第7話 文芸部に行ってみよう



 翌日、俺は放課後に早速文芸部の見学に行くことにした。


 入部するかかどうかは別として、とりあえず見学にだけは行ってみようということだ。


「文芸部か。こういうとこってやっぱ文学好きとかそういう小説が好きな人が多いイメージなんだよな。俺みたいなやつが行って大丈夫かな」


 俺が書きたいのはラノベであって、そもそもラノベが書きたいやつだなんて、そういう真面目そうな部活には合わないような気がするし。


 真面目な部員が多そうな文芸部に入っても、俺みたいなやつ浮きそうだよなあ。それどころかドン引きされるだけではとも不安がある。


「一応見学には行くだけ行ってよう」


 見るだけなら、減るもんじゃないし、とりあえず見ておくだけ見ておこう。








 俺は文芸部が部室に使用しているという部屋に来た。


「ここが文芸部か」

 ドアには「文芸部」という張り紙があり、間違いなくここだ。


 俺は勇気を出して、ドアをノックした。

 コンコン、と二階ノックすると、返事がきた。


「開いてますよ」


 男子生徒の声だ。きっとここの部員なのだろう。

 俺は中に入ることにした。


「失礼します」

 部室の中は、本棚に大量の本が収納されていた。やはり本好きの部活と見える。

 何かを書く場所であろう広い机に、さらにデスクトップパソコンが置いてある。

 恐らくここで文芸部らしく、何かを書いているのだろう。


「お、新入部員かな? 見学かな?」


 声の主である男子生徒が椅子に座って本を読んでいたところ、顔を上げた

短髪に眼鏡、アレンジのない校則通りのびしっとした制服の着こなし方。


 真面目そうで。いかにも文学好きという見た目だ。

 現に今も活字の本を読んでいたようである。


「ええと、君はここに来たの初めてだよね? 何年何組かな?」


 男子生徒は、俺を見てそう聞いて来た。


「一年四組の風宮文雄です。文芸部に見学に来たのですが……」


 俺がそう言うと、男子生徒は目を輝かせた。


「見学!? ということはこの文芸部に興味があるってことかな? 入部希望者ってことでいいかい?」


 男子生徒はいきなりテンションが上がり、俺にそう聞いて来た。


「ええ、まあ」

「じゃあさ、ここに座って、話を色々聞かせてほしいな!」


 男子生徒はそう言って俺に椅子を勧めた。


 そして対面するように自分も椅子に座り、面接のようなことが始まった。


「まずは自己紹介をしよう。僕は二年生の福道幸弘。副部長をやってるんだ」


 二年生、ということは俺より一つ先輩か。


 それならば敬意を払って接しなければならないな、と俺は気を引き締めた。


「そうだ、まずはこの部活動の説明からだね」


 福道先輩は、部室を見渡しながら、解説を始めた。


「文芸部の主な活動は本を読んだり、自分で文章を書いたりすること。物語を書いたり、読んだりしながらそういう文芸に関わることを活動をしてるんだ。月に一回発行される部誌に部員が毎月ごとに一人ずつ短編小説を載せるってことが主な活動かな」


 文芸部はやはりその名前の通り、本を読むことと文章を書くことを活動とする部活だ。


 やはりその手の趣味が好きな者が集まる場所なのだろう。


「この部活は毎日絶対に活動しなきゃいけないってこともない。主な活動は月に一回発行される部誌に各月一人が短編小説を載せるくらいだから、その原稿を書く時だけにここへ来るとか、もしくはただ本を読みたくてここに来てもいいんだ」


