第2話 ラブコメに憧れる俺の日常

 

 朝起きて、今日もいつも通り学校へ登校する。

 当然ながら、俺には一緒に学校へ行く幼馴染や近所に住む女子なんていないわけで。

 普通に通学路を歩くだけだ。


 学校の近くまで来ると、俺の通う瀧道高校の生徒たちの姿があちこちに見えてくる。

 男子は紺色のブレザーにネクタイ、女子は同じく紺色のブレザーだが胸には赤いリボンをしている。女子は時折スカートを短くしているものもいる。


 くそう、定番のラブコメならそんな美少女といつでも一緒にいれるのに、と思ったりする。


 学校に到着して、校門を潜り抜けると生徒玄関にはこれまで歴代の部活動が獲得したトロフィーが飾られている。この廊下を通りぬけると、二階に俺達のクラスである一年四組の教室があるのだ。

 うちの学校の特徴として、中庭には池があり、校長の趣味で鯉が数匹放されている。

 中には立派な錦鯉も泳いでいて、見ているだけで鯉が泳ぐのを目で楽しめる。

 昼休みにはその池の鯉に餌をやりに来る生徒もおり、中庭は池を囲む生徒がいたりする。

 高校生にもなって、魚に餌をやるのが楽しいのかよくわからないが、それでもキャッキャと池に鯉の餌を投げ込む生徒で盛り上がるのだ。


 さてはて、自分の教室に入った俺はいつも通りホームルーム前の時間を過ごすことにした。


 朝のHR前の教室は、登校してきた生徒達がわいわいしている。

 女子同士でワイワイするもの、昨日見たテレビの話など、日常話で盛り上がっている。そんな中、俺はただ読書になる。

 読書といっても、俺がよく読んでいるのはラブコメ好きとしてまさにオタク向けな小説であるライトノベルというものだ。

 漫画やアニメを好む俺にとって、やはり活字媒体の小説でも読みやすいのはライトノベルという分野だからだ。そういうわけで、俺は普段よくライトノベルを読む。

 とはいっても、学校で読むラノベのジャンルは俺が大好きなラブコメではない。

 この学校の図書館にはライトノベルの貸し出しがある。

 生徒がリクエストをすればそれが入荷されるが、ジャンルは主に高校生が好きそうなファンタジーやSFといったものだ。

 確かにイラスト付きのライトノベルではあるけど、どちらかというと硬派なものが多い。

 しかし、普通の小説よりもラノベ好きな俺としては、それらを読むのも楽しくはあった。


 読書に夢中になっていると、クラスメイトの一人が話しかけて来た。

「おっす、文雄。おはよう」

「ああ。おはよう」

「何やってんの? またラノベ読んでるの? 相変わらず好きだね」

「まあな。アニメが好きな俺にはやっぱ楽しめることっていうとこういうのだからな」

 こいつは俺の同級生の杉野良樹、中学時代からの付き合いのある、俺の友人。

 俺の趣味もよく知っている良き理解者、つまり親友みたいなものだ。

 モテたことのない俺と違って、良樹は常に女子にモテモテだ。

 サッカー部に入っていることもあって、スポーツ万能、顔も偏差値が高い。

 中学時代はバレンタインデーに女子に大量のチョコレートを贈られ、食べきれないからと俺にも分けてくれたが。

 そんな俺と正反対のやつが俺の親友でいてくれる、なんともありがたいことだ。

「どう? 何かラブコメが書けそうなアイディアとか浮かんだ?」

 良樹は俺の夢も理解してくれている。

 自分はモテモテだというのに、正反対の俺にこうしてラブコメを書きたいという普通ならドン引きされそうな夢ですらも受け入れてくれる。

 こんなやつに付き合ってくれているのだからどこまでもいい奴だ。

「なかなかいいアイディアも思い浮かばなくてな」

 こういう話もできるのは嬉しい。

 悩む俺の様子を見て、良樹は何かを考え、俺にこう言った。

「ねえねえ、じゃあさ、そんな文雄にまさに師匠として尊敬できそうな人がいるんだけど、紹介してあげようか?」

「師匠?」

 良樹の口から出て来た「師匠」という言葉。一体なんの師匠だというのだろうか?

「師匠って一体なんだよ?」

 俺がそう言うと、良樹は一瞬にやっとした表情になった。

「実はさ、僕の親戚にこの前こっちに引っ越してきた人がいるんだ。その人、二年前にラノベ作家にデビューして、一応今、プロのラノベ作家やってるんだ」

「プロの作家!?」

 プロのラノベ作家、という言葉に俺は驚いた。

 プロ作家ということは、本当に物語を書いてそれを出版して世へ出しているという存在だろうか。そんな存在がこんな町にいるのか!? と。

「お前の親戚にプロのラノベ作家がいたなんて。そんな話、今まで聞いたことねえぞ」

 中学時代から良樹と一緒にいたが、そんな話を聞いたことはない。

 なぜこれまでそんな話をしなかったのだろう、と思った。

「だってその人、ほんの二年前に作家デビューしたばっかなんだよ。去年まで東京の大学行っててここから遠いとこに住んでたし。大学在学中にデビューして活動してて、今年、大学を卒業して最近こっちに帰ってきたばかりなんだ。それでついこの間、この学校の近くに引っ越してきたんだ」

「へー」

 なるほど、二年前デビューしたばかりだったのか。それまではまだプロ作家じゃなかったわけだ。大学に行ってたということは、去年までは大学生だった一般人だし、ずっと東京にいたのを最近になってここへ引っ越してきたということか。

「プロの作家かあ、どんな人なんだろう」

 ラノベを書きたい俺にとって、プロのラノベ作家がいるというのは、実に興味深い。

 プロということは、作家としてすでに世に本を出しているということだ。それは俺が憧れている夢である。

「いいなあ、その人、会ってみたいなあ」

 プロの作家という存在は、一体どんなものなのだろうか。

 やはり物語を創る立場ということでそういった面の才能があるのか。

 自分のような普通の高校生ではなく、相手は大学を卒業したばかりという大人だ。

 自分よりも年上の大人というものは憧れる。

「どう、気になる?」

「ああ、すげー会ってみたいな」

 プロのラノベ作家、その人と知り合いになれば、これは色々教えてもらえるチャンスなのでは? 良樹の言う通り、師匠という尊敬した存在になるかもしれない。


 何より親友である良樹の親戚ということは、良樹の紹介であれば、まだ信頼ができるかもしれない。良樹の親戚ということならば、良樹がよく知ってる人なのだから、少なくとも怪しい人間ではないだろう。


「じゃあ明日、行ってみる? 明日は僕、顧問の先生の用事で部活ないから」

「ホントか!?」


 今日話を聞いて、もう明日にそうなるというのは実に早い話だ。


 しかし、鉄は熱いうちに打て、という言葉がある。


 せっかく巡ってきたこの機会を逃すわけにはいかない。


 うまくいけば、プロ作家と知り合いになるチャンスだ。


「ならその人に文雄のこと、話しておくよ」

「ああ、悪いな。頼むぜ」


 こうして俺は、良樹の誘いでそのプロ作家という人に会いに行くことになった。

 一体どんな人なんだろう? プロということは、デビューできるだけの実力がある人ということだ。そんな人に会えるなんて光栄である。


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