時をこのまま、あなたの手で

上村夏音

時をこのまま

 突然だけど、幸せすぎる。

 春野麻帆、一七歳。高校生活が楽しすぎる。本当に楽しすぎて、このままずっと高校生やっていたい。今日だって学校から帰ってくるの辛かったし。

「普通逆よ?」

 って友達に笑われたけど。高校生でいられる時間が有限なのが耐えられない。本当に、時止まってくれないかな……。

 

「じゃあやればいいじゃないですか?」

「えっ」

 後ろを向くと、女の子がいた。私と同じくらいの歳かな……? ていうか、ここ私の部屋なんですけど。

「あ、わたし悪魔です。ちょっと話聞かせてもらってました」

 しれっとすごいことを言ったんだけどこの子。え? 悪魔? しかも聞いてたの?

「私声出してないんですけど」

「いやまあ、そこは悪魔なんで」

 理由になってないけど、まあいいか。いや、良くないな。

「そんなことより、やっちゃいましょうよ」

 そんなこと……かな? まあ確かにそこ重要じゃないかも。

「やっちゃうって……」

「だから、時止めましょ?」

 そんな簡単に言っていいことなの? いや、嬉しいけど。願ったことだけど。まあ、なんとかなりそうなのかな? 悪魔だし。

「じゃあ、やっちゃいます。お願いします」

「うん?」

 こっちを向いて固まる悪魔。よくわからず、私も見つめ返す。

 お互い何も話さないまま、見つめ合う謎の時間。

「えっと、お願いしますっていうのは……?」

 耐えきれず悪魔の方から口を開いてくれた。

「え? だから……やってくれるんでしょ?」

「あ、違いますね」

 え? 違うの? 

「じゃあ何? どうすればいいの? まさか、冷やかし?」

 なんだとしたら、警察を呼ばないといけないと思うんだけど。

「違います、違いますよ! 警察呼ばないで! あなたがやるんです。わたしは力を与えるだけ」

「力……?」

「そうです、わたしはあくまで助言するだけ。悪魔だけにね」

 寒いギャグだ。

「ちょっと? 聞いてます? ……まあ、わたしの話に耳を貸すも無視するも、全てあなた次第なんですけど。勿論、実行するかどうかも」

「あ、そうなんだ……」

 夢見すぎちゃったか。そうか、自分でやらないといけないんだ。

「悪魔が全てやってくれるわけじゃないんだーって、思ってますよね」

「なんでわかるの」

 悪魔っぽいところ。心を読んでくるところ。でもそれ以外は、普通の女の子。角生えてないし、尻尾もないし……。

「あ、名前。言い忘れてましたね、わたしは渚っていいます」

 よろしくお願いします、と頭を下げた渚。本当に悪魔……?

「本当ですよ! でも大変なんですから」

「大変って?」

「いくら悪魔だからってなんでもできるわけじゃないです。過ぎたことをしたら存在消されちゃうし。怖いったらありゃしないですよ」

 はは、と乾いた笑いを見せた割には本当のことを言っているように思えた。てか、また心の中見られてるし……。

「そういうわけで、わたしは人間界に直接関与はしません」

 なるほど、そこで私の出番というわけか。

「そうそう! 話が早くて助かります」

「心読むの、やめてよ……」

「どうしてです? こっちの方が楽でしょう? 声出さなくていいんですよ?」

 全く、悪魔というものは人間の心がわかっていない。

「ま、いいよ。じゃ、力貸して」

「あ、はい。ちょっと待っててくださいね……」

 そのまま十分くらい待った。

「……はい!これでオッケーです。あとは明日まで待っててもらえれば、時止めれるようになってるんで!」

 サラッと言ってるけど中々実感は湧かない。まあ明日まで待つか……。てか、時止めるってどんな感じなんだろう。え、待って。私以外動けなくなっちゃう感じ? だったら困るんだけど。

