第16話 違うよ、そんなことしてない

 翌日、いつものように俺は学校に登校して。生徒玄関で靴を履き替えた。


 今日はいつもよりも朝早く目が覚めてしまい、まだ学校に登校してくる生徒の数は少なかった。

 これがホームルームが始まる時間に近くなると、一気に生徒玄関に押し寄せる生徒たちが増えてくる。


 朝のホームルームの時間前にいつも通りラノベを読もう、と思って教室へ行く。


 俺が自分のクラスである一年四組に行こうとすると一階の廊下を抜けて、階段の方へと向かおうとした。


 その途中で、で何やら三人の女子が集まっていた。


 俺のクラスの女子である宮島、保坂、道下の三人の女子達だ。

 確かこの三人、いつも白木と一緒にいるメンバーだよな?

 教室で白木と一緒にいるのをよく見る。


 俺はその三人を素通りして、その先にある階段を上ろうとしたが、何か暗い空気を感じた。

 その三人のうちの一人である宮島はすすり泣きをしているのか他の二人が「あたしがちゃんと言うから」とその女子を慰めているような声がする。


(なんだ?)


 俺は気になったが、他人であるましてや女子のことに首を突っ込むのはよくないと、そのまま階段を上るつもりだった。


 と、そこへ廊下から「おはよー」とその三人に声をかける人物がいた。


 白木の声だ。あいつ、いつもこの時間に登校していたのか。


 白木はいつも通り、仲の良い友人グループに挨拶をしたのだろう。


 あれがあいつにとってのいつもの風景か、と思いながら俺が階段に足を踏み出そうとした時だった。


「みちる! 酷いよ!」

 その三人のうちの一人の声がした。


 まるで何か、白木のことを怒っているかのように、その声から怒りを感じた。


 なんだ? と俺は覗くつもりはなかったのに、階段に足を踏み出すのをやめて、階段の角に隠れながら、何が起きたのかをこっそり覗いてみた。


「何なに? なんかあった?」


 友人の突然の怒り。その状況が読めない白木はその不穏なムードに何があったのかと聞いた。


「あんなこと、するなんて」

 宮島は白木に怒りを含めた声で、そう言った。


「何? あたし、なんかした?」


 いつもと様子が違う友人に、白木は何があったのかと戸惑った。


「とぼけないで!」

 突然、宮島が叫んだ。


「あんなことをしておいて、酷い……」


 宮島はぽろぽろと涙を流し始めた。


「そうだよ、みちる。あれは酷いよ」

「そんなことするなんて、思ってなかったのに」


 保坂、道下の二人も、宮島に同意するように、そう言った。


「な……、なんのこと?」

 三人に責められ、白木は焦った表情になった。


 何を言われているのか、まったくわからないという状況なのだろう。

 保坂が宮島の代わりに説明を始めた。


「みちる、文芸部の部誌を渡してきたじゃない。新しい小説ができたっていうから、それを読んだのよ」


 白木は部誌が出る度に友人に小説をいつも読んでもらってると言っていた。そのことだろうか?

「な、なんのこと、話が見えないよ」


 自分がいったい何をしたというのかとまだ話が読めないようだ。


「だから……あの小説、美奈子のことを書いたでしょってことよ」


「え……!?」


 美奈子、は宮島の下の名前だ。一体何があったというのか。


「みちる、あんた部誌の小説でバスケ部の男の子と失恋した話を書いたでしょ。あれ、美奈子のことを書いたんじゃないの? 美奈子がバスケ部の藤堂君と別れたこと、それを小説のネタにしたでしょってことよ。それであんな話を書いたんだって」


 友人達が何を言ってるのか、と白木は驚いた顔をした。


「みちるは美奈子がバスケ部の男の子と付き合ってるって知ってたじゃない。以前からそうやって私達、美奈子の恋を応援してたでしょ。それが最近別れたから、そのことを書いたんじゃないのって」


 声がトゲトゲしい言い方だった。


「違うよそんなの! 私はあくまでもあの話は創作で書いたんであって……。だって私、最近ずっと忙しくて、美奈子が藤堂君と別れただなんて知らなかったし」


 つまり、白木の友達である宮島がバスケ部の男子と付き合っていたが、それが失恋になり。白木が部誌に書いた小説はそれを元にして書いたのでは、という誤解が生まれているのだ。


「だって私、最近ずっと部誌の原稿書いててみんなとそんなに喋ってなかったし、別れたなんて知らなかったもん」


 白木はここしばらく、ずっと部誌の原稿を書いていたのだ。


 それで友人達と一緒にいる時間が少なくなり、その話を聞けなかった。


 宮島がバスケ部の男子と別れた、それがたまたま白木が原稿を書き始めた辺りにあった出来事とかぶり、その出来事から白木のあの話は宮島のことを書いたと思われてしまったのだ。


「あんた、美奈子の最近の様子で気が付かなかったの?」

 きつい口調で、道下が言う。


「え……」


「みちるは最近執筆に忙しいからってことで放課後一緒にいなかったけど、美奈子はちょっと落ち込んでたところあったでしょ? みちるは忙しいからってことで、直接言わなかったけど、バスケ部の男子が噂とかして、そこから知ったんじゃないの?」

 それに続けて、保坂がこう言った。


「だってあの話、バスケ部の男の子が成績優秀とか、藤堂くんと同じじゃない。学校の帰り道にどこかへ行ったとか、図書館で勉強したとか、美奈子のやってたことと同じじゃない。それに誕生日をお祝いしたとか、藤堂君、先月がちょうど誕生日だったから美奈子がプレゼント渡してたし。だからあれは美奈子のことを元にしたんじゃないの?」


