第13話 放課後のショッピングセンター
うちの学校から歩いて十五分。
そこにはショッピングモールがあり、客の中には同じくうちの学校の徒達が学校の帰り来ているのか、同じ制服を着た客が何人か見えた。
どうやらここはまさに「寄り道」というものに適したスポットだ。
「女子ってこういうところに来るんだな」
大抵の生徒は女子の友人同士だが。やはり女子は買い物が好きなのか。
「ここ、家族以外とこういう場所に来るの初めて! 放課後に友達と寄り道とか、まさに小説の世界みたい」
学校の帰り道にどこかへ行くというまさに学生生活でよくある「寄り道」というものに興奮しているんか、佐島さんは目を輝かせていた。
入口の自動ドアを開くと、玄関には館内のマップのパネルがあった。
「結構いろんなお店あるね」
佐島さんはマップの店名を一つ一つ見てそう言った。
カフェ、衣服店、雑貨屋、色々な店があった。
「佐島さんってどこか行きたい店とかある?」
「んーとね。あ、ここ! 本屋さん行きたい!」
佐島さんはマップの書店の場所を指した。
なるほど、本屋か まさに本好きとしてはぴったりだろう。
本屋なら衣服店のように男女で買うものが違う、といったことを気にしなくていい。
俺も本好きなのだから、まさにぴったりな場所だ。
「よし、そこへ行ってみよう」
俺達はエスカレーターでそこへむかうことにした。
「わあ、すっごい。ここの本屋、いつも行くところより大きい!」
ショッピングセンターの本屋は広々とした店内に本が並び、店頭の雑誌コーナーでは若者が立ち読みなどをしていた。
小さい子供が絵本をねだっていたり、仕事帰りの硬そうなサラリーマンがビジネス関連の本を探したりしている。
「私はいつも近所の小さい本屋だからあまりこういうとこ来ないんだ」
俺も普段からこういう場所に来るわけでもない。
俺は電子書籍派なのである。
電子書籍は置き場所を取らない便利なところがある。
しかし、好きなシリーズは紙の書籍で購入して部屋に並べたいというコレクション願望もある。
電子書籍は一巻のみ無料といったり、セールなこともあるから本屋よりも使いやすいが、それより続きの巻は定価なことも多い。
結局電子書籍はセールでなければ定価で紙と同じ値段なので、本によってはやはり紙で買うことはある。だがいつも買いに行くのは一人で本屋へ行くだけだ。
「佐島さんのオススメの本とか教えてよ」
「うん、こっちだよ」
佐島さんに案内されて、俺達は文庫本のコーナーに来た。
「文庫本って、安いしついつい買っちゃうんだ。ハードカバーの本は高いからやっぱり図書館で読むことが多いけど」
うんうん、よくわかる。
ハードカバーは俺達高校生にとっては辛い金額だが、文庫本は安いので買いやすい。
現に俺がよく買うラノベだって文庫本サイズだ。
「こういう本とか買ってるんだ」
佐島さんがオススメするものは最近テレビでタイトルを聞いたものだった。
「こっちとか、読みやすかったよ」
「へえ、恋愛ものってこんなに色々あるんだ」
表紙がいわゆるアニメっぽいイラストではなく、おしゃれ風な人物がだったり、あるいは優しい色合いだったりでそこもライトノベルとはやはり違う。
「風宮くんは、何か買わないの?」
「俺は……」
ふと文庫本が並んでる商品棚の隅にあるライトノベルのコーナーが目に入った。
表紙で制服の美少女が主人公の腕を引っ張ってるイラストが目に入る。
あれは俺がずっと読んでるシリーズの最新刊じゃないか!
