第9話 おいおい、やりすぎだろ

 旧体育館で一組目の犠牲者を生み出したあの日から一週間が経過した。春人はるとの情報によるとその後の進展があったペアは一組もいないらしい。あの日以降、十五組以上のカップルをちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返してきた。最初の頃は怒りや滞りも感じていたが今やもう何も感じない。ただの作業と化してきている。また技術も陰湿な方向へと急成長を遂げていった。


 まずはリスクの見直しと作業の効率化を図るため、作戦をオンラインで行えるよう改良した。手順としては春人から瞬時に情報を受け取るため、貯金を切り崩して買った一万円もする業務用小型インカムをズボンの後ろポケットに忍ばせ、配線をシャツの裾から通して右耳に装備。次に中学の時使ってたスマホと今使ってるスマホを机の中にセットして待機する。春人から連絡が来ればすぐさま片方のスマホで生徒ターゲットのSNSアカウントを特定。


 恋にうつつを抜かす奴らは端から端まで皆、自分の在籍してる学校名、学年、年齢、挙句の果てにはアカウント名をリアルネームで運用しているネットリテラシーのネの字も知らないような奴らばっかりだ。


 SNSアカウントの特定をすると同時に、もう片方のスマホでは画像加工アプリを開き人物の切り出しから合成、色調の調整まで怠らず済ませ、一目ではバレない程度に加工したらあとは簡単。一つ目のスマホで匿名のアカウントからターゲットのDMに先程加工した画像を送り付けたら作戦完了ミッションコンプリートだ。これで授業中やプライベートでも対策ができるようになった。


 おいおいやりすぎだろと思ったそこのあなた。いやいやちがうぞと俺は声を大にして言いたい。仕事ってのはいかに鎧塚先輩クライアントの要望を手早く確実にこなせるか、これが全てだ。プロフェッショナルはいついかなる時でも手を抜かないものだ。


 三日後の月曜日には全十二科目を丸二日かけて行う中間テストが始まる。今週を乗り切って無事テストの平均点が上がれば俺は晴れて自由の身だ。

 そんなことを一人心の中で考えながら俺は今日も誰にも感謝されない無賃労働ボランティアいそしむのであった。


 そして残酷にも時間の流れとは早いもので、約束の中間テストの結果発表の日がやってきた。結局、金土日を合わせても犠牲者は一組だけという結果となった。この一週間のトータル犠牲者は二十組だったがな。


 なんにせよ十六年という長い人生の中でこんなにも努力したのは今回が初めてだった。やることはやった。あとは祈るばかりだ。だが、もし万が一にも失敗するようなことがあればこの高校を自主退学するほか道はないだろう。ただでさえ男子サッカー部、女子バスケ部所属の二年生を中心に現在進行形で遺恨を残しているのだから。旧体育館のあいつらのせいだな。噂ではという呼称で蔑まれているらしい。初めて聞いたときは涙が止まらなかった。だから尚更、成功しなくてはならない。ここまでの傷を無駄にしないために。


 俺が両手の平を合わせ合唱のポーズのまま目を閉じたその瞬間、奴は再び突如としてやって来た。

「風紀委員だ。下田剛、生徒指導室まで付いて来い」


 遂にこの時が来たか。やばい。急に緊張してきた……

 俺は再びクラスメイトの視線を浴びながら廊下側へと向かった。

 耳打ちをしている者、嘲笑っている者、様々なリアクションがあるがその中でたった一人敬礼してる男もいた。あの日、昼食の誘いを断っていこう会話すらしてない肉倉は、平然とした態度で読書をしていた。

 俺は、無理難題を言い渡されたあの日のトラウマを抱えながら鎧塚よろいづか先輩の後を付いていき生徒指導室に入った。


 席に座るなり鎧塚先輩は毅然とした態度で大胆にも結果だけを発表した。

「中間テストの学内平均点は向上した。以上だ。」


ぃぃぃやっったああぁぁぁー?

え? それだけ?



 

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