第23話 これでよかったと思う

 そのまま四限目が終わって昼休みに入った。

 俺はそのまま教室には戻らなかかった。


 俺へのヘイトが集まったであろう自分のクラスに今俺がいるのはまずい。

 あれだけのことを言ったばかりの場所に、本人である俺がそこにいたらクラスメイト達は不愉快な思いをするだろう。

 俺はそそくさと一人で図書室にでも逃げ込もうかとしていた。

 図書室のある一階へ降りようとした時だ。

「おっと」


階段の隅で、白木があの例の友人達と一緒にいた。

(あいつら……何喋ってるんだろう)


 盗み聞きするのはよくないとは思ってはいるが、あの日以降、白木を避けていたあの三人が白木と一緒にいる。いったい何を話しているのかが気になり、こっそり隠れて聞き耳を立てた。


 道下と保坂と宮島は、申し訳なさそうな顔で白木と喋っていた。


「みちる、ごめんね。あの小説、私のことを勝手にネタにしたんだって思ってた」


 それは自分の元カレと自分のことをネタにしたのだと思って怒っていた本人だ。


「早とちりで勘違いしちゃった」

「みちるは風宮に頼まれてあの話を書いていたんだね。こういう話を書いてほしいって」


 あれで白木の書いたあの小説は俺のことだと思われただろう。

 ふと、白木が友人たちの視線を潜り抜け、階段の踊り場にいる俺に気が付いた。


「え、と……その」

 白木は何を言っていいのかわからないのか、しどろもどろになっていた。

 本当は俺が白木にそんなことを頼んでない、とわかっているから。


 白木は自分が頼まれたことのない話なので、俺の言ったあのことは全て嘘だとわかっていて戸惑っていたのだ。


 そうしてモジモジしていると白木は階段の踊り場にいる俺の存在に気付いた。


 くそ、見つかったか。

 しかしここにいるのがどうせバレたのなら、と俺はある手段に出る。


 俺は生徒手帳をポケットから取り出し、そこのメモ欄の部分に持っていたボールペンでカンニングペーパーのごとく「話を合わせろ」と書いて見せた。


 それを見た白木は友人達に説明し始めた。


「う、うん。風宮が自分の経験談も入れた理想の話を読みたいからそれを小説に書いてくれって頼んできたから」


 俺があの時言ったことのままに、白木は友人たちにそう説明した。

 それを俺は「うんうん」と白木にアイコンタクトで頷いた。


「てっきり時期が時期だったから美奈子のことだって思ってた。みちるがそんなことするような子じゃないはずなのに」

「あんなに責めて、本当にごめんね」


 ようやくあの時怒っていた宮島本人が反省して謝罪を口にした。


「まさか風宮があんなやつだとは思わなかった。みちるはそれを書いてって頼まれたんだね」

「風宮、自分の恥を晒すなんてアホだなって思ったけど、けどあいつがラブコメ好きなやつっていうなら納得だわ」


 やはりというか、俺にヘイトが向かっている。

 女子にこう言われるのは嫌だが、しかし俺がラブコメ好きだというのも事実である。

 むしろ自分がラブコメ好きという性格を利用したのだからできたことでもあるような気がして。


 こんなことをしたら、ラブコメが好きだという俺に今後付き合ってくれるという女子はもういないかもしれない。


 自分の方から女の子を騙すというやつだということにしてそれを話したのだから、そりゃあもうこんな男と付き合いたいという女の子はいないだろう。


 しかし、それでいい。どうせなんの取り柄もない俺がラブコメみたいな生活を期待していたってしょせんは陰キャだ。

 それならば俺のこの個性を生かしたことに使えた方がよっぽどいい。