そういえば今月発売だった。
俺はつい足がラノベのコーナーに進みそうになった。
「どうしたの? 何か欲しい本あった?」
と、佐島さんに声を掛けられ、俺は足を止めた。
そうだった、今はいつものように一人で本屋に来てるんじゃなかった。
女子と一緒にいるのだ。
佐島さんには俺がラブコメ好きだという話はしていない。
以前、好きな本のジャンルの話になった時、俺はわざとラブコメと正直に言わず、ごまかした。
佐島さんが俺の趣味についてよく知らないのだから、彼女の前で堂々とラブコメを買うわけにはいかない。
「いやあ、今月はまだ欲しい本が発売してなくて、今日は買う物ないかなーって」
俺はそう言って、なんとかごまかした。
危なかった……もうちょっとでいつもの癖が出るところだった。
「じゃあ私、会計してくるね。その辺で待ってて」
佐島さんはそう言うと、会計のレジへと本を持って行った。
一人その場に残された俺は、先ほど見ていたラノベのコーナーに目をやる。
「今は仕方ないよな。また今度、買いに行こう」
後ろめたさを感じながらも、俺は本屋の入り口で佐島さんを待つことにした。
本屋の前では同じく学校帰りであろう学生がいる。
友人同士で来てるであろう女子達、放課後デートというのか男女の組み合わせもちらほら見える。
これがある意味ラブコメでありがちなデートに近いものだろうか。
まあ、あくまでも佐島さんは公子先生の弟子繫がりである友達であって。そういう関係ではないのだが。
俺も普段は女の子とどこかへ行ったりはしない。今回はいい経験にはなったかもしれない。
「おまたせ」
本屋の袋を抱えて、佐島さんはようやく戻ってきた。
「じゃあ、次はどこへ行こっか?」
書店が終わったのだから、次はまた別のところへ行こうかと、話し合うことにした。
「その前に、お手洗いに行っていいかな? ここからちょっと歩くことになるけど」
「うん、いいよ」
トイレはここから少し歩いたところの角の先にある。
その間、俺はその近くにあるベンチで待ってることにした。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん」
佐島さんはトイレがある角を曲がっていった。
「じゃあ、俺はしばらくスマホでも見てるか。」
俺は待っている間、ベンチに座ってスマホをいじって待ってることにした。
それから約十分が過ぎただろうか。
佐島さんはまだ戻ってこない。
「佐島さん、遅いな」
さすがにそろそろスマホも飽きてきた。
ちょっと様子を見てこよう、と俺はトイレのある方角へと足を進めた、
先ほど佐島さんが入っていった角を曲がったところに、彼女はいた。
男子トイレと女子トイレへの分かれ道に。
しかし、一人ではなかった。
佐島さんの前に五歳くらいの男の子がしゃがみこんでいたのだ。
「あ、風宮くん!」
「どうしたの? その子」
俺がその場へ駆けつけると、それでも男の子は起き上がる様子もなく、ずっと手で顔を覆って、どうやらぐずぐずと泣いているようだ。
「なんかさっきからずっとこうなの」
「ぐすっ……んう……」
男の子はひたすら泣いているだけで、何も話そうとしなかった。
佐島さんはどうすればいいのかわからないのだ。
「君、どうしたのかな?」
俺が話しかけると、男の子は一瞬だけ顔を覆っていた手をどかし、俺を見た。
しかし、知らない人に話しかけられたことで、ますます恐怖に怯えたのか、すぐにまた顔を手で覆って泣き出した。
「ぐ……ひっぐ……」
おそらくその顔は涙でぐしょぐしょだろう。ここでかなり泣いていたのではないだろうか。
「もしかして、迷子かな」
この広いショッピングセンターでこんな小さい子が一人で歩くとは思えない。
家族と一緒に来たのだがはぐれてしまったというところだろうか。
そりゃあ家族以外の知らない人と話すなんて恐ろしくてできないのだろう。
「どうしよう……」
佐島さんはうろたえていた。
困っているのなら、俺の方から動くべきだ。
「受付に連れて行こう、迷子アナウンスしてもらえるかも」
いつも母親にくっついて歩いている小さい子にとっては、親とはぐれたなんて一大事だ。
俺にも身に覚えがあった。
まだ子供の足では広いショッピングセンターなんてどこになんの店があるとか、どうやって帰ればいいのかを覚えることはできない。
いつも親にくっついて歩くことで、安心できるだけだ。
