第20話 君にだってできることはあるよ

 翌日の昼休み、俺はなんとなく中庭に来て、池の近くのベンチに座っていた。


 確かにここへ来れば楽しそうに鯉に餌をやりにくる生徒達の姿を見て、気分転換にはなるかもしれない。


「風宮くん、またここにいたんだ」

 ベンチに座っている俺に話しかけてきたのは佐島さんだった。


「なんか風宮くん、考えごとでもしてるのかな?」

 佐島さんが言うのは、俺はそんな顔に見えたのか。


 いかん、普通の表情に戻らねば、と気を引き締める。


「ちょっとね、同じ部活のやつのことで色々考えててさ」


「部活って同じ文芸部の?」


「そうだよ」


「ていうことは、何か小説を書くとかそういうのに関係することなの?」


 佐島さんのその言葉はあながち間違っていない。


 白木が小説のことで友人ともめているのが俺も気になっていたからだ。


「風宮くん、こういう時は公子先生に相談してみようよ! 文芸部のこととかなら、公子先生はそういう時どうすればいいかわかるかもしれないよ」


「あー……」


 そうか、俺達の師匠である公子先生は大人な分、俺達よりも経験豊富なのかもしれない。

 青春の学生生活の中でのことだと、公子先生も高校生活はいろんな出来事を経験してるだるし、いい方法かもしれない。


「そうだね、休日にでも行ってみるよ」




 公子先生に相談してみようということで、俺は休日に公子先生のマンションを訪ねた。


「どうした少年? 何か悩んでいるようだね」


 公子先生は今日はタンクトップですっぴんで眼鏡のだらしないファッションだった。

 相変わらず男の俺が来てもそこは揺るがないんだな……。


「最近、ちょっと学校で色々ありまして」


「それで悩んでいると、お姉さんに話してごらん

 俺は最近の一連のことを公子先生に話した。


 同じ文芸部の女子が部誌に小説を書いて、それがたまたま友達とのシチュエーションとかぶってしまい、誤解を受けて悲しんでいること。


「ほうほう、なるほど。君と同じ部活の子がそんなことになってるって」


「俺、その子が言ってることは嘘ついてないって思うんです。だっていつも本当に小説を書くのが大好きで、そんな身近な友達のことをネタにするようなやつじゃないって」


「小説なんてありきたりなシチュエーションがかぶるものだけどね。青春ものにありがちなテーマはそうやって王道な展開から成り立つものだし」

 そこはプロである公子先生から見てもそうらしい。


 もともと創作物は日常で起きる出来事からアイディアを閃くということもあるのだから、そういったありきたりな場面を小説に書くなんてよくある話だと。


「ただ、それをどうやってオリジナリティを出すかってのは確かにその人の腕にかかるけど、ありきたりな話にならないように、どう面白く書くかってのは、腕の見せどころではあるけわ。まあ、そこまで実力を挙げるほどの力は高校生にはまだ早いって感じかな」


「どうすればいいんでしょう? その子、めっちゃ落ち込んでるみたいで」


「その子の友達が早とちりだったって誤解を解く方法でもあるといいんだけどね。あれはその友達のことを元ネタにしたんじゃないとか、それをはっきり証明するとか」


 誤解を解く、それがやはり重要だろう。そして白木の友達に納得してもらう。


 白木は決して友達のことを書いたんじゃない。それをどう証明すればいいだろうか。


「私だったら、やっぱり同じ部活の人が悩んでるって知ったらそれは何かできることを探すかもね。その女の子、小説を書きたいって情熱は本物なんでしょ? それならその子がまた小説を書きたいって気持ちになるにはどうしたらいいかな?」


「うーん……」

 確かにそうではあるな。


 俺としても白木がこのままじゃ部活にいても気分が悪い気がするし。


 福道先輩は白木がまた部活動に参加してくれることを望んでる。そうしたものか。


「さてと、私はそろそろ行こうかな」

 公子先生は腰を上げて、ティーカップを片づけ始めた。


「どこか行くんですか?」


「これから出版社との打ち合わせで東京へ行くの。プロの作家だと、そうやって定期的に打ち合わせに行かなきゃいけないんだ」


 プロ作家となると、出版社の編集部の人と直接会って今後のことを打ち合わせすることがあるらしい。


 その為に準備が必要とのことだ。


「着替えてくるかな」

 そういって公子先生は別の部屋へ着替えに行った。





 しばらくして、公子さんは着替えを終えて出て来た。


「ふう、今日のファッションはこんなものかな」


 パンツスタイルのスーツをびしっと着こなし、顔にはバッチリ化粧を施していた。


 だらしなく伸びていた髪はまとめられ、大きな目にはコンタクトレンズを入れているのか雰囲気が違う。眉毛も整えられ、口紅を塗っていて大人の女性という感じがする。


 というか眼鏡じゃない公子先生って化粧するとめっちゃ美人だな。


 これはもう立派なビジネススタイルである。普段のだらしない家での姿とは似ても似つかない。


「どう、私の姿を見て驚いた?」


「かっこいいです」

 公子先生、やっぱり大人の女性なんだな。


 家にいる時と、外では全く違うスタイルというわけだ。

 そこはやはりプロとして仕事ではしっかりしている印象である。


「じゃあ、そんなわけで私は一週間ほど家にいないから」


「一週間!?」


「打ち合わせ以外にも色々やることがあってね」

 ということはこの一週間、公子先生と話をすることはできない。


 公子先生が不在なのだから、こうしてここに来ることはできないというわけだ。


「私はしばらく家にいないからしばらく君の相談を聞くことはできないけど、まあでも、君ならなんとかできると思ってるよ」


「え?」


 なんとか、とはなんだろうか。


「だって、私は君が真面目なところがあると思うから弟子にしようと思ったわけだし。じゃないとこうやって話を聞くなんてしないよ」


「公子先生……」


「君にしかできないこと、あるんじゃない?」


 公子先生はばしっと俺の方を叩いた。


「こういう時、ラブコメだったらどうする? 困った女の子を助けるのも主人公の役目じゃない? そういう魅力が女の子を惹きつけるってことだし。ラブコメを書きたい君になら、きっとそういう方法だって思いつくはずだよ」


「そういう方法って……」


「大丈夫。君ならなんとかできるよ。だってクラスメイトで同じ部活の友達なんだから、これからもその子と交流することもあるだろうし」


 そして二人でマンションの出口に来て、最後に公子先生はこう言った。


「グッドラックだよ。じゃあね」

 そう言うと、公子さんはひらりと手を振って、行ってしまった。


 スーツケースをひく公子さんの後ろ姿を見送りながら、俺はなんとなく公子先生の言葉に勇気づけられたような気はした。

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