第一章 ミレと妖精の使い #5


ジョボ、ジョボジョボ~~…。

「お姉ちゃん、音がなんか下品だよ!」

照りつける太陽がすべてのものをあざやかせている、陽気な午後のお茶会広場で金とも茶とも取れぬ長めの髪を持つ円い瞳の少女が大声でそう言いました。

その台詞セリフに目の前の同じ髪の色の頭に黒のリボンを付けたボブカットの少女は同じく円い瞳を細めて、

「だって!これ意外と難しいのよ!?こんな手の角度でお茶落とすなんてっ、!」

話す最中もお茶のシミをテーブルクロスに前衛的な模様のごとく作りながら抗議しました。

そんな姉を妹は馬鹿にしたような冷たい視線で見つめます。

「こんなのでおよめにいこうって言うんだから、お姉ちゃんたら呆れちゃうよね~、『一口サイズのお茶しか出せない嫁』」とか変なあだ名付けられちゃうよ。」

「変なあだ名つけてんのは、「″スタン″」ちゃんさすがね。」

言い返す強気の声の中に、凛とした響きの声が重なりました。

声のほうへ視界を勢いよく変えた姉妹の少し遠くには、眩しい金糸のレースの様な光の交差。

そのレースの糸の間に透けるように、深い湖の底に似た蒼の輝きが浮かんで―

「眩しすぎて誰か分からなかったわ、ウィリア!」

「オルガスタ、もしかして花嫁修業中?私も混ぜてくれるかしら?」

それがいつも見慣れた瞳に姿を変えると、二人の少女は楽しそうに見つめ合いました。

ふと先にウィリアンが目をそらし、何かを哀れむようにティーセットをながめていると、

「ウィリアお姉ちゃんも結婚、決まったの?」

すかさずウィリアンの興味を引き戻すように妹のスターニャが話し掛けました。

自分を姉と親しく呼んでくれるその少女に頬を緩めながら、

「まさかー!私はまだまだ未熟だから、お嫁の話は早いって母さんも言ってるし…ははっ‥」

ですが語尾はどこか濁すように、薄い唇で微笑み返します。

「ウィリアお姉ちゃんで未熟なんて言っちゃったら、うちのお姉ちゃんなんか…」

「はい黙りなさい!あんたはいっつも余計なことしか言わないんだから!!」

「まだ最後まで言ってないよ~。人の話をきくのも花嫁修業のうちですよ?」

しかしそのあいまいな微笑みの先で姉妹はお馴染みのケンカを始めます。

 「ねぇ、いつになったら終わるの?」 まだ続きそうな気配の姉と妹の言い合いにウィリアンがこぼれる笑いを声に出すと、姉ことオルガスタが初めてウィリアンに気付いたような顔で、両手を胸の前でパン!と叩くと

