第7話 パンドラの匣とノックスの十戒
見つかった箱には、もう一通の手紙が入っていた。そこには、今回の事件を暗示するようなものが入っていたのだが、それは、早苗の書いた小説とはまた違った内容だった。
それを見た刑事は、
「こっちの話は暴行されるという陰惨な内容ではあるが、人が殺されるという内容ではないが、逆にこちらの話は、人が殺されるというシーンは描かれているが、どうしてその人が死ななければいけないのか? ということには触れていない。同じ人間が書いたわけでもないのに、同じ箱に二つの小説めいた話が書かれたノートが入っているというのは、ただの偶然なんだろうか?」
というのだった。
「しかも、その中に凶器と思われるナイフがあり、同じタイミングで、白骨死体と、この箱が発見された。これは、雪崩の影響なので、偶然なのかも知れないが、それにしても、一体何が、あったというのだろう? あの小説だって、筆跡は明らかに違うし、内容が、どちらかが続きというわけでもないので、単独の話なのだろうが、一体どういうことなんだろう? とりあえず情報として分かっているのは、行橋早苗という女性だけが、実名を書いている。他の人はイニシャルだったり、無記名だったりで、手掛かりは、やはり、行橋早苗という女の子と、凶器と思われるナイフということだろうね」
ということであった。
「でも、これが殺人事件なのか、どうなのかということが、問題ではないですか?」
と部下の刑事がいうと、それを聞いた先輩刑事が、
「うん、そうなんだ。この事件は少なくとも死体遺棄だけなのか、それとも殺人が絡んでいるかということなんだろうけど、もし、死体遺棄事件だけだったら、すでに時効は成立しているので、事件にすることはできない。問題は誘拐の場合だが、基本的に、身代金目的の誘拐でなければ、10年だったら時効が成立するだろう。だが、誘拐された人間が白骨死体で発見されたとすれば、ほぼ殺害された可能性が高いので、事件として扱うことになるだろう。とにかく、この仏さんの身元がハッキリしないと何とも言えないだろうな」
というのだった。
とにかく、事件なのか、事故なのか? ただ、登山道やオリエンテーリングなどが行われる場所で行方不明になったというのであれば、まだ分かるが、こんな田舎の村人以外近寄ることのないこのあたりに、わざわざ他から来て、行方不明になったりするだろうか?
誰かに見つからないように、服毒自殺でもしたというのであれば、それも分からなくもない。だが、それなら死体はすぐに見つかるはずだ。誰かが埋めたりしない限り、見つかることはない。
ただ、誰かが禁止薬物か何かと服毒し、その中毒で死んだ場合、そのことがバレると、困る人がいた場合、例えば、不倫をしているとか、手を出してはいけない女に手を出してしまった場合、死体を隠す必要に迫られ、ここに埋めることで死体遺棄を考えたのだとすると、状況は分かる気がする。その場合は、死体遺棄と、救護義務違反などに問われるのであろうが、白骨化してしまっている以上、死んだときの状況を説明はできないだろう。そうなると、他殺なのか、事故死なのかというのも、鑑識で分かるのだろうか? それを考えていると、どこまで事件性が分かるかというところが難しいところであった。
ただ、鑑識が分かっていることとしては、死後5年ということだが、それであれば、死体遺棄の時効には引っかかっている。そうなると気になるのは、この箱に入っていたナイフは凶器ではないということになる。早苗の話では、このタイムカプセルを埋めたのは、10年前だというではないか。
ということになると、誰か犯人が、被害者を殺害した後、凶器の始末に困って、昔埋めたタイムカプセルの中に隠そうと思ったのかも知れない。
だが、それもおかしな話で、10年後には掘り出すことになっていたのであれば、掘り出される前にナイフを自分で掘り出すということをしなければならない。
実際にはそこに入っていたままだった。これを一体どういうことなのだろう?