 ラブコメはあくまでも二次元だから楽しむものであって、そういった生活はしょせんは理想でしかないのだから。

 俺がラブコメみたいな生活に憧れていたのだって、しょせんは妄想でしかなかったのだ。


 だが俺はこの作戦を実行する前に、良樹など友人たちにはちゃんと話しておいた。


 もちろん「その方法はやめた方がいい」という声もあったが、俺はそれでもこの方法をやりたかった。


 その方法は信頼をなくすから本当にいいのか? とも言われたが、俺は仲のいい先輩や友人にだけ自分のことを知ってもらえているのならそれでいいのだ。


「風宮は自業自得だよ。むしろ、みちるがあのことを話しにしたからあいつも反省になったと思う」


 道下がそう言った。


 しかし、白木は何やらモジモジしている。そしてこう言った。


「あんまり……風宮のことを悪く言わないでほしいかな」

 白木が突然俺についてそんなことを言い出したのだ。


 俺をかばう発言をわざわざするのか? と俺は思った。


「なんで? あいつ最低男じゃん」

「風宮はあんなことをしたっていっても、ちゃんと反省はしてるし、あたしにこんな話を書いてってむしろ自分の戒めとしてたし。そうやって同じことを繰り返さないって意思があるなら、あいつも案外悪い奴じゃないかもって」


 白木は俺が自分をかばうためにあんな嘘をついたことを申し訳なく思ってるのだろうか。

 俺のことを散々馬鹿にしていた白木なんだから、ここはそんなこと言わないと思っていたが


「わかったよ。私達もあまり風宮のことを悪く言わないようにするね」

 宮島達は白木本人のこの態度で、さすがにあまり俺の話題を出すのはよくないと思ったのかもしれない。


「でも、みちるの腕って凄いね。理想の話を書いてって頼まれて、それを面白く描けることができたんだから」

 宮島はそこを評価した。


「そうだよ。こんな話を書いてっていわれても、それをちゃんと形にするなんてできることじゃないよ」

「人にこんな話を書いてって頼まれたとしても、それをちゃんとストーリーにする力があるなんて、それもすごいことだと思うよ」

 あとの二人も白木の腕前があったからこそできたことだ、と言ったのだ。

「またみちるの書いた小説読ませて! みちるの腕なら、これからも面白い話が書けるって信じてるから」

「……うん」


 ひと段落したと思い、俺はその場から離れた。

 こんなことを聞いていたなんて白木の友人達に知られたら、ますます俺にヘイトが来る。


 しかしまあこれでいいのだ。


 ラブコメ好きな性格は事実なのだから、そう思われても不思議ではなかった。

 時には自分が泥をかぶることだって必要だ。



 その日の午後、昼休みから教室に戻ってきた俺へのクラスメイト達からの視線はなんだか冷たいような気がした。


 自習時間を潰されてあんな告白を聞かされたのだ、そりゃあ俺のことを蔑んだ目で見るだろう。


 別に俺が気にしなければいいだけの話だ。


 クラスメイト達が俺のことをそんな風に思っていても、俺は本当はあんなことしてないし、やったという事実がない。ただの気持ちの持ちようだと思っている。


 そんな授業もようやく終わり、放課後に俺は部活へ行くことにした。


 ようやく教室から逃げられる、と俺は浮足立ちで部室へと向かった。


 部室のある南校舎への廊下を通ってると、そこに白木が立っていた。


 その表情はソワソワしていてまるでここで誰かを待っているかのように。


 シカトして通り過ぎるのもあれなので、一応声をかけることにした。

「おう、白木。お前も部室へ行くのか」

「そうだけど……あんたを待ってた」


 え? 俺を待ってた?