「おっ、とごめんね!ちょっとウィリアンのこと忘れてたわ!で、お茶飲みに来てくれたの?」

幼い頃から変わらない屈託のない眩しさで笑いました。

「あはは、今からアリシスさんのところへ行く途中だったんだけど…、そういえば結婚の話はどこまで進んだの?」

その質問にオルガスタは嬉しい気持ちを隠すつもりもなく、ぴょん、と軽く跳ねると、

「それがね!今三人の方からお話をもらってるの!一人とはもう私の家でお会いしたんだけど…ミュスカの村の人でお話しが上手くて、すごく好青年なの…はぁ。」

「スタンも見たかったなー。私、外に遊びに行きなさいって追い出されちゃたし」

姉は妹をおいてひとり夢の中に行ってしまったように、薄赤い頬に両手をあてて頭を左右に揺らせました。

心底うれしそうな親友をウィリアンも嬉しそうにながめて、かるく彼女の両肩をつかみます。

「結婚おめでとう、オルガスタ。」

「ちょっと、まだ早いよ!一昨日会ったとこで返事もしてないし!」

「あっ、残りの二人の方が格好良いかもしれないものね?…浮気はダメよ?」

「そういう意味じゃない!変なことばっか言ってると殴るわよ!?」

「普通のことしか言ってないから。オルガー、落ち着きなさい?」

「変なのはお姉ちゃんなのにね~」

そうした傍からみると微笑ましい女の子達のじゃれあいをどこか暑苦しい男二人が遠巻きにながめています。

「うわー、殴ってるよあいつ。か弱いウィリアンと妹を両手でバシバシと!」

一人が顔をしかめながら大きな声でとなりへ耳打ちして、

「殴ってるって言っても、平手だろ?あれならうちの姉さんの怒鳴り声のほうが頭が痛くなる。」

もう一人はその大声から逃れるように反対側に頭を振りました。



「そういえば‥さっきからうっとうしい奴らがこっちをちらちら観てる気がするんだけど…」

一通りはしゃいで落ち着いたオルガスタが、声の聞こえる微妙な遠さにいる不審な二人を睨み付けました。

「えっと、それはー…」

ウィリアンが言葉をにごしているとそのうち、オルガスタは短髪の少し肌の色が濃い方の青年としっかり目が合って

「わっ!!」「ちょっと来なさい!ワーイグ!!」

二人の大声は静かな雑音の多い広場に同時に響きました。

くるっと回って草を蹴りつつ逃げようとするワイグの服をしっかり掴んで、引きずり連れて来たナキィルと、

「ナキィル君、ありがとう!仕事が早いのね♪」

「いえいえ、何ということはないよ」

さっきの形相がうそのようなオルガスタは微笑み合います。

「お前また裏切ったな!お前みたいな人間は次に生まれ変わってこれないぞ!」

やや暴れながら掴まれた服を振りはらうワイグに、

「ほら、いいから早く言わないのか?オルガスタも話が聞きたいから呼んだんだろ?」

ナキィルは落ち着いた声で二人分の助け舟を出します。 その態度が気に入らなそうにしつつも、ワイグは一旦静かになった後

「‥お前、もう少しで結婚するんだろ?そうしたら、もう前みたいに遊んだりとか、出来なくなるよな?」

オルガスタの揺れるの光を同じように追いながら訊きました。

「‥まぁ、そうなるとは思うけど…仕方ないことだし…で、要するに何が言いたいの?お茶冷めちゃうから、手早くね」貫くようなオルガスタの視線を受け取り、損ねて流れたワイグの景色に、腰に軽く手をあてこちらを睨みつけるウィリアンが映り込み、彼女は二歩で二人の距離の間に近づくと、くすんだエナメルの靴でどこかで見た大きさのまるを地面の砂を別けて描きました。

不思議な顔をして地面を凝視しているオルガスタを見て、ふっ、ともれた声をごまかすと

「昔、皆でピクニック行ったでしょ?それで、さっきまであー楽しかったね♪て思い出話してたの。ね、ワイグ?」

きつい目つきの笑顔が『早く言え』と名前を呼ばれた者に語りかけました。

続けてそこにあるまるに線を足して行くウィリアンを気にしながら、話の続きをワイグは受けとります。

「そう、そういう話をしてたんだ!て、俺は散々だったけど…ようするにまたお前が結婚する前にでもピクニックのリベンジがしたいってことだよ!でナキィルがお前らにお菓子の作り方教えてやるってさ!よかったな!」

