第2話 盛岡の実家
バスに乗り込んでから、盛岡市内の都心部を抜けると、次第に閑散とした田舎風景が車窓を走り抜けていく。半分ほどいた客もだいぶ減ってしまったが、それでも、十人近くはいただろうか。
せっかく休養で田舎に来たというのに、車窓が都会から田舎に変わった瞬間、急に寂しさを感じた。
「俺も、都会に染まってしまっているのだろうか?」
と思った。
最初は田舎の風景にワクワクするものだと思っていたが、この寂しさは何であろう? 都会にいる間は、
「盛岡と言っても、都会じゃないか?」
と新幹線を降りた時には感じたのが、まるで、だいぶ昔のようだった。
飯塚にとっては、見慣れた風景で、面白くも何ともないだろうが、本当ならもっと喜ぶべき川北が、寂しさを感じているというのは、何かお互い想像もしていなかったことなので、お互いに話しかけるタイミングを逸してしまったようだった。
盛岡の都心部を走り抜けていく途中で、一人の女性が、飯塚に話しかけてきた。
「飯塚君、飯塚君よね?」
と言って、やたら前のめりな女性で、馴れ馴れしさというより、人懐っこさを感じさせるのは、その女性の明るさがにじみ出ているからであろうか。飯塚も、ちょっと迷惑そうには見えるが、よく知っている川北からすれば、
「別に嫌がっているわけではなさそうだ」
むしろ、女性に声を掛けられて、嬉しそうにしているように感じた。
彼女の方もそれを分かっているようで、その雰囲気が馴れ馴れしさではない人懐っこさを感じさせる要因だったに違いない。
「ええっと、君は?」
と、たどたどしくやっと答えた飯塚だったが、
「私よ。行橋早苗よ」
というと、
「ああ、高校の時に一緒だった。行橋さんか。久しぶりだね」
というと、
「中学から一緒だったんだよ。覚えていないの? でも懐かしいわね。飯塚君は元気にしていた?」
と言われた飯塚は。
「ああ、そうか、忘れていてすまない。僕の方は何とかだけど、それにしても、よく声をかけてくれたね、嬉しいよ」
と、飯塚は言った。
飯塚という男は、天真爛漫ではあるが、変なところで正直者で、ウソがつけないところがあった。
今の会話でも、相手から、
「元気にしている?」
と言われて、
「まあ、何とか」
としか言えないのは、正直、そこまで元気ではない証拠だろう。
だが、それをいくら、相手が社交辞令でのただの挨拶だと分かっていても、真剣に答えようとする飯塚には、できることではなかった。
それが飯塚にとってのいいところでもあり、悪いところでもあった。飯塚の悪いところというのは、正直者の短所であるところにありがちな、
「融通の利かないところ」
だということであった。
そのため、相手に必要以上に心配させてしまったりするのだが、女性の中には、そんな飯塚に母性本能をくすぐられる人もいたのだろう。大学では、意外とモテた飯塚だったのだ。
早苗は、飯塚にいろいろ懐かしかったことを畳みかけるように話したが、さすがに途中からやっと川北の存在を意識したのか、トーンが下がっていった。
いや、ここでこれだけトーンが下がるということは、最初から川北に気づいていたのだろう。自分のトーンが下がらないように、
「言いたいことをとにかく言ってしまおう」
という気持ちが強いのか、まくしたてるように話したのはそのためであろう。
「飯塚君は、今盛岡で仕事してるの?」
「うん、営業なんだけどね、慣れなくて」
「じゃあ、前は東京にいたの?」
「うん、東京の大学を出て、東京の会社に就職したんだけど、慣れなくてね」
「そうだったんだ。私の知っている人も、皆そうだったのよ。だから私は最初から東京や仙台などの都会には行こうと思っていなかったわ。だから、大学も盛岡、就職も最初から盛岡でしたのよ」
と早苗は言った。
早苗という女の子は、最初その勢いから、てっきり東京の大学でも出ているのかと思っていたが、思ったよりも堅実な人生を送っているようだ。そういう意味で、川北は、
「彼女は、俺と性格が似ているのかも知れないな」
と感じた。
だからと言って、さっきのような、久しぶりに会った相手に懐かしいからと言って、まくしたてるような話し方はしないだろうと思っている。そういう意味では、早苗というのは、川北にとって、
「似て非なるもの」
という言葉とはまったく逆の、
「大同小異」
などと言う言葉と同じかも知れないが、それだと少し薄っぺらい気がする。他の言い回しはないのだろうか?
