第22話 あの話、実は

 

 翌日、普通にいつも通りの授業が進み、四限目になった。


 しかし、四限目の現代文の教師が教室に来なかった。


 なんだろう? とクラスがざわざわしたところ、ようやく教室の戸が開いた。

 しかし、現れたの現代文の教師ではなくこのクラスの担任教師だった。


「えー、野村先生が今日は事情があって早退なされた。今日は自習とする」


 その言葉を聞いた途端、ひそかに「よっしゃ」とつぶやくものがいたりした。

 自習ならば授業ではなく自由にできると。


 自習か、これは都合がいい。


「お前ら、各自でやっておけよ」

 教師が不在、これはチャンスかもしれない。


 それぞれがおしゃべりやスマホをいじったり始めたところ、俺は黒板の前に立った。

 この自習時間こそがチャンスだと。


 それぞれが自由になっておしゃべりなどをしていたところへ、俺は黒板の前へ出た。


「ちゅーもーく!」

 と俺は手を叩いた。


 何事かと、クラスの視線が一斉に俺に向かう。


「それぞれが自由にしてるところ悪いが、みんな聞いてくれ」


 俺が教壇でそう言い放ち、クラスメイト達が俺に目線を集中させた。


 突然始まった俺の、クラスメイトは一堂に視線を向け続けて恥ずかしいが、そうはいってられない。

「えー」という声が挙がり

「いきなりなんだよ、めんどくせえなあ」

「せっかく自習なのに」


 明らかに俺の話を聞くのもめんどくさそうなクラスメイト達が俺の方をにらんだ。

 せっかくの自習時間だというのに、何を始めるというのだと。


 しかし、俺はそんな視線にも耐えた。言いたいことがあったからだ。


「今から俺はある告白をしようと思う」

 俺は決めていたことを言うことにした。


「俺、最近文芸部に入って、小説を書いてみたいって憧れがあります。昔からアニメとか漫画も好きで、それだけじゃなくて書く方もやってみたいなって」

 俺は自分のことを淡々と話し始めた。


「けど、俺が好きなのは文学じゃなくていわゆるライトノベルでよくあるラブコメってやつで、男子の憧れを理想にしたハーレムものみたいな」



「ラブコメ……?」

「それってあれでしょ、男子が好きそうなやつ」

 俺がそう言うと、クラス一同で笑う者もいた。


 女子からすれば、男子生徒がいきなりこんなことを言いだすとはまぬけだと感じる。


「風宮ってよく女の子が表紙の本とか読んでるよね」

「やっぱそういう嗜好あるんだ。二次元みたいなのに憧れるとかうけるし」


 やはり女子から見ると男子のそんな趣味を明かされるなんて恥を晒すようなものだ。


 しかし、俺は話すことをやめずに続けることにした。


「俺、そういう女の子といちゃいちゃするシチュエーションって憧れで、そういう生活をしてみたいと思ってました。二次元みたいな女の子にもてる主人公に自分もなれたらって。女の子が自分のことを好きになってほしい、それで当たり前みたいな生活が」

 俺がそう言うと、クラスメイト達は笑うものもいた。



「普通そんなこと自分から明かすかよ。うけるわー」

「風宮ってそんなこと考えてたのかよ。しかも自分からそれをばらすとか」


 この時代、アニメや漫画が好きという者は多いが、かといってアニメや漫画のようなラブコメ生活に憧れることはあっても、自分がそうなりたいと自分から明かす奴はいないだろう。そんなもの恥でしかない。ああいうのは二次元だからこそ現実とは違うと割り切って楽しむものだ。それを実際にやりたいというのだから。


 クラスメイト達から嘲笑の視線を感じるが、俺はそれでも話すのをやめない。


「俺の理想はラブコメアニメみたいに女の子とワイワイできる学園生活を送りたい思ってました。女の子に常にモテモテで、その中心にいたいと。可愛い女の子とデートして、その甘い生活をしてみたいと」


 俺がそう言うと、さらにクラスメイトの視線は痛いものになった。




「うわ、マジでオタクが考えそうなことじゃん」

「さすがに本当にそんな生活をしてみたいとかリアルとごっちゃにするのはありえんわ」



 明らかにクラスメイト達は引いてる。しかし、こんなもので負けるわけにはいかない。



「そこで、俺、ラブコメが好きなあまり、こんなことやっちゃったんです」


 これが俺が一番言いたかったことだ。ここまで来たら言うことを辞めるわけにはいかない。


「俺、ラブコメアニメみたいに、女の子に好かれてモテモテになって、ハーレム生活をしたいって憧れがあってそれで、女の子にもてる男ってのはどんなのかって経験してみたいって思って。色々考えたんです」

