第15話 恋愛脳

「……そう、じゃあその泥岸だか糠岸だかが、不登校に密接に関係してそうな訳ね?」

五月女がポットから立ち昇る紅茶の湯気を眺めながら、情報をまとめた。

「ああー…って、間違えるにしてももうちょいな…!…糠岸とか聞いた事もねえぞ…」

岸が……糠?なんと言うか、昔噺とか古事成語的なニュアンスだな…。

今現在、俺はサッカー部室から茶談部室へと戻って来ていた。

陽はすっかり沈んでいる。

遅くはなってしまったが、五月女も部室へ戻って来ていたため、情報共有をしているのだった。

「なるほどね…少し分かって来た」

「おいおい、一人合点していないで、聞かせてくれよ…」

それにそもそも、五月女は今日どこ行ってたんだ?

「私?私は報道部室へ行って来たわ」

「……マジかよ、そんな無茶を…」

校長と交わした“条件”的に、報道部へ単騎潜入と言うのは、結構怪しいのだが…。

まあ、本人の意思を尊重すべきだよなあ…いくら俺の一進一退がかかってるとは言え。

……気にし過ぎか。

「……どうだった?報道部は」

「…なんと言うか、混沌とした雰囲気だったね……。一つのことに情熱を注ぐ人種っていうのは結構いるものだけれど……あそこまでスレスレな事をやっていながら、自分の陰湿さに開き直って話題性や面白さを優先する姿勢には、純粋に恐怖を感じるわ」

正直な感想だった。

俺だって行きたくねえぜ。

「そうか……行きたくねえところだ」

……報道部は、確かな変態集団である。

しかし、部員全員がパパラッチみたいなメンタルだが、そもそも高校で誰が付き合っているとか言うのを報道したところで、盛り上がる事のは一部少数だ。

だからこそ、その物怖じしないメンタルで、奴らはもっと“面白い”記事を書く。

面白いからこそ、時に常識外れのことをすると言う事だった。

校則を変更するために、その校則の穴を突いてとんでも無い状態で登校して校則自体に注目を集めるよう誘導したり、どこからか得た情報で生徒会選挙の不正を晒し上げたりなど、注目を集める様な行動が多い。

1日A4コピー用紙1枚分の記事を書き上げ、印刷して部室前で配布する彼らの存在が、この緋葉ヶ枝高校を活気付ける歯車となっているのは明確であった。

「……まあ、あれであいつらもなかなか謙虚だよな…校則が許すかどうかは知らんが、購買部とかに記事を売るスペースを作ったら、儲かりそうだが」

「それは、岸辺露伴先生精神なんじゃないの?」

「…それっぽいな。金や名声のためでは無いと言うことか」

確かに…面白い記事を書くために奮闘している彼らだが、金の亡者と言う話は聞かない。

「文化祭の時に、まとめた冊子を冊数限定で売ったりはしてるみたいだけどね」

むしろそこの収入と趣味だけで続けられる熱意がすげえよ…。

報道部は、一時期過激な記事を書き過ぎていたらしく、部費の大幅削減を喰らった歴史があるのだとか…まあ、知ったこっちゃ無いが…。

閑話休題。

「それで……来栖からの話と、報道部から得た情報とやらで、一体何が分かったんだ?」

「うん。そもそも私は、あの廃墟についての情報収集をしていたの」

あの廃墟……入島先輩の話にあった、入島弟が入っていったとされる廃ビルの事であるだろう。

町外れの丘向こうに建っており、辺りに民家も少なく畑道の為、夜中は真っ暗になるはずだ。

「それで、とりあえず分かった情報全部」

そう言いながら五月女が、メモ帳を机の上でスライドさせて寄越した。

赤色の“廃ビル”と書かれた付箋が貼ってあるページを開き、内容を確認する。

「………」

「読むために寄越したけど、もうかなり良い時間だから口で説明するわ」

「おう、そうか…って、もう7時半かよ……!」

まあ良いか、今日は親父帰って来てるはずだし…。

「まず……あのビルは元々宿泊施設として運営されていたみたい。リゾート地化計画の残骸らしいあのビルは、問題になり続けてはいるけども、込み入っていて迂闊に手が出せないらしいわ」

なるほどな…道理であんな辺鄙なところに建っている訳だ。

「ビルは4階建て。夜中は知っての通り人気も無く、外灯もまともに無くて、一時期は心霊スポット扱いされていたそうよ」

「そうだな……周りは畑だし、民家からはちょっと距離があるしな」

想像するまでも無く、夜中は不気味な雰囲気だろう。

本当に…入島先輩はよくあんな所まで追跡したものだ。

しかし……一時期は心霊スポット扱いされて“いた”?

…今は違う、と言うことか。

「うん。入島先輩の話にもあったけど、今あそこを根城にして居るのは幽霊じゃ無いようね」

「…………」

「地元の不良たちが、と言うかこの街の不良集団が集って、集会の場にしているらしいわ。これは、報道部で得た情報よ」

入島先輩が先に言っていた話題でもあるが、不良たちが異様に静か、と言うのはこう言う事なのだろうか。

…自分たちの楽園を勘付かれないようにする為か、それともただ単純に、フラストレーションが解消されているだけか。

どちらにせよ、小賢しい真似を…と思うだけだが。

入島先輩がそこに関連性を見出していたかどうかは不明だが、不良たちが静かなのは集会の場ができたと言う事に関係している説が濃厚になって来た。

「………。だとするとー…」

「…ええ。情報を集めて再確認しただけになってしまったけれど、入島先輩の憶測が的を射ていたようね」

「入島御堂自身が進んで行っているのではない。恐らく、脅されている…と言うことか」

五月女が目を瞑ったまま首肯し、意見の一致を確認する。

「でも……単純に入島御堂本人が不良の道に進んでいただけだった。というオチも有りうる以上、確実だとは言えないわ」

まあ、それはそうだな……。

一先ずは、単純に不良になったと言う可能性を考えなかったらしい入島先輩を信じよう。

一番身近な人間が、完璧なまでに有り得ないと思っていたと言う事だ。

十分、信用に足る。

「だとすると……不登校の原因と、不良からの脅されは全く別で同時進行だったという事か?」

「そんな訳ないでしょ。まさか、来栖さんの見解を鵜呑みにしたって言うの?繋がりはある…と思うわ」

…俺は先ほどの来栖からの情報提供で、彼女の入島御堂への想いを聞いた。

……彼女が、入島を恋い慕っていたと言うことを聞いた。

そして……彼女はあろう事か、“自分の恋慕する気持ちが入島に伝わった挙句、入島がそれを嫌ってなし崩し的に登校拒否になっている”と思っていたのだと、聞いた。

沼岸矢継の新人イビリがその「なし崩し」の一端を担っていると思ったために沼岸矢継の情報を俺に話した、そうだが…………んな訳あるかい。

「まあ、そりゃ…流石に違えよな……」

あの場で真面目に聞いてた俺も、流石に否定せざるを得なかった。

話に聞く限りじゃ、入島御堂はそんな奴ではない。他人から想われることを嫌って、不登校にまでなる様な器量では、無い。

……いや、一概には言えないし、実際そんな性格なのかも知れない。

だが、その説を押すよりも俺からしてみれば、来栖自身が冷静でない説を推す方がよっぽど現実的だったのだ。

話してみて分かったことだが…彼女は冷静さを欠いていた。

表面上は、冷静沈着な美形そのもの、だったのだが。

よくよく見ると、細かく冷静では無かった。

………やはりストーカー関係……なのだろうか。

いや……今はそこはいい。

「…………」

整理しよう。

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