息継ぎもなく言い切った朱色の頬のワイグの顔にオルガスタは疑いのまなざしをそそいで、

「ふん、リベンジぃ?あんた私に何する気よ?今更逆恨みは見苦しいわよ!あとナキィルがお菓子作りって…何言ってるの?暑いから心臓が煮えたわけ?」

相手を押しつぶす勢いで言いたいことを連ねるとその近くに、用意したようにナキィルが回り込んで

「いや、オルガスタ。ワイグの言ってる事は間違ってないよ。僕は、実はお菓子作りが得意なんだ。姉さんにずっと教わっててね、…こっちへ来てくれる?」

オルガスタに手を差し出しましたが触れられることはなく、そのまま横に流すように導いて少し離れた別のテーブルの側

へ連れて行きました。

「おいっ!ナキィルお前っ、また次はオルガスタに何吹き込むつもりが!?いっつも―」

負けた犬のように吠えるワイグを横目で睨むと、オルガスタの耳もとで声を潜めて言います。

「ったく、うるさい奴だな。 あいつは、本当にオルガスタが気になるんだな‥」

「な、ど、どういうこと??さっきから話が分からないんだけど…」

ナキィルの意味ありげな言葉に反応して戸惑うオルガスタの顔を彼は満足そうに輝かせた目で見つめると、軽く微笑むと

とどめを刺しに掛かります。

「あぁ、あいつは昔オルガスタのことが好きだったんだよ。」

「ええっ!!?」

「今はどうか知らないけど…でも多分、オルガが結婚するって聞いて、未練が湧いてきたのかも知れないな。

男は、相手を好きかどうか、奪われて初めて解かるって言うから…」

「そ、そんな話勝手にされても‥あたしはこたえ」

「だから、もう一度ピクニックに行ってそこで淡い初恋を終わりにしたいんだろうな。‥俺がこんなこと言ってたのは、もちろん内緒にしといてくれる?一応親友だから、俺。」

「……」

「それにあいつ、オルガスタのために、今までやってきたことがあるらしい。 オルガスタは豚大好きだろ?」

「え何、それ?別に、ほとんど見たことないし…。まあ、味で言うなら毎日四食たべても飽きないくらいよ!ていうほど食べたことないけどあんな高いの」

「じゃあ、続きはワイグに訊いて。俺はちょっとお茶飲んでくるから」

ナキィルは途中まで引いた弓を降ろすように、あっさりと追及をやめると本物の狩人を思わせる跳ねた足取りでオルガス

タのいた汚れたクロスのテーブルへ帰っていきました。

 唖然とした表情を浮かべてオルガスタが視線だけをワイグのいた方へ泳がせると、そこには中腰になって地面を熱っぽく見つめながらぶつぶつとつぶやくワイグとウィリアンが。

「‥何してるの?そこの二人?」長く伸びて自分たちにかかる真っ黒い影に気付いて、上目づかいで視線を影の元へ合わ

せた二人へオルガスタが話し掛けました。

ウィリアンはすっと背伸びをするように立ち直すと、「さぁ、何かしら? ううんと、ヒント、オルガのためだよ!」

さっきも見た、地面に生える、交差する線にまみれたまるの群れの中で跳ねた声をひろげました。

「意味が分からないし。さっきより増えてるけど…ボールの絵??」

つぶやいて、問い詰める眼差しをワイグへ送ったオルガスタへ彼は、ふんっ、と馬鹿にした息を送り返すと

「いたーっ!いだっ!こうさん!これはっケーキを分ける練習をしてたんだよっ!」

答えたお礼に踏んづけられていた足をどかしてもらいました。

「はっ?ケーキ?」

踏みつけられて、それなりに痛む足をさすりながら口をきく気力をなくしたワイグの代わりにウィリアンが照れくさ

そうに笑って、

「オルガスタの結婚式で村の人達に配るケーキを分ける練習よ。友人代表として、私にもさせてくれるでしょう?