その親が近くにいないというのだから、どこへ行けばいいのか、どうやって家に帰ればいいのかもわからないのだから不安で仕方ないだろう。
ここは男として、何かできることをせねばならない。
「ほら、君。ママを捜そう。大丈夫、きっとすぐ会えるよ」
俺が優しく背中をなでると、その男の子は安心したのか、ようやく泣き止んだ。
こういう時は警戒心を解くべきだ。
「君、お名前は?」
俺がそう聞くと、男の子は名乗った。
「あきら……。みしまあきら」
「あきらくんか。大丈夫、受付に行けば、きっとママに会えるよ」
俺はあきらくんの手をひいて、佐島さんと三人でショッピングセンターの受付へ行くことへした。
三人で受付へ行き、男の子の名前を係の人に告げると、すぐに迷子アナウンスを流してもらえることになった。
「ここで待ってよう」
「うん」
俺たちは三人で受付のそばのベンチで待つことにした。
しかし、佐島さんと一緒にいるのに、男の子のママが来るまでこうしているのも暇だ。
俺だけがスマホをいじってるのもなんだか格好がつかないし、何か佐島さんと話しをしていた方がいいかもしれない。
でも俺たち二人だけが喋るのもなんだかあれだな。どうせならかっこいいところを見せたい。
すると、近くにフードコートのアイスクリーム屋が目に入った。
これだ、と思った。
「あきらくん、アイス食べたくない? 俺、なんか喉乾いちゃって」
あえて自然にそう話しかける。
アイス、と聞くと男の子はぴくっと反応した。
普通なら知らない大人が食べ物をくれるのにつられてはいけないと言われるだろう。
しかし、俺達はまだ高校生で、今は女子の佐島さんも一緒にいる。
なおかつ、今は母親が来るのを待っているという状況だ。
「ママはすぐここへ来るよ。それまでアイス食べてようか」
あきらくんはそれを聞くと、元気よく「うん!」と答えた。
ここで子供にだけにアイスを奢るなんて、と思うので佐島さんにも声をかける。
「佐島さんもよかったらどう? アイス、奢るよ」
自分たちだけがアイスを食べるなんてそんな姿を見せるより、やはり流れ的に佐島さんにも御馳走しよう、と思った。
「そんな、私はいいよ」
佐島さんは遠慮した。
「だって、俺もちょうどアイス食べたい気分だったし、俺だけ食べるのもなんかなって。せっかくだからついでで」
あえて自分が食べたい、ということにして自然に誘う。
これなら遠慮はいらないだろう。
「じ、じゃあ。御馳走になろうかな」
ようやく了承を得た。
佐島さんが男の子を見ていてくれるということで、俺はすぐ近くのフードコートで三人分のアイスを買った。
簡易なトレーを借りてきて、カップ入りのアイスとスプーンを三人分運ぶ。
「はい、あきらくんのの分」
目の前にアイスが来ると、男の子は目を輝かせて嬉しそうな表情になった。
「わーい。お兄ちゃん、ありがとう!」
あきらくんはさっそくアイスにかじりついた。
「はい、佐島さんの分」
そして、次に佐島さんにも渡す。
「あ、ありがとう」
そして次は俺の分だ。
「いただきます」
三人でアイスを食べ始めた。
スプーンで人さじ救って、アイスを口に運ぶ。
ひんやりと冷たい感触に、クリーミーなバニラの味が広がる。
コンビニやスーパーに売ってるのとは違う、久しぶりのアイス屋のアイスはまたあれらとは違う味わいだ。
「こういうアイス屋のアイスって久しぶりだな。子供の頃は買い物行くと親に買ってもらえる時は嬉しかったっけ」
アイスは家でただ食べる時とは違う、こういう場で食べる雰囲気もあってかもしれない。
「美味しいね。いいのかな? アイス御馳走になっちゃって」
佐島さんは控えめにそう言った。
「俺も一人で来た時はアイスなんて買わないしね。男だし、一人でアイスってのも恥ずかしいかなって。誰かと一緒なら気兼ねなく食べられるんだ」
あながち間違ってもいない。高校生にもなれば、男一人でわざわざアイス屋のアイスを買うなんてことはやはり恥ずかしくてしないのだ。
こういうのはやはり、友達や家族、もしくは彼女など、複数の時にしか食べられないような気がする。
三人でアイスを食べ終える頃、受付を見ると、受付に買い物袋やエコバックを数個ひっさげた女性が現れた。
「すいません、うちの子は……」
ようやく受付にあきらくんの母親らしき女性がやってきたのだ。
「ママー!」
母親の姿を見て安心したのか、あきらくんは女性に抱き着いた。
「ごめんね、目を離しちゃって。ママ、心配したのよ」
