第3話 この人がプロの作家!?

 そして翌日。


 放課後に俺は良樹に連れられて、そのプロのラノベ作家という人に会いに行くことになった。

 良樹いわく、その人は大学を卒業して地元に帰って来てからも実家には戻らず、現在は一人暮らしをしてるということだ。


「ここだよ」

 場所は学校から歩いて二十分といったところのマンションだった。

 四階建てのごく普通のマンションだ。


「割と普通のとこに住んでるんだな」

 なんとなく、作家というと売れっ子だと金持ちなイメージがあった。

「あの人には失礼だけど。作家っていっても、まあ現実はこんなものらしいよ。金持ちなのは売れっ子作家だけらしいし」

 作家デビューしたからといっても、作家だけでは裕福というわけではないらしい。


 しかし、独り暮らしにしては普通とはいえ結構いいマンション住んでるな。それはそこそこ稼ぎがあるからなのか?

 おそらく、1LDKといったものではなく、間取りは一部屋以上ある物件だろう。

居間と寝室が別々になってるとかそういうのではないだろうか。 

 東京だと家賃は高いかもしれないが、この地域だとなんとか住めるレベルらしい。

 ファミリー層で住むには少々狭いが数人で住んでる人もいるんじゃないだろうか。


 結構立派なこのマンションに一人暮らしだなんて、一人で住むには十分いい方じゃないだろうか、とそう思った。


「じゃあ、僕、インターホン鳴らすね。開けてもらおう」

 玄関の自動ドアは部屋番号のインターホンを鳴らして部屋の住民にドアを開けてもらわないと中に入れない。

 良樹は目的の住民の部屋番号を入力して、ボタンを押した。


「公子さん、こんにちは。僕です、良樹です。友達を連れて来たよ」

 良樹がそう言うと、部屋の主は「わかったーいいよー」と女性の声だった。そしてドアを開けてくれたらしい。

 自動ドアが開き、マンションの中に入れるようになった。


「じゃあ行こうか。三階だから、エレベーター使おう」

「っていうか、あの声女性なのかよ!」

「そうだよ。言ってなかったっけ?」


 プロのラノベ作家というから、なんとなく男性のイメージがあった。

 ライトノベル作家とは一般文芸よりも男性作家が多いイメージだ。

 男性読者に受ける美少女がたくさんの物語、それがライトノベルというものだと思っていたからかもしれない。


 しかし、世の中には女性にもヒットするラノベだって数多くある。

 それならばラノベ作家に女性がいてもおかしくはない。


「女性かー……緊張するなあ」


 年上の女性、大人の女性、緊張する。

 これまでは家族や親戚以外での大人の女性と話す経験があまりなかった。

 あるのならば学校の先生くらいか。

 つまり、俺には大人の女性、しかも若い女性と話す経験なんて滅多にないのだ。

 どういった態度で接すればいいのか緊張する。子供みたいに思われないかと不安になる。 


「大丈夫だよ。話しやすい人だし、そんなに緊張することないって」


 良樹がそう言うのならば、なんとなく安心はできる気がする。

 一体どんな人なのだろう、とあれこれ想像する。

 も、もしかして、美人だったりして? なんて妄想もしてしまう。

 落ち着け、落ち着け俺。相手が大人ならば、決して子供っぽいところを見せてはいけないぞ、と言い聞かせた。


 あっという間に目的地の部屋のドアの前にたどり着いた。

 ああ、ドキドキする。この扉の向こうにはどんな人がいるというのか。

「じゃあ、入れてもらおうか」

 良樹がインターフォンを鳴らした。

「公子さーん、来ましたよ」

 しばらくすると「はいはーい」という言葉と共に、ドアが開いた。

「よく来たねえ。待ってたよ」


 現れたのは確かに大人の女性。……なのだが俺はその外見に驚いた。


 カーキ色のヘアバンドをしていて、黒ぶち眼鏡、赤いタンクトップにショートパンツというラフな服装だった。

 恐らく化粧をしておらず、すっぴんだろう。

 その外見は、想像していたプロの女性作家というものではない感じだった。

「さ、入って入って」

 その公子さんという女性は俺達が中に入るようにと促す。 


「おじゃましまーす」

「……おじゃまします」


 玄関で靴を脱ぎ、中に入る。


 良樹が公子さんというこの女性の服装について言った。


「公子さん、一応人が来るんだからさ、身だしなみはちゃんとしなよ。僕達、一応男なんだからさ」

「いいのよ、こういうスタイルの方が落ち着く。来るっていったって、あんたの友達でしょ?」


 従弟の友人とはいえ、一応男なのだが……。


 今日は平日であるが、もしかして休日に一人家で過ごしている独身女性ってこんなものなのだろうか?


