第5話 タイムカプセル
帰りのバスに乗っていると、まるでデジャブを思い出していた。デジャブというのは、日本語で言えば、「既視感」のことであり、
「初めて見たはずの光景を、以前にも味わったこと」
をいう。
しかし、最近はその言葉の意味を過大解釈して、広義の意味で、
「前にもまったく同じ現象に陥った時、以前にも同じ現象を感じたことがあるような気がするということを思い出すことだ」
というのも含まれるようになってきた。
この時に感じたデジャブは、広義の意味でのデジャブだったのだ。
このデジャブを感じたのは、昨日のことであり、昨日のことなので忘れてなどいるはずはないのに、それでも、
「まったく同じ感覚を味わった」
といまさらながらに感じたのは、必要以上に、偶然というものを意識させられたからだった。
その偶然というのは、
「昨日同じバスで、同じ人間に出会った」
ということであり、その相手というのが、飯塚の同級生だと昨日紹介された、行橋早苗だったのだ。
「あら? 偶然ね、また同じバスに乗り合わせるなんて、私は嬉しいけど」
と言って、ニッコリと笑った早苗は、田舎育ちを感じさせない垢ぬけた雰囲気に、さぞや人気があるのではないかと思わせたのだ。
だが、今になって思えば、
「そういえば、先ほどから、飯塚は、時間を急に意識するようになったな」
と感じていた。
「そうか、これは偶然ではなく、偶然を装って彼女に会いたいというある意味ベタな作戦だったのではないだろうか?」
と、川北は考えた。
ただ、昨日は完全に偶然だったはずだ。ということは、昨日の偶然が、飯塚をその気にさせたのか、それとも、飯塚というのが、そこまで純情だったということなのかを思わせた。
「やっぱり飯塚は、本当に田舎の純朴さを失っていなかったんだ。東京の会社に就職しなかったのは正解なのかも知れないな」
自分でさえ、東京の会社で苦労したのだ。特に田舎者扱いされたことがかなりショックだった。そのショックをはねのける力が川北にはなく、一度劣等感を感じると、あとはどんどん悪い方にしか進んでいかない。それこそ、
「負のスパイラル」
を表現していたといってもいいだろう。
ただ、田舎者というと、川北のように、都会の重圧に圧し潰される人と、田舎者根性というべき、芯の強さを持った人間が、田舎者として、力を発揮し、苛めようとしていた都会の人間のひ弱さを曝け出させるようにして、自分が生き残るという、雑草のような逞しさを持っている場合がある。
「飯塚って、どっちなんだろう?」
と思ってたが、女性を相手にするだけで、ここまで純粋にしか思えないのであれば、きっと、東京で行く抜くことは、まず難しいだろう。それは、川北のレベルよりもさらにきついものではないだろうか。
そんなことを思っていると、飯塚のあまりにもわざとらしさに、却って恥ずかしい思いがする川北なので、実際の相手である早苗は、さぞや困っているだろうと思いきや、そこまでは感じさせるものではなかったのだ。
そういえば、大学時代の飯塚も、女性に関しては、あまり興味がないようなそぶりをしていた。いわゆる、
「朴念仁」
と言ってもいいくらいだった。
だから、田舎者で、さらに朴念仁の彼に、女性が寄ってくるはずなどなく、いくら草食系男子が多いとはいえ、最初から相手にされていないかのようだった。
だが、そんなことには、ほとんどお構いなしで、彼は2年生くらいまでは、女性に興味を持たなかった。
しかし、3年生くらいになると、偶然ではあったが、同じ時期に女性を好きになった。それでも、それぞれ違う相手だったこともあって、何とか助かったのだが、飯塚の方がすぐにダメになった。
相手に告白することもなく、せっかく仲良くなったのに、進展しなかったのだ、
「何を話していいのか分からない」
ということであったが、やはり、彼は恋愛に向かないのだと感じたのだった。
