第25話 こいつ、意外と
数日後。
文芸部の部室にて、ニコニコしている福道先輩がいた。
「いやあ、新入部員が増えるっていいものだねえ」
福道先輩は部員が増えたと嬉しそうだ。
あれから佐島さんは俺のすすめで文芸部に正式に入部した。
小説を書くことが好きな女子が入ったのだから、これからさらにこの部活は盛り上がるだろう、とそれが嬉しくてたまらないらしい。
「佐島さんの小説、読ませてもらったけど、ばっちり女性の心理がよく描けてると思うよ。できればここの場面なんだけど、もう少しこの描写が……」
そこはさすが文学好きの先輩だ。佐島さんの小説を読んで、感想を言い合う。
「こっちの話もいいと思うよ」
そしてその会話に入るのはもう一人、白木である。
「みちるちゃんは、次はどんな話を書きたいと思うの?」
「青春ってことで、今度は夏休みに田舎へ行って、そこで見た仕事に感銘を受ける女の子の話を書こうかなって」
佐島さんは甘い恋愛小説、白木は青春ものでジャンルは少し違うが、それでも小説を書きたいという意思は同じだ。白木には同じ創作仲間の女子という友達ができて嬉しいのだろう。
こうして放課後の部活動は、こうした日常が過ぎていく。
放課後。夕方の空に包まれて、多くの生徒が下校する為にそれぞれの帰路につく。
俺もさっさと帰ろうと校門を出たところで白木に話しかけられた。
「ねえ、待って」
わざわざ帰り道に俺に話しかけてくるなんて、いったい何だろうか。
「なんだよ。お前こっちの方向じゃないだろ」
白木は何か言いたいのか? 俺は返答を待つ。
「あんたさ、結構いいやつだよね」
「何が?」
いきなり何を言うのだろうか?
以前はあれだけ俺のことを非難していた白木が突然そう言うなんて。
「あんたのおかげで、あたしあれからもいろんな話が書けるようになったし。それに、その……美玖ちゃんと仲良くなることもできたし」
あれから、というのは以前、俺が嘘をついて白木の友人たちの誤解を解いたことだろうか。
あの時、白木との友人の誤解ははれたが、あれからは俺は散々だが。
まあ、佐島さんを文芸部に誘ったのは確かに俺だが。
「佐島さんはお前と気が合うとは思ってたよ」
「うん。私にとっては新しい友達が増えるってやっぱ嬉しいし。美玖ちゃんはあんたが誘ったから文芸部に入ったって言うから、きっかけはあんたなんだなって、でも何より……」
その時、夕日に照らされた白木の顔が、飛び切りの笑顔だった。
俺は思わすその表情に驚いた。なんだこの顔は……凄く笑顔だ。
「あの時、あたしの腕前のこと、褒めてくれてありがとう。おかげで私、将来は小説家を目指そうと思った。あたしのこと、ちゃんと書いてる人として認めてくれたの、凄く嬉しかった」
その時、俺は以前自分が言ったことを思い出した。
『俺、白木の腕前信じてるから。白木の小説を作りたいって情熱は本物だ。お前ならきっと、将来立派な小説家にだってなれると思う』
あの時は思いつきで言っただけだが、それが白木にとっては自信になっていたのだ。
突然の白木のその台詞に、俺はなんて言えばいいのかとフリーズしてしまった。
そして、こんなことを言う。
「あたしも、あんたが書いた作品っての、読んでみたいかな」
「俺の書いた作品? 俺が書きたいやつっていうとラブコメとかでもいいのか?」
以前はラブコメを否定していた白木がなぜこんなことを言うのだろうか。
「ラブコメだとか、そんなの関係ないよね」
白木は目を閉じて、何かを悟った表情で言った。
「ラブコメだって、一つのジャンルだし、物語の中で男の子が女の子と付き合うとか、そういう理想の生活を送る主人公ってのを見るのも楽しそう」
マジか。前はそのラブコメを青春じゃないとか否定していた白木からこんな言葉が出るとは。
「だって、物語って読む人が『こんな青春を送れたらいいな』っていう理想をお話にして楽しむっていうのもエンターテインメントじゃない。現実とはまた違うからこそ、そういうお話を読んで面白いってのもいいところだし。そういうのだってきっと読みたい人もいるよ」
そうか、白木はそこへたどり着いたのか。
創作とは、読む人が楽しんでこそである。自分が書きたい理想の物語を作ることで、それを読んだ人が楽しい気持ちになる。
ラブコメはまさにそれを満たしたジャンルだ。
男子なら憧れる恋愛というものを楽しむ、それで女子に囲まれる、理想的なハーレム。
「きっと、あんたの書くラブコメだって、これからは需要出てくると思う。そういうのが大好きなあんただからこそ、できることだよ」
最初は俺のことを全面否定だった白木は、今は俺のラブコメ好きをそんな風に思っている。
そういわれると、俺はやっとラブコメが好きなことが堂々とできるようで少し嬉しくなった。
「……そうか。いつかそうなったらいいな」
俺は控えめにそう返事した。
本当は嬉しいけど、恥ずかしいので表情には出さない。
「じゃあね、また部室で」
そう言うと、白木は背中を向けて、自分の家への方角へと去っていった。
その後ろ姿を、俺は眺めていた。
あれほど俺を嫌っていた白木が、あんなことを言ってくれる。
文芸部に入ろうとした時には想像できなかったことだ。
ツンツンしていたようで今はデレ、これはまさにラブコメで言うと……。
「もしかして、あいつってツンデレって奴なのかな」
と俺はそんな単語が一瞬頭をよぎった。
「んなわけないか。あの白木だしな」
と、俺は自分にツッコミを入れた。
そして俺も自分の家に帰ることにした
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