早苗が話しかけているのを、横で気配を消して感じながら、車窓を見ていた。
次第に、雪景色が見えてきて、真っ白な雪が、沈みかけている日の光に反射して、かなりの明るさを感じさせた。
光の力の強さを再確認したかのように思えた川北は、これだけでも、
「来てよかった」
という気持ちになった。
さっきまで、田舎になるにしたがって寂しい思いを感じていた自分がウソのようである。
こんな気分になってきたのは、初めてくるはずのこの光景を、
「どこか懐かしい」
と感じたからであった。
そんな現象を、
「デジャブ」
というのだというが、まさに、そんな気分だった。
それに、あたりの景色を一変させた雪景色は、すべてのものを白く覆っているので、その雪の下には何があるのか、見当もつかない。
地元の人間で、いつも見ている飯塚のような人なら、元が何だったのかなど簡単に分かるだろうが、それでもちょっとでも何かの原因でずれてしまっていれば、分からないかも知れない。
どんなに同じに見える風景でも、知っている人から見れば、まったく違った光景に見えるのではないかと思うのだった。
もちりん、そんなことは勝手な思い込みなので、実際にはまったく違うのかも知れないが、目の前の光景にビックリしているくせに、懐かしいと感じてしまった川北は、
「自分を見失いかけているのではないか?」
と感じるのであった。
まっすぐな線は一つもなく。こんもりとした山に包まれているような光景は、それこそ田舎ならではだと思わせるのであった。
「本当に、飯塚君って変わっていないわね」
という早苗の声が聞こえてきた時、
「目の前の風景も、何度もここの住民の目の前で繰り返されてきた不変な風景なんだろうな」
と感じた川北だった。
自分にとっての田舎では、一年のうちに、ほとんど雪が降ることはない。いや、今では結構積もる時もあるようだが、少なくとも自分がいた時分には、雪だるまができるほどの雪など存在しなかった。目の前で繰り広げられている光景であれば、いちいち雪だるまを作る必要はない。手を目を作れば、そのままで雪だるまの完成だと言えるような気がするのだった。
「雪だるまなんて、どうやって作るのだろう?」
と思うほど、雪が降ったとしても、数時間で、解けてしまい、土がドロドロになってしまい、汚い光景を見せつけられるだけのことであった。
「こんな雪、見たことないはずなのに」
と、またしても、デジャブに襲われた川北だった。
「じゃあ、また今度連絡するね」
と言って、ブザーを押した早苗は、次の停留所で降りるのだろう。
ということは、これから向かう飯塚の実家も、まもなくということであろうか、実際に山間を超えてから、谷に当たるあたりに出てきたようだった。
「俺たちの村というのは、まわりをほとんど山に囲まれている、辺境の土地なんだ。だから、温泉も出たんだろうと思うし、以前はこれでも、湯治客でにぎわっていたんだよ」
と、飯塚は言った。
二人は、盆地にあたるところのちょうど中間あたりのところでバスを降りた。ここで一緒に数人が降りたために、もうほとんどバスに乗っている人はいなくなってしまった。
「ここが、村の中心部と言ってもいいんだけどな」
と言っているが、すでに日は沈んでいて、ところどころの家から漏れる光と、申し訳程度の街灯のおかげで、まったく暗くならなくてよかったという程度の、本当に申し訳程度の明かりが灯っているだけだった。
空を見ると、まだ少し白々とはしているのは、平野部だったら、まだ日の入りはしていないということだろう。ここが盆地で山に囲まれていることを証明しているかのようだった。
それにしても、本当に真っ暗だ。しかも、雪に覆われているので、明るかったとしても、ほとんどが雪だるまにしか見えない状態なので、よく分からないだろう。そもそも雪国の通常がどういうものなのか知らないだけい、想像するのは、たやすいことではなかったのだ。
バスを降りて、街灯沿いに歩いていくと、見えてきたのが、赤々とした明かりだった。
「あそこが俺の実家の、玉の湯というところなんだ」
「どうして玉の湯なんだい?」
と聞かれた飯塚は、
「この村が、玉野村というところなので、そこから来た単純な名前さ」
と言って、ため息をついた。
どうやら、飯塚はこのネーミングをあまり好きではないらしい。
「ガラガラ」
と昔ながらの勝手口から中に入った。