あきらくんは母親に会えた安心感もあったのか、なんだか甘えるように抱き着いていた。
そして女性は俺と佐島さんにこう言った。
「すいません、うちの子を見つけてくださって」
女性は俺達に頭を下げた。
「あのお兄ちゃんねーアイス買ってくれたんだよー」
あきらくんはそのことを母親に言った。
「まあ、すいません。うちの子にそんなことしていただいて」
母親は申し訳なさそうな顔になった。
「いえいえ。見つかってよかったですね」
俺はそう言った。
「そうだ、よかったらこれ、召しあがってください」
そう言うと、母親はエコバックから何やら小さい包装紙を俺に二つ差し出した。
「い、いえ、そんな!」
どうやらお礼の品らしい。
「うちの子がアイスまでご馳走になったのに、何もしないなんてできませんわ。ぜひお二人で召し上がってください」
そう言われるのなら受け取らないわけにもいかない。
俺はその包装紙を受け取った。
包装紙は小さいバウムクーヘンだった。
「本当にありがとうございました。今後は気を付けますわ」
「おにいちゃんたち、ありがとねー」
母親は深々と頭を下げて、「さあ、帰りましょう」とあきらくんと手を繋いで去っていった。
「風宮くん。よかったね。あの子のお母さん見つかって」
「ああ。お礼までもらっちゃったな。はいこれ佐島さんの分」
俺は二つ差し出されたバームクーヘンを佐島さんに一つ渡した。
「こんなのもらっちゃってよかったのかな」
佐島さんはちょっと遠慮がちにそう言った。
「あの男の子も佐島さんが見つけてくれたおかげでここに連れてこれたんだ。いいと思うよ」
そして佐島s何はそれを受け取った。
「そっか。私、バウムクーヘン大好きだから嬉しいな」
佐島さんはそう言いながらバウムクーヘンを嬉しそうに鞄にしまった。
「風宮くんは凄いね。ああいう時、どうすればいいかすぐ行動できて。私、あの子を見つけた時、どうすればいいかとまどっちゃってたから」
「うん。まあ、俺も昔迷子になったことがあって、あの時は怖かったからあの男の子の気持ち、よくわかったからね。ああいう迷子になった時はどうすればいいってのは知ってたんだ。優しく語りかけて安心させてあげるって」
「経験をもとにして行動できるって凄いことだよ」
ああ、佐島さんのこういう素直にほめてくれるところっていいなあ。
白木とは大違いだ。
その後、しばらく雑貨屋を見ているうちに、時刻は七時になっていた。
「もうこんな時間。私、そろそろ門限があるから」
そういえばもうそんな時間か、俺もそろそろ帰らねば、ということでここらで解散しよう、ということになった。
ショッピングセンターを出て、入口で別れることにした。
「風宮くん、ありがとう。今日は付き合ってくれて」
「いい取材にはなった?」
「うん。友達とどこかへ行くなんて久しぶりだったから楽しかった」
佐島さんは本当に楽しかったんだろうなあ、と表情でわかった。
途中で迷子を見つけるという出来事もあったが、それも経験か。
「じゃあまたね」
佐島さんは手を振って、自分の家の方角へと帰っていった。
「俺も帰るか」
そして俺もまた、家に帰ることにした。
帰宅して、俺は自室で一人、今日のことを振り返った。
「ふうむ、女の子とどこかへ行くってのはあんな感じなのか」
これまで女子とどこかへ行くなんていう経験はあまりなかった。
良樹など男友達とどこかへ行くのはよくあったが、この年になると異性とどこかへ出かけるなんて経験はあまりしない。
「佐島さん、可愛いかったなあ。ああいう素直な子の方が俺の好みだ」
清楚系というのか、おしとやかな女の子は話しやすい。
「佐島さんみたいな子が同じ部活だったら楽しいのにな」
あいにく俺のいる文芸部には佐島さんのような女子はいない。
いるのはあの生意気な白木だ。
「まあ、といっても佐島さんは文芸部に入る気がないみたいだからどうしようもないけど」
宿題でもするか、と俺は通学用リュックから教科書を出そうとした。
「あ、これ……」
リュックの中には今日、あの男の子の母親からもらったバウムクーヘンが入っていた。
こんなおしゃれなお菓子は普段食べない。
「食べるか」
せっかくなので食べることにした。
「ん、うまい」
いいことをしてお礼にもらったお菓子は美味しい。
バウムクーヘンは青春の味がした気がした。
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