しかも、この中に書かれている二つの小説、一つは読者がご存じの通り早苗のものだが、もう一つは誰なのか? 探偵小説のファンということであれば、飯塚の可能性はかなり高いといえるだろう。
早苗は、10年前、確かに凌辱を受けていた。それは、担任の先生によるものであるが、その時の早苗は、
「合意の上」
だったのだ。
あの小説は半分フィクションであり、半分はノンフィクションだ。つまりは、早苗が自分の受けた恥辱を、自らで書き残したのだが、事実をそのまま書くのは忍びない。それを自分でどうすればいいのかを考え、とりあえず、
「事実に基づいた架空の小説」
を描いたのだった。
早苗は、そのことを思い出したり、思い出そうとすると、記憶喪失に陥ってしまったり情緒が不安定になっていた。
そのことを心配した親は、一時期彼女を、精神科の病院に通わせた。催眠療法などいくらか試みてみたが、何かを抱えているということは分かっているが、どこからそれが来るのか、なかなか分からない。それだけ早苗の精神状態は固いものがあったのだ。
早苗が書いた小説とは別に、もう一人小説を書いている人がいた。その小説は完全に探偵小説で、素人が書いた小説としてはよくできている。これを中学生が書いたのだとすれば、
「これは、なかなかの文才かも知れないな」
と刑事も感じていた。
文章校正もなかなかで、ノート数冊にわたって書かれていた。原稿用紙にすれば、200枚以上の長編小説ではないだろうか。
トリックとしては、死体損壊のトリックに、アリバイを絡めた話であり、細かいところも伏線がしいてあり、なかなかの話であった。
「ミステリー小説の新人賞に十分に応募できるレベルだよな」
と、刑事を唸らせた。
その箱には、他には、
「10年後の私へ」
と題した手紙も書かれていた。
この手紙は、5通あり、皆それぞれ、自分の未来予想図を描き、その自分に手紙を書いているのだ。
明らかに掘り返すことを目的としていて、その目的が果たされる前に、雪崩が起こって、警察に見られることになるとは思ってもいなかっただろう。
中学3年生というと、皆、受験を控えてナーバスになっている。都会に出ることになるので、皆別々の高校に行くことになるだろうと思われる。どうやら、中に入っている
「10年後の自分へ」
という手紙が5通だということは、十中八九、ここの関わっている生徒は5人だということであろう。
手紙や小説、さらには、ボロボロになった野球のグローブとボール。一人は野球部だったのだろう。
「なんだ、これは?」
と底の方に見えたのは、小さな箱だった。
それは木箱で、かなり小さなもの。
「何となく見覚えがあるような」
その大きさは、小物入れよりもさらに小さいもので、開けてみると、ビニールに包まれた気持ちの悪いものが入っている。腐っているのか、カビが生えているように見えたが、それを見てひとりの刑事が、
「これは、まさか、へその緒?」
と言い出した。
「ああ、そうか、どこかで見たことがあると思ったが、子供の頃、母親から見せてもらったへその緒の箱にそっくりだ。さすがに中は気持ち悪くて開けてみるようなことはしなかったけどな」
というのだった。
それにしても、このタイムカプセルはいったい何なのだ。10年後の自分への手紙はまだ分かるが、この2つの小説、さらにはへその緒が入った箱。
へその緒が入った箱などは、普通であれば、大切に保管しておくべきものだろうが、それをタイムカプセルの中に入れるというのは、どういうことなのか? 見るのは嫌だが、捨てるのも忍びない。それでタイムカプセルに入れたというわけか。10年後には引っ張り出すのにである。
「そういえば、私も昔、タイムカプセルを作って入れたことがあったんですが、その時、タイムカプセルというのが実際に流行っていたんですよ。でも、その時、カプセルに入れたものは、いろいろあったんだけど、実はもう一つ埋めたんですよ。それは、絶対に開けることのない封印のためのタイムカプセルですね。タイムカプセルと言いながらの封印の匣。それこそ、パンドラの匣のようなものだったというわけですよ。それをこの箱を開けた時に思い出してしまいました」
というのだった。
だが、この箱は見たくもない封印したいものという感じではなかった。それなのに、なぜへその緒の入った箱であったり、ナイフなどを入れたのか? いや、入っているのか? と言った方がいいのかも知れない。
そんな箱の中を確認した時点で、刑事は、早苗のところへ赴いた。
早苗を見た刑事の第一印象は、
「聡明そうなお嬢さんだ」
というものであった。
お嬢さんというのは垢ぬけているという印象であり、こんな田舎の村にいては、もったいないなと思うほどであった。モンペや頬被りなどまったく似合うわけもなく、東京でも十分に思えるくらいである。
駐在所の奥で、他の人には見られないようにという配慮があったのだが、思ったよりも落ち着いている早苗を見ると、刑事もさすがに怪しまないではなかった。