 白木は俺の顔をじっと見つめ、なんだか恥ずかしそうな表情だ。


「あんた、あれでよかったの?」

「何が……?」

「あたしの誤解を晴らすとか言って、わざわざありもしない嘘の体験談まで作って、それをみんなの前で言うなんて、あんたのこと、みんな信用しなくなったかもよ?」


 昼休みに俺は白木にカンニングぺーパーで「話を合わせろ」と見せ、白木の友人たちには俺が白木に頼んだのくだりのまま説明しろ、ということにしたのだ。


「みんながあんたのことを蔑んだら、あんたの理想だったラブコメ生活だって送れなくなるかもしれないし、これからもぼろくそに言われることだってあるかもよ?」

 白木はそれを心配していたのか。


 白木から見ればラブコメ好きな俺のことなんて偏見の目で見ていたというのに。

 それならば俺がラブコメ好きというのを自分で認めてそれを利用したまでだ。


「いいよそんなの。それに俺、良樹とか友達や先輩とかには事情を説明するつもりだし。クラスの連中にどう思われても、他にわかってくれる人がいれば、それだけでいいんだ」


 まあこれでいいだろう。


 俺は別にクラスの人気ものというわけではないし、友人も少ない方だ。

 良樹のようなサッカー部でモテモテな陽キャとしがって、俺は陰キャな方だ。


「でも、あたしの為にあんたがあんなこと言って、恥かいて、皆に嘘つきで女の子騙したサイテー男なんてレッテル貼られて笑いものにされてもいいの?」


 なんだか今更だって感じもするな。


 俺ははーっと息を吐いて言った。


「俺、白木の為ならそのくらいいいよ」


 白木はその発言に、一瞬驚いた表情を見せた。


「なんで……? なんであたしの為に?」


 白木は事情が理解できないらしい。


「だって、俺達同じ文芸部の仲間だろ。同じ文芸部なんだから同じ部活のやつが今後小説書けないとか部誌が書けないとか言い出すと部活動として困るんじゃないのか。福道先輩だってきっとそんなの望んでいない。先輩もお前は文芸部のホープだって言ってたし」


「!」


 俺がそう言うと、白木は口に手を当てた。俺の発言に何か驚いたのだろうか。


「そういうことだ」


 色々あっても、同じ部活の部員というものは仲間だ。


 最初は文芸部に入ろうと思ったのも公子先生の勧めで、福道先輩と気が合うから入部したというのもあった。


 最初は白木と仲良くなるつもりもなかった。


 しかし、白木の小説を書きたいという意思を見ている間に、その考え方は変わった。

 それに、一応同じ部活の仲間ではあるのは間違いない。


「どうせ俺みたいなラブコメ脳、最初からきもい奴って思われててもおかしくねーし。俺、男だからそこまで気にすることねーし」


 ラブコメが好きだということは、以前の白木のようにそんな風に思われていてもおかしくない。まあ、あの嘘は大胆すぎたとは思ったけど。


「俺はこれからもラブコメ好きのままでいると思うから、あんなのある意味間違ってもいねーよ。ラブコメ好きだからああいう女子との付き合いに憧れてましたってのも説得力あったかなって」


 俺がラブコメ好きなのだから、それに憧れて大嘘をついていたと、俺がそう思われていても、元々そういうやつだったと思われるだけだ。


「そう……」

 白木は少し申し訳なさそうな表情になった。


「まあ、そう俺に気を使うなって、お前だって俺のこと最初は非難してただろ」


 白木は俺のラブコメ好きを非難していた。むかつくやつだとは思ったが、文芸部に入って、白木の小説を読んだり、白木の話を聞いてたりでこいつへの感じ方も変化していったのだ。

 俺は白木の作品を読んでいて、こう思っていた。

「俺、白木の腕前信じてるから。白木の小説を作りたいって情熱は本物だ。こうして俺に気を使ったり、人のことを想う心もある。そういう気持ちがあるやつこそ、そういうの向いてるんじゃないのか? お前ならきっと、将来立派な小説家にだってなれると思う」

「えっ!?」

 白木は声を挙げて驚きの感情を出した。


「なんだよ、なんか変なこと言ったか?」


「い、いえ、別に……。あんたにそんなこと言われるなんて……予想してなかったわ」

 なんだか白木ははっきりしないような戸惑っているのか、そんな表情になってる。


「そうか。まあ俺は思ったこと言っただけだけど」

 俺のことを散々非難していた白木が今はこうして俺に気をかけているのだから、こいつもただのむかつくやつではないのだとわかったから。


「ありがとね、あんたへの見方もちょっと変わったわ」


 見方が変わったとか、以前はよっぽど俺のことを気に入らなかったのかよ、とも思った。


「まあ、そういうわけだ」


 さて行くか、と俺が部室のある方角へと歩いていくと「待って」と白木もついてきた。


 そして部室にたどり着き、ドアを開ける。

「失礼します」


 部室の中にはすでに福道先輩が来ていた。


「や、今日もよろしく。あれれ?」

 福道先輩が何やら不思議そうな顔をする。

 そして白木の顔を見てこう言った。


「白木さん、何かいいことあった? なんだか嬉しそうだけど」


 先輩にそう言われ、白木は「はっ」として顔を手で覆った。


 白木は自分の表情が見られて恥ずかしかったらしい。


「べ、別になんでもありません!」

 白木は慌てたように顔を見せて、いつも通りの表情に戻す。


「先輩、今日もよろしくお願いします!」

 白木は改めてそう挨拶し、そしてまた原稿を書く作業に入った。


  そして、いつも通りに部活動が始まった。



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