それに、ケーキ分けの上手い女性は家庭を切り盛りするのも上手くなるってアリシスさんが…。まぁ結局は自分のためなんだけど」

かるく舌を出してふわりと空中を見上げました。一瞬空の色とウィリアンの瞳の色が溶け合ったようにオルガスタには見

えました。

「……。」

恥ずかしさのあまり黙り込むオルガスタを見て、大げさに笑い出すか照れ隠しに怒りだすかを想像していたウィリアン

は、虚をつかれたその態度に同じ様に恥ずかしくなり、無言になります。

「‥ありがとう」

その静寂をやわらかく破ったのはオルガスタで、後に続く誰かの言葉をみんなが待っても、来る気配はありませんでした。

この独特の空気に耐えられず、一番に声をげたのは

「うわーっ!もうっ!なんかっ!」

この空気をつくりだした本人で、首を振ると、ほどけそうな頭のリボンが左右に揺れます。

その動きから勢いをぴたっ、と止めるとまだ足をなでて見上げる青年を真剣に観て

「ちょっとワイグ!!なんか今までやってきたことあるの!?」

ケンカ腰にしか思えない態度を全開にして問いかけました。かろうじて、うわずった言葉の語尾で質問と分かります。

「はぁあ?」

「豚!」

「豚?」

「豚とか…関係あるの?」

ウィリアンには、恥ずかしさを抑えきれない親友の複雑な気持ちが側から見ていて分かりましたが、ワイグには全く

伝わっていないまま彼は言葉の意味を真っ直ぐ考えています。

「豚…?豚、で関係ある?…もしかして!豚の燻製のことか!?」

やっと思い至ったワイグが、ぐるぐるなでていた自分の頭からぱっと離した手のひらで相手を指すのがささやかなケンカの象徴サインかのようでした。

「豚の燻製!?豚の燻製って、高級品でしょ?もしかして!…私に買ってくれる?」

「そんなわけあるか!俺だってせいぜい失敗した端切れを食べてたぐらいだ!」

「自分だけ食べてた!?ずるい!何なのよ!私のためとかっ!」

「ずるくないだろっ!必死で伯父さんから燻製焼き教わった後のひとときのご褒美だっ!文句あるか!」

「えっ!?燻製、焼き?…もしかして、ずっとやってたことって、燻製の作り方?」

「何回も訊くなよ!だから何だよ!」

「そんなの教わってたなんて初耳なんだけど…」

「はっ!俺はどうせまだまだ三流にも遠い四流だから人に言えるほどじゃねえよ!馬鹿にしたいんならしろよ!?」

「はあ?なんでよ!……違うと思うけどわたしが豚肉好きなの知ってた?」

「そうなのか?どうでもいーな!てか、ごちそうだし嫌いな人の方が珍しいんじゃねえの?」

「―ナキィルどこ?一回は殴ってやる」

「は、ナキィル!?て、やめろよ!不当な暴力反対!そんなんじゃ未来の旦那にも逃げられるぞ!?」

「うるっさい!あんたなんか素焼きでも野焼き職人でも勝手にやってなさいよ!」

「‥そんなに豚食べたいのか?食い意地はってるなあ~」

笑いを噛み殺した気配のある言葉に火に油を注がれた気分で、オルガスタが睨みをワイグに向けると、

「で、オルガスタはりんごの香りとのくるみの香りどっちだ?」

悪意のない満開の笑みでしっかりオルガスタ睨みを向かえ入れました。

「 ? お前もピクニック行くだろ?あっそれか最近手に入れた〝さくら″っていう異国の木片があるからそれが―」

「か、おりって何の?」なぜか鳴った最初の心臓の音につられて、それは走る様に高鳴っていきます。

「燻製の香り付けに決まってるだろ?ピクニックに持っていくんだから、良いやつ作りたいしな。―もしかして行きたくないとかじゃないよな?」

オルガスタの微妙にゆがんだ表情に不安を覚えて、ワイグが訊き直します。

「ちがっ違うから!別に嫌じゃないし…別に‥」

噛みながら早口で言いたてたオルガスタの真っ赤な頬にオーディルが気づくこともなく

「よーし!俺にも伯父さんへ釜土かまど使う許可とか貰える肉の質の相談とか色々あるから何日か待っててくれよ!…あと〝とうがらし″とか。」

最後の一行は小さくつぶやいてオルガスタの背中を叩きました。

「ぐっ、げほっ!!馬鹿力っ!痛いわよっ!‥‥じゃ私も準備しないと」