 とうとう一番言いたかったところに来た。俺は隠さず話した

「俺、それでとんでもないことして、女の子に振られました」

 突然の失恋話の告白。クラスの視線がざわっとなるのを感じた。

「なんだ?」「何をしたんだ?」と視線が集中する


「ラブコメみたいに、女の子にもてる男ってのはどんなものがいいかって思って。それにはかっこいい自分じゃなきゃいけないって思って。それにはモテる男のステータスって一体なんだって考えると、やっぱり頭がよくてスポーツ万能とか」


 高校生ならば誰もが憧れる異性にモテるという。感覚、それがなんなのかと考えて思いついたのがこれだった。


「でも、俺にはそういうスポーツなんてかっこいいことできるわけないし、地味だし、外見もいいとこないし、頭もそんなによくないし、女の子にもてる要素なんて何一つ持ってなくて」

 俺が言うと、やはりというかクラスメイトには密かに笑う者がいた。



「ぷっ」

「そりゃそうだろなー」

「風宮って地味だし」



 やはりますます嘲笑の視線が強くなる、しかし肝心なのはここからだ


「それである時、他の学校の女の子と知り合う機会ができて、俺、その子のこと、すっげー好きになっちゃったんです」


 ここからが今回言うことの本番だ。俺はもう緊張でいっぱいだったが、言うことにした。


「この子と付き合いたい、どうしたらこの子は俺に振り向いてくれるのか。その子が言うには理想の男子はスポーツができて、頭がいい人で頼りになる人が良いって言うから」


 次こそが俺が一番言いたかったことだ。


「それで俺、その子の理想っぽいかっこいい男子きどったんだ。どうしてもその子と付き合いたかったから。同じ学校じゃないのをいいことにばれないだろうって思って俺はバスケ部に入ってて、成績優秀で学年トップで、どうしてもその子の理想な男子って思われたかったから。これまで見た大好きなラブコメアニメとかみたいに、俺がモテモテの男になりたかったから」

 俺のその発言にクラスメイトがざわっとした。


「まじかよ! ひくわ」

「女の子と付き合いからってそんなことするか?」

「最低すぎるだろ!」

「もはや詐欺じゃねえか!」



 クラスメイトから非難の言葉が降りかかるが、それでも続ける。


「俺はそれでしばらく楽しい時間を過ごした。そのまま偽って彼女と付き合えるつもりだった。その子はいつか俺の学校にも遊びに行きたいって言ってくれたし、順調だったんだ。さらにお祝いしてほしいと思ったから最近が誕生日ってことにして、お祝いのプレゼントまでもらっちゃったりして」


「うわー」

「最悪」

「誕生日まで嘘ついて物貰うとか図々しい」

 といった発言が集中したが、それでも俺は話すのをやめない。


「そしたら、バスケ部じゃないし学年トップでもないことがばれて、ただの普通のやつってことを知られて、学校でも地味なやつで、何一つその子の理想の男じゃなかったってことが明らかになって、そしたらその子はカンカンに怒ってあっさり振られた」


 俺がそう言うと

「そりゃそうだろ!」

「マジで最低!」

「あたしだったらそんな男許せない!」

と怒りの声を挙げる生徒も出て来た。


「というわけでこれまでラブコメのシチュエーションに憧れるあまりの理想の自分を作り上げて、それでラブコメ生活が送れればいいと思っていた。本当の意味でアニメや漫画みたいな甘々な生活を送りたいと言うことで。いけないことをしたんだ」


 俺が言えば言うほどに、クラスメイト達の視線はだんだん軽蔑する目になってきたのを感じた。


「俺のやったことは悪いことだし、絶対に人を騙しちゃいけないってことも学んだ。そうするには俺の性格だとこのことを忘れてまた同じ罪を犯しそうで、なんとか誰かに止めて欲しいって思った」


 そしていよいよ、俺は一番言いたかったことへとたどり着いた。


「そこで、白木さんに俺のことを小説に書いてほしいって頼んだんだ!」

 と俺は大声でそう言った。


「それが今月の文芸部の部誌に載っていた小説だ。バスケ部で優秀な男子が女子を振った。俺の経験を、そうやって俺が理想の形に書いてくれって頼んだんだ。俺の方から自分が女子に振られたんじゃなくて、俺の方から振ってその女の子が頑張ったみたいな俺の理想の形にしてと頼んだから」


 俺がそう言うと、クラスメイト達の視線は一瞬だけ、白木の方へ向かった。

 その視線に、白木は自分に向けられた目でびくっとしていた。

「だからあの小説のバスケ部の男子ってのは、まさに俺が演じたかった理想の男だったんだ。それであんな甘い生活を送りたかったから。俺がバスケ部のシチュエーションとして、そういうラブラブに書いてって頼んだんだ」