ただ、それは、飯塚に限らず、川北にも言えることであった。恥ずかしい話、今まで付き合った女性はおらず、正直にいうと、素人童貞であった。これは、飯塚も大学時代まではそうであり、卒業してからは知らないのだが、今回のベタな状況を見れば、それは変わっていないということを示していた。
「まさかとは思うが、今回のこのベタな状況を演出したのは、飯塚が、自分に助言を求めたいということを、暗に示しているのではないだろうか?」
と考えられた。
恋愛下手ではあるが、飯塚という男は、頭がキレる男だった。実直なために、そのキレる頭をなかなか効率的に生かすことはできないでいるが、それも致し方のないところがあった。それでも、飯塚としては、年齢が進むにつれて、まわりが結婚を自分以上に意識していることを察しているのかも知れない。
つまり、このままでいけば、自分が望む望まないに関係なく、好きでもない人と結婚させられるかも知れないという危惧を感じているのだとすれば、一応男なのだから、好きな人と結婚したいと思うのは無理もないことだ。明らかに飯塚は、早苗さんという女性を好きであることは見ていれば分かった。早苗さんの方も、好まざる相手ではないということも分かった。
ひょっとすると、お互いに相思相愛なのかも知れないが、お互いに明らかな恋愛下手。人に頼りたいと思う気持ちも分からないではないといっていいかも知れない。
飯塚は、今回のバスであくまでも偶然を装っているが、どう考えても、計画してのことである。もっとも、それは昨日からずっと一緒にいる川北だから分かることであったが、果たしてそのことを、当の本人である早苗に分かっているのかどうか。疑問であった。
「行橋さんは、いつもこの時間に帰ってるんですか?」
と飯塚は切り出した。
「ええ、残業がない時は、この時間ですね。今は少し仕事が落ち着いている時期なので、この時間が多いですね」
と言った。
それを聞いて、飯塚が何を感じたのか分からなかったが、川北としては、彼女の状況について、
「まず、仕事が終われば、誰かとどこかに出かけるということもなく、まっすぐに帰宅するということ。そして、それは、友達も恋人もいないということを示唆しているのだ」
ということである。
さらに考えられることとして、
「飲み会などには参加をしない人であるということ、ただ、これは会社にはそういう賑やかなことをするのが好きではない人が集まっているということを示しているのか、あるいは、この盛岡という土地自体、そんなに会社内での飲み会をしない人たちが多いという民族性の問題なのかは分からない」
ということだ。
だが、ものは考えようで、まわりのことも考えておかなければ、その人だけの性格を状況からだけで判断しようとすると見紛ってしまう可能性があるということである。
だからこそ、本当は飯塚が、川北に対して見極めてほしいと思っているのであれば、それは本末転倒なのではないかと思うのだが、果たして、頭のキレる飯塚に、そんな簡単なことが分からないということなのだろうか。
ある意味、頭がキレる人間も惑わしてしまうほど、恋愛感情というものは、厄介なものなのではないかと考えると、川北はどうしていいのか分からなくなった。
そもそも、まだ何も飯塚がアクションを起こしているわけではないので、勝手な思い込みだった。
ただ、結構、そういう勘が今まで働いてきた川北にとって、今回の勘も悪い勘として当たってしまっているような気がして、気が重いのだった。
「まあ、これもしょうがないのかな?」
と、他人事として考えるのが一番いいとは思うのだが。変に責任感が強くて、下手をすれば、その責任感に押しつぶされるという、悪い方に進むと、逃れられない性質が自分にあることを思い出していた。
「そういう意味では、飯塚の普段の性格が羨ましい」
と思い、だからこそ、飯塚を一番の友達として、ずっと付き合ってきたのではなかっただろうか?
