第8話 文芸部には入ったけれど
翌日の放課後、俺はまたもや文芸部の部室に来て、福道先輩に昨日書いた入部届けを渡しに行った。
「うん。これであとは顧問の先生に提出するだけだよ。風宮くん、これからもよろしくね」
福道先輩は俺が入部することがやはり嬉しいのか、今日もご機嫌だった。
「いやあー嬉しいなあ。やっぱ若い人って活字が苦手な人も多いから、本を読んだりする文芸部って地味なイメージがあるからか風宮くんみたいな自分も物語が書きたい! って生徒は珍しいからさ」
「そうなんですか?」
「ほら、本を読むこと自体はまだ物語を吸収するだけだから読むってことはできても、書きたいって思う人は少なくてね。ああいうのは読むのは楽しくても、自分が書きたい! って思う人は少ないんだ」
確かに言われてみればそういえばそうだな。
出版されているものにしても、人の書いたものを読むにしても「見る」というだけならば自分が生み出したいわけではないので、ただ受けとらえるだけだ。
しかし、それを「生み出す方」となればなかなか難しいかもしれない。
「しかも風宮くんはラブコメが書きたいと来た。書きたいジャンルが決まってるのはいいことだよ。ぜひここで一緒に理想の物語を書けるように目指そう!」
『書きたいジャンルが決まっているのはいい』福道先輩は公子先生と同じようなことを言う。
どんなテーマを書きたいのかすらわからないようであると、いくら物語を創りたいと思っても、肝心の『自分が書きたいもの』というものが想像つかないからだ。
その点、自分の書きたいジャンルが決まってるのは少しだけでもそれは達成されているようにもなるとのことだ。
そしてこの日は、今日も福道先輩との会話に盛り上がって、部活動は終わった。
福道先輩は俺に、創作の楽しさというものを熱心に語った。
自分はこんな話を読みたい、という心こそが物語を創る楽しさだと、初心者的な俺にまずストーリーを作る発想と構想の練り方という基本的なものを教えてくれた。
それは参考になる、と俺は細かくメモをしたりした。
放課後になり、さて帰ろうか、と生徒玄関に行こうとした時だ。
「ちょっと風宮」
後ろから声をかけられた。
そこに立ってたのは同じ部員である白木だった。
「あれ? 白木は今日部活に来なかったんじゃ」
文芸部に顔を出さなかったのだから、てっきり今日はもう帰ったのだと思っていた。
「今日は日直でやることがあって部活に行けなかっただけよ。それよりも……」
白木は俺に近づくと、言い出した。
「あんた、いつも女の子が表紙のアニメっぽいもの読んでるじゃない。この前も図書室でそういうの借りてたし」
この前、というのは白木とぶつかった時のことだと察した。
あの時、白木が俺が借りようとしていた本を見ると、なんだか不満そうな表情をしていたのを覚えている。
なんだか今の白木もその時と似たような感じだ。
「福道先輩から聞いた。『新しく部活に入った風宮くんはラブコメ好き』だって」
福道先輩が俺のことを白木に話したのだろう。
これからは同じ部活の仲間なのだから、互いがどんな人物なのかを知ってなくてはならないだろうなので、それは当たり前だ。
「それがどうした?」
白木は不機嫌そうな表情でこう言った。
「あんたが書きたいのもつまりそのラブコメってやつでしょ? なんか男が女の子にモテモテになって、ハーレム状態になって、みたいな萌え系ってやつ。いかにもオタ男子が好きって感じの」
白木の言う通り、ラブコメとはまさにそういうものだ。
男子ならば憧れる、異性と過ごす青春の物語。その理想を描いたラブコメというジャンル。
それが一体なんだというのだろうか。
「あんな男に都合がいい女の子ばっかりが集まって、それでモテモテだなんて、男の理想なのかもしれないけど、あたしはあんなの嫌。まさに男の願望だらけで、いいと思えない」
白木はラブコメについて、いきなりそう言いだした。
「それはさすがに偏見だぞ」
確かに白木のいうとおり、ラブコメとはそういうものだ。
しかし、白木の言い方だとなんだか偏見を感じてしまう。
「だって、いわゆるオタク向けってことでしょ。萌え系好みの人達が楽しむような。自分達もああなりたいとか、そういう理想を詰め込んだみたいな。主人公が都合よく女の子に好かれて、それでみんなにモテモテとか、ありえない」
白木は『オタク』という存在に嫌悪感を抱いているのだろうか?
