第17話 お願い、話を聞いて


 その日、白木は文芸部に顔を出さなかった。


 自分が書いた小説であんなことになってしまったのだから、もうここには来たくないだろう。


「白木さん、今日来ないね」

 事情を知らない福道先輩はそう言った。


「え、ええ。何かあったんですかね」


 俺は何も見なかったかのように、そうごまかした。

 文芸部の活動としてあの小説を書いたのだから、それが原因であの状況になってしまったのではそれはもう嫌なことでしかない。


 いつも活発な白木のあんな姿、本当に悲しいのだと思った。


 しかし、俺に何かできるわけもないかもしれない。

 

 部活が終わると、俺はまた新しいラノベを借りようとして図書室に来た。


 図書室が閉まる時間も迫ってきており、俺は急ぐことにした。


 すると、図書室に入ると机の隅の椅子に座ってる生徒を見つけた。


「白木……」

 白木は部室には行かずに図書室で本を読んでいたのだ。


「ここにいたのか」


「何? 本を読んでただけよ」


「いや、部活に来なかったから。なんだったのかなって」


 俺がそう聞くと、白木はちょっと気まずそうな表情になった。


 部活動には来なかったのに、こんな場所にいる、と思われるのが恥ずかしいのかもしれない。


「今日は、ちょっと部活に行きたい気分じゃなくて」


 いつもの傲慢な態度とは違い、今の白木は大人しい。

 いつもの白木だったら「別にあんたには関係ないでしょ」とか言いそうなものだが。


 今日一日クラスで白木の様子を見ていたら、やはりいつも一緒にいる女子三人とは離れて一人でいて、昼休みもどこかへ行ってしまう。


 それでありながら、放課後の部活には来ない。明らかにいつもと様子が違うのだ。


 やはり、友人達とのいざこざが辛いのだろう。


「そっか。そういう時もあるもんな」

 そのことには触れず、俺はあえてそう答えた。


「なんか、元気なさそうにも見えたからさ。先輩も心配してたぜ。あのいつも元気いっぱいの白木が部活に来ないなんて、何かあったんじゃないのかって」


「……」

 白木はそのことに何も言えずにいた。


「じゃあ、俺帰るから。お前も早く帰れよ。もうすぐ図書室閉まる時間だぞ」


 俺はそう言って、白木に背を向けてその場を去ろうとした。


 すると、くい、と制服の端を握られた感覚がした。

「ね、ねえ……」


 振り返ると、白木が俺の袖を掴んで、その場から去ろうとするのを引き留めようとしていた。


「なんだ?」

「ちょっと……」

白木は何かを言いたそうな表情をしていた。


 いきなりどうしたのだろう。


 いつもならば俺が話しかけても白木の方からこんな風に返してくることはない。


 ましてや俺のようなやつを引き留めるなんてことをしたことがない。


 むしろ、白木だったら「もう帰る」とでも言って、自分からこの場を去っていきそうなものだが。


 白木はもじもじしながらこう言った。


「この際、あんたでもいい……。お願い、私にちょっと、付き合って」

「え……?」


 白木が俺に何かを言いたそうにしている。 


 いつも毛嫌いしてるはずの俺に、なぜそんなことを言うのか。


「少しだけ、あんたと話がしたい。お願い」

 白木の方から俺に、何か言いたいことがあるのか?


 あの生意気な白木の方からこんなことを言ってくるなんて、ただごとではない気がする。


「なんで俺?」

「同じクラスで、同じ文芸部の部員だから……」


 いつもの友人達には話せないことを俺に話したいというのだろうか。


 しかし、白木は今となっては相手を選ぶことはできないのだろう。


 文芸部の部員に知られれば、部の活動で友人と気まずくなってしまっただなんて言えないのかもしれない。


 しかし、俺も一応文芸部の部員であるが、なぜ俺にだけなのか。


「あんたなら、あたしの話を聞いてくれそう。今までも、そんな感じじゃなかったし」


 確かにいつも白木が生意気な態度を取っても、俺はあまり言い返すことはなかった。


 白木にラブコメのことで偏見を持たれても、いちいち俺もそこまできつく言い返すことはなかったからかもしれない。


 一方的に何を言われても、白木の性格だと俺が言い返したところでどうにもならないというくらいわかっていたからだ。


「わかったよ。付き合うよ」


 白木が話をしたいというのなら、このまま断るのもどうかと思った。


 素直に白木について行こう。


「ここじゃ話にくいから、外行こう」


 校内はもう下校時間でそのうち玄関も閉まる。

 学校にはいられなくなるので、俺達は近くのファーストフード店に移動することにした。



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