そんなことを考えていると、今日は早苗の方から話題を振ってきた。
「飯塚君は憶えているかな? 高校三年生の時に何をしたのか」
と言われ、一瞬、飯塚はキョトンとなってしまった。
たぶん、早苗の方から話しかけられたことに衝撃を受けて、思考が一瞬停止したのではないだろうか。しかし、彼には元から自分の頭がキレているというプライドのようなものがあり、そのせいで、プライドと、衝撃のジレンマに陥ってしまい、思考停止してしまったようだ。
それを見た時、思わずレトロなマンガを思い出した。マンガよりも小説の方に造詣が深い川北だったが、1970年代の、アニメ創成期の頃の原作マンガには少し興味があった。特にその頃というと、特撮などでは、原作がマンガであっても、映像化される時は実写版というのが結構あった。今のドラマのようではないだろうか。
その中にロボットマンガがあったのだ。人間型のロボットで、いわゆる、人造人間。アンドロイドの類であった。
ちなみに、アンドロイドとサイボーグでは、れっきとした違いがある。それは、
「アンドロイドというのは、人間が造り上げたロボットのことで、サイボーグというのは、人間を元にして人間を強化したものである。つまり、アンドロイドは人造人間であり、サイボーグは改造人間ということになる」
というものである。
当時のマンガでは、アンドロイド物も、サイボーグ物も両方存在していて、基本的には、どちらも、勧善懲悪であった。ロボットとしてよく問題になる、フランケンシュタインというのは、アンドロイドであるが、サイボーグの雰囲気もあるように感じるのは、川北だけであろうか?
思い出した話は、アンドロイドものであり、最初から機械の身体を作りあげた後で、人工知能を植え付け、最後に良心回路をつけるというものであったが、その良心回路が未完成のまま、敵に発見されたことで、不完全な良心回路を付けることになったロボットの話である。
この問題は、
「ロボット工学三原則」
に関わる問題で、ロボットが人工知能を働かせ、自分たちが人間に支配されることをおかしいと認識した時、人間よりも強靭である自分たちが、今度は人間を支配しようと考えないようにするための、三原則であり、それは、
「理想の人間を作ろうとして、怪物を作ってしまった」
というフランケンシュタインの教訓から生まれた、
「フランケンシュタイン症候群」
というものへの対策を三原則としてロボットの人工知能に埋め込むという考えが、
「ロボット工学三原則」
である。
その三原則には厳格なる優先順位がついていて、この優先順位のために、しばしば、ロボットが悩み苦しむというのが、このマンガのテーマでもあった。
「勧善懲悪なのか、それとも、ロボットも一つの人格のようなものを持っていて、それを尊厳として考えるかどうか、それが、ロボット工学三原則への挑戦であり。ロボット開発をいかに進めるか」
という課題でもあったのだ。
ずっと、そのロボットは、不完全な良心回路のために苦しむことになる。勧善懲悪の精神を持ちながら、自分がロボットであり、理不尽な目に遭うということに疑問を持ち始める。
ただ、勧善懲悪が最優先であるので、悪の組織は完全なる敵であった。しかし、悪の狩猟が吹く笛の音は、そんなロボットの勧善懲悪を狂わせ、良心回路を刺激する。
そのため、闘いながら、自分の中で葛藤を繰り返し、外敵と戦いながら、内部では良心回路と戦うという状態に、苦しむのだ。
最終的には、戦闘態勢に変身したところで、良心回路の関係のないところで、完全な勧善懲悪となり、相手を倒す無敵の戦士になるわけだが、そこまでの苦悩を、果たして子供のレベルで理解ができるかどうかというのが難しいところである。
「今と時代が違った」
と言えばそれまでなのだろうが、果たして、そう簡単に割り切れるものなのか?