「本当はお客さんだから、正面玄関から入るのが筋なんだろうが、川北君は、あまり行業としたのが嫌いだと思ったので、こっちから入ろうと思ってね。何を隠そう。俺が玄関からは基本的に入ってはいけないことになっているので、それだったたと勝手口から入ったというわけさ。悪く思わないでくれよ」
ということだった。
「ああ、分かっているよ」
と川北は言ったが、二人の以心伝心は今に始まったことではないので、それだけの言葉で十分だったのだ。
「ここは、湯治場にはなっているけど、宿ではないんだ。そのあたりは、おフクロから聞いた方がいいかも知れないな」
ということで、さっそくおかみさんに顔見世をして、まずは温泉に浸かり、旅の疲れを癒した。
この間までの激務な仕事のせいで、たったこれだけの旅行でも、疲れが溜まっているようで、温泉に浸かると、それまで溜まった垢が一気に落とされるような爽快な気分になっていた。
温泉に二人でゆっくり浸かってから部屋に戻ると、料理が運ばれてきていた。
まるで、宴会用の料理でもあるかのような豪華なものだった。
「湯治場の料理というのは、ここまで豪華なものなのか?」
と思ったが。やがり、湯治というのは、温泉の効用と、食事によって栄養を摂ることが、一番の効果となるのだろう。
それを思うと、
「今まで気が張り詰めていた毎日が何だったのか?」
と考えさせられてしまった。
「こんなにもまったく違った生活をじっくりと味わってしまうと、もう、会社に戻りたくなくなるのではないか?」
と感じるほどだった。
仕事を精いっぱいこなしていた毎日。一日の感覚が分からなくなるくらいにマヒしていた日々だったのを思い出そうとすると、かなり昔のことだったように思えるのは、感覚の錯覚だといえるだろう。
「錯覚なら錯覚のままがいい」
と感じたのは、あまりにもギャップが大きいのも問題だと感じたからだった。
「わんこそばにしなくて正解だった」
というのも本音だった。
わんこそばのように半分、競技のような食事であれば、思わず真剣になって必死になって食べていただろう。下手をすれば食べ過ぎで胃薬か、整腸剤のお世話になっていたかも知れないと思うと、思わず苦笑いをする川北だった。
川北は、競争心が旺盛なところがあった。最初はそのつもりはなくとも、思わず、
「自分がトップでなければ気が済まない」
という思いになるのだった。
これは、飯塚にも言えることであったが、飯塚の場合はそれを、
「俺は人と同じでは嫌だからだ」
と思うのだ。
飯塚がどうして競争心が旺盛なのかの原因までは分からないが、きっと二人が仲良くなった原因の一つに、この、
「自分がトップでなければ気が済まない」
というところがあるからではないだろうか。
だが、幸いなことに、二人が一つのことを一緒に好きになるということはあまりなかった。だから、競争をしたという意識は、川北にはなかった。飯塚がそうなのか、分からなかったのではあるが。
川北は、電車に乗る時など、毎日のように乗る路線では、どの位置に乗れば、改札に一番近いのかということを知っているので、いつもそこに乗るようにしている。もし、座っていたとしても、駅に到着するだいぶ前から立ち上がって、扉の前で一番に飛び出せるようにしていた。
そして、扉が開けば、あとは改札までダッシュである。他にダッシュする人がいれば、そいつには絶対に負けないようにして一番を目指すのだ。これは、中学生くらいの頃から初めて、すぐに日課となり、違和感がなくなった。
今では当たり前のようにしている。
もっとも今では、伝染病のせいで、密になってはいけないということで、これも当然のことである。今の時代にあっても、走らずに、たくさんの人と一緒に改札を抜けてくる連中の気が知れないと思うのだった。
その走ってくる光景はさながら、関西で行われる戎神社大祭の、
「福男レース」
を思わせる。
関西にある、ある戎神社では、
「正門から駆け出して、神社の境内までの距離をダッシュして、最初にゴールした上位三人を福男とする」
という、いわゆる、
「開門神事福男選び」
という行事が毎年十日えびすの1月10日に行われるのであった。
その距離は230メートルということなので、その間には、直角に曲がるところなどもあり、滑ってひっくり返る人も続出するという。
そんな神社を走り抜ける様を、子供の頃は、
「一体何をやっているんだろう?」
と思って見ていたが、自分が目的は違うがやっているのを思うと、何ともむず痒い気持ちになるのだった。
