第4話 先生に教えてもらおう


「じゃあ、今日はよろしくお願いします。公子先生」

「先生か。弟子ができたというのは気分がいいものだ」


 公子先生は、うんうん、と満足げだった。


「そうだ。まずは私がどんな作品を書いてるか知ってもらわないとね」

「え、『魔術と剣のアナスタシア』ですよね? それなら以前俺も読んだんですけど」

「へえ、私の本を読んでくれたんだ。それは嬉しいな、でもね……」


 そういうと、公子さんは立ち上がり、棚から一冊の文庫本を取り出した。


「それ以外にも他にもこういうのも書いてるんだ」


 テーブルの上に、公子先生は持ってきた本を置いた。


 表紙は緑色のローブのようなものを身に着けた、赤い髪の美少女が両手で祈るようなポーズをしてる絵だった。

 いかにもラノベらしい表紙だが、表紙の美少女の衣装からしてこっちは少女向けのファンタジーものだろうか。


「世界の果で、君と唄う」とタイトルがあった。


 背表紙にあったマークで出版社の名前が表記されていた。

出版社のレーベル名くらいは知っているが、この作品はまだ読んだことがなかった。


「やっぱ専業作家ってラノベ一本で生計立てるのは難しくてね。こうして別の作品もかけもちなんだ」


 公子先生のメインの仕事は『魔術と剣のアナスタシア』だが他レーベルでも書いていたようだ。ペンネームも「柊水奈」という違う名前だ。


 こちらはまだ巻数もそんなに出ていないらしく、現在のところ既刊は二巻までとのことだ。

 他のレーベルのものということで、俺が知らない作品だ。


 ざっとあらすじを教えてもらうと、内容は代々伝わる歌姫の家系に生まれたヒロインが戦地へ赴く戦士達の為に歌を唄う。そのために生かされていたが、ある日護衛としてやってきた男性の剣士に惹かれ、恋をしていきながら隣国の歌姫を探しに行く話、だそうだ。


 主人公が女性で護衛である男性キャラに恋、確かにこちらは少女向けだ。


「よかったらその本、君にあげるよ。サンプルにってたくさん手元にあるから」


 せっかく知り合った作家さんなのだから、その作品は自分が普段よく読むジャンルとは違ってもぜひ読んでみたいところだ。


「ありがとうございます。じゃあ帰ったら早速読んでみようと思います」

 俺はお礼を言って、その本を鞄にしまった。


 公子さんがどんな作品を書いている作家さんなのかがわかったところで、いよいよ次は本題に入った。


「で、風宮くんは、なんで私に会いたかったのかな?」


 プロの作家である公子先生に会いたい、そう思って良樹の紹介でここに来たのだから、これはしっかりと言わなくてはならない。


「俺、ライトノベルを書く人になりたくて、物語を創る人ってのに憧れてるんです。どうしたら読者に楽しんでもらえるとか。そういう、たくさんの人が娯楽として楽しむことができる作品をどうしたら書けるようになるのかって、それでプロの作家である公子先生に会ってみたくて」


 俺は思ったことを正直に話した。間違ったことは言ってない。


 本当は俺が理想の物語を執筆して、「こんな話を読みたかった!」という理想をテーマにしたものが書きたい。そこまでは大体合っている。


「で、書きたいジャンルとかあるのかな?」

「じゃ、ジャンル?」

「物語を書きたいっていうなら、まずはどういうテーマのものを書きたいかとかそういうのはないかな? まず自分はこういうジャンル、例えば異世界を舞台にした話が好きだからファンタジーを書きたいとか、未来を舞台にしたSFものが書きたいとか。もしくは、戦いがメインになるバトルものを書きたいとか」


 やはりラノベを書きたい、というとまずぶち当たるのはそこである。


 これをちゃんと言わねば、なぜラノベを書きたいというのかという話にならない。

 俺が書きたいもの、それはもちろんずばり決まっている「ラブコメ」だ。


 しかし、公子先生が少女向け作品に描いているような清楚なやつではなく、俺が好きなのは完全に男性向けの美少女ものラブコメである。


 美少女に囲まれ、ハーレム生活を送る。ヒロイン達は主人公に好意を寄せていて、それで青春ストーリーを送る、そんな男子ならば誰もが憧れる願望をテーマにしたいということだ。


 しかし、それを女性である公子先生に話すのはなんだかちょっと恥ずかしい。


 男性なのならば、男同士なのでそういった「男子が喜ぶ理想のラブコメを書きたい!」と素直に言えるかもしれないが、相手が女性だというと、なんだか恥ずかしい。 


 女性相手にラブコメを書きたい、なんていう男子高校生ってキモくないか?