ここから先は前述の続きとなる。
「この箱は、タイムカプセルだと思うんだけど、これは、あなたたちお仲間が埋めたものだと思って間違いないですか?」
と聞かれて、
「ええ、そうです。どうして私だと分かったんですか?」
と聞かれた刑事は、
「ノートに、行橋早苗というお名前が書かれていたからですね。それに十年後の手紙というのが、5通あって、あなただけがお名前を書かれていたんですよ。それで分かった次第です」
というと、
「これを刑事さんたちが持っているということは、これを掘り起こしたんですか?」
と聞くと、
「いいえ、この間の白骨死体が発見されたあたりを、捜索していると、この箱が見つかったんですよ。ちょうど、白骨が埋められていた近くに転がっていたんですね。やっぱりこの間の雪崩が、影響しているでしょうね」
ということであった。
「あの時の雪崩ってそんなにすごかったんですか? 土に埋めてあったものが、出てくるくらいに」
と早苗がいうと、
「そうだったんでしょうね。何しろ白骨ですからね。あまり浅いところに埋めていたら、犬などがほじくり返す可能性がありますからね。そのあたりは、もし殺人で、死体遺棄だったら、それくらいは気を遣うでしょう」
と言われた。
「確かにそうでしょうね。実はこのタイムカプセルは近々掘り起こそうと思っていたんですよ、でも、掘り起こすのに、あの時全員の許可がいるので、今から一人一人当ってみようかと思っていたんです」
と早苗がいうと、
「皆で何人だったんですか?」
と聞かれた早苗は、
「5人です」
と答えた。
まさしく警察が推察した通りである。
「じゃあ、あの10年後の自分への手紙を書いた5人ということでしょうか?」
と聞かれた早苗は、
「ええ、その通りです」
「早苗さんは、あの箱の中にどんなものが入っていたのかということを、覚えていますか?」
ともう一人の刑事に聞かれて、
「ええ、少しだけですが覚えています。5人の自分への手紙と、私が拙い小説を書いたノート。そして誰かがもう一冊のノートを入れていたと思います。それに野球のグラブにボール。これは、1人のものではなく、2人で1セットだったんです。そして、もう一つ別の一対のものがあったような記憶があるんですが、それも、その2人のものだったんですよ。野球とはまったく違ったものだったと思うんですけどね」
と早苗は言った。
確かに、何か、一対の何かがあったような気がしたが、かなり泥にまみれていて、ハッキリとしないものだった。
「その中で早苗さんのものは、小説を書いたノートと、自分への手紙だけですか?」
「ええ、そうです」
「じゃあですね、その中にナイフは間違いなくなかったんですね?」
「ええ、そうです。まさかタイムカプセルに抜身のナイフなど入れるわけはありませんからね」
と早苗は、少し苛立ったように言った。
「それはそうでしょうね。ところで掘り返すということを誰か他の誰かに話しましたか?」
と聞かれた早苗は、
「ええ、飯塚さんには話しました。最近、通勤のバスでよく一緒になるんですよ」
というと、
「そうですか、彼はなんと言っていましたか?」
「掘り返すのは構わないと思うけど、でも、他の人に立ち合ってもらうか、了解を得る必要があるんじゃないかって言ってました。私が今のところ居所が分かっているのは、その自分と、飯塚君を覗いた3人のうちの、一人だけなんですが、その人は、今仙台にいるので、近々連絡を取ってみようかと思った矢先だったんです」
と早苗がいうと、
「早苗さんの小説をいうのは、女性が蹂躙されるお話ですか?」
と刑事がいうと、一瞬早苗の身体がビクッとなったような気がした。さすがに内容がないようだけに、刑事に読まれたと思うと、あまりいい気分はしない。しかもそのことに触れてこようとするのだから、気持ち悪さがこみあげてくるのは仕方のないことだろう。
「ええ、そうですが、読まれたですか?」
「申し訳ありません、何しろナイフが出てきているもので、どうしても中身を改める必要があったんです。申し訳ありません」
と刑事がいうのを聞いて、早苗は、フッとため息をついた。
少し睨みを利かせたが、読まれた以上しょうがない。
「実は私たちが気にしているのは、もう一つのノート、正確には数冊にわたって書かれている長編小説についてなんですが、中身に心当たりありますか?」
と聞かれた早苗は、
「いいえ、私はあまり人が書いた小説には興味がないんです。だから、小説を書くのは好きだったんですが、読む方はあまり好きではありませんでしたね」
と言った。
「小説を書く人って、そういう感覚なんでしょうか?」
と刑事が聞くと、
