第21話 クラスメイト

紅茶の香りがする。

五月女に振られてから三日ほど経った曇りの日の午後。

俺は五月女の言う準備とやらが完了するのを待ちながら、茶談部室で茶を飲んでいた。

手伝うか?とも聞いてみたが、俺には向かない業務らしい。……業務内容すら話さずそう断ずるとは舐めやがってあの女……。

まあいい。無理に参入する様なことでも無い。……のだろう。

俺は大人しく、「バレても退学程度」のことに備えて英気でも養っておくか…。あ〜あ。

そう思いつつ、クラッカーを口に放り込んだ瞬間、


ガラ


ドアが開けられた。

「んー………」

一瞬、五月女かと思って、目線を上げる。

しかし、そこにいたのは白髪ショートの五月女ではなく、茶髪ポニーテールの男子だった。

なんとなく優男という印象だ。良い意味で。

「……ん?何食ってんの?」

「…………ん」

喋るわけにも行かず、クラッカーの箱を机上に出す。

「ソルトクラッカー…?そのまま?なかなかどうして渋いね」

そうか?

確かに質素で淡白な味わいだが…シンプルでそこが美味いとも言える。

バリバリと咀嚼し、紅茶で流し込む。

座ってくれていい、と席を引く。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

来客用のカップにポットから紅茶を注ぎ、それを差し出す。

「え?いいの?あ、茶談部だから?」

「…ああ。熱くは無いと思うが」

ありがとう、と礼を述べた後、紅茶を一口含む。

「……へえ〜…。なんか美味い気がする。良いお茶っ葉とか使ってんのかな?」

「…割と普通の市販品みたいだが」

「ほえ?……じゃあ煎れ方が上手いのかね?」

「……そこまで茶の淹れ方に巧拙ってあんのかね」

「ふーん?……あるんじゃね?」

なんかあるよな〜…と言った後、本当かどうか分から無いラインの良い茶を入れるための豆知識を披露している。

ポットを温めていた方が良い、くらいなら俺も聞いた事あったが。

…………ふむ。

俺は、自分のカップに入っている少し冷めた紅茶を一口飲んだ。


「…………ーで、誰だよお前」


「だ…⁉︎」

あからさまに衝撃、と言った様なリアクションで驚いている目の前の男子。

クラッカーの話をしていた時くらいから考えてはいたものの、全く誰だか分からん。

「え、冗談?マジ?」

……ん?知り合いだったのか?マジで?

知り合いでここまで普通に会話するような奴だったら、忘れねえと思うんだがな……?

「すまん。全くもって覚えていない」

「え、ええ〜…?マジで…?」

「んん………名前教えてくれねえ…?」

所在不明の申し訳なさと訝し気な感情が混ざり合ってイマイチ心からの申し訳なさは出なかったが、とりあえず名前を尋ねてみることにした。

「三浦!三浦翼だよ!」

三浦……三浦翼か。

……………………………………………………………?

「ギブ」

「ギ、ギブ⁈早!もうちょい粘れよ!」

むしろ名前を聞いた事で、より一層知ら無い人物だと言う事を知った感じがした。

「…………?………」

「……いや…もう良いよ…。本当に記憶に無いみたいだし」

肩を落として項垂れる三浦。

「……えっと…じゃあ改めて。僕の名前は三浦翼。3月16日生まれで魚座。あ、あとはA型」

「おう……俺は…日柳夜鷹。5月15日生まれで牡牛座の…O型。………よろしくな…?」

謎の握手を交わす。

「……うおっ…細白っ…ちゃんと食ってんのか…?」

……今までの流れとかガン無視で、おばちゃんみたいなコメントを発してしまったな…。

「そんな年末年始とかで親戚と会った時みたいに……」

「ー…あ、悪い」

流石に触りすぎたな、と思って手を引く。

しかし細かったな…冗談抜きでちゃんと食ってるのだろうか。

今までの話題を棚に置いてそんな事を思いつつ、もうほぼ残っていない茶を飲み干した。

「……で、だが。………俺はお前とどこで面識があった筈なんだ?」

恐る恐る聞いてみる。

どうして恐る恐るなのかと問われれば………もし、聞いて思い出した(思い出してしまった)あかつきには、始末に負え無いからである。

「…………元々、その事について話しに来たんだけどね」

「…………」

「…覚えてんのかな………この前ー…えーと、昼休みの事なんだけど」

昼休み?

最近の昼休みは図書室に入り浸っているが……。

いや……待てよ……?

なんかあったような…?

「日柳の後ろの席で揉めてた時、皆子ー…いや、えーと…女子友達に突き飛ばされた僕を受け止めてくれた、でしょ?」

「…………ああ」

…………あったな、そんな事。

「ほら、やっぱ覚えてたじゃん…!」

ちなみに同じクラスだぜ!と胸を張る三浦。

「そうだな……言われたら顔は思い出したが…。………そもそも直接話した事あったか?」

「いや無いけど。クラスメイト全員の名前くらい覚えてるくない?」

……え?クラスメイト全員の名前を?

記憶力に歴然とした差があるな……。

いやまあ……クラスメイトと会話とかほとんどして無い訳だから、必要性に駆られていなかっただけと言う詭弁風の詭弁はあるが…。

「……覚えてたら、お前の名前聞いた時にピンとくる物がある筈だろ?」

「それもそっか……まあでも、一番クラスに馴染むための時期にいなかった訳だし、妥当っちゃ妥当かもね」

「要らねえよ…んなフォロー…」

恐らく善意で出されたであろうフォローを適当に跳ね除ける。

「ー…ま、とにかく。ありがとうって事」

「…………あ?あ、ああ…そうだ。そう言う話だったな」

本当にそのためだけに来た様だな。

律儀だな?

「…どういたしまして」

あの時は適当に芝居を打っただけで、ほとんど本音からの注意では無かったものの、ポニテの男子ー…三浦を咄嗟に受け止めたのは紛れも無く事実なのだ。

素直に感謝の気持ちは受け取っておくとする。

「……なんか、思ってたより普通だね。日柳」

「お前のその発言も…ある意味月並みだぞ三浦」

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