第3話 三日目


 一陣の風が谷を駆け、木々の葉を踊らせながら山を昇り、町を見渡す俺の髪を揺らした。


 太陽は西に傾いているものの、夕暮れまではまだ少しある。


 今日は学校が午前で終わった為時間が空き、公園には早くきていた。


「でも、早過ぎたみたいだったな」


 実際、公園にはまだユカがいない。


 まぁ、昨日も「夕暮れ時に来い」って言ってたし、それまで時間を潰しているわけだ。


 さっきまで景色を眺めて見ていたのだが、やはり街の景色は無理だった。……やっぱり、他人と話すだけでは解決しないのかもしれない。


 緑に乗っ取られた公園の、花達を観察すること数十分。そろそろ聴き慣れてきた、透き通った声が静寂を切り裂いた。


「おや、もうきていたのかい?」

「ッ!……あぁ」

「なんだ、そんなにびっくりして」


 いや、一体どこからきたんだよ。足音も呼吸音も何もしなかったぞ。


「驚かせたならすまないね。……さて、始めようか」


 そういって昨日と同じベンチを指すユカ。


 ベンチに座ると墓が目に入り、思い出す。


「あぁ、そういえばだ」

「ん?」

「調べてきたんだよ、あの花」


 根気強く、石の隙間から咲いている一輪の花を指す。


「キク科のアスター、もしくは蝦夷菊っていう名前だ。蝦夷ってつくぐらいで本来は暑さに弱いから、こんなところには育たない筈らしい」

「そうだったのか。……不思議なものだ。もしかしたらこの山の上が涼しいから咲くことができるているのかもしれない。……花言葉は分かるか?」

「あぁ、それも調べてきた。アスターの花言葉は『追憶』、特にピンクのアスターは『甘い夢』って言うらしい」

「『追憶』に『甘い夢』か。……ふっ、お似合いだな」

「え?」

「いや、気にしないでくれ。それより、私も一つ教えてあげよう」


 あやふやにするように話題を変え、ユカは俺が持っていたバッグについていたキーチェーンを指した。


「それはナス科ホオズキだろう。これまた物騒なものを付けているね。花言葉はいろいろあるけど『偽り』『ごまかし』だった筈だ」

「これは俺の誕生花なんだ…………っていうのは建前」

「建前か、ならば本当は?」

「戒めだ、自分への。決して演技を忘れないように、自分の持つ関係が全て偽りの上で成り立っていることを決して忘れないようにつけている」

「随分と悲観的そうじゃないか。偽りの上で成り立っている関係もそう悪くはない。まぁ、全てそれだとうんざりするかもしれないが。……少なくとも翔樹は私には偽ってないだろう?私と翔樹の関係は真実だ」

「俺たちの関係が、真実」


 何故かはわからない。それでもこの言葉はどうしようもなく嬉しく感じた。自然と笑みが溢れるくらいに。


「なんだ、そんなにニヤニヤして。まさか、惚れたとか言うなよ?」

「ほ、惚れた!?何を言ってるんだ!」

「あれ、動揺してる?翔樹が動揺してる?これはこれは、私も捨てたものじゃないな」

「何を勘違いしてるんだ……確かにユカの言葉は嬉しいが、惚れたりはしない。どちらかと言うと“カッコいいお姉さん”って感じだしな」

「カッコいい?……やっぱり好きじゃないか」

「違うわ!」

「ぷっ、ぷはははは!ははははっはははは!」

「笑うな!」

「ぷははははっははは!はははははっ!」


 一体何が面白かったのか、ユカはその後数分笑い続けていた。突っ込んだり、やめさせようとしても酷くなるだけだったので、それも諦めた。


◆◇◆◇◆◇


「はぁ、はぁ、はぁ。……あぁ、面白かった」

「まったく、人のことを数十分も笑いおって……気は済んだか?」

「あぁ。でもやっぱり、君の反応が面白くてね」

「特別リアクションをとったつもりはないが」

「いや、そこじゃいんだ。君の反応、好きな子がいるんだろ?」

「は?……そりゃまぁ、いるけど」

「なんだ、恥ずかしがらないのか?つまらないねぇ」

「人の想いをを一体なんだと……はぁ、別に珍しくないだろ?高校男子に好きな女子がいるのは」

「それもそうか。で、気持ちは伝えたのか?」

「いや、言ってない。告るつもりもないが」

「おや? それはどうしてさ?」

「俺程度が付き合っていい人間じゃないんだよ、彼女は。雲の上の存在、高嶺の花。俺と付き合っても嫌な思いをさせるだけだ」

「それでも好きなんだろ?」

「好きと言う気持ちには、“彼女に幸せになって貰いたい”という想いも含まれる。俺と結ばれても幸せにはなれないことぐらい目に見えてるんだ」

「そうか? 彼女は何が幸せなのか、決めつけない方がいいと思うが」


 「決めつけない方がいい」ユカの言葉を頭の中で何度も繰り返す。


 決めつけない方がいい、決めつけない方がいい、決めつけない方がいい


 ……聞かなくても分かるさ。決めつけてるわけじゃない。俺と彼女が並ぶわけ、ないだろう。


「私には翔樹は想いを伝えるのがのが怖いだけみたいに聞こえるね。“幸せになれない”なり“聞かなくとも分かる”なり、言い訳に聞こえるさ。本当に彼女が好きなのなら“僕が幸せにしてみせる!”ぐらいの意気込みと勇気を持って自分の気持ちを話してみろ!誠心誠意話せば、応えてくれる。私を信じてみてはくれないか」

「そんな簡単に……」

「今日はもう遅いが、明日。せめて彼女と話してみてくれ。たわいの無い会話でいい。一歩踏み出して見るんだ」

「それぐらいなら、やって見せるよ」

「もうそろそろいく時間だ。明日、最後に私にいい報告をしてくれ」

「明しt、って、え!?最後って今ユカは言ったのか?」

「あぁ、最後だ。私はここに居られなくなってしまったようでね」

「えっ、そんな----」


 ----急に行かないでくれ。


 俺はその言葉を飲み込んだ。


 これはただの我儘だ。ユカがどこに行こうと所詮それは彼女の自由であって俺が口出しできることじゃ無い。


 それに今世の別れじゃ無いんだ。連絡先を聞けばいい。


「分かってくれるね。明日同じ時間、同じ場所」

「また、明日な」

「そうだ、また明日」


 そう言って俺に微笑みかけてくれたユカ。彼女の笑顔が今にも消えてしまいそうで、俺に胸騒ぎを覚えさせた。

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