川北は、そのことを思い出していた。
今の飯塚を見ていると、そのロボットのジレンマを感じさせられ、些細なことであっても、人間としてジレンマに陥るというのは、それなりも苦痛を伴うものである。
恋愛経験の乏しい川北でも、そこまで考えさせられると、見ているだけで辛さを感じさせられるのであった。
そんな状態の中で、早苗が口にしたのは、ちょっと意外な言葉であった。
「飯塚君は、結構、高校時代からいつも輪の中心にいて、まわりをまとめる役だったわよね?」
と言い出したのだ。
思わず、川北は心の中で、
「はぁ? あの人と関わることを極端に嫌っていた飯塚が、こともあろうに、輪の中心にいたとは?」
と叫んでいた。
自分にとっての飯塚は、同じ田舎者として話やすいやつだが、俺以外の人と話をするなど、想像もできないという雰囲気だった。
それなのに、早苗が言っていることは、自分が知っている飯塚とは明らかに違った人物を想像させることであり、あたかも信じられることではないということだった。
「ああ、だけど、それがどうしたんだい?」
と、飯塚も敢えて否定しようとはしない。
「輪の中心にいる」
ということを自覚しているということであろうか?
今まで控えめなところが、飯塚にはあって、それが田舎者らしくていいと思っていたのだが、ここまで自分に対しての態度と違っていると思うと、
「この人は、二重人格なのではないか?」
と、感じさせられるのであった
そんな飯塚に対して、さらに早苗は切り出した。
「どうやら、飯塚君も忘れているのかも知れないけど、ほら、あの中学を卒業した時のことよ」
と言い出した。
話を聞いてもまだピンとこないようだったが、高校時代のことではなく、さらに昔の高校時代のことを話しているのだ。
中学時代というと、卒業がちょうど今から十年前ということになる。十年を機会ということが早苗は言いたいのだろうか?
川北は、そのことを感じたが、飯塚の方では、ピンとこないようだった。
それを見て、業を煮やした早苗が、
「ひどいわね。忘れちゃったの? 十年前のあの時のことよ」
というではないか。
十年前という発想は、川北にはあったのだが、飯塚にはなかった。川北は、早苗やここでの同級生との思い出も時間の共有もなかったから、言葉だけで判断できたことで、核心に近づけたのかも知れないが、実際に思い出がいっぱいの飯塚にとっては、その思い出が邪魔をして、すぐには思い出せなかったのではないかと思うと、それも無理のないことだろうと感じたのだ。
だが、さすがにそこまで言われると、飯塚も思い出したようだ。
「ああ、あの時のことか。うん、覚えているよ」
と、目を輝かせていた。
飯塚は確かに忘れていたのかも知れないが、思い出してしまうと、それをまるで昨日のことのように思えたのではないかと思った。そして、その時の飯塚は少なくとも意識は中学時代に飛んでいて、もしその時川北が話しかけたとしても、遠いどこかで誰かがしゃべっているというくらいの意識しかなかったかも知れない。
今の飯塚は、最初にもくろんだ早苗との思惑を超越しているかのような感覚で、気持ちだけがタイムスリップしたかのようだった。
「タイム?」
と、自分でタイムスリップを思い浮かべたことで、二人の間の共通の思い出が何か分かった気がした。それが、
「タイムカプセルだ」
ということを感じたその瞬間。まるで図ったかのように和音となり、そのもう一つの声が、飯塚だったのだ。
彼も同じ瞬間に気づいたので、川北も同じ言葉を発したのが分からなかった。しかし、早苗には分かったみたいで、早苗はビックリしたように、飯塚と川北の顔を交互に見渡していた。高速で首が動いているかのようで、次第にその首の動きが止まらなくなるのではないかと思わせるほどだった。
よく見ると、早苗の首は他の人の女性よりも長く感じられ、まるで、
「ろくろ首」
のように見えたのだ。
妖怪変化とはよく言ったものである。