 なるほど、それでこの部室には大量の本に原稿を書くために必要な用紙にパソコンが備品となってるわけか。


「まあ、だから普段しょっちゅうここへ来る生徒は少ないんだけどね。部員は僕と部長に、あと数人だけだし。だからいつでも新入部員歓迎さ」


 そこそこ活動はしているとはいえ、部員は多い方ではないらしい。


「ところで……」


 一通りの説明をすると、福道先輩は、俺のことを好奇心満々の目で見つめた。


「風宮くん! 君はどんな本が好きかな!?」


 ハイテンションな声で福道先輩は言った


 どうやらこれが一番聞きたかったことらしい。


 文芸部の入部希望者なのだから、そりゃあ本を読むことが好きじゃないと始まらない。


 ここの部員達は本を読むことが好きな者の集まりだろうなので、やはり福道先輩もそういったことを聞きたいのだろう。むしろそれが重要だ。


「どんなジャンルでどんな作家とかが好きかな?」


 福道先輩は俺が答えるのをじっと待った。


 この文学を好きそうな堅めの先輩に自分が好きなのはライトノベルと言ってひかれないだろうか。


 文学に比べ、ライトノベルはやはり小説というよりは漫画という媒体に近いかもしれない。イラストがある活字というだけで、文学とはまた違う気がする。


 ライトノベルはアニメや漫画よりの小説だから、文学じゃないとか言われるのではないだろうか


「君とは趣味が合うといいな。ぜひ好きな本を教えてよ」

 福道先輩は目をキラキラ輝かせている

 このまま黙っていても、俺が文学の本ではなくラノベ好きなことを言わなければならないだろう。 


「俺が好きなのは、文学っていうよりも、ライトノベルって分野なんですけど」


 ここで正直にそう言わないと、話がややこしくなってしまそうだ、と俺は判断して好きな本はライトノベルだと答えた。嘘をつくと、かえってややこしくなるだけだ。


 やはり文学が好きではなく、ライトノベルが好きというのは文芸部には合わないのではないかと不安になる。


 果たしてどんな反応をされるのか、とドキドキしたが、福道先輩は急に笑顔になった。


「ラノベ、いいじゃないか!」

「えっ」


 俺の想像と裏腹に、福道先輩は好意的な反応をした。


 てっきりこの先輩の見た目からして、お堅い文学好きではないと話は通じないと思っていたが、意外な反応だった。 


「僕も小学校や中学時代はよくライトノベルとか読んでたんだ。ほら、ライトノベルってやっぱり文体とか読みやすいだろ? 活字の本を慣れてない年齢の頃にはぴったりだと思うんだ。最初はそういう若者向けなライトノベルで本を読む習慣をつけて、そこから徐々に文学に手を伸ばしていくとか。まさにライトノベルは本好きが通るのにぴったりな道だと思うよ」


 なるほど、この先輩はそう考えているわけか。


 確かに言われてみれば、ライトノベルとは若者向けの読みやすい小説だ。


 児童文学よりも話は上の層向けで、イラストが入る分、オタク向けな要素もあるが、活字を読むことに慣れる為に入る道、というのには合ってるかもしれない。


「この学校の図書室にもライトノベルがあるけど、そういうのは読んだりしないのかな?」

「あ、はい。この図書室のラノベ、よく借りてます」

「うん、うん。それなら君も立派な本好きだね」


 この先輩、いい人だな。


 本好きというから文学好きのお堅い部員がいるイメージだったが、先輩がこんな感じの雰囲気のこの部活なら入っても楽しそうだなと思った。


「じゃあ、ライトノベルだとどんなジャンルが好きかな」

「ジャンル……」


 以前もライトノベルで書きたいジャンルとはと公子先生に聞かれた時は、ラブコメと正直に答えるのに恥ずかしがってしまった。


 福道先輩はライトノベルが好きと言ってはいるが、それはこの学校の図書室にも置いてあるような、あくまでもストーリー要素中心なものではないか、というイメージがある。


 ファンタジーものやSFにミステリーなどがメインで、主人公が女の子にモテモテのラブコメなんて、そんなもの漫画やアニメ、もしくはギャルゲーのような世界かも、と思うかもだ。

 なので俺はやはり正直に言うのがちょっと恥ずかしい。


「なんていうか、ヒロインが主人公に興味を持って、両想いになるとか、それで、普段そういう青春を過ごすとかそういう要素があるというか」


 ストレートに『ラブコメ』という言葉は使わないようにしたが、まあ嘘はついてない。

 公子先生は異性の大人の女性だったから恥ずかしかったが、この部長は俺と同じ男子だから大丈夫だろうか?