「準備?…まさかっ!まさかなのか!?またギセイ者を出すつもりなのか!?」

「ギセイ者って!?あんたは分かんないだろうけど!お菓子ってのは繊細で―」

オルガスタが今までのケンカの道すじの一つで、何度めかになるワイグへの胸ぐら掴みをしたとき、その腕を、たく

ましいワイグの胸筋がはね返す感覚に驚いて少し後ろへ飛び退りました。

「…‥」

「おい、どうした?顔と首が赤いぞ?気分悪―」

「違うっ!なんにもないからほっといて! っとに、私はっ忙しいんだからもう終わり!近所の奥さん達にもお茶入れに

行かないと…詳しいこと決まったら言って!」

心配して顔を覗き込みに来たワイグが、

「そうだ俺達も早くアリシスさんのとこへ行かないと!あっ香りはどっちにするんだよ?」

避けるように体を傾けて立ち去りかけたオルガスタを引き留める言葉を続けます。

最初の一文ひとことはほぼ空気のような存在で微笑んでいたウィリアン、最後の一文ひとことは背を向けて大股の一歩を決めたオルガスタへと。

ウィリアンの顔をじっと観て、オルガスタが眉間にしわを寄せたまま、

「どっちも好きにしなさいよ‥わざわざ急いでアリシスさん?に会いに行くのって何かあったの?」

「ん?あぁ、アリシスさんていうのは、ウィリアンのおとなりに住んでるおばさんで…」

「それぐらい知ってるに決まってるでしょ。ねぇウィリアン、何?」

遠回りな説明を始めたワイグを遮って、ウィリアンに不安が滲んだ真剣なを寄越しました。

その瞳を見ると変に誤魔化すのも無理だと今までからの直感が告げて、それが微笑いを誘います。

「え?何か楽しいこと?」

と、問いかけるオルガスタを一旦無視してエプロンのポケットに手を差し入れ途中で引っ掛かっているのか、やや無理矢理に丸まったハンカチを取り出しました。

それを慎重さのある流れで自分の左手のひらに乗せると、右の指先で結び目を解きます。

花びらが朝の光に応えてゆっくりと咲くように、ハンカチが開いて―

「クッキーじゃないの?」

そんな間の抜けた答えにウィリアンは一瞬体が傾きました。

「そう見えるなら食べてみれば?」

踵を軽く踏み直すと、うすい黄色のクッキーにも似た色合いのティーカップのかけらをつまんで差し出します。

「いらなーい。」

オルガスタは嫌がるこどものようなしぐさで両手を後ろへ回しました。

ウィリアンはそのまま破片を自分の口元へ寄せ

「これ、アリシスさんのなの。」

当然食べはせずに、丁寧にハンカチの中へ戻しました。

「あー…うん、私もよくパリーン!て落としちゃうわ!こなごなに!…気にしないほうがいいわよ!アリシスさんはウィ リアンには甘いし!」

「へへ 、割ったの俺なんだよなー」 「お前か!!」

オルガスタはうつむくウィリアンのために差し出した手をひるがえして、ワイグの頬を思い切りつねりました。

「ち、が、うぅうっ~~俺だけ、じゃない!ナキィルも~~っっ!」

「ナキィルも!?、っていうか、あんたが関わってるならどっちも同じよ!だいたいどうしてあんたが割ったやつをウィリアンに持たせてるわけー!?」

「痛、おれらだと、破片が入るポケットがないからってウィリアンは親切だから預かってくれてっ~っウィリ、たすけて!」

後半はふにゃふにゃした口調で終わったワイグの涙目の訴えがたまにどこかを彷徨っていたウィリアンの思考を帰らせて、

「オルガ、お終い!」 二人に近づいて手をパン!と鳴らしました。

「「はー…」」

声質の違うため息同士が同じ長さで響いてきました。

ウィリアンはワイグのシャツの袖をぐい、と伸ばすように引っ張って、

「こんなに続けてケンカしちゃダメよ。 じゃ、また後でね、オルガスタ。」

「ちょっと待ったっ! 私も行く!」

オルガスタがウィリアンと同じようにもう片方のシャツの袖をとりました。

 ぽかんと言葉を忘れて口を開く二人の代わりに、オルガスタは単語と意味を合わせようとしながら口を開きます。

「私も…友達よね?だったら…一緒に…謝る」

小さな音の言葉に、驚いたままの二人の顔は、やわらかいものに変わって

