぐ。
周辺は、森の近隣の村の通路にも咲いている‶精霊を呼ぶ花‶によく似た花が咲き乱れている。その花と違うのは黄色く発光していることだ。
「ところでさー、この花畑って‶精霊を呼ぶ花‶だよね?何で光ってんの?…あっ分かった!精霊を呼んでんだね!」
「ミレは声が大きいからすぐ分かるわね。」
「はっしまった!!」
ウィリアンがくすくすと笑いながら花畑の中でくるくる回る。
「精霊は特に呼んでないわ。けど…ここの花達は歌を歌うとそれに応えるように光ってきれいなの。ミレもどう?…シルバは?」
シルバの名を出した時だけウィリアンは一瞬戸惑った顔をした。
「僕はいいです。ここで二人を見てます。」
「銀色のー髪の少―女―っ!♪」
ミレはシルバなど見向きもせず花畑の中へ走っていく。
その夢の中の様な光景を、シルバは短い息をはきながら見つめる。
「僕らは魔法なんて何ひとつ使えない。それでも……」
シルバはまたひとつため息をついて、木の幹を背にしてその場に座り込む。そのまま
「美しい百合をあーなーた…に?あれ?」
「あら?」
「この‶精霊を呼ぶ花‶…私だけが歌うと光らないの?‥まーどーべーに…‥」
「‥窓辺にかざってほしくてー♪‥」
ミレが歌うのを止めて、ウィリアンが次いで歌いだすと消えた花の光が再び灯りだす。
「私の歌にしか反応しない…私しか来たことが無かったから分からなかった‥」
ウィリアンはある程度歌って止めると呟いた。
「すごーい!この花もしかしてウィリアン様が魔法で作ったの!?魔女ってすごい!!私もはやく魔女になりたいよ!♪」
「ええ…」
ウィリアンは再び歌いながら、自分の目の前に咲く花の一本を摘みとった。
その途端花の光は一瞬にして消える。
「……私達は、この花と同じ…」
「ウィリアン様、どうしたの?」
「‥なんでもないわ。この花畑は誰にも見つかりたくなかったのに。ミレのバカ。」
「えっ!?ウィリアン様がそんなこと言うなんて!ひっどーい!」
「どうしてここが分かったの?」
「私の部屋から見えたの!それで行ってみようと思ってこっそり外へ出たらシルバとはちあって、そしたらシルバが案内してくれたの!ねっ!シルバー! ‥あれ、寝てやがる。この時間に寝ちゃうなんてお子さまだなー」
「シルバ…寝てるふりしてるでしょう」
ウィリアンがミレよりは小さい声で、でもそれなりに大きい声で言葉を投げかけて
「‥ねてるふりしてるわけじゃ…今起きました」
薄目を開けたシルバからもそれなりに大きい声で返ってきていた。
「たぬきねいりか!?」
ミレの大きい声はミレ以外には無視されて終わった。
「せっかく来たんだから踊りましょう?歌ってあげるから」
「……」
月の光だけ浴びて、わずかに遠くから自分に向かって手を伸ばす女性をシルバは言葉を忘れて見つめ返す。
でも逆光で視線が合っているのかさえ分からない。それでも立ち上がって近付く。
「私も歌ってあげる!どーぞ!」
ミレがウィリアンに飛びついて抱きつきながらシルバに雑に片手を差し出す。
シルバはそれを軽く睨みつけながら二人に近付いてどこか恥ずかしそうに両手を差し出す。
三人は輪になるように手を繋いで、ずれた歌声と美しい歌声と小さな歌声を響かせながら光る花畑の中を巡っていく。
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