第19話 いつかできるよきっと

 

 それから翌日の白木の様子もやはり暗かった。


 授業中もぼんやりしてるように見えるし、友人達とも話せないで休み時間もか教室移動も一人でいる。


 俺も同じクラスにいるとはいえ、なんと声をかければいいかもわからなくてなかなか話せない。 


 放課後になってもなんだか俺も今日は部活動に本格的に取り掛かれず、部室へ行っても福道先輩には「今日はもう帰ります」と言って、帰ることにした。


 すると、リュックの中を見てみると、今日図書室で借りたラノベがないことに気が付く。

 教室の机に入れっぱなしになってしまったのだろう。

 俺はそれを取りに行くことにした。

 

 自分のクラスである一年四組の教室に入ったところ、ある人物がいた。


「白木……」

 夕暮れの光に包まれる放課後の教室で、白木は一人自分の席に座っていた。 

 そして例の部誌を読んでいた。


 何も話しかけずに、そのまま用事を済ませて帰るのもなんだか気まずいな、と思い俺は白木に声をかけることにした。


「その部誌、それ読んでたのか」

 白木は俺の方を見ると、その瞳はなんだか哀愁に満ちていた。


「うん。自分の小説読んでたの」

 白木はふう、と息をつくと、こう言った。


「あたし、こんなありきたりな話しか思いつかないんだなって感じた」


 前に言っていたことだ。自分がありきたりの話しか書けない腕前だから、身近なことで怒りうる出来事の話を書いたばかりにあんなことになってしまったという。


「物語を書く立場なら、人の心理描写とか気持ちをよく考えなきゃいけないのに。身の回りのことや身近な友達の感情すらすらわからないあたしになんて、こういうの書く資格なんてないかもね」

 そう言う白木の声も、悲しみが入っていた。


 小説を書くことが生き甲斐だったはずの白木がそこまで言ってしまうとは。


「白木。誰だって最初からなんでもうまい人なんていないんだ。そういうのだって、これから力を上げて行けばいいし、きっと宮島達との解決方法だってあるさ」


 なかなかうまく言えないが、俺の考える言葉なんてこんなものしか出てこない。


「そういえば、白木はなんで小説を書くのが好きなんだ?」


 白木が文芸部で小説を書くことが好きなのはわかるが、思えばその創作方面の書く側が好きなのはなぜだろうか?


「あたしさ、小説とか創作物みたいな青春に憧れてた時あったんだ」

 白木は俺の質問に答える。


「ほら、アニメや漫画とか映画とかでもよくあるでしょ? 入学したら新しい友達ができて、 部活にあけくれて、夏休みにはみんなで海へ行ったり、花火見たり。そして……その中には好きな人を作って、恋愛を楽しむってやつもあったり」


 まさにアニメや漫画でもお馴染のシチュエーションだ。


 現実の地味な学生生活と違い、華のあるある充実した学生生活を送るという、誰もが憧れる生活。そんな理想は誰にでもある。


「あたしもね、中学時代に一応好きな人がいたんだ。でも結局憧れだけで終わって」

「そうなのか」

 白木自身にもそういう恋愛に興味を持った時期があったのか、と思った。


「その人、すっごくモテモテでいつもたくさんの女の子に慕われてて、あたしも近づきたいと思ってたの。その人の周りにはいつも女の子がたくさんいて、あたしもそうやってその人と一緒におしゃべりする仲になりたいって思ってたあけど、そのうちの一人にもなれない」

 白木にもそういった経験があったのか。それは確かに辛い思い出かもしれない。


「青春ものの映画や漫画でいうならば、メインキャラにもサブキャラにすらなれない、あたしはモブキャラだったってところかな」


 物語にはストーリーに絡む主役がいて、その周囲の人物たちとの出来事で繰り広げられる劇のようなものだ。


 それには主役に絡む人物たちがいてこそ話が進むわけで、その人物たちに絡まないキャラクターは名前のないモブキャラでしかない、とそう言いたいのだろう。


「だから、思春期の学生生活には恋愛もあって、そういうのがあっても、それには悲しい結末になるとかそんな現実の厳しさもあると思うの。それもまた青春かなって。でも、ただ失恋するだけで落ち込むんじゃなくて、そこから立ち直っていくかとかも大事だと思うの」


 白木の言うそれは確かに現実では必要なことだ。


 辛いことがあったからとそこで落ち込んでしまうよりも、そこから立ち上がり、前へ進むことだって、時には必要である。


「現実には厳しいことやうまくいかないことも待ち受けていて、時には挫折して、悲しみを感じて、でもそこで終わるんじゃなくて次へ向かうにはどうしたらいい、とかそういう人物の成長を楽しめるのも物語のいいところだと思う。でも、そんな日常によくあるお話が、身近なことでも起こりうるってのを考えてなかった」