タイムカプセルというのは、中学や高校時代に、当時の思い出のものや、将来の自分に書いた手紙は、掘り出す予定の時期の未来予想図などを認めたものを仲良し数人の結束の証として、一緒の箱や缶に入れて、地中に埋めるというものである。
田舎の方ではそういうことをするのをよく聞いていたが、川北の方ではそういえばしなかった。
川北の仲間にそういうことをしようということを言い出す人がいなかったからなのだろうが、川北は、タイムカプセルということはしていない。
ただ、田舎というところは、場所によっては、自治体の土地開発計画に入ったりして、すぐに、学校が解体されたり、10年という区切りを待たずに、なくなってしまうこともえてしてあったりした。
さらには、埋めた場所が分からずに、結局掘り返すことができないと言ったことになることも往々にしてあるだろう。
例えば、
「学校の校庭の端にある、大きな桜の木のたもと」
と言っておいても、実際にその木がなくなってしまっていることもあるだろう。
さらに、その木のたもと近くに、倉庫や学校の施設が建ったりと、まったく違った光景になっている場合もある。
そんな時はすでに掘り返されていて、ショベルカーのような重機を使って掘り起こすのだから、歯の平サイズの缶や箱などはひとたまりもない。大量の土と一緒にほじくり返されて、どこかに捨てられるのがオチだろう。
中には誰かが言い出して、その人の主導で埋めたとしても、その本人が忘れてしまったり、会社員になり、転勤で近くにいないなどの事情で、掘り返すという時期を逸してしまうこともあるだろう。
そういう意味で、タイムカプセルというのは、埋めたはいいが、目的完遂できるかどうか、甚だ疑問だといってもいいだろう。
よくテレビなどで、タイムカプセルをほじくり返しているのを見たりするが、
「これって本当に、そんなに簡単にできることなんだろうか?」
と疑問に感じたりするものだった。
そんなタイムカプセルが、今ここで話題になっていた。たぶん、早苗が飯塚に相談しようというのだから、早苗も一緒にタイムカプセルを埋めた口で、そのタイムカプセルを埋める主導権を握っていたのが、ここにいる飯塚だったのではないかと推測できた。
「ああ、タイムカプセルか。確かそういうのを埋めたよな」
と、飯塚は完全に他人事だ。
これを聞く限りでは、
「飯塚は、タイムカプセルに関しては、自分が主導権を握っていたというわけではないのだろうか?」
と感じた。
「あれ? あの時に主導権を握って埋めようと言い出したのは、飯塚君じゃなかったかしら?」
と言われた飯塚は、
「いや、確かにあの時、タイムカプセルということを最初に言い出したのは俺だったと思うんだけど、実際に主導権を握っていたのは、俺じゃなかったと思うんだ」
というと、
「じゃあ、誰だったのかしら?」
ということになり、それすらも、
「いや、俺は憶えていないんだ。早苗さんは俺だと思っていたのかい?」
と、言われて、
「うん、そうだと思っていたんだけど、でも、だんだん思い出してきたわ。そうね、確かに飯塚君じゃなかったわ。飯塚君のアイデアを引き継ぐ形だったと思ったけど、その人は、いつも主導権を握りたがっている人だったわね。それに飯塚君は言い出しっぺだったくせに、すぐ他に興味を示すことがあったので、すぐにそっちに飛びついた気がするわ。もっともそれが飯塚君のいいところだと私は思っていたんだけどね」
と、早苗は言った。
「ありがとうと言っておけばいいのかな?」
と言ってニッコリと笑った早苗だったが、その時の飯塚は一緒になって笑うことはなかった。
飯塚にしては、あまりないパターンだった。相手が笑うと、自然と微笑み返している飯塚だったが、何か心配事でもあるのか、笑えないようだった。
「今日の飯塚の行動からは考えられない」
と思ったが、あの感情が顔に出る飯塚としては、少し変わり身が早い気がした。
この時の感情は、飽きっぽいというのとはかけ離れている気がしてきたのだった。
「私、ずっとタイムカプセルを開けるのを楽しみにしてきたの。だから、飯塚君にもタイムカプセルを開けるのに協力してほしいのよ」
というではないか?