「それは人それぞれかも知れません。人の小説を読んで勉強する人もいれば、人の小説を読むことで、自分の筆が揺らぐという人もいますからね。それは、その人それぞれなんでしょうが、プロになりたいなどの人は、結構人の作品を読んだりするのかも知れないですね。でも、そういう人は結構途中で、挫折を味わうと、簡単に書くことをやめてしまう人が多いような気がします。これはあくまでも私の勝手な思い込みなんですけどね」
と早苗が言った。
「そういうものなんですかね?」
「ええ、私はそう思っています。私も最初は書けるようになった時、一度はプロを夢見たりもしましたよ。文芸誌の新人賞に応募してみたりしたこともありました。でも、すぐにプロは諦めたんです。自由に自分で考えたことを書いているのがいいと思ってですね。それは楽だとかいう感覚とは違うんですよ。楽をするということは、決してプロになることと正反対ではないからですね。しかも私は楽をするということを悪いことだとは思わない。ただ自分には合わないと思っているだけで、そんなことを考えていると、プロって何なのかと思うと、書きたいものを書ける今のままがいいと、その時は思っていたんです」
「じゃあ、今は?」
「高校生になって、少し書いていたんですが、受験が近づいてくると、自分には、趣味と試験勉強の両立ができないと分かったんです。そうなると、受験勉強に集中するようになるでしょう? それで、小説を書くのを小休止したんですが、晴れて大学に入ることができて、ゆっくり小説を書けるようになり、これでのびのび書けると思っていたんですが、小説というものを書けるようになったはずなのに、すっかり元に戻って、書くことができなくなってしまったんです」
と、早苗は言った。
「一度書けなくなると、最初に書けるようになるまでよりも、さらにきついような気がしたんです。一度書けるようになったという自負があるからでしょうか? 実際に原稿用紙に向かって書いてみようと思っても数行書いてから先にすすまないんです。以前は、どんどんアイデアが浮かんできて、手が痛くなるのがマヒするほど意識が集中していたんですが、もうできなくなったんだと思うと、本当にできないものなんですね」
と、早苗はまくしたてるように続けたのだった。
その様子を見ていた刑事二人は顔を見合わせて、驚きを表現していた。それを見て、早苗もびっくりして我に返ったようだ。
「すみません、ちょっと興奮してしまったようですね」
と言って苦笑いをして、
「まあ、それだけ小説を書くというのはデリケートなものなんですよ。他のマンガや絵にも言えることだと思うんですけどね」
と、早苗は言った。
「そうですか。小説というのは難しいものなんですね?」
「ええ、もう一つのあの長編を書いた飯塚君も、きっと苦労して書いたと思いますよ」
と、早苗は言った。
「ああ、あのミステリーを書いたのは、飯塚さんだったんですね。なかなかよくできたミステリーでしたよ」
と刑事がいうと、
「刑事さんは読まれたんですか?」
「ええ、さすがに手書きだと、最後の方は、字かかなりひどくて解読するのに、少し骨が折れましたが、なかなか面白かったですよ。早苗さんは読まれていないですか?」
「いいえ、私は、人の小説は読みませんからね?」
「じゃあ、飯塚さんはどうですか? あなたの小説を読まれたんですか?」
と聞くので、
「それはないと思います。私が小説を書き上げてから、タイムカプセルに入れるまで、10日ほどしかなかったからですね。私の小説を読んで、それから書く初めて、完成させるまで、10日以下というのは、ほぼ不可能に近いと思います。まず一日に書ける量は限られていますからね。なんと言っても、手書きですから、書くというだけで、どうしても限界がある。それだけはどうしようもないからですね」
と、早苗は言った。
今のようにパソコンを使って書き上げるのであれば、不可能ではないかも知れない。どうしても仕上げようとすると、音読を誰かが書き写し、一人が疲れたら、次の人が引き継ぐというような人海戦術でもなければ不可能であろう。
この日、早苗の事情聴取はこれくらいにしておいた。
「もしまた伺いたいことがあれば、その時は」
と言って、その日はそれでお開きとなった。
彼女が帰った後、二人の刑事が話をしていたが、
「次は飯塚氏ですかね?」
「そうだな、飯塚氏に会う前に、彼の小説というのを読破する必要があるようだな」
と言ったは、先ほど早苗との会話で一つだけ、明らかなウソがあった。それは、
「もう一つの小説を読んだ」
と言ったことだった。
確かに頭の障りくらいは読んだが、そこから先はほとんど読めてはいない。実際に読解が難しいところもあり、読んでいて途中で読むのがつらくなってきたのも事実だった。
「気になったのが、あの飯塚が書いたという小説は、どうも、早苗の書いた小説をヒントにして書かれているような気がするんだよ。もし早苗の言う通り、飯塚の小説を10日で書くのが不可能だとすれば、早苗が書き終えてから、タイムカプセルに収める日にちが10日しかなかったという方が間違っているような気がするんだ。早苗が勘違いしているのか、それとも、10日しかないということを信じ込ませたい何かがあるのか? もし後半だったとすれば、このウソが何かを意味していて、白骨死体に、関係があるということを示しているのではないだろうか?」