 ドキドキしながら反応を持った。


「ん? それはつまり、ラブコメみたいな感じかな?」


 言葉を濁したつもりだが、結局それを福道先輩にずばりと言い当てられてしまい、ちょっと恥ずかしくなる。


「ええ、まあ……」


 ライトノベルとはいえ王道なファンタジーでもミステリーでもない。


 まさにオタク向けなラブコメが好きというこの趣向を先輩はどう受け取るのか、とドキドキした。


「いいねえ、ラブコメ! まさにロマンが詰まったものだ」


 またまた福道先輩は引くこともなく、これにも好意的な反応だった。


「小説においては文学だって結構ラブコメみたいな要素の作品もあるんだよ。男性主人公が女性に近寄られるとか、最初からメインヒロインが決まってるとか。ライトノベルみたいにキャラクター中心のコメディ要素じゃなくて、あくまでもシナリオの方がメインだけど。ほら、やっぱり人って恋愛に憧れるからさ。それは高校生でもだけど、大人だと今度は恋人と結婚とかそういう話にもなるしね。だから完全な大人と言えない僕らの世代は、やっぱりそういうラブコメに憧れるのは自然なことだと思うんだ」

 やはり多くの人々は異性との恋愛というものに憧れるようだ。


 大人の世界では結婚といった話になるが、大人の世界にはまだちょっと早い学生にも、そういう世界には興味がある。


 異性を好きになり、恋人同士にしかできないことをする、そういった物語は、現実では全員が必ず恋愛をすることは、なかなか難しいこともあるので、フィクションに憧れるというわけだ。


 それだけ恋愛や異性を好きになることは誰にも憧れるものだと。


「そうだ。君は小説は読むだけじゃなくて書く方にも興味はあるかな?」


 福道先輩はさらに質問を続けた。


「さっき言った通り、この部活では毎月部誌を発行するんだ。部員が作ったオリジナル創作の小説を、といっても短編小説なんだけど、そういうのを載せて小冊子にするっていう。もしも君も入部するなら、それが回って来ることもあるかもしれないんだけど」


 そうか、文芸部は本が好きなだけでなく、小説を書くことも好きな人もいる部活なんだな。


 やはり文芸部といえば、本が好きなだけではなく、文章を書くことも好きではならないだろう。それがまさに活動の目的のようなものなんだから、当たり前か。


「書く方にも一応興味あります」


 まだ完全に書いたことはないけれど、それでも書く側に興味があるのは事実だ。


「じゃあやっぱりラブコメが書きたいと思ってるのかな?」

 先ほど言った通り、やはり俺が書きたいものはそのジャンルだと察しがついたのだろう。

「一応そうなんですけど、まだ本格的に小説とか書いたことはなくて、いつかは自分が憧れるラブコメみたいなテーマの話を書いてみたいなという憧れがあるんです。でも俺、まだ小説どころかストーリーを考える事にも慣れてなくて」


 文芸部に来たくせに、そういったことをまだやったことがないというのはダメなのではないだろうか、と思った。


 本を読んだり、文章を書くことが好きな者が集まる場所なのだから、それがまだできてない自分は入部するのには恐れ多いのではないかと。


「じゃあ、ここの部は君みたいな人にこそオススメだよ! ここは風宮くんみたいに創作をしてみたいけどまだ書いたことがないっていう部員がそういうのを練習したり、学んだりして、そのうち書いてみる方にも挑戦してみんなで部誌を作るってのも目的だから。まだやったことがないのなら、ここで始めてみればいいんだ」


