第8話 スパゲッティナポリタン
「おかえり〜お兄ちゃん」
「ああ…ただいま。鍵はどうした?」
スマホから顔を上げ、こちらに気が付いた少女は、ひらひらと手を振る。
そう、そして今し方俺を兄と呼んだこの少女は、日柳未来。
紛れ無く、俺の妹である。
「忘れて来ちゃった」
「服のこともそうだけどよ……1回帰ってから来いよ…」
鍵を開け、未来と部屋の中に入る。
電気を点け、未来が和室の畳床に座り込む。
「良いでしょ別に。そんなことより、お腹すいた〜…」
「あいあい…」
仰せのままに、とまな板と包丁を出し、冷凍庫にまとめて保管しているにんにくと、袋入り鷹の爪を取り出す。
オリーブオイルを敷き、にんにく、鷹の爪、切ったタマネギを炒める。
にんにくくらいの大きさだとしても、冷凍庫からフライパン直行だと中々フライパンの表面が心配だが……。
気持ち皮を剥いてから流水に晒しているので…まあ大丈夫……?
毎度不安に思うものの、別にできる物が美味ければ良いかの精神で毎回ちゃんと調べずにいる。……良くないかもなあ…。
と、この辺りでパスタも茹で始めておく。
未来は時代錯誤感のあるCDレコーダーを弄って、ジャズをかけ始めた。
「誰でしょ」
「えー…キングクリムゾン…?」
「え、ええ…?……ビルエヴァンス」
いや、全然知らんのよ…。
勿論、キングクリムゾンについても、過程をブッ飛ばす方の知識が圧倒的に多い。
タマネギがいい感じになって来たら、ピーマン、ウィンナーを入れ、再度炒める。
この間に同時進行で、親父直伝トマトソースを作っておく。
…トマトジュースとかトマトケチャップをナポリタンに使うのって、一般的なのかね…?
まあいいか、全体的に火が通ったら(食おうと思えばにんにく以外は全部生でも食えるけども)トマトソースをそこにぶち込み、火にかける。
パスタの茹で上がりを待つ。少し時間があるのでフライパンの方の火はある程度のところで火を消す。
パスタが茹で上がったら、トマトソースと一緒に火にかけ、よく和えてー…
「ういー…できたぞ」
「おっしゃ!」
それまでぐだっと溶けながらスマホをスクロールしていたが、飯完成と同時に跳ねる様に元気に立ち上がり、追加用調味料を取って来た。
「いただきまーす」
「いただきます」
味の程は、まあ家庭で作ったナポリタンという感じだった。
だがまあ…さすが親父直伝なだけあって、確かなコクと、強過ぎない酸味が両立している。
「うわ、いつもどおりおいし〜」
「うわってなんだ、いつも通りってなんだ」
「いや、失敬失敬。なーんか出ちゃうんだよね。お兄ちゃんの料理食べてると」
そう言いながら、タバスコをかける。
……中々いくねえ。
「へえ?まあ自然体ってことだよな。しかし……撮影の時とかに出ちゃわないか?」
「そこはダイジョブ。プロですので」
へえ、スゲー。
と、適当に返す。
未だにこの自由奔放な妹が、芸能界で活躍しているという事実をたまに失念しそうになる。
「そういやー…最近その仕事はどうよ」
「んーボチボチ」
「ボチボチか…」
まあまあ良いんだな。
「つーか汚すなよ、それ。借り物…だろ?」
「分かってるよ〜。でも、こんぐらいの緊張感あった方が、逆に良いトレーニングになるかもじゃない?服を汚さないようにナポリタン食べる技術も、撮影で使えそうじゃない?」
「そうだな。じゃああとはどうにかしてお前に緊張感が生じればそれは立証できるか?」
少なくとも俺には今、こいつが緊張感を持って食事しているようにはとても思えなかった。
ずるずると音を立てて、行儀をテレビの向こう側に置いてきたかの様に貪り食っている。
「失礼しちゃうね。別に緊張感なんて持た無くても、ナポリタンくらい汚れずに食えるわ。未来ちゃんは既に次の段階にいるのだ!」
「はいはい。変に意地張ってると、本当に汚しちまうぞ」
「ムッキー」
カタカナ発音で言っていいのか?ムッキー、って…。
効果音みたいな感じじゃ無くて?
「ムッキイィィ」
「別に言い直さんでいい」
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