「あ、いえいえ! 時が進むのが止まるって感じです」

 時が進むのが止まる……? それってつまり私以外動けなく……。

「あ、違いますよ? 一年経っても経ったと認識されないまま、また一年が始まるって感じです。それがずっと続きます」

「なるほど」

 ってか、まーた心読んでるし……。

「あ、もうこんな時間。じゃ、帰りますね」

 渚はそう言ってサッと帰っていった。と思ったら、顔だけ出して

「悪魔にだって門限はあります」

 とだけ言って、やっぱり帰っていった。

「変なやつ……」

 でも、私は本当の帰り際に呟いた渚の言葉を聞き逃さなかった。

「心、なるべく読まないよう努力します」

 ……真面目か!





 そんな渚と私が再会したのは翌日の早朝のことだった。

「え、なんでここに?」

「いやだって、使ったじゃないですか、能力」

 使った。確かに使った。でも、そんだけで……言っちゃ悪いけど自分だけでは何もできない渚が来るもんなの?

「来ますよ! あっ……!」

 ごめんなさい、今のはなかったことに。と早口で言う渚。そこまで気にしなくていいんだけどな……。

「えっと、なんで来るの?」

「だって、これ、一回きりのやつなんですよ?」

「はぁ!? 一回きり!?」

 はい、これ使っちゃったんで、もう解除するしかないですね。選択肢。と非情な現実を告げてくる渚。

「もっと早く言っといてよ……」

「悪魔の決まりなんで」

 やっぱり渚は悪魔だったか。

 いや、今はそれどころじゃない。もう時は止められない。つまり、今からずっと十七歳が続くということだ。解除するまでは。

「やっぱり急すぎるよ!」

「そんなこと言われましても……」

 あなたが願ったんでしょ? だったらいいじゃないですか、願いは叶いましたよ。と励ましてくれる渚。でも、そういうことじゃないじゃん? せっかくならちゃんとここぞ! っていうタイミングで使いたいじゃん。ちょっと試しに〜で止めちゃってそのまま、とか……ないじゃん……。

「え!? ちょっと、なんで泣いてるんですか!? そんなに嫌だったんですか!?」

「だって……。グスッ」

 別に泣いてなんかいない。嘘泣きだ。こうしてたらお情けとか、かけてくれるんじゃないの?

「あ、嘘泣きなんですね。フーン」

 ……バレた。

「心の中読んだでしょ」

「はい。だってこういう時に使うものでしょう?」

 なるほど、ちゃんとした使い方をしてるからセーフだろう、とな。

「この悪魔め……」

「はい、悪魔です!」

「あ〜はいはい! もういい! こんなことしてたら学校遅れちゃうよ! バイバイ!」

「は〜い、いってらっしゃい」

 呑気に送り出してくれる渚。他人事だと思って……! それでも悪態をつく気にはなれず、いってきますとだけ叫んで家を飛び出した。





 あれから随分経った……と思う。結局私は時を止めたままにした。一年目、二年目と数えられる間はよかった。別に全く同じ日が来るわけじゃないから。前の年とは違うことをしてみたり、いろいろ楽しかった。クラスの人気者に告白して振られて気まずくなっても、友達と思いっきり喧嘩して離れ離れになってしまっても、一年経ったら元通り。最初からやり直せる。

 それを繰り返している間に、辞めどきがわからなくなってしまった。まだ、他にも試せることがあるんじゃないかと、繰り返してしまう。それでも、私の性格上あまりにも離れたことはできなかった。そうだな……それこそ、死んでみる……とかね。ていうか死んだらどうなるんだろう。ループから抜けるのかな。普通に抜けられるんだから、そんなことする必要は全くないけど。