「オタク向けってのが何が悪いんだよ」
アニメや漫画など、昔はオタク文化が偏見の目で見られることもあったが、今では日本の誇るべき文化ともいわてれいる。
深夜アニメの特集のバラエティ番組がゴールデンタイムで普通に放送されているし、高校生でアニメ好きな者もたくさんいる。
昔のようにアニメは子供が見るもの、ではなく普通に文化として浸透しているのだ。
今では学生どころか大人でもアニメを観る人など珍しくないというのに。
なぜそんな時代にそんな偏見を持つのか。
まあ、それでも今もそういうのを毛嫌いする人はどうしてもいるんだろうとは思うが。
「別にいいだろ。福道先輩だって、そういうのが好きって言ってたし」
「先輩はあくまでもそういうのも好きってだけで、メインとして普段読んでるのはまともな文学よ。先輩はあんたと違って、博識だし、色んな本を読んでるし」
確かに福道先輩はラブコメを肯定していたが、それは色んな本を読んでるうちでの一つのジャンルとして好き、という意味だったかもしれない。
普段はやはり文学を読んでいて、その中でライトノベルを読んでいるような。
先輩はライトノベルを読書を好きになることの入門として読んでいたが、俺のように、ずっとラノベばかりを読んでいるというものとはまた違うかもしれない。
「あたし、ああいうラブコメとか嫌なのよ。女の子をまるで男に都合のいい道具みたいにしてさ、そうやってウケを取るとか、純粋な恋愛じゃなくてまるで主人公補正みたいに序盤から男に惚れてる女の子とかさ」
それはつまり、女性としてそういった男性読者に都合の良いように描かれている女の子という存在が気に入らないということだろうか?
男の理想を再現する為だけに、女性がまるで一種の道具として使われるような、そういうことが言いたいのだろうか?
「あたしはラブコメみたいなライトノベルなんて、あんなの文芸だなんて認めない! 一般文芸こそ、文学こそが小説よ! 萌え系みたいに女の子を都合の良い存在みたいな扱いをするものなんて、男の理想だけを詰めてるみたいな、そういう部分も」
白木はライトノベルというものが文芸とは違うといいたいのだろうか。
「文芸ってのは、もっと一般人が読んで楽しむ、そういう万人受けする小説でしょ。もっと青春を感じるとか、読んでいて恋愛を楽しむとか」
「んなこといったって……」
ラブコメが女の子を都合の良いキャラクターにしているなんて偏見ではないだろうか、と俺は思った。フィクション作品はそういうのを楽しむのがまた面白いところだと思うのだが。
「とにかく!」
白木はびしっと俺の方へ指をさしてこう言った。
「あたしとあんたとでは好きなジャンルも全く違うってことよ。先輩はあんたのこと気に入ってるみたいだけど、調子に乗らないでよね。同じ部活だからって教室とかでも話しかけてこないでよ」
白木はそう告げると、俺に踵を返して生徒玄関へと早歩きで向かっていった。
一人その場に取り残された俺は、なんだったのだろう、と思った。
「なんかいちいちむかつくやつだな」
図書館で俺がライトノベルを持っていたことに顔をしかめたのはそういう考え方もあったからだろうか。
福道先輩と俺は違う、自分はラブコメというものが好きじゃない、と一方的に自分の考えを押し付けていたようにも思える。
「まあ、でも同じ部活だからって無理矢理仲良くすることもないか」
好きなジャンルが違うんならそれはどうしようもないし、人それぞれ考え方だって違うものだ。
あのきつい性格の白木とは仲良くしたいとも別に思わない。
俺は俺で、気が合う福道先輩と楽しく部活動ができればいい。
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