「違うよ! だって私、美奈子が藤堂君とどんな付き合い方してるだなんて、知らなかったもん。美奈子だってそんな話しなかったじゃない!」


「私がいちいち藤堂君と何やってるかなんて恥ずかしくて言えないこともあるでしょ!」


「確かに美奈子はあまり藤堂君とのことは恥ずかしいからってことで言わなかったわよ。でも普通付き合ってるっていったらそういうことだってするって想像できるでしょ」


 白木はおそらく、男女交際あるあるの描写を書こうとしてあのシーンを出しただけのつもりが、宮島とその藤堂という男子がやっていたシチュエーションとかぶってしまったということか。


「それに……みちるが書いてる小説の舞台になってる学校ってうちの高校でしょ? 前の小説がそうだったじゃない」


「!」


 そういえば、これまでの部誌に載っていた白木の小説はうちの学校を舞台にしているであろう描写が随所見られた。

 中庭に池があり、鯉が泳いでいるという部分だ。


 つまり、これまでの白木の小説の舞台がうちの高校をモデルにしたような感じだった為に、今回も同じ場所でうちの高校のことだと思われてしまったようだ。 


 白木がこれまでに書いた小説の舞台がこの高校なのだから、それは今回もこの学校が舞台なのではないかと。


「違うよ、今までだってうちの高校をあくまでも参考にしただけで、本当にこの学校のことを書いたんじゃないよ。あれはフィクションだよ! それにそれは前に書いた話であって、今回は違う学校のことを書いたつもりだったし」


 白木がうちの学校を参考にしていた、という描写が先日の小説もそうだったとこんな誤解になってしまったということだ。


「それで自分の小説のテーマになるネタがほしいからって美奈子の書くことにしたんでしょ?」


 この三人は白木が文芸部でよく小説を書くことを知っている。


 それで白木が次のテーマに悩んだりすることもあるのもよく知っている。


 その為に、今回もテーマを考えるのが難しいから白木が宮島のことをネタにしてしまったというのだ。


「誤解だよ! あたしはただ、よくある切ない恋愛ものを書こうとしていただけで。相手をバスケ部の男の子にしたのだって、人気スポーツの部活の男子が書きたいって思ったからで」

 白木は必死で自分のやったことが誤解だと主張した。


「言い訳なんて聞きたくない。もうみちるの書いた小説なんて読みたくない」

 宮島は泣きながらそう言った。


「友達の辛い出来事を小説にするなんて、最低」


「あんなのうちの学校の人達に見られるの、凄く嫌。美奈子の恥をみんなに晒したようなものだよ」

 もうこの三人は聞く耳を持たなかった。そして白木に冷たくそう告げた。


「行こ」

 その場に白木を置いて、三人は背を向けて去っていった。


 その場に残された白木は立ち尽くしたまま、下にがっくりと顔をうつむけていた。


 なんという修羅場を見てしまったのだろうか。こんな場面、覗くつもりなんてなかった。

 白木は友達想いでいつも明るい性格だ。友達のことを小説のネタにするだなんて、もちろんそんなことをするようなやつじゃない。


 ただ人を楽しませようとする小説を書くだけだった。


 あの小説だってバスケ部の男子に振られた女の子が、自分の力で再生して、新しい恋を探す、そんな前向きな話だった。


 そんな青春な物語を作ろうとしただけなのに、運悪く自分の身近な友人の出来事とかぶってしまったために、こんな誤解を生んでしまったわけだ。


 こんな現場を見て、白木がただ悲しそうにその場から動けずにいる。

 友人達に罵倒され、強くショックを受けてしまっているのだろう。



 ああ、なんでこんなの見ちゃうかな。

 白木達の話なんて聞かずにさっさと教室に行ってればよかった。


 でも普段活発な白木があそこまでショックを受けてる姿なんてこれまで想像できなかった。


 別に白木の人間関係なんて俺がどうにかできるものでもないんだから、このまま何事もなかったかのように、俺はさっさとこの場から離れればいいんだろうけど。

 でも白木のあの様子、ただごとじゃないな……。


俺は自然と白木の方へ足が動いていた。


「お、おい……白木、大丈夫か?」

 声をかけると、白木ははっとしたのか、顔を上げた。


「何……?」

 その表情は、今にも泣き出しそうで悲しみでいっぱいだった。やはりさっき、あの三人に言われたことが相当辛かったのだろう。


 うう、こんな時なんて言えばいいのだろう。

 俺は少し考えたが、こういう時にあまり刺激することはよくない。


 それに、さっきの宮島達との話を聞いていたことを言ってしまうと、あんな状況の誰にも見られたくなかったであろう現場を俺がのぞき見していたとばれてしまう。

さっきこっそり話を聞いていたことは隠しておこう、と思った。


「えと、なんか悲しそうな姿だったから、なんかあったのかなって?」


 俺はあえてさっき見たことについては何も言わず、そう言った。

 女子の修羅場を聞いてしまったなんて白木が知れば、それは誰にも知られたくないことだ。

「別に……」

 白木はやはりというか、何も言いたくないようだ。


「そ、そうか。ならいいんだけど」


 本人が何も言いたくない状況なのに、いちいちこれ以上話しかけることも白木にとっては苦痛だろう。俺は何も言わないことにした。


「あたし、もう行くね」


 そう言うと白木は腕で顔を隠しながら、走っていった。

 その腕からは涙のような粒が光っていたように見えた。

 友人達にきつく言われて、悲しみがいっぱいだったのだろう。


  しかも、それは白木が意図してやっていたことではなく、誤解だったのだから。

 一連の様子を見ていた俺にとっても、白木の悲しみが伝わって来るようだった。

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