 外に出ないからこそのラフな格好、もといラフすぎる格好。下手をするとだらしなく見えてしまいそうだ。

 ある意味固くならず、気軽に話せるファッションではあるが。


「じゃあ今お茶出すから、待っててね」


 そう言って公子さんはキッチンへと去っていった。


「なんか、意外な人だったな。作家っていうからもっとかたい人かと思ってた」


 本人がその場からいなくなったので、俺は良樹にそっと言った。


「公子さんは昔からあんな感じだよ。誰にでもいつも同じ雰囲気で接してくれるってのはいいところかな」

「へえ」 


 気軽に話せるのであれば、打ち解けるのも早いかもしれない。


 しばらくして、公子さんは紅茶を出してきた。

 俺達の前にティーカップを置くと、公子さんはテーブルの向かい側に座った。

「まずは自己紹介からしようか。私は水地公子。良樹くんに聞いたと思うけどライト ノベル作家をやってます。ええと、君がその、私に会いたいっていう、良樹君の友達だよね?」


 見た目とは裏腹に、きちんと礼儀正しい人である。俺もこれを見習わねば。


「どうも……。風宮文雄っていいます。良樹の親戚にプロの作家さんがいると聞いて、会ってみたくて」

「うんうん。私みたいなまだラノベ作家としてそこまで名前が知られてないやつを頼ってきてくれるなんて嬉しいものだよ」


 そういえばこの人、二年前にデビューしたばかりなんだよな。


 まだまだ作家としては駆け出しに入るのだろうか? そんな人のところへ俺みたいなやつがいきなりやってきて、よかったのかな。


「私のペンネームは木室アクア。去年デビューしたばかりだから多分名前は知らないと思うけど、よろしくね」

「木室アクア先生!?」


 俺はその名前を知っていた。


 木室アクア先生。

 二年前に発刊された「魔術と剣ののアナスタシア」の作者だ。

 二年前に突然現われたといわれた大型新人だ。


 大手レーベルから発刊されるラノベ作家なのならば、人気作を出しているとすると、ネットや書店ランキングで話題になったりするはずだろう。


 その近年の書店ランキングのラノベ部門でまさに輝く名前だ。


 確か俺も、新人作家のデビュー作というだけあって、一巻だけ読んだことがある。


「名前が知られてないなんてとんでもない! 有名じゃないですか」

「それはラノベ界隈での話だろう? ライトノベルを全く読まない一般人だと私の名前を知ってる人は少ないものだよ」


 確かにラノベ作家としてはラノベ好きに名前は知られてるかもしれないが、オタク層ではない一般人には知られてない作家かもしれない。それでもラノベ好きの俺に凄い人だ。


「良樹、めっちゃ凄い人気作家さんじゃん! なんでこの前黙ってたんだよ」

「そりゃあ、有名な人だからこそ学校で名前を出すわけにはいかないじゃないじゃん」

「親戚にこんな凄い作家さんがいるって今まで言わなかったじゃねえか」

「それは言えないことだってあるでしょ。身近にプロの作家がいますって言ったら公子さんの個人情報ばれちゃうよ。それに公子さんはずっと東京に住んでてこの前こっちに帰ってきてここに引っ越してきたから学校から近いってことで文雄を連れてくることができただけで」


 そうだった。親戚とはいえ、身内に有名人がいるとは気軽に言ってはいけない。昔からの付き合いの親友である俺にもだ。


 それにこの人はつい最近こっちに引っ越してきたばかりなのである。


「よろしくお願いします。ええと、木室先生」

「そのペンネームだと堅苦しいからさ、普通に本名で呼んでよ」

「じゃ、じゃあ公子先生」


 俺は控えめに良樹と同じように下の名前でそう呼ぶことにした。


 すると、俺の隣に座っていた良樹が立ち上がった。


「じゃあ、僕は別の部屋で漫画でも読みながら待ってるから」

「ええ、別の部屋行っちゃうのかよ」


 いきなりまだよく知らない人と二人っきりにされるのは緊張する。


「だって、創作の話でしょ? 僕はよくわからないし、聞いててもって感じ」


 それもそうだな。

 俺がこれから公子さんに聞きたいのは、ストーリーの作り方など、そういった創作方面の話だ。それを知りたくて先生になるからと良樹はここに連れてきてくれたわけで。

 確かにそういったものに興味がない良樹がここにいても、つまらないだろう。

「じゃあ、あっちにいるから」

 そういって良樹は別の部屋へと移動する為に引き戸を開けて出て行った。


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