「なんてね」

 もうおかしくなってきちゃってるかも。抜けた方がいい気がする。十分遊ばせてもらったし、いいか。

「渚〜?」

 勝手に口から出てきた、名前。我ながらよく覚えていたものだ。

「ああっ、よかった!」

 出てきたのは、渚。間違いない。悪魔だった。涙を流している悪魔だった。

「え、ちょっとどうしたの」

「良かった……」

 それしか言わないので、一旦落ち着かせようと私のベッドに座らせる。悪魔……って、水飲める? 大丈夫? 聖水じゃないから、消えたりしないよね……? 聞こうと思ったけど、それどころではなさそうだったから水を取りにいくのは辞めにして、隣にそっと腰掛けた。

「渚……。大丈夫? どうしたの」

「ごめんなさい」

 とりあえず謝られたけど、これじゃ何に対してかわからない。

 重い沈黙が続く。

「こういう時に使うもんなんじゃないの……」

「へ?」

「あーいや、何でもない。で? 何に対して謝ってるの?」

 少しの時間を要して、涙をぐっと堪えた渚が気まずそうに渚が口を開く。

「実はこの魔法、危ない力だったみたいで……」

「危ない力……」

「はい、今までこの力を悪魔の助けを借りて使った人間は何人もいたらしいんですけど、皆さん、ループをかなり長く続けたみたいで……」

 そりゃ、まあ時間が止まるわけだし。前に使ったみんなはきっと私みたいに始まっちゃった、とかじゃなくてしっかり使いたい時を見極めて使ったんだろうから、最高のタイミングで時を止めたはず。だったらそりゃすぐには帰ってきたくないよね、一回きりだし。

「でも、それの何が問題?」

 長く使えば使うほど命とか取られちゃうとか? 悪魔だから。

「名前」

「名前?」

「悪魔の名前がないと、力は解除できないんです……」

 あーなるほど。そういうことか。悪魔の名前を忘れちゃったってことね。それで解除できずそのまま……。そのまま? そのままどうなったんだろう。

「忘れちゃったら……?」

「自分で死を選ぶ以外はループから抜け出せません……」

 まずい。それは嫌すぎる……。死ぬことができるのがまた皮肉だと思った。てか、私も危なかったじゃん……。

「本当にごめんなさい……。ちゃんと説明しておくべきでした」

「いや、いいよ。もう。だって抜けられたし!」

 とは言ってみたものの、渚は俯いて何も言ってくれない。本当に悪魔なの? この子。てか、悪魔って何。

「わたしは……悪魔です……。悪魔は、人の命をとる存在」

「うわっ、びっくりした!」

 渚の顔がこちらに向いている。表情からは心を読んだことがわかった。それはいい。いいんだけど……。やっぱり腑に落ちない。悪魔が人の命をとる存在だって言うなら、なおさら。

「渚はなんで悪魔なんかやってるの……?」

「悪魔をすることに理由もなにもありません。それならなぜあなたは人間をやっているのですか?」

「うぐっ」

 そう言われればそうなんだろうけど……。なんかしっくりこない。悪魔をするには、渚は優しすぎる気がする。今のままでは、悪魔というより天使。ピュアな人間だよ。

「ねえ、人間として生きる道はないの……?」

「え……?」



「あ、えと! 変な意味じゃなくてね? 渚を見てるとどうも悪魔に向いてない気がして」

「そうですか……」

 顔を伏せる渚。やっぱりそんなことないのかな……?

「いらないこと言ったんなら謝る。ごめんね」

「いえ、そんな! いらないことだ、なんて……」

 また顔を伏せてしまった渚は、そのままポツポツと話し出した。

「悪魔が人間になる道は、あると思います」

 あると思う。少し表現に引っかかったけど、そのまま渚に話してもらおうと思って口には出さなかった。いざとなったら心を読んでくれるでしょ。

「……悪魔のボスみたいな人がいてですね」

 ボス。なんかもう展開が読めちゃうかも。多分ノルマがなんとか、とかそんな話なんじゃ……?