「それは、協力してあげたいのはやまやまなんだけどね。ああいうのって、一種の個人情報に関わることもあるんだろうから、あの時のメンバー皆に立ち合ってもらうか、あるいは許可を得ないといけないんじゃないかな? あの時のメンバーがどうなったのかって、君には分かっている?」
と聞かれた早苗は急に元気がなくなってしまった。
「ええ、確かにそうよね。勝手に開けていいはずはないわよね。それに、あの時のメンバーの居所を全員把握できているわけではないし、だからと言って、皆の消息を探すというのも、個人情報を割り出すことになるわけだから、タイムカプセルを掘り出すためってことでは弱すぎるわよね。それこそ、本末転倒というものだわ」
と早苗は言ったが、まさにその通りである。
だが、川北は早苗の落胆を見て、自分がタイムカプセルを埋めることができなかったという無念さを今感じていることで、それ以上に早苗の悔しさが分かる気がした。何とかして早苗の希望を叶えてあげたいという衝動に駆られていたが、だからといって、完全に部外者である自分がかかわりを持つということは許されない。
そんなことを考えているうちに、バスは早苗の降りる停留場に来ていた。
「じゃあ、今日はここで」
と言って、早苗はそそくさと用意をして降りて行った。
それを見て、川北は違和感を感じた。
「あれ? 何か変だ」
と思わず声が出てしまった。
「ん? どうしたんだい?」
と、川北の反応に飯塚は何だろうと思ったのだろう。
「あっ、いや、俺の気のせいなのか、昨日彼女と俺たちとでは、彼女の方が先に降りていったんじゃなかったかい?」
と聞かれた飯塚は、
「ああ、そういうことか。ここの住民ではない川北には、不思議なことだよな。実はこういう雪国では、その日の天候やその他の理由で、ここのような循環バスは、コースが変わることが時々ある。と言っても、路線から離れることはできないので、バス停をワープさせて、コースお途中の道を入れ替えることって結構あるんだよ。雪の多い時、さらには、雪崩が危険な時期などは、結構ある。特に雪崩が危険な時期は除雪を伴う除雪車が入ってくるし、逆に雪が深くなる時など、道路が凍結しないようにするための凍結防止剤や、凍った雪を解かすための融雪剤などを撒く車というのは、実に遅いスピードで走ることになる。その進行方向と同じ方向を走ると、渋滞に巻き込まれてしまう。そのため、路線バスは、それらの車を避ける形で運行されるのだ」
というのだった。
「なるほど、雪国の知恵というものなのかな?」
と川北が感心したようにいうと、
「まあ、仕方がないとはいえ、正直大変ではある。だけど、それもずっと住んでいると慣れてくるもので、当たり前のことだと感じるようになるものだよ」
と、飯塚は言った。
「俺の住んでいた田舎では、ほとんど雪が積もることなどないので、ちょっとでも雪が積もると結構大変だよ。いつもだったら、歩いて10くらいのところを、車を使うと2時間もかかったとか言って、皆一度、家に車を置いてから、もう一度出勤してくるんだよ。その方が、そのまま車で来るよりもよほど早かったりする。電車というのは、雨や風ではすぐに止まってしまうけど、雪には結構強かったりする。少々の雪だったら、30分以上遅れるということはない状態で、運行するんだよ。実によくできていると思うんだ。ただ一つビックリしたのは、連結ポイントのところで、線路が凍結しないように、下から火であぶっているんだよね。それを見た時、実に原始的な対策だと思ったけど、これほど有意義な対策はないと思い知らされた気がしたね。これこそ、雪の中でに列車の強みだということをいまさらながらに思い知らされた。インフラがマヒしたりした時など、逆に原始的な方法が効果的だということになるんだろうと思ったんだよ。それは文明の利器の限界なのか、それとも、文明に対しての自然の挑戦なのかって、そんなことを考えされられたきがしたものだよ」
と、地元の事情を織り交ぜながら、川北は話した。
「なるほど、興味深いね。雪の普段降らないところでたまに降ると、それはそれで大変だということだね?」
と、飯塚はいうのだった。
早苗からの申し出のあった翌日、状況は一変したのだが、まさかの展開を、果たして誰が予想などできたであろうか?
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