と、先輩刑事は言った。
「私は、この事件には、もう一つ何かの秘密があるような気がしているんですけどね」
「私もそう思うが、それが本当に一つだけなのか、そっちが怪しい気がするんだけどね」
という会話は、次第に話があふれていくのであった。
「どうやら、先輩は、自分が思っているよりも何か別のことを感じていて、それが膨れ上がっているかのようだ」
と、後輩刑事は感じていた。
それが何なのかはよく分からなかったが、
「ひょっとすると、本人も分かっていないのかも知れない」
と、先輩を見ながら、後輩はそう考えていたのだ。
小説は、先輩が最初に読み始めて、1冊目を先輩が読み終わると後輩に渡して、先輩が2冊目に取り掛かると、後輩が受け取った1冊目を読んでいくというやり方だった。
二人はそうやって、捜査の合間に少しずつ読んでいって、三日で読み終えたのだった。
先輩は、
「うーむ」
と言って頭を傾げたが、後輩は、何も言わずに、先輩の考えがまとまるのを待っていた。それにしても、その様子が、結構落ち着いているようで、後輩には後輩の考えがあるようだった。
小説は、最初ありきたりな内容だったが、次第に、ミステリーというよりも、ホラーやSFの様相も呈してきた。最後の方は、ホラー色が強くなっていって、ホラーというよりも、都市伝説的なオカルトチックな話になってきていたのだ。
そもそも、作品を書いた人間が育ったところが時代に外れた、相当昔を思わせる秘境と言われるような田舎の村ではないか。
いろいろな伝説や逸話などが残っていそうで、その話を使ったミステリーではないかと思われた。
だが、面白いのは、今回の事件というよりも、全体的に曖昧な部分で、今の状況を預言したのではないかと思えるような話である。例えば、出てくる話としてタイムカプセルを埋めるシチュエーションであったり、そこに死体の一部が入っていたなどという話は、いかにも、ホラーを思わせる。
死体損壊を感じさせるストーリーで、その箱の中には、小説が入っている。しかも、一つではなく二つだというのだ。まるで示し合わせたかのようではないか。
それを主人公は予知するかのような話になっていて、それが未来において、交換殺人に結びついているという話であった。
交換殺人に結びつけるところは、さすがに中学生の発想ということで、かなりの無理はあるが、実際に、それくらいの無理をしないとできない話でもあった。
大人だったら、
「こんな話を書いたりすれば、ミステリーの作法に違反する」
ということで、大人は決して書かないだろう。
「ノックスの十戒」
などという言葉を知らなくても、当然、書いてはいけないことくらい、分かりそうなものだ。
だが、ルールの範囲内であれば、どこまでギリギリを貫けるかという意味で、まるで、
「チキンレース」
を思わせるものになるのではないだろうか。
子供が読むと、意外と面白くないかも知れない。
派手で、トリックの奇抜さなどを求める子供の読者と違って、玄人好みのミステリーマニアと呼ばれる人たちであれば、結構、楽しく読めるものかも知れない。
ある意味、叙述トリックにも似ているのかも知れない。読み込んでいくうちに、
「ここは、額面通りに読んではいけない」
と感じながら、読者の考えを推理するという読み方をしていると、意外と面白いものだ。
「読者への挑戦状」
なる書き方をするミステリー作家も結構いる。
確かに、密室トリックや、アリバイトリックなど、最初からトリックをバラしているものは、その時点で、
「読者への挑戦だ」
と言ってもいいだろう。
そういう意味では、交換殺人というのは、まったく逆で、一人二役などの事件のように、トリックが分かった時点で、作者の負けである。
ただ、だからといって、一人二役の場合は、ある程度の早い段階から、
「そっくりな二人」
あるいは、
「双子の兄弟」
などというヒントになるものを示しておかなければいけない。
これも、ノックスの十戒のようなものである。
また交換殺人もそうだ。
最後に交換殺人の片棒を担ぐことになる人間を最後の方で出してくるというのは、完全に、
「後出しじゃんけん」
のようなものであり、違反行為だといえるだろう。
そう考えると、
「トリックが分かってしまっては、その時点で作者の負け」
と言われることであっても、最後まで、トリックを隠すための工作をしてはいけないということだ。だから、一人二役、交換殺人なども、もろ刃の剣だといってもいいだろう。そういう意味で、トリックの二重三重にしておく必要があるというのも、うなずけるというものである。
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