 つまり、最初から小説を書くことができなければならないのではなく、書くことに興味があって、それでここに入部して学ぶということもありというのだ。


 それならば確かに初心者でもここにいると勉強になる。


 だからこそ、その意味もあってこの文芸部という部活動があるのだろう。


「うんうん。君とは話が合いそうだ。ぜひ我が文芸部にも入部してほしいな!」

「じゃあ、考えてみます」


 この先輩となら、きっとこの部活動が楽しめそうだ。

 俺の趣向を受け入れてくれてるし、好意的に接してくれる。

 小説の話だけでなく、小説を書く話も合いそうな気がする。


 まだ他の部員のことはよく知らないけど、これから知っていけばいいだけだ。


「じゃあ、あとで入部届けを渡すから、それを書けば後は僕が顧問の先生に渡しておくよ」

「はい、お願いします」

「せっかくなら他の部員の人にも会ってほしいかな。今日もそのうち来ると思うから」


 と、その時、部室のドアをノックする音が響いた。

 誰かがこの部室に来たのだ。


「お、噂をすれば」


「こんにちはー」


部室のドアが開き、中に部員と思われる人物が入ってきた。


「また今日も本を借りてきて……あ!」

「あ」


 見覚えのあるその顔に、俺は声が出た。


 部室に入ってきたのは、あの図書室で会ったクラスメイトでもある白木みちるだった。


「か、風宮……なんでここに」

「よ、よう」


 同じクラスのやつがここにいたことに驚いたのだろうか。


 白木は俺に会ったことが何か不愉快なのか、あまりいい表情をしてなかった。


 普段あまりしゃべったことのないクラスメイトがここにいて、気まずいのかもしれない。

 白木は今日もまた図書室で本を借りて来たのか、大量の本を抱えて来た。


「なんで、あんたがここにいるのよ……」

「見学だよ。それで先輩に話を聞いてたんだ」

「今頃?」


 白木はそう言って、俺の顔を見た。


 確かに入学式直後なら部活探しに来る生徒がいるのもわかるが、こんな中途半端な時期に見学に来るやつがいるなんて珍しいかもしれない。


「風宮くんは入部希望者なんだって。そういえば風宮くんは一年四組だから白木さんと同じクラスだよね。二人はよくしゃべったりするの?」

「いえ……全然」


 同じクラスとはいえ、俺はあまり白木と話したことはない。


 それどころか、この前図書室でぶつかった時は白木は俺に対してあまりいい反応をしめしてなかった。

「じゃあ、これからは同じ部員として仲良くするといいよ。ほら、僕達文芸部だけに小説とか書きたいっていう仲間だし」


 福道先輩は俺達のことをよく知らないので、笑顔でそう言った。


「風宮くんはライトノベルが好きなんだってさ。白木さんはそういうの読まないのかな?」

「私は、あまり……」


 白木は俺と目を合わそうとしない。


 図書室でぶつかったことが気に入らなかったのか、それとも今まで全然話したことのない異性のクラスメイトということで、あまりしゃべりたくないのかもしれない。


 白木が今日借りていた本だってラノベらしい特色のない、普通の本だった。


 それどころか、以前俺がライトノベルを持っていたことについても、白木はなんだか気に入らないという顔をしていた。


 今日も白木が抱えている本の表紙を見ていると、彼女は根っからの文学好きなのだろう。

 ラノベ好きの俺と話が合うとは思えない。


「じゃあ風宮くん。今から入部届けを渡すから」


 福道先輩はそう言うと、何かのファイルを開き、一枚のプリントを取り出した。


「これにクラスと名前と入部希望の理由を書いて来てほしいな。部長もきっと新しい部員が入ってくれることに喜ぶよ。顧問の先生にも話しておくから」

「はい、どうも」


 そう言って俺は福道先輩から入部届けを受け取った。


 その様子を見ていて、白木は俺のことをじっと見つめていた。


「ふん……」


 そう呟くと、白木は椅子に座って借りてきた本を読み始めた。


「じゃあ風宮くん、これからはよろしくね」


 福道先輩はニコニコと微笑んでいた。


 先ほどからの白木の態度を見ていて、はたして俺はこの部活に入って他の部員と仲良くできるかな、と不安になった。


 まあ、部活は入ってみなくちゃわからない。

 少なくとも福道先輩とは気が合いそうだ。

 部員達だって、これからまた交流していけば印象も変わるかもしれない。






 家に帰り、俺は入部届けに必要事項を書き込んだ。

「よし、これでいい。早速明日、提出しよう」


 そう思ったところで、なぜか白木のことが頭に浮かぶ。


 前に図書室でぶつかった時のあの態度、そして今日部室で会った時のそっけない態度、あんなやつと同じ部活に入ったところでまともにやりとりできるのだろうか? と。

「まあ、別に同じ部活だからって絶対にあいつと仲良くならなきゃいけないってこともないか。あくまでもあそこは活動がメインなんだからな」


 あまり深く考えないことにして、俺は寝る事にした。


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