「ありがとよ、オルガスタ!」「私と同じだね、オルガ。」

オルガスタの照れの混じった、でもわずかに嬉しそうな様子を見届けました。

外から見ると、俗に言う両手に花束を持ったワイグはそうみえるのが嫌で、気持ちだけでも少し顔を遠ざけて歩き出します。

「私も実は、アリシスさんにちゃんと会うのは久しぶりかも」

「そうなんだ。ウィリアンもお人好しよねー、色々と!」

「ウィリアンはそれでいいだろ!よーし!後は色バカおとこを呼んで――、」

ワイグは、肺いっぱい息を吸って少し遠くのテーブルにいる親友の名前を呼びました。



「ったく、あいつは要領が悪すぎるな。何度手間かけさせたら気が済むんだ…」

悪態をついているのに全く表情に出さずに、荒い手つきでお茶を入れる青年の横顔をオルガスタと似た顔を持つ少女が五歩分離れたテーブルから見つめていました。

その少女の頬はいつもよりたくさんあかみが増していて、わずかに腕が振るえています。

少女は苦しそうな表情で目を細めたあと、素早く瞬きを繰り返し、よく見ると両手足そろえてキツネのような足音で青年に近付きます。

「…私が淹れましょうか?よかったら…」

意識していなかった近くから声をかけられ、反射で振り返ったナキィルはスターニャの上目づかいの表情を捉えました。

探るような手つきでテーブルの上のケーキを引きずり寄せる少女を見ながら、

「あぁ、スタンちゃん?久しぶり、だね?――、」

会いかけた瞳を逸らされた時、彼の経験上から来る直感で、彼女の心がわかった気がしました。

自分が思うよりも動揺した心を隠したまま、一つの皿にナキィルが手を伸ばすため指を開いた時、その中指から小指までが、ふたまわりは小さい雪の降った小枝の様な指に、ゆるく絡み付かれました。

拒否の意味はない、けれど静けさの漂う威圧の視線を隣の少女に送ると

「嫌なら、離してくれてもいいです」

この視線でひるむようなら振りほどこうと思っていた青年は、目の前のケーキを見つめるまなざしと言葉の響きの強さに自分がひるんでしまいました。

ナキィルはしばらく黙った後、隣の金茶色の髪の中の耳に顔を近づけながら

「欲しいものがあるならそんなつかまえ方じゃダメだ。もっと強く握らないと。」

囁くでもない、けれど大きくもない声でスターニャに語り掛け、ゆっくりと顔を離していきました。

その言葉に宿った魔力に導かれてスターニャは、喰い込むように相手の指を絡ませました。ナキィルは特に何か応えることはなく、かわりに普通の物腰で

「スターニャ‥今度僕と一緒に森へ行こうか。もうすぐ黄色の野薔薇が君に似てきれいに咲く時期なんだ。」

切れ長の瞳を何度か瞬かせます。 その仕草が、まだ恋を知らない女の子にはとても美しく見えます。

スターニャが嬉しそうに笑って繋がせた手の中の隙間を深く埋める様につなぎ直すと

「頑張って、お菓子作ります。もし美味しくなくても…食べてくれますか?」

今度は逃げのない純粋なでナキィルを見つめました。

ナキィルは向かいあう瞳とは反対の心を持って見つめ返して、この女の子の姉がむかし今日の日と同じようなお茶会の場をとても個性のある味のケーキで皆をもてなした事を発作的に思い出し、すこし目を逸らしました。

  「ナキィール!いくぞっ!お前はいっつも流れに乗るのが遅いんだよ!」

耳障りだけれど、慣れた響きを持つ大声が自分ナキィルを呼ぶのが聞こえて、

「あのっ、」

その場所に向きかけた意識が強く引っ張られた手と共にもとのところへ戻りました。

 続きを言わないけれど隠しきれない不安が伝わる視線をナキィルは受けとめて

「…うん、また近いうちに。期待しなくて良いから待ってて」

絡まった手を撫でる様に振りほどき、声の元へと大股で駆けて行きました。

去っていく、見慣れた背中を視線だけで追いかけ、まだ熱を忘れられない少女の手は自然と唇に吸い寄せられます。

その一部始終は古白こはく色のテーブルクロスに隠れて、誰にもみられることはありませんでした。

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