第12話 中庭のひと時

 


 翌日、昼休みに俺は図書室へ行って戻ってくる為に教室連から図書室に続く中庭を通る渡り廊下を歩いていた。


 中庭を見てみると、ベンチで座って友人たちと昼食を食べる者、ドッジボールで遊ぶ生徒たち、そしてうちの学校の特徴的な……。


「今日もあそこは賑やかだな」


 中庭の池に生徒達が集まっている。

 池に放されている鯉を見ている生徒達だ。


 泳ぐ鯉を見てはしゃいだり,餌になるものを池に投げ込んでそれに食らいつく鯉を見ては笑う生徒達の姿が見えた。


 なんだか楽しそうだ。


「俺もたまには見に行くか」


 気まぐれだが、俺は中庭にある池を見に来てみた。

 大きい錦鯉と金色や紺色に二色といったそれぞれ体の大きさも色も違う鯉がスイスイと泳いでいる。


「次はこれやってみようぜ!」


 男子生徒達がちぎったパンを水面に投げると、鯉が大口を開き、水ごと餌を飲み込んでは口をパクパクとさせていた。

 それは無我夢中で餌に食らいつく獣のようだ。


 その別の方向では、今度は女子生徒がパンを投げ込んでいた。


「こっちこーい」


 女子生徒の投げたパンが水面に落ちると、そちらへも鯉が泳いできて、同じようにぱくんと餌を飲み込んでいた。


 それを見てはしゃぐ生徒達。この学校ではこれが日常風景だ。


 とはいえ、久しぶりに鯉を見てると、結構面白いかもしれない。


 普段魚が泳ぐところなんて見る機会はない。


 うちに金魚などの飼育魚はいないし、丸ごとの魚を見るとすればスーパーの魚売り場だ。

 こうして泳ぐ魚を見る機会はあまりないのだ。



 俺が鯉に見とれていると、「風宮くん」と声がかかった。


 振り向いてみると、そこには佐島さんがいた。

「あ、佐島さん」


 佐島さんは今図書室から戻ってきたばかりなのか、またもや本を抱えていた。


「風宮くんも、よくこういうところ来るの? ここ、鯉が泳いでるよね」

「普段はあまり来ないんだけど、たまに見てみると面白いなって」

「私、生き物好きだから私もたまにここへ来て泳ぐ鯉を見てるんだ。魚が泳ぐところって見てるだけでなんだか癒されるよね。私が生き物好きだからかな?」


 確かに水面を見てみると、スイスイ泳ぐ鯉を見るだけで、面白いかもしれない。

 餌を投げ込めばそれに喰らいつく鯉。魚とは思うがままに生きてるものだ。


「なんだかこういうところってやっぱり賑やかだよね」


 佐島さんは池のそばににあるベンチに座って、そう言った。

 俺もその隣に座った。


「こういう日常ってのも青春小説にありそうだよね。平和な町で、学校では生徒達が毎日楽しそうにしてるって」

「ああ」


 学校の昼休みに中庭で笑い声が響く。


 これはまさに青春な学生生活の日常だろう。


「こういう日常とかも小説に書くと面白いかもな。友達と一緒に昼休みを過ごして、みんなで遊ぶとか」


 友達、と聞くと佐島さんは一瞬暗い表情になった。


 しまった、と俺は思った。

 佐島さんは学校にうまくなじめてないことを気にしている。


 こうして昼休みに友人たちと過ごす生徒達を見るだけならまだよくても、そこを話題にされるのは嫌かもしれない。


「うん、そうだね」

 佐島さんは落ち込んだように見え、こう言った。


「やっぱり、友達がいるって大事だよね。こういう青春とか憧れてはいるんだけどな」

 佐島さんは次にこう言った。


「私ね、小説とか読むと、やっぱりこういう平和な日常ってのにもいつも憧れるんだ。ほら、友達同士で一緒にお昼ご飯を食べるとか、みんなでお買い物とか、遊びに行くとか、そういうの、自分も憧れるな」


 フィクションならばほとんどの作品にあるであろう「友人と過ごす些細な日常」

 それはみんなができるものではない。


「私ね、恋愛小説にはまずそういう普通の女の子っぽいシーンを出すのも必要だと思うんだ。主人公の女の子が、そういう楽しい場所にいって、友達と過ごすってどんな感じとか。そういうのを踏まえて物語が進むと異性の男の子に出会って、周囲の友達の応援もあって、成立とか」


 恋愛小説はまず主人公が女性なのだから、女の子の日常の描写というものは必須だろう。

 まずは普通の女の子としての日常が書けないと、ストーリーにならない。


「でも私、あまり友達いないから、なかなかそういうところに行く機会がなくて。普段、服とか買いに行くのも大抵お母さんとだし、女子高生らしくないっていうか」


 佐島さんは本当はそんな青春も経験したいのだろう。


 女性向け小説を書きたいとしても、まずは作者本人がそういった経験がないと描写が書けない。それは創作では詰まってしまうことだ。


 現に俺が今でも小説を形にできないのはそういう経験不足があるからだ。


 落ち込んでる佐島さんをなんとか励ます方法がないかと思い、俺はふと考えた。


「じゃあさ、今日とかそういうところ、行ってみない?」

「今日?」

「ほら、ここの近くにショッピングセンターあるでしょ?」

 俺達の学校の近くにはショッピングセンターがある。


 ここ辺りの学校の生徒や住人がよく利用するショッピングセンターだ。

 俺も時々学校の帰り道に寄ることがある。


 どこかへ行きたいという経験がほしいのなら、まずは自分で行ってみるべきだ。


「まあ軽く寄り道ってところかな。放課後にどこかへ行って、それも女子高生の日常でもあるんだ。そういうの、行ってみようよ」


 佐島さんがそういう経験をしてみたいというのならば、これはまさに取材になるだろう。


「私、放課後っていつも家に帰るだけだから。どこかに寄り道ってことはあまりしたことないんだ。風宮くん、一緒に行ってくれるの? いいの?」

「何言ってんだよ。俺達とっくに友達だろ? 同じような夢を持つ仲間じゃないか」

「友達……」

 その言葉を聞くと、佐島さんは表情が明るくなった。


「友達」という言葉に反応したらしい。自分のことを友達と言ってくれたことに。


「うん、行きたいな」


 どうやら乗り気になったらしい。佐島さんは笑顔でそう言った。


「じゃあ決まり。行こっか」


 こうして俺達は放課後、学校の帰り道にあるショッピングセンターに行くことになった。


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