そんな川北なので、自分ではそうは思っていなかったとしても、わんこそばのようなものがあれば、知らず知らずに気合が入ってしまって、急いで食べようと競争心をむき出しにするに違いない。
そうなると、夕飯に影響してしまうのは必至。
「あの時、よく思いとどまったな」
と、思ったほどだった。
大げさかも知れないが、
「虫の知らせ」
というものがあったのではないかと思うのは、無理もないことではないだろうか。
せっかく提案してくれた飯塚には悪い気がしたが、今の状態を考えると、結果的によかったと思ってくれるだろう。逆に、
「これでよかったんだ」
と思ってくれるに違いない。
飯塚という男は、そういう男なのであった。
川北は、目の前の食事を目を輝かせながら、舌鼓を打つのだった。
その日の夜は、酒を飲みながら、大学時代の話に花を咲かせた。お互いに、田舎から出てきて、最初のうちは、
「友達を作ればいいんだ」
と思っていたが、なかなか声も掛けられず、皆が簡単に仲良くなっていくのを見ると、次第に焦ってきたりしたものだった。
そのせいで、そんな自分が次第に孤立してくることを感じ、そのうちに、
「どうして東京の学校なんか選んだんだ?」
と思うようになった。
田舎の大学だってよかったではないか。ひょっとすると、少しでも、自分を変えたいという思いが強かったのかも知れないと思うと、その時の自分の体たらくが、最初の思いとのあまりにも違いに、恥ずかしくなってきたのであった。
それを思うと、もうすでに、自分のまわりには誰もいなくなってしまったのだと、川北は感じていた。
しかし、まったく同じようなことを感じているやつが、自分の近くにいたことに気づかなかった。本当に目の前にいたはずなのに、そんなことにも気づかなかった自分が情けないと思うのだった。
「そんな時、偶然だとはいえ、まさか、君と近くの博物館で出会うことになるなんて思ってもみなかったよな」
と川北がいうと、
「ああ、そうだよね。あの時、僕は、自分と同じ趣味を持っている人が近くにいるなんて、想像もしていなかったので、本当に嬉しかった。芸術なんて、友達を作るうえでは何も影響がないんだと思うと、情けなくなっちゃってね。そのせいで、東京に出てきてから、博物館にも美術館にも、一度も出向くことはなかったんだ。でも、あの日、偶然、出かけたんだけど、君に会えてよかったよ」
と飯塚は言った。
「どうして、その日、出かける気になったんだい?」
と川北が聞くと、
「あの日、とっても天気がよかったんだ。ずっと部屋にいるのが、なんだかもったいない気がしてね。それでちょっと出かけてみようと思って、行ってみたんだ」
と、飯塚は言った。
「そうか、そうだったのか。実は今だからいうんだけど、俺は、本当は芸術に造詣が深かったわけじゃないんだ。友達もできずに、ずっと一人でいつもフラフラしていたんだけど、その日もフラッと出かけただけだったんだけど、美術館の前で、懐かしのソフト屋さんが、屋台のようなのを引っ張って店を出していたんだ。それが何とも懐かしくて、食べてみたくなって、そこで買ったんだよ。美術館の前の大きな公園で座って、ソフトを食べていると、目の前に大きな建物があるだろう? ちょうど日は当たって、眩しかったんだけど、そのせいもあってか、やけに大きな建物に見えたんだ。よく見ると美術館って書いてある。せっかく出てきたんだから、美術館にでも入ると、少しでも落ち着いた気分になれるんじゃないかって思ってね、それで入ってみたんだよ」
と、川北は、その時の心境を明かした。
もちろん、こんな話をするのは初めてだった。だが、
「いや、そんなことだとは思っていたけどね。だって、君は仲良くなってから、一度も芸術について、自分から話をしようとはしなかっただろう? 最初は照れ隠しで言わないんだろうと思ったけど、それも何か違うと思っていると、きっと、芸術に興味なんかないんだろうと思ったんだよ」
と言った。
ちょっとびっくりしたが、どこか救われた気分にもなった。
「そっか、そうだったんだね。まあ、普通に考えればそうだよな。興味があるなら、もっとたくさん話をしているよな。そうなんだ、俺は正直、芸術作品を見ても、実際には何とも思わない。それはきっと、自分が絵を描いたり、彫刻を作ったりすることをしないからなんだろうな」
というと、