 白木が書きたかったのは世の中うまくいかないことも人生にはあって、それらを乗り越えていくにはどうすればいいか、とまさに人生論のようなものもあったのだろう。


「前にさ、あんたにオタク向けな男性が喜ぶラブコメなんて文芸じゃないって言ったことあったじゃん?」


「ああ」

 なぜここでラブコメの話が出てくるのか。と俺は思いつつも黙って聞いた。


「あたしさ、ラブコメものってどうしても都合がいいって感じちゃうんだ。男の子が主人公で、周りが女の子に囲まれて、そして女の子は自分のことが好きで、いつの間にか主人公がハーレムになるだなんて、そんな都合のいいことがあるわけない。現実はもっとシビアなのにって思っちゃう」


『ラブコメは女の子を都合のいいものにしているみたい』

 ということを白木は以前言っていた。


 白木は自分の過去の経験があるからこそ、ラブコメものにいいイメージを持っていなかったのだ。


「だからラブコメが苦手だった。あんな風に男の子に惹かれる女の子ってシチュエーション。女の子のあたしから観たらああいう男の子が複数の女の子にモテモテってやるとか見ると、その中に一人にもなれない女子だっているのに、ってついつい思っちゃう」


 確かにラブコメで王道な男性主人公の周囲に女性が集まって、複数の女性に囲まれて日常を過ごすという流れは白木のような意見を持つものもいるかもしれない。


「あたしが恋愛なんてうまくいかなかったのに、なんで男の子が好きそうなラブコメってあんなにも都合のいい女の子ばっかりが集まって来る展開ばっかりになるんだって。現実の恋愛なんてシビアなもので、都合よく主人公がモテモテだなんてありえないし、それなのにああいうのって、都合よく話が作られているって、それに……」


 少し落ち着いて、白木はこう言った。


「ラブコメって結局最後は主人公がヒロインと両想いになるってばっかじゃない。あんなのうまくいくわけない」


 それが白木がラブコメを毛嫌いしていた理由だったのだろう。


 フィクション作品とはいえ、物語を盛り上げる為にそういったシチュエーションになるのにリアリティがないと思ってしまっていた。


「あたしも偏見だってことくらいわかってる。日本にはそういうのが好きなアニメや漫画が好きな人もいっぱいいるのに、あたしが勝手に偏見持ってるだけで。だから、あんたにきつくあたっちゃった。あんなの文芸じゃないって」


 白木はただ意味もなくラブコメを否定していたわけではなかったのだ。


 こういった理由があって、そのことを踏まえて俺にああ言っていたとわかった。


「だから、恋愛には失恋だってあるってことを書きたかった。全てが良い結果になるんじゃなくて、現実にはこういう厳しいところもあるんだって。自分を重ねちゃったかな。そうやって青春には時にはラブコメのようにうまくいかないこともあって、普通の人生を過ごすってものもあるんだって」


 白木が一般文芸を好んでいたのは、ライトノベルやアニメなどよりも、その辺りが少し現実に近いのでリアリティなものが書けるというのが合っていたのだろう。


「でも考えてみれば失恋だってよくあることだもんね。あたしが過去に失恋したっていうのなら、身近な友達だって、失恋を経験するってこともありえるし」

 白木はそう言い終わると、顔を下に向けた


 話を聞いていて、白木のイメージが少し変わった気がする。


 白木が意味もなくラブコメを嫌っていたのではなく、もう少しリアルな青春に近い作風の方が自分には合っていると思っていたからだ。

 俺はなんだか考え方が変わった気がした。


「白木……俺はラブコメを否定されたことなんて気にしてない。あれだって白木の物語に対する意見だって思うし。人それぞれ創作物に対する考え方だって一人一人違う」


「そうかな。あたしはただ馬鹿にしてただけって感じだったかもよ?」


「いや、それだってお前の創作に対する熱意があってこそだろ。お前がこういう物語を作りたいという独自の考え方があるなら、それもまた新しい話を作るのに役に立つと思う」


 俺がこう言うのも、白木には白木ならではの創作に対する情熱があり、その気持ちが本物だとわかったから。


 人それぞれにはそれぞれの考え方があるからこそ、創作は作者ごとに違った作風を楽しめるというのもあるだろう。


「白木なら、きっと人を感動させるような話もいつか書けるさ。だって、白木はそれだけ小説を書くことも好きなんだから」


「うん、ありがとね」

 その白木の声は少しだけ明るさを感じたような気がした。


 俺は大したことは言ってないが、少しでも落ち込んだ気持ちがまぎれればいいと思った。


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