「どういうこと?」

「自分のことを小説にしてって?」


 クラスメイト達には文芸部の部誌を読んでないものもいる。


 活字媒体の小説が載った部誌なんて全員が読むものではない。


 わざわざ文芸部という学校の部活動の一つにしかすぎない小冊子など、読まない者も多いだろう。


 だけど俺はどうしても、この部誌を読んだ人だけにでも伝わればいいとこんな行動に出たのだ。


 現にあの小説を読んだ白木の友人達は目を丸くしていた。


 そしてその小説を読んだ白木の友人の一人である道下が声を挙げた。


「どういうこと? なんでわざわざ自分の失敗談を美化して描いてくれ、なんて頼むのよ」

 道下も、宮島も保坂も混乱している。


 混乱する生徒達に向かって、俺はこう言った。


「俺はどうしても白木さんのこのことを小説にしてほしかったんだ。俺が元カノにラブコメみたいなことを求めてふられたことを、俺がそれだけ最低なやつだという戒めの為に。もう二度とこんなことをしちゃいけないという反省もかねて。俺が演じたかった男子を登場させて、俺が経験したかった女の子との日々を書いて、そしてそれが終わったことを」


 俺は勢いよく話続けた。


「あの小説に出てくる男子はまさに俺の理想の姿で、あの女子との関係の終わり方も、まさに俺が理想としていた綺麗な終わり方だった。俺の理想を描いてくれるのを叶えてくれた。俺はもう二度とあんなことをしないと決意した。だからこそ、それを言い聞かせる為に」


 そして、非難の目を自分に向けさせる


「だから、白木さんに俺が本当に送りたかった理想のラブコメみたいな青春を小説に書いてくれって頼んだ。俺は絶対にしてはいけないことをしたからそれを反省する為に、二度とやらないって戒めの為にこんな話を書いてくれって。失恋はこれだけ辛いものだった。相手の女の子の裏切られた気持ちってのも繊細に書いてほしくて」


 道下、宮島、保坂はぎょっとした。

「じゃあ、あの小説って風宮のことだったの!?」

「馬鹿じゃないの? 自分の恥を売るなんて」

 俺に非難の目が集中するのを感じる。


「だから、失恋ってのはこうやって色んな理由もあるって誰かに知って欲しかった。嘘をついたりすると痛い目に遭うし、もう信頼もなくすとか現実の俺の恋愛は嘘によって破壊されるそっけないものだったから。せめて白木さんには俺がそういう理想の恋愛生活をしている男子っていう風に描いてくれって。俺、その経験が辛くて。もちろん悪いのは自分だったし、誰も責める気ないけど」


 当たり前だろ! という声が聞こえるような気がした。


 そして、宮下が声を挙げた。


「なんでそんなことをみちるに頼んだのよ!」


 宮下にとって自分の友人にそんなことを頼むなんて、という気持ちもあるだろう。


「だって、白木さんは小説を書くのが凄くうまいんだ。失恋話でもそれを感動的にできる力があるから、それをどうしても皆に見て欲しかった。俺がこんな話を書いてって頼めば、それを実際に形にしてくれる力があるって。俺の失敗談をと理想の形と終わり方をそうやって小説にしてもらえば俺もちょっとは救われる気がした」


 ここで俺は、白木の腕前がそれだけ凄いことをアピールする。


「長い人生には失恋する人だって出てくる。それをどうやって立ち回るか。俺のように最低男もいるかもしれないし、世の中には色んなパターンがあると知って欲しかった。あの小説は俺の理想の男子像を描いてほしかった。だからあの物語に登場する男子はまさに俺の理想の姿だった。それに慕ってくれる女子も」


 そして、最後に言いたかったことを、言い張った。


「だから、みんなにも白木さんの小説を読んで欲しい。白木さんの物語を書きたいという気持ちは本物だ。そんな腕前を見てほしい。同じ文芸部の部員の俺として」

 こうして、俺の演説は終った。


 俺へのヘイトが集まり、クラスメイトの痛い視線が集まったところに、俺はまるで逃げるようにそそくさと教室を出て行った。


 俺は廊下を歩きながら、自分がやった行動について振り返った。


「これでみんなには伝わったかな」


 さっきの話はもちろん全部嘘だ。


 俺が他校の女子と付き合った事実なんてない。チキンで陰キャな俺に女子と付き合うなんて器用なことはできない。そもそも俺のようなやつに付き合ってくれる女の子なんていない。当然ながら俺が女子と付き合うためにバスケ部の男子を気取っただなんて話も全て嘘である。


 しかし俺のラブコメ好きということを皆に話せば、「ラブコメが好きなやつだからこそ、ラブコメみたいな生活に憧れたあまりアホなことをした最低男」という説得力もある気がする。


 せっかくの自習時間を俺なんぞのくだらない演説にクラスメイトを巻き込んだのは悪いとは思ってる。


 しかし、クラスメイトの前で堂々と言うからこそ、俺は自分の恥を晒したということで、ヘイトは俺に向かうだろう。それでいい。


 俺はそのまま教室には戻らなかった。


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