「俺だってそうさ、最初はまったく絵を描いたりなどしなかったので、芸術に興味なんかまったくなかったんだけど、ある日、急に描いてみたいと思うようになると、美術館で芸術作品を見ている自分が何か羨ましく感じられ、しかも、描けるような気がしていたんだけど、結局、絵を描くことはできなかったんだ。これからもずっとできないかどうかは、分からないんだけどね」
と、飯塚はいうのだった。
二人があの日出会ったのは、
「いい天気だったからだ」
というのは、お互いに今でもそう信じていることであった。
学生時代のほとんどを一緒に過ごしたわけだったが、喧嘩がなかったわけではなかった。
あれは、三年生の時だったか、川北が好きになった女性がいた。その彼女には友達がいて、その友達と、飯塚が仲良くなったのだ、お互いに好みが違うということで、バッティングしなかったのはよかったのだが、
「世の中、そんなに甘くない」
とでも言えばいいのだろうか。
というのは、
「お互いに、2カップルともうまく行っている時は問題ないのだが、どちらかがうまくいかなくなると、意外と問題が大きくなるということを、当事者全員が分かっていなかった。
それは後から思えば、
「なんで、分からなかったんだろう?」
と思うほどのことだった。
飯塚はともかく、加減乗除の考え方がモットーである川北に、その発想がなかったのは、友達同士でWカップルになるということが、実は、計算通りにいかないということではないだろうか。
というのも、うまく行っている時のことしか考えられないほど、実にうまい関係だと最初に思い込んでしまうからであろう。
「うまく行かなくなるなんてありえない」
とまでに思うのは、思い上がりではあろうが、そう思ってしまうのも、無理もないことで、人間なるべく、無難な考えに落ち着きたいというのが、人情というものだ。
特に、うまく行っていることを、わざわざ悪い方に考えて、余計な気遣いをしたために、うまく行かなかったのだとすれば、そっちの方が、後悔も大きいというものだろう。
そういう意味では、
「これは致し方のないことであり、未然に防ぐというのは、至難の業だ」
と言えるもではないだろうか。
それを考えると、
「男女の関係というのが、摩訶不思議なものだ」
ということを、証明しているかのようではないだろうか。
最初にうまくいかなくなったのは、飯塚の方だった。
些細なことと、偶然から、勘違いが生まれてしまって、その勘違いを取り繕うということを男の方がしたために、却ってこんがらがてしまい、女性の不信感は最高潮になった。
それは、最初の勘違いを、彼女なりに、
「何とか、自分がちゃんと受け止めて理解できさえすれば、修復できる7」
と思ったからだった。
そういう意味で、川北と彼女の友達がいい仲になっているというのは、幸いだったはずだ。
しかし、それを余計なことをしたために、却って彼女の疑惑を深めてしまったことで、さらなる疑心暗鬼を生んだのだった。
一度ならず二度までも、裏切られたと思った彼女には、もう修復するだけの力はなかった。
完全に脱力感に包まれてしまい。結果は完全な凍結状態、氷が解けるということはなかったのである。
そのために、せっかくうまく行っていた川北も、彼女の、
「私は、彼女の友達だから」
という一言で、壊れてしまったのだ。
川北も、ずっと、友達と彼女の間のジレンマに苦しんでいた。
「友達を取るか、彼女を取るか」
ということであり、正直、彼女を選ぼうとしていたのも事実だった。
だが、そんな彼女からの、絶縁を通告された時、
「やっぱり、女なんだ」
と、愛情よりも友情を取った彼女に対し、若干の恨みもあったのだが、ここに男女の違いを思い知らされたことで、ハッキリとは言い切れないまでも、
「どうせ、この女は自分を最優先にはしてくれない」
ということを、自分なりに納得できたことで、一気にそれまでの気持ちも冷めてしまった。
結局、友情がすべてだと思っていたが、それも、就職活動などの、リアルな問題に直面したことで、なかなか距離が縮まらず、次第に距離を詰めようという努力ができなくなっていた。
就活というのは、それほどに大変なことであり、そんな大変な道を乗り越えてきた結果が、二人とも、苦しむことになったのだとすれば、
「距離を保っていたこの2年間、一体何だったのだろう?」
と、思わずにはいられなかったのだ。
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