第10話 恋愛小説とラブコメ


 

 ファミレスでテーブルに着き、俺と佐島さんはドリンクを頼んだ。


 俺はメロンソーダで、佐島さんはミルクティーを注文した。

 うん、清楚な佐島さんらしいチョイスだ。


 さっき公子さんの家でも紅茶をご馳走になったが、佐島さんはやはりこういったものが好きらしい。


 しかし、よく考えたら女子と二人っきりって何を話せばいいのだろう?

 ラブコメだと主人公はこんな時、どうするだろうか?


 とりあえず、たわいのない話からするか。

「まず聞いてみるけどさ、佐島さんは小説を書きたいってことでプロ作家の公子先生に弟子入りしたんだよね?」

「うん、そうだよ。小説を書くってどうしたらいいのかな、ってよくアドバイスをもらってるの」

「じゃあ、すでにもう小説を書いたことあるとか?」

「ううん、なんて言えばいいのかな。公子先生に教えてもらった通り、ストーリーの作り方とか書きたいものを書きたいコツとかを知ったから一応描いてはみてはいるんだけど、まだ完成させたことなくて」


 そういえばまだ佐島さんがどんな小説を書いてるのかを聞いてない。


 公子さんに弟子入りしたのだから、すでに小説を書きたいという夢があるのならば、一体どんなものを書きたいというのだろうか。


「佐島さんはどんな小説が書きたいの?」


 すると、佐島さんはティーカップを触りながら、モジモジと言い始めた。


「えとね、こんなこと言うと笑われると思うけど。私、恋愛ものを書いてみたいの。昔から少女漫画とか恋愛小説とか好きで、そういう男の子との恋愛を書いてみたいなって」

 佐島さんが書きたいのは恋愛小説。


 そうか、だからあの時、恋愛小説を借りていたのか。


 恋愛ものか、それは確かに女の子が好きそうなテーマだな。可憐な美少女らしい佐島さんに合っている。

「へえ、いいね。恋愛ものって。それは女子なら誰もが憧れるものだな」


 俺が書きたいのは男性に受けるラブコメで、佐島さんは女性向け恋愛もの。

 どちらも「異性との恋」といったものを意識したジャンルである。


 だけど、やはり俺の書きたい男子の理想を固めたラブコメというジャンルと、佐島さんの描きたい純粋な女性向けの恋愛ものはきっとジャンルが違うだろう。


「凄いよ、なんかそういうのって大人向けなイメージもあるけど、俺達の年齢でも書きたいって思う人もいるんだね」


「うん、そういう子、結構いると思うんだ、けどね」

 佐島さんは少し、寂しそうな表情になった。


「私、友達作るの苦手で、そもそも異性の男の人と恋愛経験なんてとてもやったことないんだ。でも本当は誰とでも仲良くしたいって思ってるんだけど、うまくいかなくて。そういうのに憧れるっていうか」


 この可愛らしい見た目であまり学校になじんでないのか、なぜだろう?


「私、恋人とかそうなる前に、ちゃんと同性の友達も作れないのに、やっぱり難しいかなって。そういうのって、恋愛ものは特に人の心や感情を理解できないと難しい、って公子先生に言われちゃったな。自分の書きたいものを書きたい、ってだけじゃなくて読者の気をひくものが大事って、それが難しくて」


 佐島さんの気持ちはよくわかる。俺がラブコメを書きたいけど書けないのはなんとなくそんな理由だ。

 俺も自分自身にそういった青春的な経験がないからこそ、魅力ある展開のラブコメというものが思いつかないのかもしれない、と考えていたからだ。


「でも、そういうのって別にそんな経験がなくても書けるもんなんじゃないのかな。ただ、こういうシチュエーションを体験したいっていう理想の話を考えればいいだけで」

「そうかな。でも、理想というか、そういうのも思いつかないの。本当に女の子の心を掴んだような、理想の男性を描くっていうのとかも難しくて。純愛ってどんなものなのかなってのもわからないし、シンプルに人を好きになる感情もわからない」


 佐島さんは本当に純粋な女性向けの恋愛ものを書きたいというわけだ。


「そういう風宮くんはどんなのを書きたいの?」


 俺が書きたいジャンルは男の理想を詰めたようなラブコメものときた。

 ここで俺が正直にラブコメといったらどうなるだろうか。 

 ラブコメとは、やはり男性にうけるような美少女ハーレムのようなイメージがありそうだ。

 主人公の周りには美少女達が集まり、その中心となって主人公がモテモテになる、そういうのがラブコメの王道というのもある。


 学校ではそういったことで白木にラブコメなんて文芸じゃない、と散々罵倒された。


 少女漫画の恋愛もののように、徐々に男女が惹かれ合い、成立するというものと違って、ラブコメは展開があっさりで美少女がすぐ男性主人公に落ちるところが、甘いというのもあったかもしれない。


