第10話 なんで補習受けてんの?馬鹿なん?

 鎧塚先輩は顔色ひとつ変えず淡々と言い放った。

「もう用は済んだ。教室に戻っていいぞ」


「あ、はい」

 あっけなさすぎて少しフリーズしてしまった。普通少しくらいは、よく頑張ったとかありがとうとかそういうねぎらいの言葉を掛けるものではなかろうか。俺は釈然としないまま教室に戻った。

 教室に帰るとさっきまで読書に夢中だった肉倉ししくらがゆっくりと俺の元に近寄ってきた。


「あの、今日一緒にお昼食べませんか?」


「え?」

 突然のことすぎてびっくりした。あの春人はるとでさえ、周囲から白い目で見られてる今の俺に近づいてこないのに。


「あの肉倉さん。その、俺と一緒にいて大丈夫?」

 自分でこの質問を投げかけるのは心にくるな。


 そんな肉倉はいまいちピンときてないようだ。

「は、はい。大丈夫ですけど、もしかしてまだお忙しい感じですか?」


「あ、いや、大丈夫。」

 そっか。肉倉はこのクラスのグループラインにも入ってないほどコミュニティが小さいんだ。通りで情報も入ってこないわけだ。

 俺は少し心の中でホッとした。変わらないものがあるとは良いもんだな。



 忙しい日々も終わりようやく平穏な土曜日がやってきた。

 みなさま、休日はどのようにお過ごしでしょうか? 街にお出かけしてショッピングするも良し、はたまた家の中でぐだぐだネットサーフィンするも良し。え? 僕の休日の過ごし方ですか? 僕は見ての通り


 中間テストの補習に参加してます。


 いやいやいや、ちょっと待て。手を汚してまで頑張ったのになんで? こういうのって普通、問題なく合格するものじゃないの? 春人はちゃっかり赤点免れてるし・・・・・・

 あームカつくムカつく全てにムカつく!! 六月始まったばっかりなのに死ぬほど暑いのにムカつくし、この部屋にエアコンがないこともイラつく。


 俺が一人で怒りや悲しみに打ち震えていると、どこからともなく女の声が聞こえた。これは暑さの幻聴かとも思ったが声がした方を向くとそこには、いかにも頭の悪そうな金髪ハーフツインの女がこっちを見ていた。

「ちょっとさっきから独り言うるさいんだけど」


 実はこの教室にはもう一人補習を受けている人間がいた。

 女は集中できないのか片手でペンを回し、もう片方の手で下敷きを団扇うちわがわりにして気だるそうに仰いでた。


 気まずい。こういうオラオラしてそうなタイプは苦手だ。なるべく関わらないようにしよう。

 そんな俺の心中もお構いなしに女は話しかけてきた。

「なんで補習受けてんの? 馬鹿なん?」


 なんだこいつ。初対面の相手に馬鹿とか。今ここでわからせてもいいんだぞ!! いや待て落ち着け。ここは冷静に波風立てず済ませよう。また厄介ごとに巻き込まれてはたまらんからな。


「いや、まぁ忙しくて」


「へー」


 興味ないんかい。

 続けて質問が飛んでくる。

「一年生? 名前は?」


「あ、はい。一年の下田です。」


「あー あぁ。あたしは二年の百咲ひさきなな」


 なんだ今の反応。というか二年生だったのかこの人。てことはも知ってるよな。

 俺は内心ビクビクしていた。この人も俺のことをキモ田と呼ぶんじゃないかと。


「下田くんさぁ、二年の中じゃ有名人だよ。急に告ってきたと思いきや急に送ってきたり」


 その瞬間、流れる雲、窓から吹き抜ける風、俺の額の汗、その全てがぴたりと止まった。

 ・・・・・・どうしてそれを知っている。あの画像は一ピクセルの狂いもなかったはず。そもそもあの画像は匿名のアカウントで送った後アカウントの削除もしたから足跡はついてないはず。


 おおお、落ち着け。ここは一旦事実を混ぜながら誤魔化すんだ。画像のことまで知られては本当に居場所がなくなる。

「な、なんのことですか? 旧体育館の出来事は俺が起こした事ですけど、その画像のことは知らないです。」


 百花ひさきは続けて話す。

「下田くん。冷静に考えてみて。あんな画像一枚で本当にみんなの熱が冷めると思う? 仮にそうだとして、どうして噂がサッカー部と女子バスケ部だけで収まってるのかな?」


 いやおかしい。春人は確かにあの後くっついたペアは一組もいないと言ってたはず。噂が全体に回ってないのはなんでだ。

 駄目だ……動揺して頭が回らない。俺の記憶が間違っているのか……


 百花はヘラヘラとした態度で答えた。

「カップルが一組もできなかった本当の理由教えてあげようか? それはね、私が全部食べちゃったから。男も女も先輩も後輩も」


 そこには境界を丸呑みにするアナコンダが鎮座していた。





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