 そんなことを言えば、まさに俺が考えている通り「自分がこういう生活を送りたいからその理想を物語として描き、楽しみたい」というのを直接言ってるようなものだ。


「えと、えーと……。なんていうか、その。恋愛をテーマにしたり、男の子が女の子と青春を送ったり、そういう……」

「ふんふん。なるほど。風宮くんが書きたいジャンルはラブコメね」


 俺が言葉を濁さなくても、公子先生はしっかり俺が言いたいことを見破った。

 図星で、少し恥ずかしかった。


「いいんじゃないかな。書きたいものが決まってる、それは物語を書きたいと思ってる子にとってはまさに尊敬すべき姿勢だよ」


 公子先生はひく様子もなく、それをしっかりと受け止めてくれた。

 実際に言葉に出されるとちょっと照れるな。


 ラブコメが書きたい男子高校生なんて、そういう恋愛というかラブコメ的なものにあこがれる妄想をしてる野郎と思われるんじゃないだろうか、と俺は不安になったが、公子先生はそんな偏見の目で見るような人ではなかったらしい。


「す、すみません。ラブコメが書きたいとかとかキモいやつで……」


 公子先生が引く様子はなかったが、それでも俺はついこう言ってしまう。


「何を言う。物語を創るにおいて、自分の書きたいものに素直になるのはいいことだ。だからこそ、書きたいものを形にするという気力がわいてくるものだし、きっと風宮くんが描いた作品を読んでみたいと思う人だって出てくるかもしれないよ」


 なんだか話のわかる人だ。さすが大人ってやつなのかな。キモいとか引くこともなく、普通に対応してくれる。それもプロの作家ならではなのか?


「では君、ラブコメに必要なのは何かわかるかな?」


 まずはそこからか。男性読者にうける、需要があるもの。それを俺は書きたいと思っているわけで。それはなんと答えればいいのか。


「公子先生ってファンタジーものを書いてるのに、ラブコメの書き方もわかるんですか?」

「そりゃあ、作家を目指した者にとっては色んなジャンルを書けるようになっておいた方がいいってことで、私もデビュー前には色々書いてみてたしね」


 へー、そうなのか。


 こういうのって人それぞれ得意ジャンルがあって、そのテーマのものばかり書く人が多いんじゃないかと思ってたけど、作家志望は色々なテーマで書いてみるものなのか。


「ラブコメというか、そういう魅力ある男の子に女の子が惹かれるってのは、大抵どの作品でもうける要素かな。現に私も異世界をメインにしたファンタジーものを書いてるけど、これも男の子の主人公に、女の子達が惹かれていって、やっぱりラブコメ的な要素も加わってるっていうか。そういうのがやっぱり読者には受けるんだ。少女向けの方はそれと逆だけどね」


 プロである公子先生がそう言うのだから、それは説得力がある気がする。


「特にライトノベルの対象読者層は中高生だしね。最近はラノベの読者層は大人の年齢層が中心になってきてはいるけど、やっぱりライトノベルは一般文芸と違って、中高生に読みやすいってのが肝心だから。だからこそ、その中高生くらいの子達が憧れるテーマっていうと、やっぱり思春期なら誰もが感じたい、ラブコメとか恋愛って要素だと私は思うの」


 それはさすがプロ作家の考え方だなあと思った。

 常にどういった要素が読者に受けるかを考え、読者がエンタメに求めているものを作り出す。


 つまり、読者に需要があるものをテーマにした作品を書く、それこそが読者が読んでいて面白いと思うポイントなのだろう。


「で、まずそのラブコメの主人公に必要なものってなんだと思う? ラブコメってのはね。女の子が男の子に心開いて、頼りにしたり、想いを寄せたりするものでしょ? そうなるには、どうしたらいいかな?」


 それに必要なもの? そんなことを言われてもこれまで読んできたラブコメは普通に読んでも何が必要かななんてわからなかった。


「ええと、なんですかね」

 すぐに思いつかなくて、ついそう言ってしまう。


「いいかい。ラノベにおいて必要なのは、主人公に魅力があることなんだ」


 公子先生は真剣な目で話し始めた。


「例えば、困ってる女の子を助けてあげるとか、バトルものであれば悲しい過去のあるヒロインに親身になって傍にいるとか、そういう女の子が心を開いて主人公に惹かれるってのが大事なんだ」


