第9話 与太話  

紅茶の香りがする。

食後に淹れた紅茶は、ナポリタンの濃い味で刺激された味覚をほっと落ち着かせてくれる。

五月女ほど美味く(あいつもあいつでほとんど適当にやっているらしいが)淹れることはできなかったが、それでも十分良い。

未来が仕事場で貰ってきた菓子(何故か大量。「なんかみんながくれる」らしい?庇護欲?)をつまみながら、適当な話を繰り広げる。

「にしても…なんだっけ?茶談部か。そこでお茶の淹れ方鍛えられてんの?」

「……いや?実は茶談部だけど茶がメインでは無い」

いや………茶がメインか…?

今ところ、本来設計された機能(生徒の話を聞き、その話に助力・助言したりする事)としての活躍は活動時間全体の一割にも満たない。

「…………いや、茶がメインだな」

「?へえ、じゃそこでお茶淹れてんだ〜」

「まあそうだな。……もしや、美味くなった?」

「んーそうね。そういうこと」

マジか。

自分じゃ気付かなかったが、ちゃんと成長しているようだった。

「紅茶を美味く淹れられるようになったってのは、純粋に嬉しいな」

「ふはは。もっと上手になって、毎日私に美味しい紅茶を振る舞いたまえ〜」

「無休?やべ〜」

プロポーズかよ。という中々終わってるツッコミを第一に思い付いてしまったが、自重する。

いや自重も何も、妹相手にそんな筈ないし、断じて期待してる訳でも無いのだが。

「あ、そういやお兄ちゃん」

「……ん?」

「お兄ちゃんって、緋葉ヶ枝高校のサッカー部に知り合いいる?」

「い、いや…いない…な。うん」

唐突にふられた話題に、今日考えていた事とかが思い起こされて一瞬口ごもる。

…にしてもタイムリー過ぎない?妹よ、もしかして盗聴している?

「誰かに、用とかか?知り合いはいないが、ちょっと直近で野暮用あるし、請け負うぞ」

「いや、別にどっちでもいーんだけど……お兄ちゃん、来栖先輩って知らない?」

「……?来栖…?」

少なくとも同じクラスにはいなかったと思う、と告げる。

「そっか〜。いや、私の中学の先輩でさ。すっごい美人の先輩なの」

「ほう」

「どっかの高校のサッカー部マネやってるって話だけは聞いたんだけど……確か緋葉ヶ枝だったと思うんよ」

「ほん」

「そんでさ…来栖先輩がいるかどうか、確かめて来てくれない?」

「…?」

確かめる…だけで良いのか?

「へえ?しかし、知り合いだったんなら本人に聞けばいいんじゃ無いのか?」

「いや…実は先輩、中3の後半に入院してて…そのまま卒業までほとんど学校来なかったから、連絡先交換する前にそもそも会えなくなっちゃったんだ」

「ああ、それで本人に連絡先聞こうと、ってことか」

うん。と満足げに頷く。

「高校に入るのと同時にスマホ買う予定だったらしくて、誰も知らないんだよね」

「なるほどな…」

春になってからは、未来自身が休みがちだったしな。

タイミングはあったのかも知れないがー…色々あって、逃してしまったのだろう。

「まー、自分で行っても良いんだけど…私最近結構忙しくなっちゃってるし…。他に用があるってんなら、ついでにお願いして良い?」

「了解了解。要は、名前があるか確かめてくればいいんだろ?そんなぐらいなら何も無くても確かめて来てやるよ」

「あざ〜っす☆」

「急にチャラ…」

まあ、明日か明後日か。元よりその辺りでサッカー部に行こうと思っていたので、その中のタスクが一つ増えただけだ。いる事さえ分かればいいのだから、タスクにもカウントされないかも知れない。覚えておきさえすればいい。

その話の後も、適当な世間話に華を咲かせながら、紅茶を飲む。

ジャズが作り出すしっとりとした空間と適当な与太話。

食後の時間はゆったりと過ぎる。

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