第14話 先輩

「…沼岸先輩?」

「………」

来栖は再度、黙ったまま頷いた。

しかし先ほどの雰囲気とは打って変わって、嫌悪感や悔しさを内包したような表情で頷いた。

沼岸…少なくとも俺は聞いたことの無い名前の先輩だった。

入島御堂に何らかの関わりがあるらしい。

「その…沼岸先輩とやらについて詳しく」

「…………」

来栖は、黙ったまま頷いた。

明らかに嫌そうだった。

適当に用意したメモ帳に、“沼岸矢継”と、聞いたばかりのフルネームをメモする。

「沼岸先輩は、3年男子の先輩。……高2で一回留年して、今は19歳だったはず」

……なるほど。

軽くメモを取りながら、更に話を聞いていく。

「留年したけど部には在籍し続けてて、サッカーの技量は……まあそこそこ」

「そこそこか……」

一応、メモしておくか。

「待って、本当はヘタ」

「………。……そうか…」

思いつきでメモしただけだったのが、思わぬところで訂正を喰らったものだ。

……勘違いされても困るが、別に不真面目に聞いていると言うわけではないからな?

だからと言って、別にクソ真面目に聞いていると言うわけでもないのだが。

意外にも、真面目にし過ぎるとかえって盲目になって上手く行かないことがある。

「先輩はグループを作るがうまくて、後輩への指示とかが優れていた……とは言える」

…それは、フォローなのか何なのか。

本当なのか嘘なのか……。

やけに含みのある言い方で、情報に入れて良いのかどうか不明だったが、それはすぐに本人によって明言された。

「それは事実。…なんだけど……先輩は、厳しい指導を後輩にするタイプ…だった」

事実ではあったらしい。だが、後半の方が重要に感じる。

後輩の立場であっただろう入島が、果たしてどのくらい厳しくされていたのか。

…そこが、この話の肝か?

「……厳しい…とは、具体的にはどのような?」

「…特に新入部員に厳しいらしくて、私自身は大した事されなかったけど…御堂くんは、色々されていたみたい」

……御堂くん。

名前呼び?なにか意味が…いや、今はそこはいい。

「具体的に……?私が知ってるのだと…1年男子の人で、初めの一ヶ月は部活のたびに吐いてた。…って話を聞くぐらい…」

練習内容を聞いたつもりだったが、別の結構ヤバイだろう話が出てきた。

教師が先導してそう言う事をやっているなら、“そう言う部活動”として、時代錯誤ながら納得することもできる。

部員だって、そう言う活動だと知って入部しているのだろうから、それなりの覚悟あってのことなのだろうと思える。勿論、時代錯誤なのに変わりは無いが。

だが……部員個人が、それも自主練習の日を狙ってやるなどと言うのは、故意的な悪意を疑わざるを得ないのだった。

有り体に言えば、新人イビリか。

それも、かなり度を過ぎた。

……今時、マンガの誇張表現でもあんま見ねえぞ…。

「なるほど…新人イビリ……それが続いたから、入島御堂は不登校になったと?」

「…………」

俯いたまま、唇を震わせる。

来栖は黙ってー…


頷かなかった。

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