第19話 棍棒交渉

「……………っ…?」

廃墟よりも廃墟らしい、広めの物置の様な場所で、目の前にいる不良が目を覚ました。

一瞬ぼんやりとした後、ハッとして目の前に座る俺を見据えた。

当の俺は、サングラスと黒コートと言う正しく変質者の格好であったので、さぞ恐怖だった事だろう。

「…おはよう?」

俺の適当な言葉にビクッとして、夢から覚めた様に反射的に身構える不良。

「悪いな…お目覚めのところ悪いが、早速お前に協力して貰う」

「………………は?」

困惑する不良。当然と言えば当然であろう。

手っ取り早く済ませたいのは山々だが…まあ、焦ったところで結果的に事を欠くだけだ。

「誰……だ?お前…?」

「……俺はー…いや、名乗る事はできん」

危ねえ危ねえ…つい昔のノリで普通に名乗るところだったぜ。

「…だが、一つ言える事はある」

サングラスの位置をくいと調節しながら、語り続ける。

「俺は、お前と交渉しに来た者だ」

間違っちゃいない、グレーな事実を淡々と述べる。

「交……渉…だあ……?ー……って、おい!ンだこの縄は!」

「……鈍感だな。今更気付いたのか」

不良がガチャガチャともがくが、不良が座っていた椅子ごと倒れただけであった。

「放しやがれっ…テメェッ!」

「ああ。もちろん。……聞くべき事を聞き、調べる事を調べ次第な」

がなり立てる名もなき不良ー…いや、

「有働清太。お前に忠告だ」

「…なんで……俺の…名前……」

有働清太と呼ばれ、有働清太と俺が呼んだ男に語りかけ続ける。

「御託はいい。……いいか、単刀直入に言わせて貰うぞ」

まるで悪役の様な(と言うかやっている事は悪役そのものだが)物言いで、地面に倒れている有働に詰め寄る。

「お前……あの廃ビルから引け」

有働から離れ、席に座り直す。

「……っ……?………?」

俺の言った言葉を反芻したが、その真意を掴みかねてるといった様子だった。

「……あそこの管理人が誰だか知ってるか?」

「………は?」

「…今までは、特に活用する気のない不動産が管理…いや、保持していたみたいだが、今は違う」

ちら、と不良を見やる。

喚くのを止めて話を聞いているあたり、話を聞く能くらいははある様だ。

あからさまに困惑しているのは見て取れるが。

「……なんの話ー…」

「あのビルは先日、とある“団体”に管理が渡った」

有働が途端に押し黙る。

「その団体は、あの廃ビルを活用するつもりでいる…らしい」

「…………団体…?」

一番…“欲しい”ところに反応してくれたな。

感謝するかどうかはこの後次第だが。

「そうだ。団体だ。…これが意味するところは分かるな?」

「…………」

無論、意味などは無い。

実際ここのビルには来年から何かしかの計画がなされている様だが…それは今はあまり関係ない。

先程から俺がしているのは、簡単な勘違いの誘発である。

いきなり本題から入らず、あくまでついでとして入島御堂の情報、そして脅迫の内容を引き出す。

そのために、まず相手が本題だと思う様な「言い回し」と「勘違い」をでっち上げたのだった。

「団体ってー……」

「お前が想像している様な組織で齟齬無いはずだ。……分かったか?だから“忠告”だ」

だからも何も、そんな事実はないのだが。

こいつが今どんな組織を思い浮かべているのかは知るところでは無い。だが、反応を見るに、五月女の考えた通りに上手く行っている様だ…。

「幸い…お前ら個人の名前は割れてねえ。……割るつもりが無いらしいが、あそこの現場についてなら団体は把握している」

「…………」

「だから、引いておけ。名前を割ったとしても、お前一人だけなら奴らも見逃す。……見逃さなかったとしても、そこだけは俺が保証してやる」

「………ー理由が、ねえ」

ん?と顔をあげる。

ふむ……理由がない…か。

「あんたが誰なのか知らねえが…俺に忠告?……笑わせんなよ。する理由がねえだろ?ましてや俺のためにそいつらに対処する理由があるとは到底思えねえ。そう簡単に信じるかよ」

「…………」

まあ確かにな。現実味は無い。

「もっともだな。だが、理由はある」

「…………」

立ち上がって、再度有働に近づく。

「……っ……⁈」

有働が再び椅子に固定されたまま身を強張らせるのが分かった。

「入島御堂について、教えろ」

「………入…島…?」

「心当たりは……あるはずだ」

一瞬戸惑った後、思い出した様に小さく目を見開いた。

「そいつはどうやら、自分の意思で廃ビルに居る訳じゃ無いらしくてな。だから、助けろという依頼が来た」

これは事実だ。

紛れもなく、入島先輩から依頼されたと言う点において何一つ偽り無い。

「それが俺の目的だ。……理解したか。正直、お前がどうなろうと俺は知らん。だが、依頼を受けたか以上、手は探さなけりゃならん」

「…………」

「だから、選べ」

できるだけ、声を低くして言う。演技は得意じゃ無いのだが…。

「…ここで俺に情報提供して事なきを得るか、団体に目を付けられるか」

「………っ」

さあ…あとは有働がどう出るか次第となった。

ここで情報を得られなかった場合は、観念して入島御堂から聞き出す他ないだろう。

脅迫内容、そして監視状況が分かっていない以上、接触するのは危険だが致し方あるまい。

「ー……だろ」

「ん?」

「そんなもん……脅迫だろ」

……ほお、案外早く結論が出たな。

「ん、そうだな。俺はお前の情報も把握している訳だし」

「っ……」

そこで再び沈黙が訪れる。

あっさり脅迫を肯定されたのが意外だったのか?

待つこと2分と少し。

「…………クソ」

…おや。

「言やあ…いいんだろ……っ」

「……ああ。ちなみに…情報に嘘があると判断した場合で、この契約は破綻するものと思ってくれると助かる」

「……クソが…」

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