 ラブコメはストーリーの盛り上げの為に美少女をそんな扱いにする。


 やはり白木と同じように、女子として佐島さんはそういうのを嫌うだろうか。


 男が好きそうなもの、だと偏見の目で見られるだろうか。

 そう思うと、俺は正直に言えなかった。


「う、うん。まあ、ギャグよりっていうか、ショートコントとかそういう軽く読めるもの、かな。学校や日常に潜むコメディ的な、喜劇っていうのかな」


 コメディ的な、という部分は合ってるが。これならばラブコメということはばれないだろうか、とドキドキした。


「へえ、風宮くんはそんなのを書きたいんだ。読んでて楽しい気分になれるお話っていいと思う。まさに、創作物ってのはそういうのもあるし」


 佐島さんは好意的に解釈してくれたようだ。

 正直にラブコメと言わなくて正解だったかもしれない。


「そうかな」

「でも、やっぱりなかなかそういう理想のお話を創るって難しいよね。公子先生に色々教えてはもらってるんだけど、実際にやってみようと思うと。やっぱり人間関係とかできなきゃいけないかな?」


 佐島さんは友達を作るのが苦手と言っている。


 そういえば以前、俺は公子先生に「仲間を作るといい」と言われ文芸部を見てみることを勧められた。


 そして、文芸部の雰囲気が合い、そのまま入部という形になった。


 それならば佐島さんも誘ってみるとどうだろうか、と俺は考え、言ってみることにした。


「佐島さんってさ。文芸部とか入んないの? 小説書くのが好きならそういうとこ入れば友達できそうだけど」

「文芸部?」

「そう。俺も以前、公子先生にそういうところを見に行ったらって言われて、見学に行ったんだ。そしたらそこの先輩と気が合って入部したんだ」


 公子さんの弟子という共通点もあるし、同じくそういった創作方面に興味がある佐島さんが入部してくれたら楽しそうだ。


 俺も、もっと佐島さんと仲良くなってみたいという気持ちもあった。


「俺、そこの先輩に気に入られてさ。それみたいに、もしかしたら佐島さんにも合う友達できるかも」


 しかし、文芸部とはいえ、もしも同じ部活に入ったとしても、佐島さんは同性である白木と仲良れるかなあとは思った。

 おっとり系の佐島さんと生意気なところのある白木とでは性格が全然違う。


「そんなそんな。私の書きたいものなんて。自分にも恋愛経験もないのに恋愛が書きたいだなんて恥ずかしいし、人に見せるなんてほどのものじゃないもの」


 俺は男だったから素直にラブコメが好きとあそこで言えて、そのことで先輩と打ち解けた。

 しかし、佐島さんは女子だ。そういうのは男子よりも遠慮がちなところもあるかもしれない。


「自分の書いたお話を人に見せるなんて怖いかな。だから、一人でこっそりやるしかないかなって思ってて」


 女子にとっては自分がやりたいことを正直に人に話すなんて恥ずかしいかもしれない。

 あくまでも俺とは公子先生の弟子という共通点があることで打ち明けられるわけで。

 それが複数の生徒と共に活動することになる部活動はそれとはまた違う。


「だから、一人でこっそりやるしかないかなって。だから私は公子先生に教わるくらいかも」

 それはやはり個人の考え方だろう。


「そっか」


 みんながみんな俺と同じようにオープンというわけではない。


「でも、風宮くんとは仲良くしたいかなって思ってる。公子先生の弟子ってことは、そういうお話を作る方にも興味があるってことだよね」


 おおう、人間関係は苦手みたいなことを言ってる佐島さんがこんなことを言ってくれる。

 なんだかちょっと嬉しい。まあこれは公子先生繋がりだからではあるだろうけど。


「これからも公子先生の弟子同士としてよろしくね」

「ああ、よろしくだ」


 まあ佐島さんが文芸部に入るかどうかはともかく、友達として仲良くなれればいいか、と俺は考えることにした。


 

 翌日、文芸部にて俺は今日から実際に簡単なショートストーリーを書いてみることに挑戦してみることにした。


 いきなり小説を書くのは難しいので、簡単なショート文といったところからだ。


 基本的な文章の書き方は小学校や中学校でも習うが、物語を作る小説という文章はそれらとはまた違う。なので最初は簡単なものからだ。


 紙のノートに、まずはラブコメで基本的な男主人公とヒロインが教室で出会うみたいなシーンを書いてみる。


 まあこれ、この前佐島さんとすれ違った時のことを参考にして書いたけど。まさかあの経験が役に立つとは。


「風宮くん、文章が書けないとか言ってたけど、十分できてるじゃないか」


 福道先輩は、俺の書いた文章を読んでそう言った。


「ええ、まあ俺にも先生みたいな人がいて」


 一応簡単なやり方は公子先生に習った受け売りだ。それが意外と役に立つ。


「へえ、先生か。どんな方なのかな? やっぱり話を創るのがうまい人?」


 一応プロ作家であう公子先生のことを言うわけにはいかない。


 本物のプロの作家がこの近所に住んでいるとバレれば、公子先生にとっても困るものだろう。


「まあ、そんなところですね」


 と、俺はごまかした。

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