 確かに言われてみればそうだ。

 ラブコメの大半は主人公とヒロインに何かイベントがあることで交流する機会ができて、そこから関係を作っていくことが多い。


 その中でもきっかけとしては困っているヒロインを助けた主人公というパターンが多いかもしれない。

 困っていたからこそ、それを助けてくれた主人公は、ヒロインにとっては自分のピンチに手を差し伸べてくれた救いの神様にでも見えるかもしれない。

 それのシチュエーションはきっと、女子にとって、自分を救ってくれたことで心を開くイベントにもなりうる。

 それこそが主人公に惹かれるポイントになり、親交を深めるポイントだろう。


「作品の世界観によっては現代日本なら学校や家庭のこととかで困っている女の子を助けるとか、バトルものならやっぱり戦いに身を置く世界観だからこそ、命の危機にさらされている女の子を救うとか、そういうのがポイントかな。つまり、女の子がどうすれば主人公に心を開くかってのが大事なわけ。そういうことがあってこそ、ラブコメは成立するんだよ。ただのダメダメな男に惹かれる都合のいい女性なんていないでしょ?」


 確かにラブコメ要素のある作品にはそれが共通している気がする。

 これまで俺はラノベを読む時は普通にただ読むだけ、になってしまいそこまでは見抜けなかった。


「読者にとって一番重要なのは、美少女達が主人公の周囲に集まって、そこから繰り広げられる日常をエンタメとして楽しむってところでしょ? ただのヘタレ主人公には誰も心を開かない。主人公がどう成長していくかってのもかかるものだ」


 これはまさにそうだろう。男性主人公はただ日常を過ごしてるだけではない。作中で成長をしている。

 なるほど、なるほど、と俺は 公子先生が言うことをノートにメモすることにした。


 なんだか大事なことをさっきから言われてる、これは参考になる。

 その後も、公子先生による話は興味深いものだった。





 夕方になり、俺達は帰ることにした。


「じゃあ、公子さん。またね。おばさん達によろしく」

「今日はありがとうございました」


 良樹と共に帰る前に、俺は公子先生によくお礼を言った。


「風宮くん。これからもそういう相談があるならいつでもおいで。少しでも教えることはできるかも。っていっても、私の話が参考になるかどうかはわからないけど」

「いえいえ、今日は公子先生のおかげでこれまで知らなかったことをたくさん知ることができました」

「そう? 私の話が参考になったっていうのなら、一応プロとして嬉しいところだわ」


 さすがはストーリーを作ることが得意な人の言葉だ。


 ただ物語を創りたい、と思っているだけの俺と違って、プロとして仕事にしている分、作家目線から見たストーリーやキャラの作り方は実に興味深いものだった。


 それは実に勉強になったことだろう。 


 俺達は共にマンションを出て、俺は良樹にこう言った。


「良樹、ありがとな。公子先生のこと紹介してくれて」

「まあね。あの人、意外と年下好きっていうとこあるし」


 年下好き? 俺はなぜかなんとなくその響きに反応してしまう。

 あの大人のお姉さんが年下好き……。

 今日、俺の話をよく聞いてくれたのはそういうこともあってだろうか、なんてな。

「これからも遊びに行ったりしたら? 公子さん、自分のこと先生って慕われて嬉しかったみたいだし、弟子を取った気分で嬉しそうだよ」


 公子先生、俺のことを弟子と思ってくれるのか。俺みたいなやつが何度も来たら迷惑じゃないだろうか? 


 けど、それは頼もしい気がする。俺のことをうざがるのではなく、好意的に見てくれたということだ。公子先生の話を聞いていて楽しかったし、これからもまた遊びに行こう。



 家に帰って、俺は公子先生の言ったことをメモしたノートを読み返した。


「女の子が、主人公に惹かれる……か」


 そうはいっても、そんなストーリーをどう考えればいいというのだろうか。


 あいにくだが俺には今までそんな経験はなかった。


 自分がもしも女子を助けるというシチュエーションになったらどうやって助けようか、どんな行動を取るか、なんてそんなもの思いつかない。


 経験がないのだから、そんなイベントを考えることもなかなかできない。


「ラブコメを書くポイントを教えてもらっても、そんなのすぐに思いつくもんじゃないな」


 このことを知っただけでは、すぐに書けるものではない。


「とりあえず、またラノベとか読んで勉強するか」

 俺はそうして、読みかけのラノベの続きを読むことにした

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