「その人から指示をもらって命を刈り取りに行くんですよ。たまたま今回使ったのが時を止める能力でしたが、まあ命が取れればなんでもいいんです」

 なるほど。でも話を聞けば聞くほどやっぱり渚には向いていない仕事じゃない? 実際今も命取れてないし。それどころか心配までしてくれたじゃん。

「それで、まあノルマで、これを達成したら人間に戻れるって……」

「待って!?」

 ……流石に声が出てしまった。

「戻れるって……渚、人間だったの?」

「はい……」

 だからか。きっと優しい人だったんだろうな。なんで悪魔なんかに……。

「わたしも、時を止めた人の一人だったんです」

 渚は、あとは、わかりますよね? とこちらを向いて淋しそうに笑った。時を、止めた……。タイミングを見計らって、止められた時を謳歌した。そして……、悪魔の名前を忘れて……。

「ご明察です。そう、どうしようもなくなったわたしは、ビルの屋上から飛び降りました」

 それで、悪魔に……なんで。なんで、そんな……。あまりにもひどい。

「ああ、なんであなたが泣くんですか」

 私の涙を必死に拭ってくれる渚。

「お話を続けますね」

「わたしは必死でノルマをこなしました。それでも、いつまでもノルマが降ってくるだけで、終わらなかったんです」

 それってつまり……。

「きっと、ボスはわたしをこき使うことしか考えていないんでしょうね」

 そんな……。やめちゃえばいいのに。

「そんな奴の言うこと、聞かなくていいって思ってますね? それでも、いつかは本当に解放されるかもしれないんです。それに縋るしか……ないんです」

 聞けば聞くほど怒りが満ちてくる。涙はすっかり引っ込み、今はただ、渚を助けたいという気持ちだけが残っている。

「何か力になれないの?」

「助けて、いただけるんですか……?」

「うん、私に出来ることならなんでも」

 私にできることは少ないのかもしれない。それでも、完全に救うことはできなくても、何か気休めになることができるなら……、私は渚の力になりたい。

 ――――――――――――――――――。

 あれ? 私今……。渚は優しく微笑みながら私を見つめていた。

「ふふ……ありがとうございます」

 そこで意識は途切れた。



「ふぅ……とりあえずは、目標達成」

 目の前でうつ伏せになっている悪魔の顔をそっと持ち上げる。そして、その愛しい頬に自らの唇を押し当てた。

「ごめんね、麻帆」

 今回のノルマ達成に必要だったのは、好きな人の魂。どうせこれを渡してもボスはわたしを解放してはくれない。でも、そんなのどうだっていい。

「向こうにあるわたしの家であなたが待っていてくれる。それだけでわたしが頑張る理由になるわ」

 最初は適当にその辺のやつを好きな人だと偽ろうと思った。でも、あなたに一目惚れをしてしまった。関わっていくうちに、性格まで素敵だと思うようになった。あなたに近づくのがこんな理由じゃなければ良かったと、ちょっとだけ思ったこともある。でもね、わたし、知ってるの。

「渚。私の大好きな渚のためならなんでも……」

 これは、意識が途切れる寸前に麻帆が思っていたこと。そう、きっとわたし達は両想いだった。だから、同棲も多分大丈夫。

 ……本当は、こんなことしないはずだった。ちょっと気絶させておいて、書き置きを残して帰るつもりだった。ボスには失敗したと言えばいい。それなのに、あんなこと言われちゃったら……。

 ……もし、そういう意味じゃなかったとしたら。

「だめよ、あくまでも悪魔なんだから。心を読めることだって、知ってたでしょう?」

 なにも、心の中からも聞こえてこないことを確認して、わたしは彼女にもう一度キスをした。

 ……今度は口に。

「今度は、わたしの番。あなたの時をこのまま、わたしの手で止める」

 あなただって、ずっとそれを望んでたんでしょう? 大丈夫、心配しなくてもいい。人間に戻る時も一緒に戻ることになるのだから。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時をこのまま、あなたの手で 上村夏音 @ralueuno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